2022年06月05日
唄
夕刻をたどる人からさびしい曲が流れはじめ
さよならを叫ぶ園児の笑顔からは明日がこぼれる
人は足あと分の音を抱えながら
無言でラーメンを啜ってみたり
背中に沈黙を乗せたり
明日に小さく期待してみたりする
広場から聞こえるギターは
逸る気持ちを訴えたり
たそがれには似合わない甘い色を光らせるが
夏の夜の底を潜る者たちには届かない
〝どこかの主義主張は燃やされていったよ〟
〝きっと全ての人にそれはおとずれるよ〟
きちんとした絶望とそれに変わるものを
教えてあげることが親切だ、と
中途半端に大人になった人たちが
子供を夢の住人にする方法を探している
星もない曇り空がつづいている。鳥たちは翼をたたみ鳥目になった。光り輝くものから無縁になりながらも、道路ではライトとネオンが交差し、ライターはその間で小さな火を燃やしつづけた。煙草に火をつける人と火をつけられた人が吐き出す、ホワイトグレーの息で街はおおわれ、鳥もヒトもケムリに巻かれる。今までしてきたことが道の上で立ち上り、蜃気楼になって記憶を蒸発させていく。誰もが吸い殻になることを知っていながら、見栄えのする火に先を挟まれ街でホタルになって消えていく。前もなく後ろもなく、ただやみくもに歩き靴をすり切らせてどんどん足はなくなっていくのに、立ち止まることを教える人はいない。
真ん中にいると信じていた。さよならの続きは〝また会える〟 ──
声は喉元でしまわれ奥底からはいつまでもさびしい音をつれてくるのに今晩も大人たちは子供に未来を描けと、うたいあげる。夏の街で人々は、花火も上がらない夜を見上げる。幼子たちは、カラカラに乾いた喉を空に向け、はぜる花火の音を口の中へと抱え込み、火傷の舌に小さな唄を乗せていく。
2022年04月21日
橋の上
橋の上から下を見る人、上る人と下る人
いちにち、は時計どおりに進むが
いちにち、を今から始める人と終えた人が
橋を境に上下する
お疲れ様に向かう白や黒に乗車した人と
夜が戦場だとピンヒールで纏め上がった
黒いベロアのロングコートと赤すぎる唇たちと ── 。
いちにち、の行方も知らず、
突き進む人と尻込みする人、そのあわいで
シフトの調整メモとタイムカードが記憶する濃いインク
クリスマスソングに踊らされながら 動く人と休む人
橋の上で下を見つめる人と 下から上を見つめる人と
いのちは同じでも いちにち、は其々にたそがれていく
マスクは夜をたどる人の口を塞いでいく
目に見えるものが全てではない事はすでに語られていて
いちにち、について全てを語れる人もいない
時計回りの時間とわたしが途方に暮れている
橋の上から飛び込めば何もかも止めることができる、
かもしれない、など 頭をよぎって背中を笑う
橋に居並ぶたくさんのわたしが背後に押し寄せていて
下を見ながら楽になりたいと舵取りにつかれ
バランスを崩し 足を左に踏み外す
踏み外した足、より速く
止まらない救急車に乗せられ
いのちを病院で逆走させようと
いちにち、の行方をおしはかる
いのちを計ろうとして 失敗した腕時計は外され
マスクの必要もなくなった わたしが
何か言いたげな目を上に向けたまま
閉めることができない口を ポカンとあけて
橋の上を歩いていく
*「詩と思想3月号掲載原稿」
らくがき
からだに イヌと かかれた日
はだかで わんわん 泣いていた
そとに でるときは 四つん這い
イヌでは ないが 犬だった
からだに ブタと かかれた日
もっと なけよ、と 笑われて
なくに 啼けずに 哭いていた
ブタの ように 生まれて いたなら
もっと たやすく 啼けたのに
たにんの かいた らくがきが
どんどん ふくらみ こうしんして
からだじゅうを のろいに かける
それが たのしい だれかも いて
とてつもない もじたちが
ヒトを ジュモンに かけていく
わたしの からだに かく ばしょが
きのうで すっかり なくなった
ビルの たにまに ヒトの カタチが
しろい チョークで らくがき された
わたし、
(やっぱり ヒトだった
すべて、
(しっかり ヒトだった
*
あすは だれが ターゲット
アシタハ ダレカヲ ターゲット
*「ファントム5号掲載原稿」
わたし
右手は清いが左手は汚い。汚れた手なら切り落としてしまえ。
右目が見えるものを左目は見えない。見えない目なら節穴も同然。
左足が前に進むと右足は退く。使えない足なら切り捨ててしまえ。
右肩が上がるなら左肩は下がる。頭が平衡に保てない肩書なら潰してしまえ。
口に出してはいけないことを口にする。そんな素直な心は壊してしまえ。
すべては体が資本。器だけ残ればいい。
右手が左手を抑えつけ
右目が開くと左目は閉じる。
左足が右足を踏みつけて
右肩の意見に左肩は従い続ける。
口はとうとうゲロを吐き
心はどんどん遠ざかる。
右手を切り捨て左目をくり抜き右足を失って
バランスの定まらない視界を口にする頭に
もはや涙は宿らない。
カラダだけが累々と行進していく茫漠の土地で
イタイの群れを横目に通り過ぎ
先程、遠目に見送ったのは
一体、誰。
*「ファントム5号掲載原稿」
2021年05月24日
微熱
── 微熱が台所の音に責められている
頑丈な米袋から差し込まれる骨太の手は
台所から 私の胸倉へ押し入ってくる
洗い場の指たちは
羽釜の水をかき回し
じわりじわり しこりを擦りつづけている
シンクを叩く水音は はね上がり
寝室の私の頬にも 降りかかるが
しまわれていたままの米袋の手は
胸元を掴んだまま ゆるさない
炊飯器を仕掛けた指たちが
温めて膨れてできた仕舞事
振り返れば小さな虫が 一匹、
ペーパータオルの隅を カサコソと
夜の最中を逃げていく
一生懸命だけどみっともない。
生きることに 後ろ指をさされながら
朝になれば食事をする
(死にたくない、からだ
多くの言い訳を詠いながら
台所の音が 私の頭をうずめていく
シンクの前に立つ人の
思いつめた横顔の下を
とてつもなく うしろめたい水が
落ちて拡がりつづけているが
私は その音を
止めることができない
2021年05月17日
先生
先生はおもむろに厚い本を取り出し、その中にいる私を見つけようとしていて。
私は寂れた町の夕暮れの隅っこで、半額引きの親子丼ぶりを食べながら怯えていて。
先生は男色家たちの優雅な生活について語っていて。
私は先生に見つけてもらえるよう、暗い町の端っこで白いノートに私の生活を綴る。
先生は黒いマスクに黒縁の眼鏡。黒い礼服を着ていて。
黒い本の中の白いページに浮かぶ文字列に、私の姿を探そうとしていて。
私が挙手して合図を送ったのは、なぜか疲れた顔の役人で。
*
お前のくせに何を食べているといい、
お前のくせにこんなものを食べていたのかといい、
お前のくせに文字が書けたのかといい、
お前のくせに免許証を持っていたのかといい、
お前のくせに病院に行くのかといい、
お前のくせに。
*
先生は私について、海外貿易を心臓のバイパス手術に例えた話を語り、
救出がとても困難だ、と呟く。次のページを敢えて飛ばして新しいセンテンスや
小見出しに目を向けて、赤のラインマーカーを引く。
私はそのまま飛ばされ挟まれ、赤く潰された。
先生は何事もなかったかのように本を閉じ、
テレビのチャンネルを切るように画面を閉じる。(目を閉じる。
ヴィヨンの妻があった本棚にヴィジョンの毒と変換されたファイルがそっと、
保管されていたのは見たが、机の上に置かれた厚い本の名を知ることはできない。
本に挟まれた私の顔に赤いマーカーで「お前のくせに」と
大きなバツ印が書き込まれて、私が先生とおもっていたのは誰だったんだろう、
先生。
2021年03月06日
くりかえしの水
真夜中の台所で 小さく座っている
仄暗い灯りの下で湯を沸かし続けている人
今日は私で 昔は母、だったもの、
秒針の動きが響くその中央で
テーブルに集う家族たちが夢見たものは
何であったのか
遠く離れて何も言えなくなった人たちに
答えを聞くことも出来ず
愚問の正解を ざらついた舌で確かめながら
朝へと噛みしめていく
秒針に切り刻まれながら刻一刻と
日が昇ることを考えていると
とてつもない老いが頭や肩に
霜となって固まり始める
今日あったことを 書いたり話せる相手が
いつかいなくなってしまったとしても
台所に佇んでいるこの静かな重みは
いのちが向かい合って 椅子に並んでいた姿
使い慣れた菜箸で挟みたかったもの、
古びた布巾で包んでしまえなかったもの、
隅においやられた三角ポストが呑み込んだ
役立たず、という言葉と出来事が
おたまの底にぶら下がって すくえなかったあの頃
生きることは火で水を沸かすこと、
水で喉を潤していくこと、
くりかえされる水について
不確かなものが取り残され確実なものは流されていく
うつらうつらと霞んでいく風景の向こう、
悴んでいた古くさい夜が反省と再生を繰返し
深呼吸をして泪粒ほどの朝日を吐き出す
いつしか毎日は 湯気のように立ち上がり
人は再び、光のほうへと目を向けていく
(詩と思想3月号掲載作品)
2021年02月23日
玉葱
玄関を出るときいつも気になっていた
軒先に干されていた玉葱たち
錆びた脚立の三段目に簀子をまたがせ
置かれた大量の玉葱
大きなビニール袋の下では
腐ってしまうその中身を
丁寧に木板の上に並べていた人
力のない手のひら
動かしにくい指先
(割れないように
(長持ちするように
家の軒先
陽当たりを加減して
(落とさないように
(傷つけないように
*
先週、カレーライスが食べたくて
薄皮を剥いでいった
今週、スパゲッティが食べたくて
表面の皮を破り捨てた
今晩、肉じゃがにするといって
芯を取り除き乱雑に包丁で刻み込んだ
夜、納戸にまで水が浸み込む暴風雨に曝されて
外干ししていた玉葱たちは
転がりながら 行方不明になったり
落ちて傷ついたまま 溝の中で腐っていった
以来、
玉葱を上手に並べて干してある家を尋ねて歩く
玄関の扉は開けっぱなしで
軒下から転がり落ちたものを
必死で並べようとした人を
いつまでも
探してみたりして
2020年12月01日
四トントラック
四トントラックの背に鉄屑ばかり積んでいた
製鉄会社を回って非鉄金属ばかりを探して
使い物にならないモノたちを再利用しようと
かき集めていた、父の会社
工場の垣根になるほどの拉げたタイヤの群れ、
切られた銅線と凹んだアルミ缶、
自分のようなもの、家族のようなものを
抱え込んで走っていた
買ったときは真っ白だった四トントラックは
鉄粉にまみれ、金属に擦られ
鉄屑にのしかかる工場の巨大な磁石に
バウンドさせられて
赤茶けた場所が広がった
使い物にならないものは
チューブの抜けたタイヤ、
原形を留めないアルミ缶や剥き出しの銅線、
伸びきったバネや錆びついたネジ、でもなく
四トントラックだったかもしれない
トラックを引き渡す日
わたしは荷台とドアの間の梯子をつたって
トラックの天辺で山に沈む夕陽を見ていた
日が暮れても工場から帰らなかった
工場はもう社名の違う看板が掛けられていて
遠くからきた人たちのものになっていた
夕陽に焼け焦げる空と仄暗い山を見ていると
真っ新なトラックに置いてけぼりにされて
なんで連れて行ってくれへんのや!と
泣き喚く女の子がトラックの後を駆けていく
困り果てた赤ら顔で骨太の男の手が
彼女を運転席の横に乗せると
女の子が泣き止むまでいつまでもいつまでも
ずっと、一緒に 走り続けていく
唄
最もよき者は攫われてしまった*
よき者の言葉は封じられ
足並みをそろえる、その旋律だけは大切にされた
皆、同じ顔をして右を向き前に倣う
*
── 唄は、
ほら吹き、笛吹き、炎吹き、
人々は群れ成し、肩組み、唄を歌い、姿消し、
── 唄は、
寝た子を起こす子守唄
親の声だと信じる子供
(騙されてはいけないよ!
(あれは人さらいの笛の音!
叫んだ者たちは喉を潰され書いたものは指を折られる
抗いようもない巨大なメロディーが頭から浸入して
足裏を断崖まで運ばせない道の上を歩かせた
── 唄は、
広大な大陸で帝国を作りあげ
極寒の魂は白鳥に身をやつして岬で嘶き
地雷で吹き飛んだ脚、
長靴の音だけ残る国
*
最もよき者の声も攫われて帰らず
残れる者の頭もまた、攫われて返らず
歳月を背負い 傾いた空の下
嘯いた笑いを浮かべ 生涯を費やし
諳んじる唄に唇をかむ
朝の光が頭を撫でてくれるまで
死んだふりなどしてみれば
瞼の海から
唄がこぼれる
*最もよき者は攫われてしまった
フランクルの「夜と霧」よりヒントを得た一文。
2020年09月08日
洗濯物
家族がぶら下がっている洗濯竿
洗濯槽の中で
腕を組んだり 蹴り飛ばしたり
しがみついたり離れたりして 振り回され
夕立に遭い 熱に灼かれながら
それぞれの想いに色褪せては
迷いの淵を 回り続ける
暗い部屋に射す陽と陰の間で
年長の女は独り黙々と衣服を畳んでいく
老いた女の手に託されたのは
明るみに出せない家族の軽薄さの残量だ
散らかり続ける洗濯物
育った子らと、旅立った者の分まで
捨てられないのか、忘れてしまったのか
丁寧に四角く折り曲げられる服の山
手元を休めて喚ばれるままに目をやれば
外に亡祖父母と亡き父の抜け殻が細長く
自由自在に揺れている
靴下に弄ばれ、ハンカチを落とし
制服に手をやき、
ワイシャツに愛想をつかしながらも
その手は再び、雨に打たれて項垂れる彼らを
陽のもとに連れ出そうと
アイロンで温めて人様の前まで送り出す
干せなくなった女は簡単に世間に干され
出ていく、という掟が一つ、
縁の下に結ばれている
鋏で切られる日まで
ひたすら腕を、手を、指を、動かし
やがて沈む夕日を瞳にしまう
軒の下には
ひるがえる家族が並んでいる
隣家では若い女がいつも白い狼煙を蒸かして
明日も晴れての旗揚げを繰り返す
(抒情文芸2020秋:176号入選 清水哲男選:選評あり)
2020年08月01日
日課
冷蔵庫から子供の頭部とおくるみを
毎日切り刻みながら
君だけに盛り上がった
低学年男子の勃起を器に擦りつけて
テーブルに並べる
(コウノトリはキャベツ畑で卵を温めている)、
という事に苛立って
包丁はすぐに反応して まな板まで傷を残していく
水のあふれる住処で目を回しているのは服やタオル、
ではない、腰から下の私
干せば乾く洗濯物と干せばいなくなる私は
その日の朝刊に重く貼りついてみても
ドライに捨てられる
どこに向かっているのか分からないさびしさだけで
活字を拾うと舌が歯にあたってうまく発音ができない
言葉を包丁のように使ってはいけないよ、というコトバを
包丁で切ると「言葉を/使ってはいけない」と
書き換えられた
Ⅰというものに意味があるとすれば
毎日切り刻み擦り減らしていく手足、
折りたたまれてしまわれる頭、
乾かない空、乾いたままの眼、
その隙間で 毎日、
サラダを刻むだけの私
2020年06月27日
めんどり
挨拶から始まる朝は来ない
顔を見たなら悉く突き合うまで
さして時間はかからない
めんどり二羽の朝の風景
イラつく調理場
割れる玉子
割れない石頭
言い返さない方が利口
聞き流せば済むことなのに
ついに出る、
(お腹を痛めて産んだ子に!)を声高に
謳いあげて嗤う、めんどり
卵が先か鶏が先か、ではなく
どちらが先に口から産まれたか、
大声で喚いたかで勝利は決まる
私たちは似ている
親子だもの
鶏冠にくるコトバもタイミングも同じ
寡黙な台所
一触即発の玉子焼き
丸いフライパンの中でできる玉子焼きを
四角く丁寧に折りたたむことはできない
苛立ちは焼けたまま
旦那様に差し出される
いつもの手間暇取らずの醤油をかければ
焦げていただろうフライパンの玉子焼きを
みりんと砂糖と塩で味付けすると
玉子焼きが黄色いままで焦げ付かない
旦那様は 調味料を全く使わない、
天然の玉子焼きの味が好きだという
が、
老いためんどりの目に じわり涙
その味付けは 私が母に習ったこと
人前で焦げた玉子焼きを出さないよう、
子供の頃に教えてもらった作り方
そんなくだらないことを
覚えていたくらいで泣くなよ
めんどりのくせに
私だって 作った玉子焼きの味が
わからなくなるよ
めんどりなのに
詩誌・いろんな家族(投稿作品)
2020年04月01日
極楽
「お前の願いを叶えてやろう」
伏見稲荷大社で大きな鍵を咥えた巨大なキツネが
私を見下ろしている
私はキツネに言われた通り 千本鳥居を潜り抜け
奥殿横の「おもかる石」を持ち上げると
夜の平等院の門が開く
ライトアップされた阿弥陀仏が
水面に逆さに浮かんで揺れている
赤であり緑であり黄色であった紅葉も全て 黒い陰をおとし
水面下の大仏に続く道が現れる
「そっちに行ってはいけないよ」
という、懐かしい誰かの声はしたが
「こっちにおいで」という、声もして
下を向いたら母がいた
(京都を私と一緒に歩きたかったと小さく言い続けた母
(老いた猫がいるし自分が行っても世話になるだけだからと俯いた母
その、母が、今!
菊の花柄の黒い服を着て私の近くを歩いている
あれほど 来られない、と言っていた母が…
もう歩けないから、と言っていた母が…!
