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2010年12月22日
原利代子詩集 「ラッキーガール」より
カステラ
原利代子
ポルトガルへ一緒に行ってくれないかってその人は言った
なぜポルトガルなのって聞いたら
カステラのふる里だからって言うの
お酒のみのくせにカステラなんてと言うと
君だってカステラが好きなんだろって
でもあたしはお酒ばかり飲んでる人とは
どこへも行かないわって言ったら
「そうか」って笑ってた
あたしはカステラが大好きだから
今度生まれ変わったら丸山の遊女になるの
出島でカピタンに愛されてエキゾチックな夜を過ごすわ
ギヤマンの盃に赤いお酒を注いで飲むの
ナイフとフォークでお肉も食べるわ
大好きなカステラもどっさりね
そして食後にはコッヒーを飲むの
「それもいいね」ってその人は笑っていた
いつもそう言うのよ
元気なうちに一緒に行ってあげればよかったのかしら ポルトガル?
病院で上を向いたまま寝ているその人を見てそう思ったの
きれいな白髪が光っていて
あたしは思わず手を差し伸べ 撫でてあげた
気持ちよさそうに目を瞑ったままその人は言った
「いつかポルトガルに行ったら ロカ岬の石を拾ってきておくれ」
やっぱりそこに行きたかったんだ
ーここに地尽き 海始まるー
と カモンエスのうたったロカ岬に立ちたかったんだ
カステラなんて言って あたしの気を引いたりしてー
それより早く元気になって一緒に行きましょうって言ったら
「それがいいね」
って またいつものように笑った
あなたの骨が山のお墓に入るとき
約束どおり お骨の一番上にロカ岬の白い石を置いてあげた
あなたの白髪のように光っていたわ
ポルトガルへ一緒に行ってくれないかって
声が聞こえたような気がして
今度はあたしが
「それはすてきね」って
あなたのように ほんのり笑いながら言ったのよ
””””””””””””””””””””””””””””””””””””
原利代子さんの『ラッキーガール』は最近の詩集のなかでもとりわけユニークですてきな詩集だった。読み返すたびに、それぞれの詩から、異なるさまざまの活力をもらえる。作品ではあるけれど、どの連にも、どの行にも、詩人のなまの声が、リズミカルな呼吸で、展開されていて、詩集を開くことは、その人との対での会話みたいな気がする。
好きな詩がいろいろあるが「カステラ」は、このような追悼詩が書けたらいいなあと思う作品だ。人とのかかわりの底にある深さや痛みが、野暮でなく、斜めに、しみじみと描かれていて、その表現の切り取り方に感心するばかりだ。
たとえ追悼の場ではなくても、このような表現のできる人は、人生のあらゆるシーンにおいて、他者と自らの距離のバランスに敏感で、人も傷つけたくないが、自分に対してもかっこよく生きざるを得ないかもしれないとふと思う。
2010年12月19日
うさぎ(うさぎ・兎・ウサギⅥ)
うさぎ
絹川早苗
うさぎが 長い耳をたれて
夕焼けを聴いています
耳のおくの もみじばやしが
赤や 黄や あめ色に染まりはじめ
いちまい にまいと 葉を落としていきます
ひとり住まいの 銀髪の女のひとが
おんがくを聴きながら
アルバムをひらいています
古い写真は すでに色あせ
うす茶色の蛾となって 飛びたっていきます
やがて
ひざの上に さらさら 粉雪がふりしきり
こんもり 温かく つもっていきます
うさぎは もう
ねむってしまったでしょうか
””””””””””””””””””””””””””””””””””
絹川早苗さんのちょっと異色の詩です。「うさぎ」と、「銀髪の女の人」のイメージが
二重に重なって、おもしろい効果が出ています。うさぎの耳の奥では夕焼けの中にうつくしい紅葉がはじまり、女の人の耳の奥にはなつかしいが、色あせたアルバムがひらかれていて、しかも写真は一枚ずつ「蛾」となって時の中へ飛びたっていく…。
でも粉雪はあたたかく膝につもりはじめ、うさぎは季節に身をゆだねて、安らかに夢のなかへ入っていく…。どこか、許されて、人生と折り合いをつけた安らぎの境地が見え隠れして、詩人のいまの心情が想われました。
2010年12月04日
『ユニコーンの夜に』
二年越しであたためていた詩集『ユニコーンの夜に』が11月30日の日付で上梓さ
れ、昨日12月3日に手元に届きました。土曜美術出版販売の高木祐子さんには、
色校正その他で細やかなお手数をおかけしました。おかげさまでほとんど予定通り
の日程で出来上りほっとしました。表紙画の田代幸正さんのユニコーンに乗った
少年がこれからどこへ向かうのか、今は見送るばかりです。
初雪の日に(うさぎ・兎・ウサギⅤ)
初雪の日に
佐藤真里子
北緯42度の
空は
冬に始まり
冬に終わる
めぐる四季の
輪の結び目に
いま
新しい
雪が降る
枯れた野原に
裸の樹々の枝先に
頬に
手のひらに
待ちわびていた
雪が降る
染まった色を脱ぎ
白うさぎになって
雪の野原を
飛びまわるわたしが
残す足跡さえも
すぐに消し去る
雪に包まれて
空の遠くから
呼んでいる
かすかな声に
長い耳を澄ます
””””””””””””””””””””””””””””””
青森にすむ佐藤真里子さんの「初雪の日に」は季節の自然の匂いが満ちている。
2連目の”めぐる四季の/輪の結び目に/いま/新しい/雪が降る”や、最後の連の”空の遠くから/呼んでいる/かすかな声に/長い耳を澄ます”という表現に独自の魅力を感じてしまう。風土のもたらす独自な感性や想像力があるとすれば詩人の表現がそのなかでどのように影響を受け、育っていくのか…と思う。
以前、三月か四月頃にジャワを訪れて、熱帯の花々に囲まれた日々を送った後、日本の我が家にもどってきて、まだ肌寒い庭で、やっと芽吹き始めた新緑に触れたときの胸のときめきが忘れられない。四季があるということへの感動。それは表現しがたい新鮮なものだった。いまは都会に住んで、自然に鈍感になって行く一方の自分がいる。
・s