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2018年04月01日
黒文字の家
猫が出入りできるくらいの隙間
かたづけられない机の上に書き留められた食材名と
予定の立たない献立
散らばりつづけるマジックの大きな黒文字の上に
母の頭がとけている
夜、着信音が鳴る日に私は戻ってきた
白かった子猫が薄汚れた雌猫になって
母の隣で母を守っていたようにまるく眠る夜に
私たち親子は平熱でいられなかったので拗れた
隙間風の酷い家でよく風邪を引いた
熱が長い間続いたが
投げ出された体温計なら
ずっと平熱36.4度を指していたのに
家には二人のことを推し量れる人はもういなかった
言葉が無用意な夜
机の上から散らばるもので
親子は美しく完成されていく
あとは。
乱雑に脱ぎ捨てられた部屋着
小さな綿入り布団が隣に一式
予定のつかない献立の上に並べられている希望のようなもの
その、筆跡の読み取れない文字の掠れていく黒さ
手で顔を隠し続ける、白かった猫
その あとは。
猫が出入りしたがるくらいの隙間
トイレットペーパー
生協の宅配カタログと老女の一人暮らし
一週間生活するには一袋に四個入りで十分です
余るようなら
トイレットペーパーで鼻をかみ
水に浸けて汚れを落とす
それくらいは日常的
新聞だってクシャクシャに手もみして
紙を柔らかくしながら
お尻を拭いていた頃に比べると
紙質も便宜も使い勝手も良くなりました
ただ 家族が家に足りないという、その程度
生協の空欄に桁を二つ間違えて来た
二トントラックいっぱいの白い紙
部屋に入りきれないホワイトロール
周りの住人が遠方の息子夫婦に知らせたのか
トイレットぺーパーが老女の家から無くなるまでは
家族で暮らしたと言います
彼女が怒られたのか、嗤われたのか
虐げられたのか、は 知らないけれど
※
無知な娘のアパートでの一人暮らし
一番初めに無くなっていくトイレットペーパー
カラカラと乾いた軽い音を立てながら
人の一番汚い所の尻拭いをして
使い捨てられていく
実家にいたとき補充してくれていたその人の
胸の真ん中にもトイレットペーパーはあったのか
血の出ない大穴が空いて向こう側に通じています
トイレの横のゴミ箱で
老母の心臓が独りきり 不整脈になりながら
家族の帰りを待っています