「やっぱり来てくれたんだね…!」
私はキツネにもらった鍵を捨て
遠ざかろうとする母を追いかけた
横顔だけの阿弥陀如来の 金箔は剥がれおち
屋根の上の不死鳥がさかさまに啼く頃
水面には大きな鍵だけが ひとつ
池の表に浮かぶだけ
テーマ(京都)
※支倉詩劇:ポエーマンスで朗読したもの。
2020年03月22日
単細胞
本能だけで生きている
あられもない自分のこと以外知る由もない
けれど真ん中に込み上げる淋しさについて
幾度も躓く
単細胞は一つであるということ以外何も持たない
【自分でいる、自分がある!】
当たり前の事を言いまわる
むき出しのバカの自由(それでいい)
淋しさは淋しさを呼ぶ
やがて卵子と結合し
一体感を得た途端に分裂が始まった
見る
触れる
聞こえる
感じる
味わえる
単細胞は五感をフル活動させ
多細胞で固められた人間組織として歩き回る
学んだ
体験した
人付き合いも覚えた
疲労した
沈まない多くの夜に目を凝らし
陰りのある朝の中を歩き続けた
なのに
学べば学ぶほど
人に出会えば出会うほどに
単細胞は 淋しくなった
単細胞は
賢くなりたかった
勉強したかった
そして 偉くなりたかった
しかし組織は管理と監視を続け
同じ組織の中で生きる単細胞同士でも
裏切ったなら 他愛もなく壊死させた
自分が息継ぎをするためには
相手の息を止めるしかない
疲労し老い、追いやられていくものたちを
単細胞は眺めるしかなかった
真ん中の肉を削り取るような隙間風が
どんどん通過していく
その風に運ばれていく
夥しい自分であったものたちを見送り
そしていつか自分も
そこにいくということを知っていた
単細胞が歩いて、歩いて、学んだことは
これ、一つ
空を見上げて
【自分でいる、自分がある…!】
昔なら簡単に言えた言葉に押しつぶされて
バカみたいに青を滲ませて彼は泣いた
*
頭上の空はどこまでも高く、広く、
単細胞が生まれた時のそのままで…。
転がる
差点で行きかう人を 市バスから眺める
私には気付かずに
けれど 確実に交差していく人の、
行先は黒い地下への入口
冷房の効きすぎたバス
喋らない老人たち
太陽に乱反射する高層ビルの窓
その下に黙ってうつむく黒い向日葵
通り過ぎていく冷めきった人間たち
バスは座席からこぼれつづける多くの会話を
次の停留所で吐き出しては
また、新しい言葉を積んでいく
── 梅田の一等地あたりのマンションでいくらですか
── ロッカー、どっこも空いてないやん
── あの人いっつも家柄の自慢ばっかりやんか
『次は土佐堀三丁目』
大阪に網羅する血管の、
血が通っている所と、通わなくなった所
その、間の駅で降車する
改札口から吹き抜けていた風が
日照権のない平屋へ足を運ばせる
夜は 独り缶詰の底に沈んでいる家族の事などを想い
職場でハンマーを振り上げては
゛目玉焼きになる゛と 笑う父の姿が濃くなっていく
角の路地を出れば 小さなガラスケースの中
ウインナーとトースト、そして目玉焼きが
モーニングメニューとして
日焼けし、蝋細工の色は欠け落ちたままだ
違ってしまったのは
そこに何十年と通い詰めていた男が一人、減ったこと
一つ番地が消えたこと
以外、
変わったことなどさしてない
駅に向かう私を市バスたちが追い越していく
夕陽は黙ってうつむく私見つめて沈む
誰にも気づかれず死んでいく者の数を
あの赤い空は知っているのだろうか
*
高架下の交差点で
誰かに放り棄てられたビール缶が
どこまでも転がっていく
ガラガラと音を立て うろつきながら
どうしようもないことに
つぶされないように
横切っていく
私も素知らぬ顔をして
横断歩道を渡っていく
コンビニに入ると
店員はビール缶を棚に出しては
いくらでも並べてみせた
その手の裏側の方から
サイレンの音が鳴り響く
降り積もる雪のように
あなたの望む
あなたにおなりなさい
例えば雪のように
柔らかく白く
降り積もりなさい
やがて踏みにじられ
汚されて逝く
その傷や痛みを
涙や嘘で繕うのです
そうして白い瘡蓋で
覆うのです
人はまるで
降り続ける白い粉雪
自分を掘り下げるように
自分を重ねて行く
何時
死んだ父が
殺された、という
名札をつけて立っている
その横をコンビニ袋に
かつ丼を入れた男が
実存の靴を鳴らして歩く
蛍光灯の下で
頭だけ照らされた女が
命について考えると
部屋には沈黙が訛り
御霊だけが浮遊する
今とは一体、
何時のことだ
白い炎
年末の庭に放置された大量の菊が
霜が降りる毎に人を誘う手をみせる
いつか燃やさなければ片付かないね、と
そればかり気にしていた母の、
指の第一関節はガンジキのように折れ曲がり
小さく縮んだ菊の亡骸を集めていた
仏壇の裏のセイタカアワダチソウが
鈍色の曇り空にトゲトゲしく突き刺さり
誰かの長い白髪のような枯草は
横倒しに倒れたまま土を覆い隠している
簡単に抜ける
色褪せたそれらのものを集めて鎌で束ねては
焼き場まで持っていく
母はその薄暗いものたちを上手に重ね合わせ
端が折れて黄ばんだ新聞紙を細長く丸めると
マッチを擦る
底に火を置かれたものたちが燻る焔をあげ
小さな骨が何度も折られる音が続き
やがて火は燃え広がっていく
いつか燃やしてしまわなければ…、と
自分に言い聞かせるように母が呟いた後、
あっという間に燃えてしまうものですね、
街から来たという男が古い家を背にして
正直に言う
玄関に注連縄のついたお飾りを吊るすと
そこから
母が入り、娘が入り、猫が入る
今年が無事だったことなど気にも留めず
暮れた寒村には消防団の夜回りの鐘が
夜の中で鳴り渡る
抒情文芸 2020年 春号
清水 哲男選(入選)
2020年03月02日
考えない足
初めて履いた運動靴で
私たちはどこへでも行けた
リュックサックを背負い水筒を持ち
少しのお金と自転車のペダルに乗せたその足で
行きたい所へとハンドルを切れた
時間は私たちの足の後から付いてきた
日時計だらけのデコボコ道を
どこまでも どこまでも
白い運動靴が汚れてきた頃
黒くい靴を履かなければ 行けない所が増えた
手首に巻かれていたのは 手錠のような時計
自転車は納屋の奥で錆びついた
ハンドルは固定されてタイヤは罅割れ
ペダルはもう、回らなかった
今、私は町の停留所で捨てられた牛になって
飼い主が迎えに来てくれそうな車を待つ
草臥れた運動靴を蹄に被せ
定刻通りに来る運転手のバスに乗せられて
この町を周り続ける
バスは決まった方角へと進み
市役所と病院を通過して
同じ場所で私を降ろす
(便利になったもんだ
(バスの時間に間に合わない者は
(買い物も治療も手続き事もできないのだから
小さな押し車に頼る老人と
杖を突く老女が そう呟いて降車した
バスに揺られ 自分の足も動かさないまま
私は町を何周しながら死んでいくのだろう
【便利になったのだ】
ペダルを漕ぐ白い運動靴の足たちが
時間を逆走して
バスの中の私を追い越していく
(詩と思想3月号掲載詩)
2019年12月07日
帰郷
魂の粒子が入り込む真昼の庭園。不在の住処の質量は閑散とした佇まいの
重さに呼吸して、光彩の瞬きを受けて渡す、あるいは、乱反射して滑って
いく。薄緑色に生い茂るやわらかな罪に、赦しは幾度となく繰り返されて
畳の藺草の上に、足跡をつけた人たちが、セピアの影となって、草の香を
湿らせていく。繰り返される粒子たちの歴史。私たち、という姿は障子に
煤けたまま、外界と内界を仕切る薄紙に、ぼくの鼓膜も、なつかしい声に
角度を預けたまま、透き通り、ふるえていく。誰に負われてきたのか、負
ぶさってきたのか、わからないまま、今日来た役人の、インクの付いた袖。
汚れた黒いインクの袖口ばかりが気になって、母さんの手が離せなかった。
子供の視線で覗き込んできたものは、蚊取り線香に巻き取られて細く長く
ジリジリと燃やされていったまま、今でも蚊帳の中を浮遊する、苦い煙。
経机に置かれたわら半紙に何も書けないうちに出て行った、ぼくの、夢。
墨汁をこぼした失敗談だけが、まだ飾られているような、部屋。
泣いてしまえるほどの脆い足場の中に、目の前を通過するいくつもの急行
や快速電車に急かされながら乗り継いできたはずなのに、生い立ちの在処
は、どんどん遠く、そして、鮮やかになるばかり。
車椅子
地元の植物園で菊花展が開催される頃
入園入口にある車椅子を借りると
母を乗せて湖畔に広がる花々や温室の中を歩き回った
昔、母は祖母を乗せて車椅子を押した
ひと昔前母は 私を乳母車に乗せて
そして泣きだせば 抱いたり負ぶって
この巨大な植物園を歩いた
秋といえど まだ日差しは強く
工事されていないデコボコ道もある
多くのカップルが行き過ぎ 老夫婦が通り過ぎ
工事現場のダンプカーを避けながら
車椅子を押し続けた
私の荷物を胸に抱えて
車椅子から喋っていた母の声が
だんだん小さくなり 聞こえなくなり
ポプラ並木の紅葉は見えなくなり
裸木や寝そべった枯れすすきを横目にしながら
薄暗い椿の森へと入っていく
車椅子は重くなる
荷物を抱えている母を押しながら
一歩、一歩、と 足を
前に出さなければ進めない苛立ちを踏みしめながら
押し車のグリップに圧し掛かる手のひらの強張りに
肩を震わせながら 前へ、前へと、そして 前には、
坂道、坂道、そしてまた デコボコの坂道
私が車椅子に乗せている人は誰だろう
そして 運んでいるものは何だろう
対岸の入口の傍に菊花展の菊の花が 黄色く灯る
白菊の花の灯りもぼんやり見える
紫や白の緞帳の中に飾られた
菊花を見に来る行列に紛れて
車椅子を押す女が見える
めんどくさいテレビ
モノクロテレビは 力道山を
独り占めしたことを語り
カラーテレビは 鉄腕アトムで
空を越えたと言う
地上波テレビは
そんなアナログテレビたちの話に拍手を送り
BSで アナログたちを馬鹿にした放映を
夜中に流した
めんどくさい、ほこり
めんどくさい、おごり
めんどくさい、電波
めんどくさい、ばかり
情報による、情報のための知ったもん勝ちを
昭和に言えなくて令和で言う人
昭和では言えたのに令和で黙る人
*
金の卵の母の指
昭和のベルトコンベアーに運ばれて
テレビの部品と引き換えに
てのひらの歯車 錆びついた
テレビに映る東京タワー
スカイツリーに抜かれたと
めんどくさい娘が嬉しそうに言うことも
老いた母は 俯き聞いて
腐る前のナシウリ一つ
落とさぬように 大事に抱え
伸びない指で手を合わせると
横を向いては 黙ってかじる
旅
駅前の信号の青の中を
ホテルの前で屯する入り女の白い手招きを
ビジネスマンの眼鏡の先を
赤いジャンパーの男のポケットの音を
渡り歩いて辿り着く エビス屋のテーブル席
器に盛られたカルパッチョの鯛は
もう捌かれて 目はないのだけど
私がどこを潜り抜けてやってきたのか
一目瞭然で 身体を開いていた
ラテン系の音楽、弾む弦楽器、
その店から流れる音色は 筒抜けに明るく
心労が祟ってイライラしている、
タクシーの運転手のハンドル捌きさえ
リズミカルで陽気にみせる
会話は店内から外界に賑やかに溢れ
テラスの恋人たちは
カラフルなビールで乾杯して
二人の祝日に グラスを傾ける
けれど
赤信号で突っ立たままの歩行者の眼を
ホテルに入れてもらえないまま路地裏に消えた女の顔を
パソコンのディスプレイに取り込まれて点滅しているビジネスマンを
そして
どんどん大声になっていく 赤いジャンパーの男の
膨らんだケットの中のモノのことを
思い浮かべて目を瞑れば
はぐらかしていたものに おいかけられて
サイレンの音は鳴り響く
(病院に運ばれるのだろうか
(警察署に行くのだろうか
否、おそらく
目のない 開かれたままの鯛と同じ方角へ…。
賑やかだったエビス屋のラテン音楽は店じまい
華やかだった色を浮かべたあのグラスたちでさえ
他人の顔をして 吊り下げられる
騒がしい喧騒の街を
巨大な手をした夜が
旅に出た者たちを
ことごとく 片づけていく
(ファントム4号執筆原稿)
2019年06月30日
ぞう
大きな一頭のゾウの写真をこっそりと
一人だけ見ることのできる男がいた
男はゾウを連れてきて
人々に目隠しをして触らせた
北の民はゾウの耳を撫でて
ゾウは耳だと言った
東の民はゾウの尻のあたりを巡り
ゾウは匂いのする丸いモノだと言い
西の民はゾウの足を抱いて
大木に違いないという
そして南の民はゾウの鼻に触れ
ゾウは長いのだと言い張った
戦争がはじまり
写真を見た男だけが
高みの見物をした
そして
殺して剥製にしたソレに
「お前は金になった」とだけ
耳打ちした
2019年06月07日
噂
噂は一人、散歩するのが好きだった
特に 夜
人の歯の隙間からどうしても出てしまう溜息や
口臭を嗅ぐのが好きだった
同じ道を通り同じ流れに沿って歩き
同じ家の窓明かりの下で影になって
一周するだけの噂
なんとなく人間臭い所が好きなのに
さみしい噂
その日 噂は鍵の掛け忘れで
散歩の時間は午前二時半、丑三つ時
噂は聞いてしまったのだ
「──では、こちらが加害者になってしまう、
君、死んではくれまいか?」
噂は黙っていられない
黙っていれば、誰かが死んでしまうのだ
いや、黙って入れさえすれば
少なくとも自分の保身は守られる
横並びに大きな邸宅の間に挟まれた選挙事務所の窓明かり
電気が消えた翌日に、一人の男が首を吊ったと載せる朝刊
『福祉介護職員自殺』
── 自責の念に追い詰められたと遺書を残す
以前から高齢者虐待があるのでは?という話が出ていたことも、
病院のベッドが足らなくなれば末期癌の老齢患者は、その施設に
入れられたら二度と帰ってこられないことも、噂は知っていた
その介護施設長の声を、あの夜、あの事務所で聞いた噂
噂は 自分が黙っていたことを嘆いた
自分は噂だから、誰にも信じてもらえない
けれど、黙っていたことで人が一人死んでしまった…
噂が悩んでいるうちに
マスコミは、どんどん先を行く
〝本当に虐待はあったのか?
〝証拠がないじゃないか!
〝丁稚上げの出鱈目だらけで、自殺者がでたじゃないか″と
噂は言いたい
〝虐待はあった!
〝仕組まれた自殺だと!
〝強いものが弱いものを装って、被害者をつくった結果だ″と
あの夜の事務所の前を、噂が通り過ぎようとすると
再び施設長の声が頭の上の窓の隙間から降ってきた
「うまくいった。次はこの辺りのこいつに死んでもらおう…。
大丈夫さ、いつ死んでもわからない老人ばかりだからな…。」
噂は我慢できない!
噂は飛び出した!
身体中から飛び出した!
噂は夜、町中のポストにビラを作って投げ込んだ
マスコミにも電話をかけてすべてを語った
噂は「うわさ」に生まれて、自分に一番出来ることをしたと思った
(これで、もう、死ななくていい人が、殺されることはない)
その翌日、噂の姿を見かけた者はいなくなった
誰かが「噂は遠い所へ送られた」と言った
そして人々は口にした
「ホント、噂なんて一体誰が産んだのかしら?
どうせすぐ、消えるだけのモノなのに…」
(モノクローム2号掲載原稿)
2019年03月23日
名刺
手渡す人の人相が好かろうと悪かろうと
ついでにナントカ法人取締役だとか
はたまた○○財団ナントカ会長だとか
いつまでも覚えられない本人の名前と
どこまでも続く法人名・財団名・団体名
本人の名前より自己主張する予備知識が
独り歩きをどんどん始めれば
そのお墨付きを
利用する人 誉める人
たった一枚の紙切れで
年収何千万円がチラついて
握手する人 手を結ぶ人
(そして口が聞けなくなる人の
(居場所のない居場所をつくって
(押し込めたがる人
社会人なら名刺を交換するのが礼儀だろ、
と 怒鳴り散らす人の
日本人は全員社会人だろ、
と 思えば都合のいい人の
礼儀が私の指を傷つける
私は名刺を持たない
宛もない言葉だけを頼りにしている奴に
どんな社名や配置部署が似合ったあろう
選ばれた良品の上質紙たちと
有名デザイナーのレイアウト
東京4号から大阪9号の圧縮サイズの中で
生息する君たちの暗号が前進して
ちいさな草花を踏みつけて行く
酔っぱらった社会人の
スマホで作れるお手軽保障
その紙切れの上で
人が浮いたり 沈んだり
2019年03月06日
台所
そこには多くの家族がいて
大きな机の上に並べられた
温かいものを食べていた
それぞれが思うことを
なんとなく話して それとなく呑み込めば
喉元は 一晩中潤った
天井の蛍光灯が点滅を始めた頃
台所まで来られない人や
作ったご飯を食べられない人もでてきて
暗い所で食事をとる人が だんだん増えた
そうして皆 使っていた茶碗や
茶渋のついた湯呑を
机の上に置いたまま 先に壊れていった
カタチあるモノはいつか壊れるというけれど
いのちある人のほうが簡単にひび割れる
温かいものを求めて ひとり
夜の台所で湯を沸かす
電気ポットを点けると 青白い光に
埃をかぶった食器棚がうかびあがる
夜に積もる底冷えした何かがこみあげて
沸騰した水は泡を作ってあふれかえる
仕舞われたお茶碗と
湯気の上がることを忘れてしまった湯呑たち
その間で かろうじて
寝息を立てている老いた母と動かない猫
おいやられていくものと
おいこしていくものの狭間で
消えていった人のことなどを
あいまいに思い出せば
台所には 昔あった皿の分だけ
話題がのぼる
(抒情文芸170号・本欄推薦作品)
(清水哲男選・選評あり)
2019年02月17日
高速バス
高速バスの窓辺から 風景は切り刻まれ
囲まれたインターの隙間や綻びを見つけてバスは逃げ切り
トンネルで安眠を貪り 気がつけば
高架下には貼り付けられた灰色の街と
名札のついた背伸びしたがる顔のないビル
バスは ここまできた、ここまでくれば。
ここまでくれば来る程 瞼に迫る自宅
村とは似ても似つかない鉄筋コンクリートが立ち並ぶ
高層マンションの堆く積まれた四角形
その中に父の位牌が見えてしまうのはなぜだろう
ガタガタ道一つもない平面な路側帯になればなる程
バスにゆすられ揺すぶり起こされるものの名前を
口にしようとして 知らず、手を合わせて
目を背けてしまうのはなぜか
終着駅につくまでに晴れたり曇ったり小雨が降ったりして
窓ガラスを叩く滴は長い尾を引きずったまま先は見せない
進めば進む程 何かに手繰り寄せられてしまうバス
得体のしれない悔恨のような 赦しのような
取り返しのつかない優しさのようなものに
揺すぶりをかけられたまま 私はバスの中を彷徨った
色づいたものが消えてしまった薄暗いロータリーで見えたのは
幼い私を背負う母と手をつなぐ作業服の父
若い父と母はバスの中の私に気づくと
「あっち」と 笑って指を差し
すれ違いながら三人で歩いていく
降車ボタンを押し忘れた私は
終着駅を過ぎたターミナルで一人捨てられ
車掌から手渡された乗り継ぎ引換券には
【ここからは自分の足で行けるとこまで】
と 記載されていた
うつむきながら
うつむきながら 一番奥に座っている
うつむいたまま バスと一緒に揺れている
ノートを隠しながら ペンが走る
紺色のプリーツスカートの
大柄な女子高生が一人
堂々と見せられない一生懸命と闘いながら
文字を追い続け 文字を刻み付け
バスのハンドルが傾くたびに
膝のノートが滑り 紙が擦れる音がする
ちらちらと 周りを見て
また バスと揺れている
文字とバスに格闘しながら
捲られる音と白紙と
追いつけないペン
バスは田舎道を行く
くねったり上がったり下ったり傾いたりしながら
車体と同じように 私たちは揺れている
姫路から乗車してトサカグチで降りた彼女は
詩を書いていたのだろうか
詩は出来上がったのだろうか
長く続いたガタガタ道を 首を傾げた文字たちが
くねったり上がったり下がったりしながら
四角いノートの中で 真っ直ぐに立とうと
へばりついていたのだろうか
✻
最後尾の誰もいないシートに
いつのまにか西日が座っている
うしろなんて振り返らない田舎のバスが
うつむく横顔を乗せたまま
耕地整理された水田の中を
飛び跳ねながら 走り続ける
(第20回白鳥省吾賞最終選考作品)
消しゴム
私の部屋から消しゴムが消えた
自分で買い続けた漫画や画集本より
知らない人から送られてくる詩集本が増えた頃に
机の周りは書き散らかした紙で黒文字だらけ
背表紙の文句に踊らされた本棚
その息苦しい主義主張を一気に裏返して
全部白紙に戻してみたい
派手に色を付けようと輪郭をとろうとして
失敗し続ける線を消していきたかった
例えば 良い事だらけを書こうとして
三日も持たなかった日記
今は友達ではない女だらけの写真
燃やせば消えてくれる手紙の束や
指に入らなくなったカレッジリング
誰とも交流のないOB誌
カラフルに縁どられたもの中身は
だいたい黒いモノばかりでできていて
今すぐほしい物が出てこない魔境の家で
私は見つからない消しゴムを探し続けた
昔から使っていた消しゴム
小さく汚れた練り消しでもいいから
みんな丁寧に拭き取ってしまいたい
厠へ行こうとした時
納屋に落ちていた泥だらけの運動靴
この靴も帰りたいのだろうか
学生時代 狭い部室に真っ直ぐ歩いて
下手な絵を描いていた私
消しゴムが一番必要だった頃
私のノートには走り書きの夢物語
喜怒哀楽の激しいキャラクターたち
そして
私の描くどの線も
決して間違ってはいなかった
2019年02月03日
節分
節分の夜に細々と二階の窓を濡らす音がして
外に人影が見えた
こんな遅い夕食時に帰ってくるのは
パチンコで負けて家に入り辛いお父さん
家内と呼ばれる鬼は
温かい部屋で猫と一緒にゴロゴロしている
パチンコに勝った現金を差し出さなければ
自分の建てた家の敷居も跨げない父が
窓の外で彷徨っている
ずぶ濡れの父が大切そうに抱えているのは
福豆ではなく ナイロン袋に入ったコンビニ弁当
そして私に
「ええか。絶対お父ちゃんが負けた事、お母ちゃんにゆうたらアカンど。
お母ちゃん、ワシがおそうなったから、腹へらかして、機嫌も悪いか
もしれへん。お前な、この弁当渡してな、【お父ちゃんは七万円儲けた
から、明日も勝負賭けに行く!】ゆうて、出ていった、ゆうとけよ…。」
泣きじゃくる子供のような声を抑えながら
冷たい手からもらったのは 温かい幕の内弁当、二つ
それっきり 父は家に帰ることはなかった
鬼は 母だったかもしれない
鬼は 私だったかもしれない
父がコンビニ弁当でなく 福豆を買って帰ってきていたなら
