« 「出入口」から | メイン | ヒポカンパスの会のこと、詩ひとつ »

2006年03月05日

H氏賞詩集『パルナッソスへの旅』

長篇詩誌「ヒポカンパス」同人の相沢正一郎さんが詩集「パルナッソスへの旅」でH氏賞を受賞された。とても嬉しい。以前からの詩友であり、また同人でもある彼の受賞を喜ぶのはもちろんだが、日常を想像力によって異化し深める手法、日常の枠を自在にこえて、(今、ここ)の時間とそれを超える時間、あるいは宇宙的な時間とを交錯させ、こだまさせ合い、時の孕む多層性を呼び込むこと。そこから得られる自由感。また本好きにとってはちょっとたまらない魅力もある、モチーフの扱い方など、私は以前からのファンでもあったので。
これは「失われた時を求めて」の現代詩版のように読み手を時の鎖から解き放つ力をもつ。
またこの詩集の表紙は同じ「ヒポカンパス」の同人である井上直さんの画であり、それも作品の雰囲気とよく調和していて魅力的だ。

それでは比較的短い詩を以下に引用させていただく。

             
         (ステゴサウルス、アパトサウルス、ティラノサウルス……)

         

         台所の水道の栓をきつく閉めても、蛇口から水がしたたり落
        ちる。 もう何度か、パッキンを取り替えたのだが。 ちょっと疲
        れているとき、蛇口の先の水滴が徐々にふくらんでは落ちてい
        く、といった繰り返しがいやに気になったりする。 点滴が、子
        守歌をうたうこともある。 なにか言葉をもつときもある。 なん
        となく水の囁きに耳をすましていると、父の声が聞こえてきた。
        ……ステゴサウルス、 アパトサウルス、 ティラノサウルス、
        トリケラトプス、 ディノニクス、 プラテノドン。  ーー恐竜って
        いってね、大きな大きな生きものなんだ。 もう地球上にはいな
        いんだけどね。 声のあと、ある情景がよみがえってくるーーだ
        だっぴろい倉庫みたいなところに、父とわたしが手をつないで
        立っている。ー−それが、いつのころの記憶なのかわからない。
        あたりには、誰もいない 。見上げると、大きな骨の林。
         磨かれた床をふむ、父とわたしのあしおとがひびく。 父はわ
        たしに、六五〇〇万年前の地球でいちばん背のたかい恐竜、ブ
        ラキオサウルスの話をした。 葉っぱを切りとって巣にはこびキ
        ノコを育てるアリの農民、ハキリアリの話をした。銀河のまん
        なかで星を食べてだんだん大きくなる、ブラックホールの話を
        した。
        博物館を出ると、 世界は洗ったばかりのコップみたいに悲し
        くて, 明るかった。   

 

投稿者 ruri : 2006年03月05日 10:53

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
https://www.a-happy.jp/blog/mt-tb.cgi/3350

コメント

同感です。正一郎さんの「リチャード・ブローティガンの台所」以来十六年の歳月が流れたのですが、その時「ホテル」に長々と相沢論を書いてその同人諸氏に顰蹙を買ったことを思い出します。でも、ホントに良かったですねえ。ところで、今日は相模大野の読書会の日で、先日「犬の生活」のストランドの詩を紹介しましたら、水野さんのホームページを皆さんが覗いて、早速、村上春樹訳を私よりも早く購入して読んでいるとのことでした。皆さんとてもあの詩が気に入ったようです。ところで、今度の授賞式(H賞と現代詩人会賞)の司会を任されてしまいました。でも、正一郎さんや藤井貞和さんのお祝いですから、頑張ることにしましょう。では23日、具体的には場所を時間を決めなければいけませんね。再見。

投稿者 八木幹夫 : 2006年03月17日 00:42

コメントしてください




保存しますか?