2005年10月08日
最後の椅子
コップのなか
震える指でコップを包み
なかみを、じっと、みつめているので
どうしたの、水、飲まないの?
シズノさんに声をかけた
だって、こんなに透明で……あんまり、きれいなもんだから……
そそぎたての秋のまみずに、天窓から陽が射して
九十二歳の手のなかの
コップのみなもが、きらり揺れる
きょう、はじめて,水の姿と、向かいあった人のように
シズノさんが、水へひらく瞳は
いつも、あたらしい
雲が湧いて、ひかりが消えた
ふっと、震えが、止まっている
それから、ほんとうに透きとおった静止が、コップのなかを
ひんやりとみたす
くちびるが、ふちに触れると
ちいさい、やわらかい月が揺れて
茎のような一本の
喉を、ゆっくり、水が落ちる
前詩集『緑豆』で、その静謐さと透明な感性で、蒸留水を味わうような爽涼感を与え
てくれた齋藤恵美子さん。彼女の新しい詩集『最後の椅子』 から一篇を引用させて
いただいた。『緑豆』とはまた異なるスタンスで、老人ホームという現場から、ひとりずつ
名を持つ人たちとの関わりや、人の生きる姿を語るこの詩人の表現に対する腰の強さ
にあらためて感心する。
投稿者 ruri : 2005年10月08日 22:44
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コメント
こんな風な眼で接してくださる方に介護されるのは幸せですね・・と、そちらの方に近づいていく年齢の者から見ると感じます。かつて見せていただいた『緑豆』もよかったけれど、これはもっとシヴィアな現実に即しているだけに胸打たれるようです。
この上の緑地がまた崩されるとのことですが、今度は有料老人ホームが建つらしいです。私も一人でやっていけなくなったらそこへ入ろうかなあ・・などと立て看板を見ながら思いました。
投稿者 木苺 : 2005年10月09日 11:22