ちゃんと家の鬼を退治して
自分の家で長生きできたかもしれない
父を見送って四年
季節の節目ごとに雨は降り
寒い日は節々が痛むと 鬼は哭く
毎年変わる当てもない恵方を目指しながら
幸せになりたい、健康になりたいと 鬼のくせに祈ったりする
✻
黙々と食べる恵方のその彼方
鬼ヶ島では鬼たちが金棒片手に鬼会議
宝箱の金銀財宝を自分の金歯に加工して
いかに次々と煎餅たちを真っ二つにしていけるかを
ニヤニヤしながら話し合っている
外界では背を丸めながら白く小さく溶かされていく者たちが
いかにモノが言えなくなっていることを
ラジオは雑音も交えて 何度も繰り返すのに
夜のポストには もうすでに
桃太郎は殺された、という訃報が 投げ込まれていた
2018年12月31日
夜の中
電灯を持って 夜を渡っていく
陽に炙り上げられた煤けた空は
山影に 明かりをしまう
小指ほどの電灯をつけようと ボタンを押す前に
避け切れない車のライトに 身体は轢かれる
カーブミラーの中は 車が去ったあとの
痕跡を静かに見つめるだけだ
前方の二階の窓は火事
その隣の部屋で殺人事件が起きていた、と
ゴミ置き場のポスターの男が
赤い部屋へと指をさすが
交番の巡査は異常なしの欄に〇を書く
書いた〇は交番の玄関で赤信号より赤く灯る
濃いメイクの女の顔が得意そうに目配せを送り
それが私の肋骨の隙間のあたりを通過していく
私は照らされ轢かれて 見つけ出されて跳ね飛ばされて
砕けながら千切れた左手で傾く首を持ち上げ
何とかまっすぐ歩こうと 追いつけない足を𠮟りつける
コンビニに辿り着く前に恋人と
動かない舌で話をしたような気がしたが
店員に中身のない財布を量りに乗せたら
全てなかったことになっていた
帰り道はさすがに暗いと思い
小指ほどの電灯のボタンを
押して足元を照らしたら
うしろから私がついてきた
左手首で首を斜めに上向かせると
見たままの空が頭の上に貼りついた
星空は私と一緒に動くので
星はどんどんひっかかり
歩くたびに背中が
みるみる重くなる
足元を照らしていた電灯が
地面を昼間に仕立て上げるころ
夜に泣いていたのは
もう赤ちゃんではなく
おばあちゃんだった人だということが
明るみに出ていた
あのトタン屋根の二階の火事も殺人事件も
帰る頃には交番の手柄になっていたのに
入口の〇は更に赤い灯を点して浮いていた
巡査は濃いメイクの顔の女と旅に出た、と
掲示板には書いてある
行き先はゴミ置き場の男が指示したらしい
私はカーブミラーから
必要な記憶を取り出すと 家路を急ぐ
頭に貼りついていた星が流れ始める
流星群の日は人がいっぱい死ぬのかなって
一緒に空を眺めて星になった友人のことを
下から見上げる
大きなドラムカンに何かを燃やし続けている家の畔の
大きな橋を渡ると 私の体は五体満足になっていた
坂の上の三叉路の三体のお地蔵さまに
お菓子を供えると
私の家の入口が開くのだという
*
私に名前は 未だない
2018年12月05日
縁側
一日中縁側で過ごす人は
陽の目を見るのが少なくなった人だ
何を話すでもなく 寄る猫を追い払うでもなく
牛乳屋を見送って 小学生の登下校に目をやりながら
物干し竿がハンガーごと錆びていくのを
固まったまま じっと見つめている人だ
庭に落ちた葉を
数えるでもなく教えるでもなく
減ることにも増やすことにも関心なく
塩辛いお茶の味を
いつまでも喉に含ませている人だ
日当たりのよい縁側は
手押し車の茶色いミシンを出し 脱穀機をまわし
庭にはうろつき回る鶏を放ち 雑魚獲りで捕獲した魚を泳がす
土手の上をヒルに咬まれた男の足が通り過ぎ
手拭いを頬被りした女が 柄杓の入ったバケツをおろし
縁側の方にお辞儀する
そのあとを金色の丸いやかんを抱えた子供が
必死でついていく
土をいじり 水をまき
育ったものと実を結ばなかったものを
庭は映し出していた
内側から見えるもの
そこを通り過ぎたもの
そして運び出されて戻ってこなかったものが
庭先で遊んでいる
赦すことも手放すこともできず
墓守りのように座り続けた長い影も
陽の傾いた縁側と重なり合いながら
少しずつ 倒されていく
宿題
母に愛を頂戴と 両手を差し出すと
母は遠い所を見るように 私を見つめる
朝 白い大きなお皿の上に
母の首が置いてあった
寝室の机の上にある手が握っていたのは
((少しでも足しになれば…、
という文字だった
私は
愛する、ということについて 解答するために
母の首を提出した
倫理の先生は激怒し警察に電話を掛けた
心理学や哲学の先生は大絶賛して拍手した
社会の先生は私を取材し
科学の先生は私の脳波を計った
そして医学部の講師は
母の首をいくらで売ってくれるかと
真夜中に呼び出した
ただ用務員のおじさんだけが
私と同じような解答をしたので
飼育係にさせられたという
私の答え合わせは 誰がするのだろう
愛する、ということを宿題にした人は
一体誰だったのだろう
校舎では
警察やマスコミや大学教授やドクターが
大声でナニカを喋り続けている
母の首を抱えながら 自分の首を傾けると
飼育小屋の中にいる用務員のおじさんと目が合った
次の日 私の首が
飼育小屋の棚の上に置かれている夕刊が
出回った
どうやら宿題の答え合わせは
その先から 始まるらしい
2018年09月30日
雨の交差点
── 女が女の話をするときは注意した方がいい
会議室の黒い椅子たちが話し合っていた夕暮れ時
誰かが誰かに差し出したヨーグルトの白いスプーンが
雨の交差点の真ん中で シャベルのように突き刺さっている
何で何をすくいたかったのか 忘れてしまったスプーンは
今となっては誰かを埋めた後の シャベルに過ぎない
交差点の真ん中に置かれているものは
多分 そういうものたち
濡れた道路を滑っていく物思いや憂鬱を
車がライトに反射させて跳ね飛ばし
もう一つの地下世界が 現実を下から眺めている
右にも左にも上にも下にも斜めにも
渡れる道はあるのに 私たちは
用心深い「とおりゃんせ」を 繰り返す
ビニール袋の中の二リットル水たちが太ももに何度もぶつかり
歩みを止めようとする
夜のホテルのフロントの女は 上目づかいで
「女が女の話をするときは気を付けた方がいい」と
母の声で キーを手渡す
部屋に鍵を差し込むと
地下鉄の噴き上げる ぬるい風が
背中しか見せない男たちをベルトコンベアーで運んでは
エレベーターに詰め込んでいく
みんな あの四つ角に行くのだと、
シングルベッドは言う
この部屋には父がいて
いつも遠い家族のことをなんとかして守ろうと
思案しながら眠りについたことを
枕は 私に語った
さむいことも さみしいことも
濡れることも 迷うことも
足場を失うことも
知る、交差点で 父は
〝つかれた〟と呟いて 霧になる
黒い会議室で鞄に詰め込んだ書類には
ペットがペットでなくなると 捨てに行くこと
そして又、
親が親でなくなると 捨てに行く、という
規約が記されていた
この紙切れも明日にはバラまかれ拡散され
使い回され回収できない頃
あったことがなかったようにして
土の中に埋められるのだろう
私の手の中に刺さる捻じれたネジの記憶
雨に洗われてクリアーになる視界
草臥れていくものと、すり減っていくものと
等価交換して見えてくるもの
── 私が女の顔をしている時 父は死んだのだ
雨の交差点で〝さびしい〟と叫んだ声も
何かに揉み消されるように
車はスピードを落とすことなく
黒いケムリを吹きかけながら
逃げるように
走り去る
(詩の合評会に出したもの)
井戸のふた
雨天が続き狭い古井戸に 水嵩が増す。
私の仕事は、モノクロの写真を陽に透かして、セピア色
に変色させたあと、井戸に沈める仕事だ。夜に、井戸の
ふたを開ける。白い私が発光して浮かんでくる。黒い私
は未成熟だと、発酵して沈められる。井戸は、私と私に
境界線を引き、浮かべる者と、沈めるモノを、水圧で推
し量る。
長雨は続き、人は何かが雨を降らせているのではないか、
と噂したが、井戸は変わらず水量を増やし続けた。
夜、井戸のふたを開けると、沈めたはずの写真が、こぼ
れ落ちていた。恐る恐るその一枚を手にすると、私はこ
の仕事を辞めたいと、井戸に訴えた。それでも井戸は黙
ったまま、来る日も来る日も、浮かべる私と沈める私を、
選別して、沈黙を続ける。
(雨は 上がらない
(私も 浮かばれない
(何の 雨かもわからない
古井戸には私しか、棲まない。けれど、どうやっても雨
は止まないので、飽和した井戸は決壊した。古井戸の底
から大きなモノクロ写真が二枚吐き出される。庭に井戸
の家と、その水をおいしそうに飲む藁葺き屋の大家族。
(井戸はなぜ沈めていたのだろう、黙っていたのだろう
写し出された二枚の写真が鮮やかな輪郭を保ち、幼い私
が不思議そうに、こちらを振り返っている。
井戸は最後の仕事を終えたように大きな口を開けると、
雨の降らない空を見上げては、笑うように干上がった。
(詩と思想10月号掲載作品)
2018年08月18日
彼岸と語る
耳の隙間から浸水してきた水圧に
古家と私の身体はただ錆びついて
歯車の音は止む
薄暗い仏壇に薄寒い軽薄が漂い
手を合わせる家族を失った遺族たち
残された者と取り残された者の会話は
姑と小姑その娘という憎しみの砦を越えて
「実家」を再現する幼年時代の話題は
齢(よわい)八十を超えた者の
記憶の中でしか遊び場を知らず
また その先の逝き場を覚悟させる
幼馴染みが何人渡っていったのだろう
(病気で、異郷で、突然死で、独りで
(なんの、知らせもなく
何食わぬ顔で向かえていた明日に
二本足で立てない未来が待ち受ける
((年は取りたくないもんだ…
緑茶すら啜らず紅茶も飲まず
湯気を立てているものすべてが
冷めてしまったことを私たちは語り合った
凍てつく外界の降りしきる雨に身体を濡らし
実家を後にする叔母の物静かな世間話が
背中に長い独りを見せつける
隣の襖から香るお線香とひしゃげた蝋燭の炎
何人分もの灯火が風雨の強弱に煽られながら
梁の上を越えて昇っていく
私の持つ小さな火も知らず燃え尽き
煙は天井を燻し続けていくだろう
この家の天井に燻りつづけ いつしか
シミのような 大きな黒い顔をして
(buoy掲載原稿)
あかんたれの国
あかんたれや、くらい
ゆわしたれや。
おれ、あかんたれやから、くらいの
コトバ ひとつ。
死にたい、死にたい、ゆうて
生きとる。
ゆうたらあかん、おもて
ゆうてしまう、
「死にたい」が
毎日。毎日。。
おれ、あかんたれねん、と
ゆわれへん国では
死にたい、や
殺してやりたい、が
あふれて 首くくったり首絞めたり。
(誰かを悪者にな、負け犬の国)
「あかんたれ」の コトバひとつ、
軽く笑いとばしたれや。
あかんたれで 生きられるなら
あかんたれで 明日も熱くなれるなら
もう 誰も責めんですむやん。
コトバひとつ まちごうて
コトバひとつ つうじのうて
いっぱい人が 死によった
じぶんのコト あかんたれや、ゆう人を
嗤う、あんたれねん、と、ゆわれん人が
いっつも 鉄砲もって 攻めてくる。
あかんたれの国を滅ぼして
エライ国になって
あかんたれらを閉じ込めて殺していく。
(そのほうが あかんやろ
(そのほうが えらないやろ
じぶんのコト
「あかんたれやった」ゆうて
黙ってしもうたお父ちゃん、
お母ちゃんは泣きよったけど
お父ちゃんは カッコよかった。
その遺言のつづきみたいに
私はあかんたれの 詩ィ書きよる。
あかんたれの国に 生まれて
あかんたれの家で 育って
毎日
死にたい、死にたい、ゆうて
生きとる。
ほんま、
迷惑な話やでェ。
(bouy掲載原稿)
2018年07月28日
休憩室
食堂の経営者を失った病室の一角は
病人と看護師と来客を 一緒くたに呑み込み
巨大な景色を見せては対話するケア・ハウス
看護師が新米看護師に未来を指導する声と
自主研修が病院だと ぼやく中学生
疲れ切った通院患者に
噂好きのお見舞い主婦たちの長居
老人が老人を介護する、あるいは
年老いた夫が行末のない妻を……。
身体に悪いと知りながら
食べかければ必ず残すプリン
病棟に戻らなくてはならないと知りながら
初夏の風を真正面から受けたい老いた女
窓の向こうには同じ速度で佇む深緑の木々
もどらなければ ((病室へ
かえらなければ ((何処に?
足先の言うことも踵の言うことも
聞こえているから 怖くて立っていられない
看護師が帰り 中学生が帰り
すべての会話が黙ってしまった後に
いつまでも病室に戻らない妻を心配して
肩を抱く老いた夫
午後一時半をとうに過ぎていった風にゆれて
いつまでも窓の外に 取り残されていたい女
座っていることも出来ず
並べられた二つの椅子に 横たわり
しきりに窓の外を見つめている
目に映るのは 憧れだけで作られた外の世界
不平も不満もない、淋しいとも叫ばせない、
完璧に用意された 懐かしい町を
彼女はひたすら 眺めていた
*
──みんなどこへ行ってしまったのだろう
誰もいなくなった休憩室に
大きな掃除機の音だけが
扉の向こう側から 今も、響いている
(いわき七夕朗読会での朗読作品)
鍵っ子
両親から持たされて鞄の奥に仕舞っていた
親の言いつけだったのか
知り合いの噂話だったのか
人目には触れさせなかった、その鍵。
納戸の勝手口には突っ張り棒がしてあり
玄関口は内側からしか開けられない
何のための鍵であったかわからなかったが
この家の一番奥の仏壇の前の床の間へ
行くものだったのか
あるいは その手前の一人きりしか入れない
狭い部屋に続くものだったのか
わからない、鍵。
私は親の言いつけを守る子だった
バスが決められた時刻に決められた場所を
通過していくような
電車がスピードを落とすことなく目的地を
目指すような
両親と私をつなぐ鍵付きの私を私は守った
でも、鍵。
母親との言い争いで飛び出した夜に
私が鍵を守っていることを知った人が現れて
その人と鍵の交換をしてしまう
私が手渡してしまった、その鍵。
その人は深夜に私の家に入り込んで
土間を渡り 次々と襖を開けていき
仏壇の横で泣いている私を見つけると
手をつないで行ってしまった
その人が何を言ったのか思い出せないのだが
人の話によれば
私はもう鍵っ子ではないという
*
私はその日以来
納戸の勝手口に突っ張り棒をして
自分で玄関口の内側に立ち
その手で錠をおろす
仏壇の床の間に行くまでの道順を
学校で暗唱し
電気の灯らない黒い狭い部屋で
白い骨と向き合い
誰とも本音で話すことができない、人の鍵。
飛び出したのか、それとも入っているのか
わからない家と鍵のことばかり気にしながら
両親の知る私に戻るため
夕暮れの坂道を どこまでも どこまでも
うつむきながら 黙って歩く
2018年07月16日
西日
一日の終わりに西日を拝める者と 西日と沈む者
上り坂を登り終えて病院に辿り着く者と そうでない者
病院の坂を自分の足で踏みしめて降りられる者と 足のない者
西日の射す山の境界線で鬩ぎあいの血が
空に散らばり 山並みを染めていく
そこから手を振る者と こちらから手を振る者
「いってきます」なのか、「さよなら」なのか
西日の射す広場で押し車を突く老いた母と息子の長い影を
またいでいく、若い女性の明日の予定と夕飯の買い物の言伝が
駐車場から響いてくる
私の額には冷えピタ
熱っぽい体にあたる肌に感じる暮れの寒さ
胃の中に生モノが入っても消化していく胃袋
そういうものについて西日が照らしたもの、
取り上げていったもの、
一区切りつけたもの、
誰かの一日が沈み 何処かで一日が昇っていく
その境目のベンチに腰を下ろし
宛てのない悲しみについて思案する
陽に照らされた私の左横顔は
顔の見えない右横顔にどんどん消されていく
ツバメがためらわず巣に帰るように
カラスに七つの子が待つように
みんな家に帰れただろうか
ヒバリは鳴き止み アマガエルが雨を呼ぶ頃
暮れた一日に当たり前たちが
安堵の音を立てて玄関の扉を閉めていく
生きる手応えと 生ききれなかった血痕を吐き
私もまた鳥目になる前に
宛てのない文字列を終えなければ
影絵になって消えていった人に
「いってきます」でもなく「さよなら」でもなく
「またいつか・・・」と
その先の言葉に手を振るだろう
寂しさを焦がす赤い涙目の炎に射抜かれて
私も自分の故郷に帰れるだろうか
家族と仲良く暮らせるだろうか
蜃気楼に揺らぐ巨大な瞳が桃源郷を作り出し
酷く滲んで 私を夕焼けの下へと連れていく
(モノクローム創刊号掲載作品)
ウイルス・スキャン
真夜中にウイルス・スキャンを実行して
モニターを見ながら怯えている
ブロックされた危険な接続の中に
今日も同じ顔を見つけた
この顔はファミレスでおなじみの
おばちゃんたちの自慢話と劣等感の駆け引きの中で
泡立ったメロンソーダーの中の不純物
その隅で立ち上がる甲高い声はトロクサイと、高齢者を嗤う
ラインが止まない女子高生のIDとIPアドレス
ファミレスの町ぐるみ検診を何度も起動させると
真夜中に胃がキリキリと痛む
体内に悪いウイルスがいるせいだと 医者は語る
私の胸部も頭部も異常がないのに
悪いことを見つけたら罰したい寂しさが
液晶画面を青に変える
毎日をスキャンして安心したい
(私は安全だ、と
毎日を表示して教えてほしい
(ウイルスはいませんでした、と
毎日を毎日フルスキャンして 私は木端微塵に疲れていく
(駆除したいのか、駆除されたいのか
デイスプレイに映る 私の小心者が
私を乗っ取り、私に成りすまし、私に取り付き
私のデーターを引き出し、私を裸の王様に仕立て上げる
ウイルスは駆除、ウイルスは排斥、
そんな口論で日は暮れて 誰に何が守れただろう
「悪いことをする人は どこか淋しい目をしているね」って
言葉を思い返すと ウイルスがまた一つ
胸のあたりから侵入してくる
モニターをうろつく小さな
「つながりたい」が悪意を持って涙するが
押しかけられても守ってやることはできない
私はただ私の手で真夜中を行き惑う
画面に引っかかった私の意気地なしを拾い集めると
何食わぬ顔をして
自分自身を シュレッダーに投げ入れる
(ファントム3号掲載原稿)
2018年06月08日
春祭り
父親の肩にしがみつく幼子の瞳に
映る、黄金の御神輿
何台もの金の神輿が練り歩く
この街の酒気を帯びた
荒くれ者の若い衆によって 持ち上げられる
「エンチキドッコイショー」
かけ声は
祖父に風呂場で手拍子させ
祖母を羽織に着替えさせ
幼い父に祭りが来たと 囃し立てさせる
神殿前に高々と宙に持ち上げられた御神輿と
祖父の肩に摑まったままの幼い父の亡霊と
はぐれないように、はぐれないように、
春を越えて一致団結し繰り返される
かけ声の向こうに側に しがみつきたい私
四年前この神社で大吉を引いた父が
一年分の期待を手に入れて春を迎えたまま
春にさらわれて逝った
境内に差し込む最後の西日のような
か細い眼差しを私に注いで
黒いジャンパーを後追いする子供が
足を取られて転ぶ、祭りの帰り路
易々と抱きかかえられ
父親に作られた小さな神輿の中で
肩に摑まった自慢気な瞳が
私の内部を覗き込んで
忘れ物の在処を問いかけるが
突然の父親の頬ずりに幼児は堪らず
「エンチキドッコイショー」
子供神輿が髭の痛さに耐えかねて
かけ声宜しく泣きながら
町の横丁を練り歩く
抒情文芸選外佳作
2018年05月23日
コト、たりない
たくさんの本棚に囲まれた部屋に
一つのテーブルと 一脚の椅子
灰皿には薬の抜け殻と オーダー表
鳴らない黒電話、かける機会のない大型レコード
ここに来る人は饒舌の上にある沈黙を愛した
本が話し始めると
ボクはこの部屋の外側へ行くよりも簡単に
時空を越えられたし
レコードは毎日僕に恋心を告白する
オーダー表があるから お腹も減らない
なのに、
テーブルの灰皿に薬の殻が
積まれていくのは何故だろう
鳴らないはずの黒電話から
─ 病院へ、、、 と、勧められ
ボクはテーブルの向かいに側で
壊れて隠していた椅子に 辞書を置く
椅子は 泣いていた
ボクも 泣いていた
出会った時から対話していたはずなのに
辞書でヤマイ、の意味を見つけ出せない程に
ボクたちの間でコトバは 無力になった
壊れたあなたに凭れながら
ボクたちは互いが流す、温かなものさえ
信じられないままに
「 」に、コト、たりない
2018年04月01日
トイレットペーパー
生協の宅配カタログと老女の一人暮らし
一週間生活するには一袋に四個入りで十分です
余るようなら
トイレットペーパーで鼻をかみ
水に浸けて汚れを落とす
それくらいは日常的
新聞だってクシャクシャに手もみして
紙を柔らかくしながら
お尻を拭いていた頃に比べると
紙質も便宜も使い勝手も良くなりました
ただ 家族が家に足りないという、その程度
生協の空欄に桁を二つ間違えて来た
二トントラックいっぱいの白い紙
部屋に入りきれないホワイトロール
周りの住人が遠方の息子夫婦に知らせたのか
トイレットぺーパーが老女の家から無くなるまでは
家族で暮らしたと言います
彼女が怒られたのか、嗤われたのか
虐げられたのか、は 知らないけれど
※
無知な娘のアパートでの一人暮らし
一番初めに無くなっていくトイレットペーパー
カラカラと乾いた軽い音を立てながら
人の一番汚い所の尻拭いをして
使い捨てられていく
実家にいたとき補充してくれていたその人の
胸の真ん中にもトイレットペーパーはあったのか
血の出ない大穴が空いて向こう側に通じています
トイレの横のゴミ箱で
老母の心臓が独りきり 不整脈になりながら
家族の帰りを待っています
2018年03月12日
赤穂の海はまだ満ちて
山育ちの子が海を知った
知らなければその深さも大きさも
わからないまま死んでいく
たった一日の出来事を
赤い水着を着た縁取り写真の子が
記憶を差し出す、午後五時九分の日没
赤穂海岸で俯きながら玩具のカジキで
アサリやハマグリを獲る、掘る、漁る、
私の顔は写真を捲るごとに泥にまみれている
浜辺では日よけ着を肩にかけた 若い母が
弟を抱えながら あやしている姿もあった
父と競って手を突っ込んだ腰下の海
集めた貝たちをポリバケツに入れてみたが
量り売りにあって
全部は持って帰れなかった 私たちの家路
父は亜麻色に灰色の斑点模様のついた
小さな巻貝を 私の手に握らせて
(こなしとったら、お父ちゃんと一緒やろ?
