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2009年08月30日
ハンマー
ハンマー おいらの家は解体屋だから、難しいことはよくわからねえ。 今日も親方に呼ばれて仕事をする。 扉を叩いて壊す。 瓦礫をトラックに積む。 そうしているうちに、隣近所の女の子が一人、おいらに向かって喋りかけた。 「おじさん。おじさんは、どれだけの思い出を壊してきたの?その家にはある家族が住んでいて、犬を飼っていたよ。おばさんは陽気で近所の人気者、おじさんは大工で家を立てる仕事をしてたよ。その夫婦には子供がいて、子供はお嫁さんになって、また子供を産んだよ。本当に幸せな家庭だったけど、いろいろあって、この家を手放さなきゃいけなくなったの。この家のおじさんは出て行く前日、昔の思い出を語っていったよ。前の池でジャコ取りをした事、大工として腕が認められたこと、一人前になっておばさんをお嫁さんにもらって、この家を建てたこと、子供を産んで親になることの喜び、帰ってくる家の灯りのありがたさ。近所の人の温かさ、孫に帰る故郷のない事実の辛さ。自分の責任のなさ、それらをみんな言ったら、ただ黙って泣いていたよ。それがここの主人の最後の姿だった・・・。」 「・・・・・・。」 「おじさん。おじさんに家庭の事情とか、現実の厳しさなんていいたいんじゃないんだ。 ただ、ただね。家って言うのは、居場所なんだよ。おじさんの持つハンマーは、それを知って使っているの?」 「・・・・・。」 「ごめん。責めてる訳じゃなくって、ただ、見晴らしが良くなりすぎて、私、とっても悲しかったの。 そして、知ってて欲しかったんだ。同じハンマーを持つ人間が壊すことも、創り出せることもできるという事を・・・ちゃんと、・・・知ってて欲しかったんだ・・・。」 おいらには難しいことはわからねえ。 今日も親方に言われたように仕事をする。 ただ違うのは、右手のハンマーがいつもより少し重いこと。 -------------------------------------------------------------------------------- 散文(批評随筆小説等) ハンマー Copyright 為平 澪 2009-07-25 06:03:30縦投稿者 つるぎ れい : 2009年08月30日 12:21
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