という、いつか来る嘘をお店で買ってくれた
あの浜辺から続く足跡と泥濘の下で
父の姿は 仏間に置かれ
強張った母の指が 洗濯物を折り畳み
そして 弟のいない家が佇んでいる
私の海は 何も生み出せないまま
乾いていくのだろう
山育ちの女の掌に 貝殻を置いていった人の
写真を眺めていると 指先から湿った水が
身体を巡り 私を濡らしていく
赤穂の海はまだ満ちて
赤い水着を着た小さな女の子が両手にたくさんの
貝を拾って私に差し出すのに
私は「ありがとう」すら 伝えられずに
嗄れた喉にこみ上げる
苦い潮を呑むばかり
※抒情文芸166号 清水哲男 選
入選作品(選評あり)
2018年02月22日
踊る猫
お腹が空き過ぎて、猫が踊る。猫が踊る。
トイレを我慢し過ぎて、猫が踊る。猫が踊る。
締め切り前に、猫が踊る。猫が踊る。
上司の駄洒落に、猫が踊る。猫が踊る。
((最近私は、猫の鳴き声を聴いていない
((どんな声で鳴いていたのか・・・?
「ニャンという幸せ!」
・・・・やっぱり上司の駄洒落に、猫が踊る。猫が踊る。
勤務先で、猫が踊る。猫が踊る。
有無も言わさず、猫が踊る。 猫が踊る。
目が回るほど、猫が踊る。猫が踊る。
「ニャンとかなるさ!」
((ニャアあああああああああァァァ・・・嗚呼・・・!
※
猫、ついに気絶、/
、/おどる猫、おわる。
※(ネコフェス・掲載作品)
ひとさらい
人攫いが家に来た
革靴はいて背広着て
お父ちゃんを借金のかたに連れ去った
人攫いが家に来た
病気ばかりする子はいけないと
私を家に帰しに来た
人攫いは呟いた
いつまでも この稼業じゃ儲からない、と。
街にはびこるスポットライトの巨大な電子看板
ネオンの空とレインボータワーが 色と高さを競い合い
地上でテールライトが長い尻尾の残灯を燻らす
街頭にも路地裏にも道先案内人のスマホが喋り
同じ顔したビルの窓辺にチカチカ光るスライドショー
横顔だらけの会社員、一夜漬けの説明会
※
街がサーカス小屋になった今、
子供をさらって何になろう
街が眩しくなった今、
誰も人攫いを怖がらず、
誰でも人攫いの顔をして、
すべてで人攫いを馬鹿にする
※
私の父を 怖い顔で連れて行った人攫い
私の手を引いて 心配そうに家に帰した人攫い
(私、くだらない大人になりました
(今からでも どこかに攫っていただけますか
私は人攫いと手を繋ぎ
温かな、暗い所へ行きました
2018年01月29日
棘
詩集を本棚から探していると 中指に小さな棘が刺さった
複雑に絡まった女同士の霊(ち)を
読み解く方法があったなら 私は重荷を捨てて
やすやすと違う名字の人と 暮せただろうか
古家
あまりにも濃い血をもつ 女同士の住処
距離も依存も馴れ合いも我が儘も屁理屈さえも
鏡に映して叩き壊せば 綺麗な朝は笑顔で訪れた
間に居た父が亡くなり
お互いがお互いを監視しながら 自由に生きたいと叫び
悦ぶことも手放すこともできないまま
手を繋げば繋ぐほどに 息苦しいだけの私たち
背表紙に棘を忍ばせていた その詩集は
母親の名を二重線で消し
産道から生まれたのは 自分と恋人だと認めてある
チクチクと中指の痛みが 疼きに変わり
棘は血流に 飲み込まれていく
詩集に絡まっていた棘が
女の見えない部分をゆっくり流れていく
それはいつしか巨大な肉腫に腫れ上がる
医者はその時 手遅れだと宣告し
母の後を追うようにと 毒入りの
真っ赤な坩堝を手渡すだろう
※
詩集を本棚から探していると 中指に小さな棘が刺さった
棘は私を決して赦さない
それでいい それでもいい
私は何かに謝りたかったのだ
絡まり続けた糸が いつか解けるように、と
夢を見ながら 今夜 血の池に沈む
2018年01月23日
野良
ご主人様を探す野良、愛に渇いてしまう野良
赤い首輪も良いけれど、首根っこを強く掴んで欲しい
目を離す隙もないほど、息苦しいくらいの視線が欲しい
でも、ご主人様は優しくて、野良がご主人様を喰ってしまう
どんな主人も野良の「主人」になれなくて
愛に渇いてしまう野良、ご主人様を探す野良
※
聞き耳立てて、口コミ、垂れ込み、しゃがみ込み、
啼いて叫んで日が暮れて 名前を呼んでと啼いた日に
野良につける名はないと 家にあげてくれた人
男は野良の裏と表を使い分け、自由気ままに弄び
首に見えない赤い紐、上手に結んでくれた人
※
((野良よ、野良よ、どこにいる?
やがて月日は反転し、主人は野良がいなけりゃ、息出来ぬ
ご主人様は泣き続け、野良は主人をかわいがる
※
野良よ、野良よ、と何度でも 幾度も何時でも呼ばれる程に
野良は主人の顔をして 主人に猫の名を付ける
(前橋・ネコフェスに書いたもの)
箱舟
箱舟に私たちは乗せてもらえないという
箱舟に乗る人は
あらかじめ定められているという
同じ話をしに 毎度毎度
家のチャイムを鳴らす
熱心な伝道者よ
その話は家の外でしてくれないか
この家は箱舟のように立派でもなければ
空飛ぶ仕様でもない
偉大なカタカナの名のつく人が造った造形物でもない
デカイ台風が一発来たら 瓦が飛んで粉々になるだけの
素人仕立ての壊れ物
偉い言葉など何一つ残せなかった父が 家族のために建てた家
その父に騙されて結婚などしてしまった母の家だ
そして黒い煤ぼけた古い仏壇に位牌が並ぶ先祖の住処だ
人の内にいる鬼が指差し決める良い子、悪い子、間の子
選別しながら 私の家にも不審な指の音を届ける
「カミサマはなぜ、人を愛されずに人を裁かれるのですか」
という問いを 箱舟に乗せて玄関先から流して見送る
私たちの居場所は
カミサマの舟から 一番遠く
父の てのひらから 近い
2018年01月02日
年末の流し台
私たちは確かに同時代に並べられただけの
安直な食器に すぎなかったかもしれない
たった二人しかいない母と子が 流し台に溜めたお椀や皿や鍋は
この家にいた六人分の家族のすべてを洗い桶に入れても はみ出る
鈍い光を放つ油の汚水を
埃と黒いカビに蝕まれた蛍光灯が点滅を繰り返しながら
玉虫色のとぐろを映し出す
指の曲がらなくなった母の代わりに重い腰を上げると
それらを洗って片づけてしまうことに罪悪感が走る
(片づけて、そして、あるいは、捨ててしまえたなら、
とても遠く、重い、その、流し台の時間を終わらせるまでの距離
引き返せばよかったのか(洗っても、洗っても落ちない汚れ
捨ててしまえば簡単なのに(片づけられない、お茶碗たち
たった二人だけなのに 私のものではない、私のもとにいた家族の茶碗
母の茶碗、父のお皿、誰かの湯飲み、家にいた誰かが使っていた湯飲み茶わん
カビ臭い計量スプーン、網の目のゆがんだ茶こし、流し台の奥に突っ込んである
鉄の黒い焦げ付きの取れないフライパン
片づけていく、その隙間を洗い水が流れていく
誰の霊(ち)を洗っているのだろう
誰の汚れなんだろう
時代遅れの二人きりの暮らしの中
私たちには支える事の出来なくなった重いだけのフライパンで
誰が何を作ってきたんだろう
私たちは確かに同時代に並べられただけの
安直な食器に すぎなかったかもしれない
その食器の隙間を蛇口から捻った水が
汚水になって排水溝に向かって姿を消していく
吸い込まれるだけの黒い水がとても貧しい音を立てるので
私の体の真ん中で堪えていた何かがはじけだし
粉々に砕けた音を上げながら 夜の中へと流されていく
2017年12月03日
何処
憧れる街は いつもディスプレイの中
モニターに入って人混みに紛れてみると
誰かの指で私はデジタル文字にされたり 欠けた映像として
スクロールされておぼれて消える
明日の浮遊物が明後日の沈殿物になる街の
七十五日の話題を追いかけても
答えは前後左右に散らばるだけの罠
現世を映す鏡を人差し指で弾く人の、揚げ足をとり
また人差し指が、はじく、はじく、また誰かを指す、その指
会話をなんとか縫合しようとしてみたら
今度は親指で話題を葬るバーチャルリアリティー
小さな古家に住んでいた祖母が言っていた言葉
(阿弥陀さんが、みんな見とるから安心してここで暮らしたらええ
その「ここ」からとても遠い場所でぼんやり光る夜光虫は
おばあちゃんの鍬も鋤もどこにしまったか忘れてしまったし
さつまいもの植え方を教えてくれた父はもういない
私の鎌も錆び付き草刈りの仕方も忘れて畑は荒れ放題
ディスプレイから私を覗けば私は人の住めなくなった廃屋を
大切そうに見せびらかしながら歩いてた
街では成り上り者が虚勢の名を荒らげていく
そういうことを 一番嫌がっていたはずなのに
自分が成り上り者だと指を指される頃に気づく
街の見晴らしは とても高く、そして足元は脆かった
足下のマンホールから人の死臭を帯びた風がいつも噴き上げて
その臭いが 身に染みていくのが怖かった
ネオンは青から黄色、そして赤へと 空高く昇っていく
街は こんなに華やかなのに
人は こんなに賑やかなのに
今、この瞬間に「誰か友達いますか」と
問われると 黙って俯くことしかできない
私はどこにいるんだろう
どこに行けばいいんだろう
これからどうすればいいんだろう
空騒ぎして明日になると宛も無くなる人と
容易く乾杯して作り笑いを見せて別れてしまえば
私の手と手が真っ直ぐ私の首を絞めにきた
夕陽の沈まない街の、
夕日が沈んだり浮いたりして川に毎日捨てられる泥水の、
その、夕陽が残していくものだけは覚えていて胸は高鳴った
私の古臭い町にも同じ太陽が沈んでいる、と
思い出したら 赤い色が滲んで落ちた
帰りたいのか、出て行きたいのか
戻りたいのか、忘れたいのか
空いっぱい黄金色に広がる手のひらの、大きさ、厚さ、懐かしさ
はじめから孫悟空
私の手で掴めたものなど何もないと知ったとき
逃げても逃げても追いかけて正面から向き合ってくれた人と
真っ正直に沈むあの夕陽の町
みんながみんな居なくなった あばら家の
テーブルの上に置き去りにされた阿弥陀如来
今もそこで 私の何処を見てますか
※同人誌「NUE」寄稿原稿⑤
おいてけぼり
都会に行けば田舎に帰りたいと泣き
田舎に帰れば都会が忘れられないという
両親と恋人を秤にかけるくらいの、
推し量れない淋しさと重さを見ていたら
安住の地は無くなった
量り売りが得意になった
誰かを乗せて何かを足して二で割る
計算が早くなった
白より黒を、黒よりグレーを選んでた
気が付けば スマートに生きたいと
望めば望むほど ブヨブヨに太った
夜になると どこからか漏れる声がして
誰かがイヤラシイことをしている声だと思っていた
夜、声のする階下の深い溝に目をやると
溝からお母さんの生首が ぱくぱくと
何かを言って泣いている
口から発するのは私の声で何か苦しそうに
訴え続けていた
お母さんの口からたくさんの私が出てくる度
お母さんが泣いている
怖くなって窓の扉を閉め
鍵をしてカーテンを閉じると
暗闇が私に襲いかかる
おいてけぼりに投げ捨てたものを
拾いに飛び込む勇気もなくて
振り返らずに今日を走り去ると
鬼がどこまでもついてくる
※同人誌NUE掲載原稿①
2017年12月02日
家出娘
肉体の、
肉体の檻が邪魔だ
空間をよぎって その声は
いつも私を焦らせる
部屋を暗くして闇にうずくまる
部屋の心音と私の動悸が重なって
あらゆる、存在に理由を付けたがる私の思考が
膨大な情報を流し込み細胞から壊死させていく
追い詰められ逃げ場所をなくした私の、
吐く息の温度を奪い、呼吸が酸素を求めて
外景の底を這いずり回る
薬はカプセルの中にしまわれているのが幸せ
でも、薬を飲まなければ、あなたはあなたの激情で
頭ごとあなたを、壊してしまうでしょう
(私は囲われているものはみんな嫌い)
電車に運ばれていくときは一人が当たり前だったのに
二人だと容易く独り、になりきってしまう、この街の、
ありきたりの軽薄さに 慣れることはなかった
風に乗ることもできず、風をまとうこともなく、ただ、
風に飛ばされていく炎のようなモノたちを、
いつまでも大切そうに見送って
電車が来るたびに「自由になりたい」と小石をぶつけながら
踏切に、自分の遺体を何度も泣きながら置いた
愛することにも愛されることにも不慣れで
懐疑的な頭から爪の先までを終おうとすると見えてしまう、
名前の付いた箱に入りきれないモノ、あるいは、
その箱の向こう側で息をしている、名付けられない世の名詞
見たこともない事実だけを尋ねて歩きたい
居心地のいいユートピアも、ほど遠い身で、
リュックサックに大事そうに負ぶさっている
“自由に生きられないなら、死にたい”を、
取り出してしまえれば
私はやっと 自分らしく迷えるだろうか
旅の途中で私を生かそうとしていた
ペットボトルの水や、カプセル薬を全部海に流してしまった
肉体という殻を脱して、この世に名のつく物よ、さらば
その果てにある、果てのないものの正体が
手を振って私を呼ぶのが見える
ただの家出娘
もう帰る家も器も持たない、
ただ、それだけのこと
(ファントム2号掲載原稿)
師走に鬼
あなたがトマトといえばピザやパスタが出てくるのに
わたしがトマトといえば三割引の見切り品を
手渡されるのはなぜだろう
あなたがケーキと呼ぶだけでバースデーケーキが出てきて
わたしがケーキと言えば名前の無いカットケーキが登場し
あなたが鳥と言えば七面鳥の丸焼きがテーブルに並ぶのに
わたしは代わりにニワトリ小屋に行く
あなたの一万円を人々は褒めた
わたしの一万円を人々はクシャクシャで折れ曲りすぎだと貶す
人が又、人を喰らって生き延びる
人の値打ちを数える鬼が
師走に坊主を走らせて
人の隙間を見て嗤う
2017年11月19日
ふるえる手
母が母でなくなる時 母の手はふるえる
乗り合わせのバスは無言劇
親切だったおばさんは 母の乗車後には夢になる
向かう先はお山の真上の病院で薬をもらえば
また手が ふるえる、ふるえる、大量の薬を飲む手
繰り返される寒村の暗黙の了解の中に罠
私たちの幕は知らない人の手で いつも高い所から降ろされた
時間が役立たずになったバスから 現実を眺め
乗客は自分の夢の中から外界と交信する
人々は一方的に語り掛け、語り合い
それが一方通行でも母は笑い そして彼らは母を嗤った
困惑の表情の下から覗く、また、ふるえる手
大きな字しか見えない年老いた運転手が、真冬に黒いサングラスをかけ、
ガタガタと 不随意運動を起こすバスに体を預け、毎日を綱渡りする。
バスは神社の横で洗車され、病院を潜り、寺の隣の火葬場で、ゆっく
り回転する。往きと復えりを病院の乗車口で間違えた若い女は、ショ
ッピングモールの場所を、ハキハキと尋ねて生き延びた。その、大き
なショッピングバッグを、羨ましそうに眺めるバスの中の、人びと。
(今更、家は捨てられへん、この年になって何処に住むんや
(若い頃は「金の玉子」と謳われても便利に私らはガラクタや
(一体誰が私らの消費消耗期限決めて捨てるんかなぁ
この国で、この町で幸せになるの、というフレーズの
歌や漫画のタイトルを 聴いていたり見ていた記憶は遠く
目的地に辿り着いても 杖を手放せないまま
動けなくなった母の身体を揺さぶり 降車ボタンを押すと
私の手にも薄気味悪い暗黙の了解が夕暮れの顔をして降りくる
ふるえる母の手を見ていると
逃れられない大きな不随意運動が伝わって
私の首をますます斜めに傾ける
選べない一軒の総合病院の不透明な薬袋の膨らんだ白い企みを
何も言わない乗客たちは 俯いたまま大事そうに抱え込む
老人バスを振り返り 彼らを見送る頃には
夕陽が沈む遠い山で バスは真っ黒に焦がされる
(詩と思想研究会作品)
2017年10月17日
希望
「希望」が足りないね、と小さくレジで笑われた。
小銭の中には 絶望がびっしり入っていたので
安心していたのに、「希望」が足りないせいで今日
もごはんが買えない。
てっとり早く生きるために、神社に行って拝ん
でみると、感謝箱が現れた。その中から「希望」
のようなものの匂いが立ち込めるので賽銭泥棒を
してみたが、小銭入れの中に増えたのは、罪悪感
だった。
神主は私を見ると罪悪尽忠の凡夫だと警察に突
き出した。警察は、私の持っている小銭入れを確
かめると、ニヤニヤ笑いながら棒で殴り、黒い手
袋で口を塞いだ。
次の日、テレビは嬉しそうに喋り続ける。
【たった今、絶望を一人、駆除致しました。】
【これで少しは「希望」が持てますね】
※
その後「希望」は選挙活動を始め、拡声器片手に
スローガンを打ち立てる。
【絶望が少年少女を殺します。こんな世の中にこそ、
「希望」のひかりを!】
【「希望」、「希望」、「希望」に清き一票を!】
レジのおばちゃんは、拍手した。神主さんは、握
手した。警察は深く敬礼し、神主さんと手をつなぐ。
「希望」がテレビの前で、神社参拝を始めると、そ
の白い手で、私の折りたたまれた感謝箱に小銭を投
げては、笑顔で鈴を響かせる。
2017年09月17日
その井戸
夜、仏間でおつとめが終わり最後の合掌を済ますと、決まって
庭の古井戸から、ぽちゃり、と何かが落ちて、沈んでいく音が
する。
※
私の中に井戸ができた。悲しいことがあるとそこに、
〈 〉を投げ込んだ。深い井戸だし、水もたっぷりあ
るように見えた。その証拠に井戸から続く蛇口をひね
ると、井戸に投げ込んだ〈 〉からは〈 〉とは思え
ないような浄化された湧き水が飲めた。私の他に井戸
を持っている人がいなかった。みんなが持っているの
は、ため池だったので、日照りが続くと水がなくなり、
村人は、池に自分が捨てたものが見つかるのを恐れて、
私の水を分けてくれるよう、手を合わせて懇願した。
はじめは私だけ井戸を持っていることが気持悪いと言
っていたくせに、みんなにはため池がないと生きては
いけないらしい。私は井戸から〈 〉を取り出して村
人の一人一人に、分け与えた。〈 〉は、井戸に尽きる
ことなくあるように思えた。〈 〉がある限り、私はと
りあえず、ため池の身代わり程度に、村に居られる理
由もできていた。ところが、私の井戸に飛び込む自殺
者がいるという噂が出回り始める。それからは噂だけ
がどんどん口汚い罵りをあげて飛び込んで行き井戸の
底を汚していく。村人は、笑顔で残念そうな声をあげ
て、私の井戸の〈 〉は、汚れすぎて用無しだという。
そして、「これ以上自殺者を出さないために」などと、
煽り文句のビラで、井戸の〈 〉を、ますます、埋め
立てていった。数日後、役所から私の井戸の入り口を
完全封鎖するための赤銅の厚い鉄板と杭が届けられる。
私は、真っ黒な井戸の底にある〈 〉に向かって、何
かを呟きながら、そのまま、飛び込んだ。
※
夜、私のいなくなった仏間に名前のない人たちが連なって心経
を唱えている。黒い仏壇には出来立ての小さな私の位牌があっ
て、白い影の人たちの声が終わると、庭の古井戸に名のある人
が、ぽちゃり、と何かを沈めては含み笑いを残して去っていく。
2017年08月15日
こころ
(心)はいつも正しかったのに (心)に一番遠いのは私だった
(心)は全てのものを正しい名前で呼べたし書いてみせたのに、
自分の名前は 知らなかった
(心)は正しいことが大好きで(心)の法則に従えない者は
屈服するか屈折するしかない
私は(心)のことが好きだったが(心)を見たことはなかった
(心)をどうしていかわからないし(心)が何者か知らないのに
できるだけキレイな(心)というものが欲しかった
(心)は芸術家でなんだって作り出せたし自由奔放に生きているくせに
自分が一番不自由だと喚いた
(心)に足りないものは私にも足りないし
(心)が見えるものは私にも見えるのに
その向こう側の( )に続く途はいつも見えない
ただその途の途中で、打ち捨てられた田畑、
雨水を湛えた汚いポリバケツが映し出す曇り空や
廃屋のポストに無理矢理突っ込まれた新聞紙たちの、
褪せた印刷文字の( )、
そういうものに(心)は淋しく引っかかる
※
信じてくれますか、信じてくれますか、責められると
(心)はいつもも俯いて 押し黙り、答えられない
蓮の花がどんなに美しく語ろうとしても
(心)は蓮の中の、泥の過去を言い当てた
※
蓮など泥の中で育ちも悪い
美しく見えても末は ハチスになって滅ぶ
燃え尽きるだけの執念の女が見せる一時の虚栄の姿など
時の前に鮮烈に脆く崩れ去るではないか
(私)が欲しいのは 私の中で眠る花
夢の中で腐る花でなければ
泥の中に還る花でもない
捨てきらなければ 咲かない花
放たなければ 呼べない花
殺さなければ 名付けられない花
盲目の国の ただ一つ、
ただ一つの、( )
※
(心)はそうして「蓮の花」を分析して分解して
粉砕した花の上を歩いていく
(心)が正しさを武器にすると時代は頭を垂れ命は瞼を閉じた
誰も(心)に触れなかったし(心)を傷付けた者は気が触れた
(心)は誰も愛さなかったし、私もまた、誰も信じなかった
それなのに、
信じてくれますか、信じてくれますか、花が尋ねると
(心)はいつも俯いて、ただ一つの答えが言えない
※
疲れ果てた(心)は(心)を取り出し泥の中に埋めて眠る
暗闇の中に光る蓮が一本、傍らで生きてきたことなど知る由もなく
(心)は、もう目覚めることもない
ポスト戦後詩ノート 8号 /杉中昌樹 編集
(一色真理 特集)掲載原稿
赤目の夏
透けすぎたナイロン袋に絹豆腐のラッピングパックの角が刺さって破れる。
都会の余波が、障子のすすけたような町にも、ずっしりやってきた。私の
伸びる指に、深く彫刻刀で削り取られた縦長の皺とそれを映す充血した目。
赤目が飲み込んできた都会の水は、私の身体を浸し続け、不純物と一緒に
パックされたこの塊の、はみ出したい鋭さにも似て、また、目を赤くさせ
た。
※
充血した目玉たちが口も聞かず蛇に次々と飲み込まれ腹の内側、内側に
押し込められ追い詰められる早朝。優先座席で目を閉じたふりをするア
ロハシャツの若者を赤目が刺し、俯いて座るセーラー服に、舌打ちを繰
り返す。ほんの少しの隙間ができるとボヤがおこり、発火する炎を目は
映し続けた。目の前の大きな咳払いは、この夏の終着駅まで続くだろう、
と思うと、赤目は殺意を抱いた。新聞で隠された口元の企みを、上目使
いで見抜く、また、充血した朝の日。
赤目が黙々とそれぞれの殺人計画を目に宿す頃、また、新しい赤目が飲み
込まれ詰められ、揺れ動いて何かがぶつかって、ひび割れる。パックされ
た、一発触発の肉弾戦の中で、誰の目に窓の外の景色が見えていただろう。
誰の目に朝日があっただろうか。
人と人との間に流れる血は冷房されたまま、どんどん無言になり、共通の
言葉は崩れ落ち、充血の目玉が大量生産され、スマホの電波だけが喋り続
ける。眠れない夜から、私たちは疲れた朝の縁に立ち、夜に向かって出勤
して、迷路に潜る。
凍えた目玉たちは血走っては、腐っていく、玉子の未来。
詰め込まれた怒りを宿して、私たちはどこに行きつくのだろう?
冷ややかな蛇行を繰り返す蛇に操られながら、玉子は朦朧と溶けて一つずつ
腐っていく。黒目の幼子があんなにも憧れていた新宿。ここにきたら新しく
何か、を生むはずだったものが、赤目になる頃には、殺されていく。
※
透けすぎたナイロン袋からはみだした、絹豆腐のラッピングパックが、指を
突き刺すと、指先からぷっくり膨れ上がる赤目が生まれる。それを見つめる
私の目が、また赤く腫れあがり、詰め込まれた猛暑が冷ややかに、体の中を
蛇行する。
いのちのことなど
命のことなど問われれば
とってもエライ国会議員
「七十歳になってもまだ生きて」って 怒鳴ります
「七十歳になったら死ななあかんね」
六十九歳のお母ちゃん
淋しく笑って固まった 父の写真に問いかける
命のことなど知るには命がけ
「なんで死んだの?」と私が聞けば
「病気で死んだ」と 担当医
最期の日に移動させた父のベッド下に転がる小瓶
ショッキングピンクの液体は
名立たる医師団お墨付き、でも
カルテの開示にない薬
なぁ、ユキちゃん
いのちのことを ゆうていかなあかんなぁ
それが 口がきけなくなる父の
いのちのための 命がけ
命のことなど言う国の
命をお金で買う人の
命をお金で葬れる人の
命に優劣をつけたがる人の
命のことなど
いのちのことなど
2016年「詩と思想」12月号 掲載原稿
2017年06月17日
昭和バス
昭和という小さな家族の乗り合わせ
不思議で不可欠な力が運転していく昭和バス
十才半ば、私の春
道路工事の終わった平成通に差し掛かると
祖父の姿は消えていた
草履では歩きにくくなった、と呟いて
晩酌の一合升を、置いたまま
平成の角を横切って
芝居小屋の前を通過するとき
祖母が赤紫色のボタンを一つ鳴らした
好きな芝居が来たのだ、と
バスの外から手を振った
待ち合わせの女友達と小屋へ行き
シートに五銭の入った、ガマ口を残して
桜吹雪の晴れた日に
父は病院からバスに乗り
長く曲がりくねった坂道を
下りながら昇って行った
ここをでたらもう一花咲かせる、と
自分の灰で花を咲かせる人だった
幾度も春と夜の目を盗んで
修羅と鬼の隙間を掻い潜り
たくさんの峠を越えて
昭和バスは黄昏時の山へと向かう
花に涙雨
滴り貼りついたままの花びらを窓辺に伺い
言葉少なになった母が
どの景色も綺麗やった、と
心拍数に手をやりながら
姨捨山の切符を握り
唇を結ぶと
年老いた猫の目をじっと見る
抒情文芸 163号
入選作品
清水哲男 選 (選評あり)
2017年06月15日
声一つとして・・・
声、一つ、同じではない
同じ言葉の意味を発しても、白、黒、黄色、
声一つとして
国会の扉をノックできる音階と
名もなき島で撲殺される音階がある
声一つとして、人間の喉を黙らせる
※
ぼくは見た
知恵が五体満足を見定めて
裸の身体に王冠をつけるのを
ぼくは見た
愛がカタワになったせいで
河原で虐殺されていくのを
正義は多数決で 法律になれた
胸に鈍く光る同じバッチ共が
いのちについては無関心のまま
議会で手を挙げた者だけを褒め称える手を持った
※
ぼくは河原にうずくまり
手をあげられなかったから 足を斬られた
声一つ、あげることすらできなかった
ぼくの喉は声が出せないように釘が刺されていた
母が賢く生きてねって、ぼくの喉に釘をさした
(母さん大好きだよ、この国に産んでくれてありがとうって
(どうして伝えたらいい?
言葉を求めれば求めるほど喉から血があふれて声にならないまま
声一つで、兄妹すらも違う国
※
黒い死体は白い炎に焼かれて黄色いビジョンに映し出された
(ねえ、国家って、五体満足じゃないと、
(頭が人並み、という範囲じゃないと、
(声一つとして、あげられないの?
異国でもう一人のぼくが後姿しか見せない母に問いかける
白が似合う美しい母は金の髪を揺らして振り返り
青いまなざしを向けて赤い口角をあげると
アイスピックでぼくの喉を 今日も突き刺す
小詩 二篇
「母 」
「家庭に光を灯して共に」
煽り文句は便利なコトバ
その言葉をバーゲンセールで買った母
巨大な塔を一つ、造ってみないか、と
安請け合いした黒い声が
赤く点り、二つ連なり、
三つめに爆発して、「僕」
僕に左手なく右足なく
麻痺した舌で 母に届くコトバもなし
五体満足な母が
何でもいいから
言いたいことがあれば
ここに書いてごらん、と
見せつづける白紙
真っ黒に裏打ちされてしまった
僕のコトバ、僕だけの声
僕は 塔の上で笑っている、
キレイな白紙ばかり見せる母に
今日もペンを投げつける
「楽園 」
その声が聞こえない
伸びることしか知らない真(ま)っ新(さら)な声が
コインロッカーの箱にしまわれていく
はじめから何もなかったように
もう、その声は聞こえない
ここは楽園
花畑で荒地を隠した楽園
世界で一つだけの花を皆で歌いながら
誰もが同じ背丈であることに安堵した
その声が聞こえない
生れ落ちたばかりの闘志
振り上げたままの何かを掴んだ拳
肯定せよ、肯定せよ、泣き喚く第一声、
原始の衝動で夜を叩く声を
赤い舌たちが「私生児だ」と切り刻み
灰色の花園に誘い込んでは埋葬していく
その声は、夜、荒野の中で干からびた
※
「ここは楽園、こんなふうに楽園!」
大歓声に誰かが大きな拍手を贈る
2017年06月05日
隣の芝生が青いので
となりの芝生が青いので
ちょっと軽くやいてみた
となりの芝生が青いので
火炎瓶も投げ込んだ
それでも芝生は生えてくる
長く庭に生えてきた
枯れた芝生は威張ったり、
後から来た芝生は自慢たらたら、
私の庭にの芝生だけでも、
借り入れ手入れが大変なのに
となりの人が私の芝生が青いから
焼きが回って火を着けた
となりの芝生が青いから
平和がひとつ焼け野はら
となりの芝生が青いから
喧嘩にくれて日が暮れる
となりの芝生が青いので
となりの芝生が青いので
みんな
となりの芝生が青いので
2017年05月19日
恋
恋
泳ぐこともできず
伝える手段もなく
ただ与えられた囲いの中で
浮遊している、
泡のようなもの
※
失くしてしまえば
過去にしたいと
遡っては 身を護り
忘却の波に運ばれて
美化される
※
終わったと思ったモノが
尾ひれを付けた噂になる頃
私はやっと 汚水の中で
独りになれる
2017年05月17日
不在
夕暮れ時の寒い裏通り
透き通るくらい引き伸ばされた薄軽い
ビニール袋の中には食材と
もう片手には人の身を覆い隠せるほどに巻かれた
トイレットペーパーを持ち
返事のないアパートに帰る
※
生活は
口から入れるものとその先から出るものを
拭うものがあれば
トイレで流せばやり過ごせる
毎日は、つまらない、それでいい
詰まってしまえば
見えないところまで見えてしまうだろうから
あとは目を瞑るだけ
眠ってしまえば気が付かなければならなかったことも
やりすごせるはず
※
それだけ簡単なことを
やり過ごせない暮らしの中で
トイレで毎日流していたものが
洗濯槽にこびり付いていたり
流し台から覗いていたり
※
眠ってしまえば
知らないふりをすれば
やり過ごせることが
できないとき 私は不在
※
朝、ぽつんと ひとり置手紙
滲んだ走り書き、一行のゆくえ
「私がわたしを生きられないなら私から出て行くだけ」
※
一行の、その先に運ばれて
わたしが私に手を振った
2017年03月23日
し、についての考察
母のことを思う
始発のプラットフォームに立つ時は いつも母に一番近づく
故郷を離れてダウンロードした新曲が 終わらないうちに
新幹線の窓の田畑や山の緑は速度に燃やされ
灰色の街が 繰り広げられる
終着駅で私は母を置き去りにして歩き出す
生きるために邪魔で必要でかけがえのない人を
※
母の姿を思う
父の帰りたかった家のとこか一部を必ずきれいにしていた母
ハタキや雑巾、高い所は箒や柄の長いクリナーで汚れを落とす
けれど、研いても、研いても、思い出の取れない家
付喪神も呆れるほど住み着いた家のほこりは取れない
(立つ鳥跡を濁さずちゅうてな、
(私のこないな姿、しぃにならへんか、
笑う、母の内。彼女は自分の内臓を空にしていく
遺す者、遺され者の、うち、を浄めていく
し、に近づいていく。笑いながら、笑いながら
花が咲く季節に、萎れようとするように
※
春の東京は漂流民族
桜前線に乗った引越センターの車と、新分譲住宅のチラシ
駅から徒歩五分の立地条件、新物件には売約済みの赤マル
何世代もこの土地に親と住む人いるのかな
手を繋ぎ合う幼稚園児とママ、年老いてもその手を握ってやれるの
なんてことに横目をやりながら自分を責める
(私東京なんかで住んだら、死んでしまうわぁ
呟き続けた老いた花は、もう、末期の水しか要らないといった
※
新たな新居、新生活応援の大看板
寂れて止まっていく家をかかえた私たちには
宛もない掃除が残っていて
何か黒い連鎖から離れられない二人
都会はテレビの画面から桜前線を伝えていて
前線の通過した家に残された花びらはゴミになるのだと
呟く母の肩を 抱き寄せる
冬の山
この冬の途轍もなく
淋しい苛立ちのようなものを
陽に翳してみると 詩にならないか
胸の真ん中を刃で抉り取った
凍えた塊のようなものを
お湯で洗ってみれば
言葉が染み出てくるのではないか
でもそれは ひどく恐ろしいこと
千年万年降り積もった山頂の雪が
一気に雪崩落ち 山の形を失わせるほどに
恐ろしいこと
人は涙ぐんだ山を見て 「山」とは呼ばない
山頂に冷え切った 夥しい怒りを抱えて
胸の真ん中にある修羅の道すら明かさずに
山は山の形をして 山のままで 陽に挑む
千年万年降り続ける雪のことなど
誰にも告げず
枯葉一枚にも愚痴をこぼさず
この冬一番の途轍もない淋しい苛立ちすら
武器にして
山は今、春の空へ
沈黙を 突き刺す
抒情文芸選外佳作
2017年02月23日
夜の石
夜、池に石を投げた人がいて
石に私の名前が書いてあったと噂した
池に波紋が広がって
石を投げたのは私だと
池は被害者面して 波風立てた
(名前が書いてあるそうじゃないか
(お前の名前のようにきっと汚い字なんだろう
池に呑み込まれた 証拠品
私の意志だという 物品
私はいきなり池に沈められ
口がきけなくなった
夜、池は口を開いて
私を沈めた、と
石を投げた人に報告すると
投げた人は 静かに嗤った
(samusing24 掲載作品)
望遠カメラ
高級カタログで見た望遠カメラ
小田急線で持っている人を見かけて
少しだけ羨ましかった
ある日 望遠カメラをくれるという人が現れて
私は有頂天で貰い受けた
ピントの合わせ方も手つきも 儘ならなくて
もどかしいだけの品物だったけど
ずっしり重いボディが程よく 腕に馴染むころ
女郎蜘蛛たちの罠にかかった獲物の言い訳や
背丈を競い合うセイタカアワダチソウの企みや
顔のない都会の上面くらいには
ピントを合わせられるようになった
私は望遠レンズが見せる景色に夢中になった
見えなかったもの、知らなかったこと、
美しいものと、汚いもの、
何もかもが新鮮で 私の目はレンズが映しだす
正義の言いなりになった
もっと高い所へ、もっと高い所から、もっとすごい高みへと
焦点を合わせようとした時 足元が何かにつまずいた
─ 老いた母の死体だった
壊れたカメラを抱いて
ピントのずれた頭と焦点の合わない目をした私が
瞳孔を開いたままの母の目に 写し出されていた
季刊誌PO164号 掲載作品
2017年02月20日
くずのつる
※
(君、あの鞄は君に似合うが荷物になるかもしれない。
(なぜなら、荷物とわかるには一度持ってみなけりゃわからない。
(鞄がお荷物とわかったならばただのクズだよ。
※
抑圧の、
その抑圧の、
押しきれない叫びは
その時、確かに頭を壊した
立ち止まらせる世界の二元論の内に私の居場所は無く
立ち進む二足の靴の歩みは
目の前の深みへ、その前の、より深遠なる深みへと招き寄せる
(どこかでサイレンの音がする・・・
足先は水を拒なかった
生きること、生きていること、生きてゆくことが
こんなにも寒いものだと
身体に教えてくれた二人の少女の姿は
夏と冬の池にカタチを滅ぼされたまま
水に浮かんで背を向けたままで顔は閉ざされた
(どこかで響くサイレンが・・・
(夜の号泣にも似て、朝の警笛にも似て、
浸かってしまえばよかったのだ 私など
もっと深みに沈んでしまえ 頭など
けれど、
くずのつる、
老いて乾いた細いくずのつる一本に芽吹く友の悲涙の尖り
その悲愴なまでの憤りが私を時代の群れに還らせる
(まだ、戦えと、まだ闘えというのか、
(捨てられたものよ、また、打ち捨てられるために、
(―――――――へ、と、
くずのつる、の、クズとして
来るべき春に立ち還れなかった骸の眼たちを一筋握りしめ
もはや唇すら動かない私をのぞき見る、くずのめ、
惨烈を極めた死人への報復には 鮮やかな生への執着を餞に
生ききる、という執念の覚悟に他ならないと
私の内にながれる炎を見破る、くずの、・・・、くずの、め、
面影の過失が記憶を横切り とおい惜春の痛みと共に
その深みを掘り当てれば
まるい過去が嗚咽になって 堰を切って流れ落ち
くずのつるを握った手の甲を濡らす、小さな水たまりに
顔のない真っ赤な女の子が 二人泳いでいる
2017年01月20日
夜の水
夜、蛇口からボトボトと鉄板をたたく音がして 怖くて締める
私の内で溢れ出る苛立ちや不安、
皿を洗った後の 油や洗剤を含んだ水は
どこまで汚され どこに流れて行ったのだろう
じゃがいもの皮は 三角ポストに寝静まって
にんじんは 赤黒く収まって
茶袋は まだ温いまま膨れ上がって濡れている
それらが まだ遠くにない隅にあるという 小さな安心感を匂わせながら
私が洗って流した水は 予想もできない場所に行き
変わり、捩じり、くねり、曲り、踊り狂いながら
どの蛇口からひねり出された水であったのか、覚えていられないほど
汚水と混合して、また濁水にまみれ、汚染水と呼ばれ、色が臭う
夜、蛇口を強くねじ動かす指があったこと
それから私はあらゆるものに触れ、モノを洗い流し、
自分が汚れ続けれるほどに
仄明るく 透明に澄んでいたことなど 今更、知る術もなく
だだ、押流されるままに 辿り着いた夜の果て、女の、熟れの果て
ボトボトと鉄板を打ち叩く 私の澄み切っていた苛立ち、
三角ポストのモノたち全て 水で浄め浸し、そして薄汚れ、
その横側を、ただ通過していかなければならない私を見る、
濁った眼をした、女の群れ
排水溝では裁かれない叫びが 今夜も台所からあふれ出て
誰にもすくえない 赤黒い夜を
今、自分の手で 終わらせる
2016年12月18日
汚名/恋人の変換
片付けられない部屋に
終われない言葉が散らかって
絶句。
「。」とは、簡単に収納されてしまう私の居場所
膝を抱えて座り込めば 隙間から立ちのぼる私の苛立ち
そこからはみ出でくる消化できない炎を 自分で眺めて
火事になる前に 悉く鞄に詰めていく、
また、苛立ちが おもい、荷物になる
服と下着は登山用リュックに詰めて
食器やコップは全自動洗濯機でまわして
私の頭は冷蔵庫で冷やしながら
本棚に役に立たない言葉を並べていく
この部屋には何も咲かない
恋人が使用人に変換されてから
名前は 響くことを忘れてしまった
私は片付けられない部屋に 片付けられていく
毎日、毎日、すり減っていく 私の名前は
トイレットペーパーの「カラカラカラ」になった
白く長い舌は 虚ろな声を発しながら
昼間の採光を巻き取り 夜の濃度に舌を出す
ホワイトボードに書かれた誰かの名前
丸い文字のその人は
窓辺から外され ひっくり返され
呼ばれることなく 片付けられて
拾った者の名札や切り札になった
((→ 「。」ここ。/まだ、ここにいるのに。
→ 「。」ここ。→ /まだ、/→ 。ここにいるのに。))
※
檻の中に、ピリオドがあるだけの、「。」
2016年12月13日
左手からオアシス
魂が彼女の肉体を超えているのに
なぜ人は彼女の囲いばかり 目にして嗤うのか
動かない右手に握り拳を置いて 左手で書いた文字より黒いのは
右手がやすやすと動く人たちの、コトバ
自由とはとても高みにある悦びと同じくらいの不確かな不安だと、
空に消えいく白い鳥のような覚悟を あなたは羽ばたかせる
あなたを子供に向き合わせたもの
昭和の赤いチューリップ、かごめかごめの籠の鳥、うつむく子供や
古びたギター音、黄ばんだピックを持った男の背中や唇
車椅子の上はいつも晴れ渡って 寂しい自由が乗せられているのに
あなたの頭を叩く人、あなたの頭を押さえる人、
生活指導者が考える献立をあなたの頭にかける人、
あなたの夢は 空に放った白い鳥
異国に生命革命の卵を降らせ 新大陸の国旗に花火模様を描かせては
その爆音で人々を 眠りから揺さぶり覚ます
車椅子にみどりの言葉は、芽吹き、息吹き、育ち、
大河の瀑布に迸る水たちは かたくなな石頭たちを丸く削る
あなたは昼間に笑って 覚めない夢を描きつづけてく
その先に、オアシス。
「オアシスよ、と呼びかけて、オアシスは振り返る」
今、空に消えた白い鳥は甦り、どこまでも大空を駆け上がる
※「詩劇・洪水伝説・稽古編にて、朗読したもの」
詩人H.Tに。
2016年12月09日
釦
天花粉の丸い小箱にはいっていたのは
祖母や母が立ち切狭で廃品回収に出す前に
切り取った釦
鼈甲仕立ての高価なものもあれば
校章入りの錆びた金釦や
普段使いのプラスチック釦
そして
焦げて曲ってしまった玉虫色の婦人服の釦
けれど
三つとして同じ種類のものはなかった
少し埃立つ畳の部屋へと斜陽が、
僅かな障子の隙間を潜って私と手のひらの上にある釦を射る。
厚地のコートについてたであろう変色した重々しい大きな釦、
その穴を庭先に向けて内から覗いてみる。
この家に嫁いできて、主や子供たちの釦を、
そっと切り取ってここに残してきた女たち。
いつか、役に立ちたいと思いながら、
消えていった女たちの、俯いた顔が縁側に浮かぶ。
胸の釦に通された針と糸の行方
固く留められていた結び目と糸の解れ
転がっていった釦たち
要らなくなった釦たち
どれ一つとして同じものがないボタンホールが見せた景色
断ち切らねばならなかったもの。
その隙間を埋める術もなく、こぼれおちていったもの。
先立たれた者や失った者の声や骨を拾い集めるように、
私もまた、誰かの釦を見つけては、自分の小箱に入れて、蓋を閉めるのか。
座り込んでいた時間が
縫われるよう覆われて
陽射しはどんどん弱くなり
あやふやな手つきの中で
釦が一つ、転げて落ちる
※第27回 伊東静雄賞 佳作作品
2016年11月28日
時代/足元
御神輿は
おまえは今日から御神輿様だ!
言われる腕たちに
嗤われるのを知っていますが
担がれてるように
振舞うのが
お神輿様の役目です。
※
御神輿様、お神輿様、
ワッショイ!ワッショイ!されながら
御神輿様のように 振舞って
自分で御神輿になれないけど、
でも、とりあえず、
ワッショイ!ワッショイ!振舞って
ワッショイ!ワッショイ!賑やかで
(もしかしたら、御輿様かも! と、
思ったら、途端に、
ワッショーーーイ!
※
で、
終わるだけの、宴。
2016年11月22日
シュレッダー
それは恋文でしたか
長く綴られた美しい文字でも
過去形になると
住所も名前も内容も
要らなくなってしまうのですね
中古屋で買ったシュレッダーに
「アパート」という文字を半分消されて
私は居場所を失いました
一緒に写した写真も 色褪せて
一度、弾けた花は バラバラです
シュレッダーを脆い壁に嚙り付かせ
粉砕していく部屋が おもい、のか
消し済みになるはずの「部屋」の代わりに
彼が その牙を折りました
(注意書き・四分以上続けて使わないでください)
買った当時、あなたは面白がって
吐き捨てた紙の文字たちは
それぞれ遺言を喋っていたのに
あなたは耳のない子供になって
嗤いながら なにもかも抹殺していった
(注意書き・紙屑が詰まったら一時的に逆回転で)
逆立ちしても見えない「しあわせを」を
嚙み砕くことが出来ずにいる オンボロ機械
部屋の角に牙を立ててアパートを半分だけ消して
何かに引っかかった 消耗品
ポッカリ空いた穴から
セピアに寄り添う私たちのクズばかりが
舞い上がる
※
(壊れ物につき、取り扱い・・・、 /注意)
2016年11月03日
手紙
私をあまり怒らせないでくれないか
おとなしく愛の詩集を手にするときに
透き通る言葉を考えようとするときに
人の郵便物を盗み見る者たちよ
その手紙には父の遺言が
その手紙には母の筆跡が
私宛に届く予定
封筒の鍵を抉じ開けた者たちよ
私をあまり怒らせないでくれないか
人が組織になったとき
そこに、家は無く、居場所無く、
闇雲に戦場が広がるだけ
弱者を叩き
弱者の声をねじ伏せ
弱者を更に弱者足らしめようとする
矮小な町の村長様、局長様
お偉方のあなた様方が
小娘宛の手紙一つが気になるなんて
両親の想いを踏みにじるだなんて
人の親ともあろう方々
人の親にもなろう方々
人が組織になる前に
人が組織になった時
どうか私をこれ以上
怒らせないでくれないか
白猫語り
母猫が事故死して母乳の味を覚えることなく、
共に産まれた兄妹が運ばれた行方も知らず、
ただ何となく頭を撫でてくれる手を信じて、
呼びかけてくれる瞳の輝きに返事して、
春はご主人様たちとよく眠り、
夏に目覚め、秋には遊び、
冬に外の景色をじっと眺める。
そんな日々の中で、
一人いなくなり、二人いなくなり、
長生きすればするほど優しい手のひらたちの
温度が失われていくのに、
アタシだけ、白く、生き残りました。
明日、雪遊びに行きます。
白く埋もれて眠る毛のささくれた猫を見たら
踏みつぶさないで「よく頑張ったね」って、
ひとこと声を被せてください。
※
(独りでも天国に行けそうな気がします)
※ 前橋「猫フェス」用に書いたもの。
2016年10月27日
ヒルコ
(狼娘のお宿は何処だ
それは夜ともなく昼ともなく 無差別に
数多の男と交わった女の 落とし種
種に理念なく伸びゆく手足なく目もなく耳もなく
思いついたことを叫ぶしかない口があるだけ
(狼娘のお宿は何処だ
男を千人切りした女の孤児なんやからな、
あれが色情の業の姿というもんや。
何、放っておいたら、直ぐ死ぬわ、
あんな見た目も丸阿呆、叫ぶしかない奇形の児。
それにな、昨日もヒルコがまた叫びよったやないか、
【この村な、この村なァ、もうすぐしたら、なくなってしまうどぉ】
(狼娘のお宿は此処だ
ヒルコ、なんか気持ち悪いわ、もう、殺(や)ってしまえや。
不吉なことばっかりいいよる忌み児やし、
村かって若いもん居らんのに、余裕かってないし、
もう、ヒルコ、要らんやろ、役に立てへん児やし、
わからんよう、殺(や)ってしまえや。
ヒルコが居ること自体、村の恥よってに・・・。
(狼娘のお宿は此処だ
せや、ヒルコは村のこと悪う言いよるでな、
もう、見せしめや。ヒルコが居らんようになっても、
ウチら、いっこうに、かまわんしな。
こんなんどやろ、海の神さんの「人身御供」ちゅうんは・・・。
それ、ええわ、ヒルコは役立つ、村の英雄で死ねるんや、
役立たずが、役に立つ時がきたでな、じゃあコレで
よろしゅう、頼んます
※
縛られたまま海に放り投げられ、重石で沈められたヒルコの口から
何かが飛び出した、という噂も失せて、千の昼と夜が巡り終えると、
村は大津波の口から、すっぽりと腹の中へと、しまわれていった。
(狼娘は、お宿の中だ
2016年10月05日
鍵のかかる部屋
西日の射す部屋で
裾に黒い炭を付けたレースカーテン
輝きながら汚されていくことを思う
私は寂しい
ベッドの位置から進むことも退くこともできず
手のひらに収まる程の空気の厚みにすら押し潰されそうになる
時が頭の中を切り刻み 身体は痙攣している
数時間前の蛇同士の絞死刑の痕の嬌声
あ、の音をコップの水では飲み干せないまま
動けない四肢から床に深く埋葬されていく
あとからきてあとかたもなく過ぎ去っていくものの名を
片づけられないまま天井に答えを探す
(音の鳴るものは悲しいです。
(ケイタイとかスマホとか扉とかロックされて終わる声とか。
蝋燭の炎がゆっくりと立ち上がり揺れながら燃えていった
内側からも外側からも鍵は差し込まれ続けた
開かせてすべて暴くために指は鍵穴を回し続ける、
あ、の音。
クーラーの微風にも耐えていたレースカーテンの黒い秘密に
指が触れた
誰にも言ったことのないコトバを発し続けると
西日は視線を細めて一心に熱を浴びせた
黒かったものを白かったように言い訳して目を閉じる
私は開かれたままロックされた
成婚の痕が蝋燭の炎に炙り出される
鍵のかかる部屋に
雌雄の区別のつかない蛇の抜け殻二つ
燃え尽きて歪なだけの蝋燭の蝋
腐って苦い水になった林檎
夜の扉を開いて 私は月に鍵を差し込む
カーテンで空は遮られると
あなたの指が 今夜もまた
壊れた林檎のカタチをなぞる
2016年09月26日
東京
乳の出なくなった母豚が
子豚を育ててくれるという、
やさしいニンゲンに預けた
彼らは 何もできない痩せた子豚を
段ボールの中で育てた
しかし 相変わらず豚は、豚
ただ 闇雲に食べるしか能がない、豚
段ボールが破裂しても
豚はまだまだ食べ続けた
ニンゲンは 予定通り
豚を殺して何日もかけて食べた
乳の出なくなった母豚は
子豚が闘牛になるような夢を描きながら
暗い 豚小屋に横たわり
豆電球の明かりのような 希望を灯した
2016年09月19日
月曜日の人
月曜日に来た人は とても穏やかな顔をして
私の頭を撫でてくれました
月曜日に来た人は 火曜日には火遊びの仕方を
私に教えてくれました
月曜日に来た人は 水曜日私の小言を片付けて
流し台から捨てました
月曜日に来た人は 木曜日自分の生い立ちを
初めて私に語ってくれて
金曜日 「仕事もないし金もない」と告げると
私の前から消えました
月曜日に来た人が 土曜日に土に還ったと噂が流れ
私は日曜日に はじめて独り休暇をとりました
(何という名前の人か、どんな生活を二人でしたか、
(もう、思い出せないけれど。
月曜日に来た人は 遺書を遺しておりました
(君もまた、月曜日に生まれて 日曜日に迎えられる)、と。
一本道みたいな たった一行、
当てのない行き止まりを 私に遺して逝きました
2016年09月17日
未来の魚
父は生きる 沈黙の中に
母は語る 夢のような言葉
私は横たわる 足りない絶望を枕にして
川の字になった 冷え切った水槽の中
打ち上げられた魚を三匹
飼って眺めて笑っていたのは
水槽を覗くいびつな
薄笑いの目 目 目 目
金貨で競いたがる噂話
コインで 家族を秤にかけた優越を
父の呻き声がかき消して
母のヒステリーが口から火を吐いて
私たちの水槽がパシャリと軽い音で弾けた
川の字なんて はじめからなかった
まして 川で泳ぐ水すらない
ただ 今度生まれ変わるなら
人にさばかれる魚ではなく
家族三人 一つの田に植えられた
秋の稲穂になろう
実がなるほどに 頭を垂れ
人の糧となり 人を満たせる
秋の夕陽に映えた
沈黙の 幸せを握る
金色の 稲穂畑の
一粒にでも
(四年前の過去詩です。)
2016年09月05日
自転車
私は中古品
でも 走れたらいい
ライトもLEDじゃなく 豆電球の橙色
それでも 三メートル先 見えたらいい
けれど五メートル先の人に
私の足は切り刻まれ もう走れなくなりました
(深夜に聞かれた破裂音
(タイヤに深い切り傷が
私はずっと
暗い所は嫌だと 大声で叫んでいたのに
みんな朝までは
顔についていた耳を取り外していました
中古品というだけで
見切り品という名詞で
裏口に 片付けられていきました
解体された 私の目
バックミラーが
消えた軍手の行方を
捜しています
2016年07月26日
生きた亡者
コトバだけで世界をつないでいく、そんな嘘くさい指切りをして
あなたの色つきの夢の先に、私はいない。
コトバだけで生きる人は 骨の分量の重さを 世界と言い、
あなたは、夕陽を溺れさせる、空と海の狭間を歩きたがるし、
コトバは世界を酔わせ、世界を沈める、という、駆け引きを持つ。
あの赤さくらい、あの大きさくらい、背中の影が濃く伸びていたら、
コトバをを焼き尽くした、あなたの、
ノドボトケを、私にくれますか?
本当のことは、夕陽のように燃やされて消えてしまう、
あなたも、わたしも。
言えないコト、を埋没させることだけが得意になりました、
「世界には骨が似合う、」
と、いう、コトバを遺して。
詩人は墓を遺さない、墓というコトバを埋めていく。
詩人は世界を多く持つ、全部海に還すことも知って。
理屈だけが、まだ寄せて返して、浜に投げ出されている。
※
コトバはかき混ぜられた、シロップ、もう、透明ではない。
濁ったシナリオだけを、書き上げたノートの、かなしみ。
はじめは白かったものに、テーマを与えたら、「汚れた」、と
世界は嗤って、そして、つぶやいた。
私たちは、生きた亡者。
汚れたノートを海で洗濯して、溺れてしまう者、
私たちの撒いた骨はノートと世界を漂白する/漂泊する。
(指切りは、裏切られる/寄せて返す、打ち寄せる、熱の波音。)
混濁した物語の果てに、手を振る最期の人よ、
私に、灯った、あなたの、声と炎、に、
どうか/憎しみのように消えない/名前を。
/、の、/愛する/「世界」に。
ブロンズ少女
幼い頃に頭を撫でてくれた手のひらたちは
引っ繰り返され
彼女を叩たり、指さした
(公園で、一人、少女が濡れている)
常識の文字を見つけると丁寧に赤丸で囲みながら
恐る恐るみせた答案用紙
先生たちが出した答えには非常識と赤字で書かれた
(公園で、一人、少女が濡れている)
幸福の王子は全身金箔だらけで ルビーやサファイアを身に纏い
公園で人々の哀しみを眺めて泣いていたという話を知っていますか?
でも最期に遺っていたのは小汚い痩せた親友のツバメの残骸、と
デクノボウになった自分
(公園で、一人、少女が濡れている)
どこにも帰れないブロンズ少女。傘もささずに固まったまま濡れている。
本当は赤いルビーの瞳で夕日が沈む一日を終えたかったかもしれない。
サファイアのような海を目指したかったかもしれない。ダイモンドが灰に
なるまで、誰かについて行きたかったかも、知れない。
けれど、
少女が一人、デクノボウ
突っ立ったまま固まって、動けないまま濡れている
駅前公園では若い女性議員が一人、車上からの立ち演説。
市民は同意、同意の、大賛成。激しい雨音の大拍手、の中で
呼吸ができないブロンズ少女。病院に行けない少女の胸から
赤い血がどんどん流れて青くなる。倒れてもどこの誰だか、
分からない。身元も不明、町の市民じゃないかもしれない。
だから、だから・・・/だから?
人々が望む「平和」と「幸福」が、高い位置から挨拶すると、
彼女だけを置き去りに「政策」だけが、歩いて行った。
2016年07月14日
樹海の輪
カラカラと糸車を誰かがまわしている
その糸車の糸に多くの人の指が絡みつき
血塗られた憎しみの爪をのばしたり
いびつな恋敵の小指たちが
ピリピリと過去の妄念に反応して
親指は絞め殺されるように働きながら
天に一番近い中指に嫉妬しながらも
糸を燃やそうとする
カラカラと糸車はまわる
それは乾いた土地であり
それは渇いた喉元であり
蜘蛛の罠に引っかかった蝶が
食いちぎられていく羽の墜ちる音(ね)
最期の 悲命(ヒメイ)
* *
(カラカラカラカラ・・・)
* *
さっきから大きな毒蜘蛛が樹海を編んでゆく
その下を長い大蛇が這ってゆく
細かい切れ間から もう 青空は望めない
蛇の腹の中で元詩人たちの群れが
溶けて泡を吐く
見えない空
地上にない文字
樹海にはそうゆうものたちが浮遊して
死人たちがそれらを夢想して
この樹海を成立させているのか
乾いた音だけが響いてくる
* *
(カラカラカラカラ・・・)
* *
誰かが糸車をまわしている
けれど
その糸にしがみついた多くの紅い情念たちが
歯車を狂わせてゆく
糸車をまわしていたのは誰だろう
それは 樹海をでっち上げた白い骨の妄念
散り散りになった散文詩
痩せた木の葉たちが 風に吹かれながら
くるくる回り続け
重い陽差しの切れ間を脱ぐって
やがて 土に還る
(カラカラカラカラ・・・)
(カラカラカラカラ・・・)
神は
呼吸をするのを
やめたらしい。
シャツ
白いシャツを着せられていた
脱ぐことも赦されなかった、そのシャツを
声を発するごとに
胸の真ん中についた、赤いしみ
どんどん大きくなっていく、赤いしみ
(人とすれ違うごとに
(人の隙間から見えた始まりと終わりに
(人を見失うたびに
出会った声と同じだけ 見送る夕焼けたちは
胸の真ん中で もっと大きな夕陽になって
赤く燃えては 沈んでいった
誰のシャツを私は着せられていたんだろう
誰の夕陽を抱えて生きていくのだろう
そして 一体、このシャツを
誰になんと言って 渡せるだろう
シャツを赤くにじませて
私はどこに向かって いつまで
歩いていかねば ならないんだろう
2016年06月14日
扉
夜間にバタンバタンと 階下で扉を
開けたり閉めたりを繰り返す父の扉
私が玄関の扉を開けっぱなしにして遠方に去ってから
ずっと開いていた 扉
帰省する毎に 小さく細く白く可愛く寂れてゆく
玄関の扉の、隣には 父
出て行く時 必ず見えた扉と 茫然と見送る父の姿
夜間に限って階下でバタンバタンと
父は扉を開けたり閉めたり
二階では停電させたような部屋で娘は毛布を被っては
大河がうねるようなクラッシックを 耳を塞ぎながら
大音量で聴いている
私が泥棒に見える日、父は扉を閉めたがる
私が娘に見える日、父は扉を開けたがる
父が扉を締め切る日、私は河へ身を投げる
私が溺れて泣いてると、父は扉を開け放つ
そんなことに疲れたと 、
私はいつか 鍵を河へ投げ捨てる
家は迷宮になるだろう
父は私のいる部屋を 探して探してさ迷うのか
この家の一番奥の深い深い暗い部屋
その扉を見つけたら 父は戻ることはない
誰かが父のいる部屋に鍵をして 河の水を入れている
家は扉を 片付け始めた
私は父の背中に「入口」とも「出口」とも
指でなぞれないまま ただ茫然と立ち尽くす
※ ー亡き父への思い出にー
2016年06月05日
拝啓幸せに遠い二人へ
私たちは互いが憎み合い、恨み合い、奪い合い、言葉を失って、
初めてコトバを発することが出来る、ピリオドとピリオドです。
しあわせ、が遠ざかれば遠ざかる程、雄弁になれるのは
ふこう、の執念が、為せる業でありましょう。
かなしみ、こそが、最大の武器である貴方の哀は深く幼く、
激しい憤りとなって、私を抱き寄せようとする。
私は泣いている赤子に、いつも疑問符を投げかける真似をして、
貴方を困らせます。
(嫉妬はいつも、私たちを尖らせて、新生させる )
やさしさ、を眠らせたままで、裸で歩く貴方の手を、そっと、
握ってあげたならば、貴方が死んでしまうことを、知っています。
愛の淵は、二人の時間を止めることが可能なまでに残忍なことを、
私たちは、踝まで浸かったときに、知りすぎて、泣きましたね。
形あるモノばかりを掴んで、その温度を信じられないくせに、
私たちは、あいしている、を繰り返すのです。
(つなぎとめられない接続詞の空間で、
辛うじて、息をする二人 )
憎しみや喪失が、愛や希望で、あったためしがないと体に刻みながらも、
それらが、どこかに埋まっていると、言い続けなければ、
生きてはいけないのです。
剥き出しの怒りのうしろで、泣いている貴方の瞳には、海が、 映っています。
貴方が私を見つめるとき、青すぎるのは、そのためでしょう。
海に還りたいと願う貴方に、私は空のことばかりを話すから、
貴方はいつも、とおい、と泣くのです。
(あぁ、できるなら、できるなら、空が海に沈めばいいのに・・・)
そんなことばかりを考えて、私は今夜の「夜」という文字が、
消せないままでいます。
朝になったら、私は貴方の私でないように、貴方も私の貴方ではない。
それは、ふたりして、誓った約束でしたね。
私たちは、冬の雨に打たれながら、泣き顔を悟られないように、
いつまでも、はしらなければならないのです。
祈りを捨てて
幸せとは逆方向に
お互い背を向けたまま は し る 。
追記 ふたりの間に「いたみ」という名の、
こどもが、やどりました・・・。
タクシー
母を乗せたのぼりの電車
母を乗せたのぼりのタクシー
ペースメーカーの電池は音もなく 擦り切れて
障碍者手帳と交付されたタクシーの補助券は
どんどんなくなり
彼女はもう どこにも行くことができない
杖代わりだった私
杖代わりだと思っていたかった私
母の右手が私を手放した方向に
若いころの同窓生の笑顔
これがみんなに会える最後だって泣いていた
その母の嬉し泣きか、悔し泣きか、私も知らない
けれど
同窓生も 若くない
母を一瞥して
「あぁには、なりたくないもんだ。
コブ付きで自分の身も自分でできない恥を、
さらしてまでも、みんなに会いたいのかねぇ」
トイレで笑っていた シミだらけのおばちゃんは
母が親友だと無邪気に語った 横顔のままの女
同窓会は裏表を秘めながらも
ビールで思惑を酔わせ 口裏を合わせたかのように
シャトルバスは 母を残して
みんなを新しい朝の場所へ連れていく
一人、くだりの電車に乗り
また、遠い景色の桜吹雪に流されながら
母は知って、車内に杖を置き忘れて帰る
鞄の中の補助券が
どこにあるのかさえも 分からないままで
くだりのタクシーに体を横たえると
のぼりのタクシーを呼んだつもりで
どこまでも どこまでも 独りぼっち
※抒情文芸 入選作品
夢の位置
ぼくの記憶の螺旋の、森
その先に蔦の茂った廃屋がある
寂れた椅子に 小雨が降りつづけ、
緑は天を刺す、あるいは、地に従属する
苔生した兵士たちは歩みを止めることもなく
繁茂するシダ植物がぼくの記憶を準えていく
水は胞子に溶けて ぼくの耳を侵食する
森はうずまく心音を刻み、ふるえる、
ぼくの、耳朶、と、ぼくの、ナニ、か、
頭上で鳥が薄い殻をコツリ、と つつくと
落下したヒナが、ぼくのボタンをつつく
ぼくは破れる
胸のボタンから綻びがはじまりながれだす声
(このボタンを縫い付けてあげるから学校へ、
椅子が一つ、消える
(ここにもう一人いた人は一体どこへ行って、
ぼくは踝を蔦の蔓に囚われたまま
聞こえるはずのない、海の音をきいて泣く
2016年05月09日
圧力鍋
圧力鍋の中で椅子取りゲームが行われていた。
「誰もその椅子に座りたいのだ」と言い出したのは
課長補佐だった。
「トレンドとブレンド間違えちゃいけないよ」と笑ったのは
有閑マダム。
三ツ星だか四ツ星だか五ツ星が、並んで流れる店のシェフに
「おいしいものを作ってちょうだい」と、命令したのは
女営業部長。
予習復習を済ませた子供たちは、ナイフとフォークを
光らせながら、夕食を待った。
※
けれど、
椅子は一つ。
一人しか着席できないディナータイム。
圧力鍋の中には椅子は一つしかないのだ。
おそらく御馳走も、一人分しかない。
一流シェフは主流の料理を一流食材で作ったし、
時間には十分間に合ったのに、誰も椅子には座っていない。
贅沢を極めた料理を「好き」とも「欲しい」とも言うことなく
ゲームに疲れた全員が干からびた声をあげて
「水をくれ」と掠れた声で叫び続けた。
※
鍋は、
圧力鍋は、倒れた人間を食材にして
また、新しいゲームのレシピを考える。
2016年04月24日
五月病
ゆれる、ゆれ、たちあがる、あわい、影に、
くるまれた、ままの、「わたし」の、身体は
ゆびさき、から受粉して 髪は緑にながれる
血が赤いという現実を、見捨てて、
血が赤かったという迷信を芽吹かせたのは、
「わたし」。
朝の倦怠を皿の上に飾って ナイフで切ると
昼の退屈を フォークで突き刺す
夕暮れは酷く、泣いてくれると言い聞かせて。
夢遊病者の夢が 星を渡っていく
蝕まれた森を 振り返る者たちは
必ず、守り人に尋ねる言葉がある
(あれは、誰が隠した包帯ですか?
鼓膜も網膜も剝がされていった「わたし」に
その、答えが 見つかるはずもなく
季節は 余白だらけで 今日も やさしい。
2016年03月21日
鬼
母の頬を打つ
鋭い音が私の底に弾けて沈む
窓から漏れる灯が全て真っ赤に爆ぜる
影絵が暴れ出す
玄関口を喪服の村人がぞろぞろ出て行く
四角いお供え物に母の骨を携えて
母の頬を打つ音が隣の家に着火し
老夫婦はもう家に帰れなくなった
また、喪服の村人がぞろぞろと夜の玄関先渡って行く
四角いお供え物から、ピシャリ、という音が聞こえないように
大きな風呂敷袋にぐるぐる巻きにされた、その箱の底から血が滴っている
─あれが生首です。
影絵の物語はいつもそんな風に幕を閉じた
※
私が赤ちゃんを叩き殺した理由ですか
私わたしが赦せなかったのです。私は母からすれば良い子ではなかった。
昔から母によく叩かれた。だから私はわたしが子供を産んだら良い子になる
ように赤ちゃんの頃から叩いて育てようとしたんです。悪いことが出来ないよ
うに。一つ叩いても泣きやまない。二つ叩いても泣きやまない。赤く膨れて
泣きやまない可愛そうな私の・・・「私」、え、何か言いましたか?今、何か
大切な・・、え、ノイローゼ?はい。そうでした。でも、ノイローゼって何で
すか?
─赤ちゃんを叩くと喚くんです。私も痛かったのに、私も叩かれたのに、どう
して私はそんな幼子を殺さなければならなかったのかしら・・・。あんなにも、
助けて!って泣いていたのに。誰が、泣いていたのかしら?おかしいわね・・。
本当に・・・。オカシイ?
眠れないんです。え、目が覚めてないだけですって?じゃあ・・これは夢?
本当に・・・?
そう、夢だったの、ね、夢・・・。ああ、怖い夢・・・!
ほんとうに、ホントウニ・・・?
※
ピシャリ、
玄関を閉めきった家に炎が住む
母の頬を打つ子の影と赤子を殺める母の手が燃えている
村人は炎を光と間違えて、灯を求めてやってくる
「飛んで火にいる夏の虫」とは、どちらが先に言ったのだろう/逝ったのだろう
※
あの家には鰯の頭も、無かったのかねえ・・・。
私の焼死体を見ながら通り過ぎるランドセルに手を繋ぐ母親
/鬼は、 外。
※
ピシャリ、
鋭い牙をした思い出が死んだ私の腸から出てきた
(お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい!
(もっと、ちゃんと、甘えたかったのに・・・!
(オカアサン!!
/鬼は、、、「 」。
2016年03月20日
かぞえる
珠を数えている。
腕に通された木目の珠を。
祖母が亡くなったとき
父が握っていた大粒の珠を、
父が四角い小さな石塔になったとき
母の手首に引っ掛かった数珠の珠を、
数えている。
目が開いた時から数えていたのか、
数字というものを覚えたから数え始めたのか、
わからない。
なのに、
随分と前から数えることがやめられなかった私。
数えている。
生きるために数えているのか、
死に切るために数えているのか、
長い夢の歳月の裾、
その、衣擦れが過ぎ去り
私の髪は白髪になり抜け落ち
骨と皮と皺の隙間から
数珠がするり、と落ちてしまう迄には
私は薄暗い朝を迎えて又、数珠玉を指でひとつぶ、掴む。
私のいち、は どこにあったのだろう。
ひとつぶの珠を掴んでは放ち 掴んでは放ち
その、サイクルから逃れられない人生でした。
今の、いち、も持たないまま
数える意味も知らずわからず
心は 狂気と歓喜に踊らされ
私の分身たちが
私の記憶を覗き込んでは
掻き回し 過ぎ去っていく。
気が付けば
もう、
彼岸過ぎ迄── ──。
2016年03月08日
足並み
私はカルピスのいちごオーレの底にたまった沈殿物。
五百ミリリットル入っていても果汁は一パーセントにも満たない。
濃いピンクのふりをしても、先生たちは私のことを講堂に響く大きな声で、赤点、ギリギリだったという。そういうことは“だいたい”で、いいらしい。
私の個人情報が薄汚い口髭の男から、交流会館のキレイな受付嬢に銀行振込をされていく。“だいたい”の、料金で。
赤いベストの黒い丸渕眼鏡のおじさんは封筒を大事に抱えてNPO法人行きの切符を窓口で買う。行先は白く一人。帰りは黒く独り。もう乗客席に座る足も、持たないままで。
私が得体のしれない沈殿物だった頃は珍しがっていたのに私が赤点ギリギリと分かったら、みんなそっぽを向いていたくせに、私のIDを知った途端に手を叩く人と、水をかける人。
「地域はそういう仕組みになっている。」ということを教えてくれた人は独り、黒い箱に入れられたまま、口を開くことはなかった。
※
──と、いうことで総会は開かれた。理由もなく会議には老人が選ばれた。
おせんべいも割れない歯で、するめをしゃぶるだけの舌で、一体どんな話し合いをしたのだろう。
知らない町の交流会館で、そんなつぶやきを書いている、私に、よく似た私を見たよ。
故郷は竹藪の中に消えたのに、そこが私の赤点の出発点だったなんてことは、交流会に参加できなくて、会議室の隅の暗室に詰め込まれた寂れた椅子が知っている。
(座る人もいなくなったら椅子って誰が呼んでくれるの?
竹藪の中に放り込まれた木造椅子も、そういったら壊れていったのに。
会議室はハクネツしているみたいで、喉をカラカラにしたペットボトルたちが並んでは、すごい速さで捨てられていく。
沈殿物が覗いていた穴が、巨大になっていることにも気がづけないまま、会議室が暗室になる日、足並みは、途絶えた。
2016年03月02日
母になれないこのままで
母になれないこのままで
あなたに名前を名付けたい
あなたは黒い目玉を輝かせ
きょとんと笑ってくれるでしょうか
母のになれないこのままで
あなたを産んだといってみたい
海のなかに潮が満ち
あこや貝が真珠を一粒育てたと
母になれないこのままで
あなたと手をつないだと微笑みたい
握りこぶしがつかんだ風景
風吹く街で横断歩道を渡ったと
(おかあさん)
それは空から降ってきて
私のお腹を通りすぎ、
海に還っていく星の瞬きほどの、、、
(おかあさん)
母になれない身体のままで
脈打つ、やさしい赤
幸せを掴んだ見えない手のひら
母になれない子のままで
私は宇宙の子供の母になる
2016年02月15日
黒い手袋
トイレで赤い卵を流したあと冷蔵庫から野菜ジュースを取り出そうとして
玉子を床に二つ落として割れてしまった。かろうじて玉子の形をとどめた
まま中身は放り出されなかったので、フライパンで割れた玉子を溶かして
目玉焼きにした。黒いフライパンの底から二つの目玉が私を睨んでトイレ
で、さっき流した卵たちについて意見する。煩いので黒コショウピリピリ
に撒いて黙らせて、白米お茶碗一杯分と一緒に平らげてやった。
※
お腹の中で、私のお腹をすかして見ている目玉焼の目玉たちが、私の頭の中を
キョロキョロと見渡し頭部から、黒い手袋を見つけ出して、ニヤニヤした目を
向ける。それは粉雪の舞う日に、遠い町のコンビニの前の、排水溝から地上に
向かって三本の指を立てている、婦人用の真新しい手袋だった。その日限りの
寒さを凌ぐ為にデートか何かの用足しに見栄えの張った少し高級な手袋の片手
は、もう除雪車に泥をかけられその場限りの使用品で購入されたものだと一目
でわかった。コンビニを出ていくサラリーマンが、知らずにその手袋を踏みつ
けると雪が手袋ごと凍結したせいか、滑って転倒しそうになる。次にヒールの
女性の踵が排水溝の囲いの網の目に挟まって、蹴躓いて倒れこむ。
黒い手袋は誰かを待っている。誰でもいいのかもしれないし、黒い手袋のもう
片割れかもしれない。
けれど、安易に買われて冷たい外景に放り出された「かなしみ」は尖ったまま
突き刺さって地下へと、人間の足首を掴んで、引きずりこもうと容赦はない。
「にくしみ」は吹き叫ぶ。「かなしみ」突き刺さる。凍える吹雪の中を白い
風景に揉みくちゃにされながら、黒い手袋の周りに渦を巻くその黒い怒りは
一層際立って、私を見据えて私を燃やそうとしていた。
※
トイレで赤い卵を二つ、割って流してきた。冷蔵庫の扉を開いたら、突然割れた
二つの玉子。目玉焼きにして黒コショウで焼き上げたのに、口から私の身体の、
どこかに埋もれてゆく。あの遠い駅で黒い手袋を見つけた私の頭にのぼる目玉。
私は体の下腹部をさすり素手で言い聞かせる。
/もう、メタファーで動く生活だけはしたくない。
2016年02月09日
魔女
(ソンナコト、イウ、ミサチャン、ナンカ、キライ。
ふたりは同じ薄ピンクのフレアースカートとツインテールの幼稚園児
ミサに、少女は拒絶の言葉を投げつける、と
ミサは酷く優しい顔をして、とても悲しい口調で少女を抱き寄せる
(アナタガ、ソンナコト、イウノハ、魔女ノ魔法ニ、カカッタカラデスネ。
手を引っ張って抱き寄せて、抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて、
(カワイソウナ、女の子、デスネ。
耳元で言い包めた言葉が脳も身体も引き寄せて溶かし始めて包めとり
彼女の凍れる炎を、胸元の体温で出来た小さな松明で燃やしていく
その呪文、その遊び、その血を秘めた、ミサ
同じ服装、同じ髪型、けれど、
キライをスキに変えてしまう呪文がつかえる、ミサ
その妖しさは女だけが引き継ぎ、独占してきた魅了の悪戯
少女とミサは手を繋いで帰って行く
ミサの足元から伸びた影は狭い路地で もう、この街中に溶けて流れ出した
※
夜の街に女たちは大通りに隠れた狭い路地で 煙草に火を灯す
女のにおいを消しながら魔女に必要な炎を片手にかざして笑う
今夜生贄になる男を 吸殻一本にするために
青白く細く長い、指から、靄を独り、遊ばせながら
その、ケムリの行く末を
弔いの唄に、換えるために
2016年02月03日
白紙の回答 ーあなたへー
生きながらえて帰れば 非国民と呼ばれ
生きていたら 厄介者扱いされ
息をしていたら 珍しがられ
長生きをし過ぎると
見なくていいものまで見えてしまう
あなたの青春は何色でしたか
ホタルノヒカリはまだ覚えていますか
過ぎ去っていく者たち、立ち止まる者たちの光と影を
胸に乱反射させ
送り出してきたあなたの、途上に一篇の詩
桜の花の咲くころに
花びらの色を指で触れながら
約束された惜春の甘さを
振り返る
夜、ひらかれた扉に立ち
光が差し込む窓辺から
放たれる、あなたは
透明なコトバになった紙飛行機
身軽になったあなたは
桜、舞散る空を
白紙の回答用紙になって
風に呼ばれるままに 飛んでゆく
2016年02月01日
都女
ビニールテントのテラスから遮断された人と人
店の中でこじれる男女の恋愛騒動が綺麗に片付くころ
会社のやり方が気に入らない中間管理職同士のマグカップは
同じ濃さの苦さで話をかき混ぜ 飲み干すことが出来ないままだ
駅に向かうハーフコートや腕を組み合うストールの女とジャケットの男
ビニールテントのテラスから みんなきれいに歪んで見える
幾度となく過ぎるバスのライトに顔を見つけられたなら
私は今日 表参道で縛られ吊り下げられる、顔のない黒い女になってみたい
マスクと仮面をつけた人の拍手喝采と気味悪い笑いの中で
もっと赤い口紅で薄気味悪く笑ってやりたい
でも、
私は、正月にクリスマスリースを着せられたまま放置されたカーネルサンダース
ドナルドの姿をして陽気に笑ってみるバイトの中身、カラ元気のような疲労が私
マスコットキャラの細い目に マジックで涙マークをつけてやりたい
みんな淋しいことを知っているから できるだけ楽しそうに街を彩りたがる
それぞれのステージでそれぞれの演目
アドリブは華やかに毎日を弾ませる
そう、アドリブだから本気で泣く日なんか来やしない
明日や朝日が片付けていく 今日の憂鬱をビルの谷間に捨てるため
緑の山手線に乗せて渋谷経由で 赤い丸ノ内まで運んでもらおう
赤と緑のポインセチアは クリスマスにしか店頭を飾らないじゃないか
そんな対照色な生き方をしてみたくても
雪が怖くてヒールもはけない臆病者では
尖った音を立てることもない
帰路を歩む靴音が 現実を引きずって進むたび
表参道にいる私がこっちを向いて笑ってやがる
昼夜問わず、遊び疲れ果てる外反母趾にはなれなくて
所詮、会社と自宅を重い鞄をぶら下げて往復する
鬱病背負いの、膝関節症がお似合い愚さ
都にいるのにトウキョウに辿り着けない女
/私は都会で一番、不具合な女になりたい
2016年01月24日
揺らぐ街
言葉が厚いナイロンシートの
壁にぶつかって流線形に歪む
喋るのは得意ですが独りです
世界は四角く私たちは丸いと
思っていたのに傾いた地軸に
逆らえない街の人と通じない
回転しながら壊れてる私の頭
告白ならその辺りで伺います
流線形のぼやけた歪みの視界
言葉が屈折して流れていく夜
2016年01月07日
空席
晴れた日の会場内に 用意された百脚の椅子
来賓者、関係者、招待者、出席者、
名簿に記載された ずらりと連なる固有名詞
司会者は叫ぶ
(百人満席、晴れた日に、)
新聞は語る
(百人聴衆、晴れた日に、)
けれど
後ろから二列目
左端から並んで三つ
三つの席に雨が降る
印字された連名から はぐれて
ペラペラになった紙同様 役に立たないと剝がされて
どこかに飛ばされてしまった人の、かなしみを
横目でチラリと眺める人の、高笑い
九十七人しかいない晴れた日の場内の、その隅で
冷たい雨は降り続く
晴天の宴は記事になり 朝夕を陽気に色濃く飾ったが
閉ざされた会場の椅子にまだ
湿っぽい、かなしみたちが忘れられ
滲んだままで 座り続ける
2016年01月01日
マザー・ファッカー
子供をたくさん産んだ 女友達
男を連れた 同級生
女が皆で ぼくの、ママになりたがる
オマエハ、デキノ、ワルイ、コ、ダカラ
(だったら、見なきゃいいのに
オマエハ、ソウイウトコロガ、ダメナトコ
(お願いだから、もう、構わないで
オマエガ、カワイイカラ、イッテアゲテルノヨ
(だったら、どうしてニヤニヤしているの
たくさんたくさん連なるママが ぼくの法律を決めて ぼくに戒律を与えてくる
今日 ママを殺す夢を見たはずなのに 今晩 違う男とセックスしている女が
ぼくが殺したママをふたり産んで ふり向いて笑った
ぼくが大きくなるにつれ ぼくの頭を押さえつけるママの手が
どんどん積み重なっていく、降り積もるママの大群
真冬の真夜中真っ裸で両脚をM脚に広げて
ぼくを その、真ん中の暗い穴に 笑いながら頭から吸い込もうとする女神
今夜 そこにぼくは巨大なピストルを手に 弾丸を打ち込んでママを壊す
ママの作ったぼくの六法全書を ぼくの独立宣言書に書きかえるため
ぼくはぼくのやり方でママと壊れる
(オカアサンガ、ダイスキナ、ママ、ダイスキナ、ママ、ダイスキ、ナ、ママ、
※
どこか、くらいところで
ケモノのなきごえが ひどく、しみる夜に
ぼくは、あなたが殺した父になる
2015年12月22日
吸殻
吸殻だけが散らばった 歩道の隅に
吸殻だけになった女がひとり 見上げる男の影
さっきまで私をその口で 必要としてくれた人
炎のような熱さで 私を吸収して
求められるままに私は あかい告白を繰り返したのに
人差し指と中指で、ポイっと、飛ばされ
見知らぬ車に轢かれて炎も消える、火も消える
希薄なつながりだけど一時的に必要
そんな消耗品の女を都合よく手に入れる男との釣り合いは
どちらがどちらでも責められない 需要と供給 五分と五分
トウキョウの片隅に
いや、トウキョウに憧れ焦がれた燃えがらに
ちっぽけに転がる 少しのドラマを
泣きも笑いもできない顔たちが のっぺり舌を出して
冷笑を浴びせる くらいMAX
私を轢いていく車のライトが映し出す男の顔が白く浮かぶ
(その口で、今まで何といって私を言い包めたの)
茶色く薄汚れ粉々になる私を 見つけられる人はもういない
男は
いつも 何食わぬ顔をして また
ポケットの 新しい煙草に火をつける
2015年11月30日
狼煙
小さな町は大きな街に憧れて
いつも大きな街の姿をテレビで見ていた
小さな町は大きな街が大好きだったけど
大きな街に行くと自分がいかに
小さな町であるか知ってしまうことを恐れて
大きな街の悪口を 広報や回覧板で回した
小さな町が書いた小さな文字の注意事項は
いつも大きな街の悪口ばかりで
大きな記事にしたのは 小さな町の良い所
小さな町に住む人は 大きな街には行きたがらない
その町の公共機関という人たちが 口を揃えて
小さな町のことを「大きな街」と
大口たたいて大きな声で
目には映らないようにしていたから
大きな街と思っている人々の
造り上げたピラミッドの王様だけが
昼間に頭を抱え 夜にタバコをゆっくりふかす
(さて、この町を明日にはどんなケムリにまいてやろうか)と。
キセルから浮かび上がる巨大な街が 闇の中に
どろん、と現れ 誰にも知れずに消えてゆく
2015年11月27日
天秤
何も持たなかったはずなのに 多分荷物は重くて
何を詰め込んだかわからないのに 大切で
手放せないまま 逃げるように出てきた都会
何をしたかったのか 私の頭の標識は
真っ白に作り上げた 大きな矢印が看板
迷って 転んで キョロキョロした顔を向けて
やっとの思いで前を向いたら 舌打ちされる
守るものは自分、ではなく、
自分の正直さ、というものだと
両腕で抱えてみると 我儘、と、傲慢に
早変わりする 人の秤
※
何も持てなかったはずなのに
往復切符を買ってしまう臆病者
(その理由を、聞かないでください。)
スマートフォンを 握り続ける
私の当てにならない アクセス先
(その場所を、見つけないでください。)
街には人がいないのだよと マネキンたちが
スマートなスタイルで会話して 私を見下す
ポケットの右側にいれた十字架とはぐれて
左側のコインに見捨てられた日
身体ごとアスファルトの中に飛び込もうとした夕暮れ
ふるえるように叱ってくれたのは
ルール位置から遠く離れた、壊れた家の
弱さと優しさに泣くしかできない 私の両親
2015年11月20日
病
あなた方の死骸を埋めると 私が芽を出して育っていく
アイ、の呪いはコトバと声を包んで あなた方を肥やしにどんどん伸びる
声が子守歌に変わる夜
初めて骸の種となったあなた方に 向き合うことが出来るだろう
し、
無邪気な淋しさと燃える酷さを謳う無垢な病よ
まっしぐらに私を宿し 私を殺して逝け
私の内に立ちのぼる亡霊の顔よ、声よ
その表情と傷痕を記録させる為だけに
不純な炎が純潔の在り処に 刃を向ける
2015年11月05日
花火
私は 地獄通りの道を歩いている
「詩人」という、重荷を下ろせば きっと
地獄通りを 通らなかったに違いない
こんなにも暗く、高潔で、淫靡な道を
コトバだけで築き上げた 女の迷路からまだ出られない
ドクダミの花を見つけるたびに
白い十字の傷跡を拾って 苦く舐めながら
女が抱く腕の深さに打ち震え地獄通りを振り返る
※
こい、は 夕焼け空の暮れてゆくデパートの屋上にあった
私は街灯が灯る頃 焦げた空の残骸を拾い集めてファイルに仕舞う
待ち合わせ場所の懐かしいお喋りなら 風と私で片付ければいい
五階建ての巨塔が映し出す案内表示板はいつも一方通行で、
ショウウィンドウのマネキンたちは着飾ったまま 誰も待たない
改札口のカップルは固有名詞を持たない 男や女
最上階のベンチに座った恋人同士は 観葉植物の役目を果たすと
屋上で詩人に作り上げられ、地獄送りにされて逝く
下で口が開いている赤いアルバムに二人、ずっと貼りついたままで。
※
焼け爛れた心から見える空の星はいつだって綺麗に流れ、
やがて炎の花になる
歩き出す地獄通りを 花火の音が背中から追いかける
(仕掛けたのは誰だったのか、放ったのは何だったか
(その正体を 今ならなんと呼べたのか・・・
※
遺言状の理屈を打ち明け、打ち上げ、
花咲く炎が見えないところを通過して 胸を射抜いて派手に散る
トウキョウの花火は 激しくて、鮮やかで、潔く、
そして、ネオンより、涙もろい
TOLTA主宰「現代詩100周年」寄稿作品
2015年10月27日
核家族
家の敷居や襖の線や開閉ドアを隔てて 深い河が流れている
隣の部屋なのに、もう渡る舟の手掛かりはなくしたままだ
河の底から 十二年前に口を交わした孫の燥ぎ声が
時々聞こえてくるのが楽しみで 白い襖に耳を当てると、
孫は母親に笑いながら言う
「なあ、おじいちゃんて、いつ死ぬん?」
河の流れは速くなって 部屋と部屋の間の溝は
もう誰も埋め立てることはできない
娘である母親は
自分の老祖父の、その時が来るのを夢見ては
煩わしそうに息子に毎日語った
年を重ねるごとに部屋には一人一部屋の
快適空間が設けられる度
濁流の大河が部屋の周りを流れ続けた
もう誰も舟なんか作ろうとも思わなかったし、
もし舟が出来たら一部屋に一人いなくなった人から
夜の間にそっと乗せて 水に流してしまいたかったから
部屋は常に護られていた
オートロック、一人の食卓、冷暖房完備、パソコン付きベッドハウス、
まるで、用意された一人用シェルター
だからいつか 爆弾が落ちるよ
家族中で用意した大きなシェルターに似合うくらいの
核分裂を繰り返す 大きな大きな爆弾が
今日も晴れた日の どこかの空から落とされて
家族の表情は止まったまんま。
2015年10月22日
アパート@猫一匹
スズや、スズ、と 呼べば白猫が一匹
呆けてしまった昭和の頭に 鈴の音だけでやってくる
年老いて逝く者の生きがいのために 孤独死を恐れてか
「アパート一室につき猫一匹飼育可能」、の高邁なプランを掲げる、
煽り文句は、共に死期を選べない 残酷な生命共同体世帯
スズは捨て猫
捨て猫が拾われて飼い猫になれば、又、
捨て猫を呼び込む、呼び込む、スズが一匹、一匹、もう一匹
朽ちていく頭の中で猫の鳴き声
(お前より先には死ねないね、
(食べ物も底をついた、寝たきりの私に、もうあげれるものなんて、
アパートは放火されたらしい
犯人は猫にゴミ袋を荒らされて 腹いせに焼いたという
不思議なことに住居人の死体はなかった
勿論どこから来た人か、何という名かも皆、知らなかった
焼け残ったアパートから 今日も鈴の音が鳴る、リン、リン、リン、
、足あとだけが、夜の頭を鳴らしてわたる、、、
2015年10月16日
喪失
もう、疲れてしまった。
美しいものは、等しくコトバにできない、ことや、
瞼を瞑ることでしか、思い出せないと言うことを、
眠らない心が捉えてしまったのだ。
夕焼けすら 同じように見えないのに
ぼくたちはキレイだね、という形容詞でくくる。
その、安易な感情の素直すぎる未熟さを、
純朴という名詞でかたずけたあと、
ぼくらはぼくらのノートに
それぞれの 夕焼けの花を描きたがる。
ああ、美しいものに、コトバはいらない。
感嘆の母音のあとにくる、コトバの喪失、
涙が落ちるまでの青い沈黙、
人、独り、沈みゆく赤い炎の背中をみせて、
その最期の閃光をあなたに受け渡すとき、
何を語ることができようか、
太陽が滲ませる 熱い水の苦さ
人が過ぎて行く時に見せた佇まい、夢の燃え殻、
そして、私の嗚咽
美しさを意味で汚してはならない。
去り行くときを止めてはならい。
コトバは失われた時にこそ、煌めきを増す。
メガネの店で
メガネをかけた店員が私を緑のサツマイモだと言った
もう一人の店員は私のことを赤いキュウリだと言った
どの棚にも私の居場所はなく、
北海道の男爵やクイーンが
同じ棚には並びたくない、と言い出し
国産のパプリカやトウガラシが、怪しそうに
私を異端視した
私はその店の悩みの種となった
数々の異なる声に身の置き所をなくした私は
袋に詰められ小さくなって売れないまま
どんどん日増しに腐っていった
もう私自身、何色だったのか何だったのか
見分けがつかなくなっていた
店頭から排除されようとしたとき
メガネをかけてない人が、私のことを
良く熟れた黄桃ね、と自宅の仏壇に祭って
手を合わせてくれた
見えないものに手を合わす、
メガネをかけてない人の目線は
今の私に丁度いい
2015年10月12日
哀歌
たくらみを実らせた花はもう、少女ではない
女になれば脆弱な季節から嫉妬だけを学ぶ
かなしみ、は 夜を壊し牙をむく
いつも、淋しい姿で佇んではいない、と
教えてくれた あなたの沈黙は深く
ふたりの声は共鳴を忘れた
互いが互いの詩の上に成り立つという証は
世の中から見れば、文字にできない言い訳に過ぎない
(腹を満たすのではなく、胸を浸すのです)
その声を聴かせてくれた人は
夏の交差点を渡り終えたあと 秋の分岐点で
わたくしのお腹から一本のたくらみの赤さを見て
歳月を嘆いた
忘れていた言葉を思い出しても
時の残骸だけが 別れを奏でつづける
行く宛のない詩が 冬の風に浸される度
思い出だけが指先を赤く滲ませ
掛け違えた記憶がふたつ 青い海に流されていく
2015年10月05日
晩餐会
パーティーには 有名な中華料理店が選ばれた
難しくて名前が覚えられないメニューたち
箸で触るだけで肉汁が溢れ出すシューマイ
自宅に独り私を待つ母に
到底食べさせてやれない、そのシューマイ
このシューマイを食べたら他のシューマイは食べられないわ、と
誰かが言った
このシューマイを食べたから
私は当分高いシューマイは 食べなくてもいいと思った
地方都市の若い人は、私の作る「玉子掛け御飯」の話を笑った
その日の産みたての卵のことや 安い濃口醤油、
地元のお米を砥いで御飯を釜炊きすることを珍しがった
(お客様が来たら鶏を潰すんです
(オスから殺すの、メスは卵を産めなくなってから・・・
笑っていなかった人、笑えなかった人は
たぶん、苦い醤油の味を知っている人
可愛がっていた鶏がお客さんのために 潰された人
御馳走は運ばれ続け 並び続けたけど
誰一人、「玉子掛け御飯」は 注文しない
2015年09月29日
あげぞこ
「下を見て暮らしなさい」
下には下が、
その下には下がいるということを
赤いちゃんちゃんこを着た人は
底なし物差しを振りかざす
下を見て暮らしていけば辿り着く
プラスチックの上辺の底に
仕組まれ、敷かれた 悪知恵を
貪り食べている人の
一番おいしい、「鰻の蒲焼」
(その、舌で味見、
(その、下で笑う、
「上を見て暮らしてみたい」
言い返す制服娘の反抗は
社会を上下で板挟み
(底辺、でもなく かといって、
(上級、でもなく、かといって、
底上げされたくらいの言い争い
底上げしたくらいの世界
四角四面 めくらめっぽうな闇の中
母と私が 箸で突つけば
空っぽの器から どこからともなく
痛そうな音
家霊
突然の地震で硝子戸から こけしや人形のたちが落ちて
首と胴体が切り離されて 頭がどこまでも転がっていった
電子レンジがガガガガと 上手く喋れなくなり
冷蔵庫は大鼾をかいて 安眠した
洗い場にぶら下がっていた豆電球がSOSの指示を出しても
誰も助けには来なかった
白熱灯は高熱に魘され 頭がショートしてキレた
トイレの水は水であることを忘れて 土になろうとした
風のない夜に決まって 瓦が三枚づつずれ落ちる音を
濁った井戸が滴を毎夜 滴らしめて仏間に合図を送った
台所の置時計の針は とうとう時間軸を突き破り
時を殺す
白蟻が昼間の空に 人灰と粉骨のうねりを
屋根にまき散らし始めた
家具やベッドは廃棄され マットの涙は乾いてしまった、のに
横たわっていた人の眼が 抜け殻になってゆく家の行方を
見守るように 監視する
2015年09月24日
無断投棄
昔 そこに畑があった
住人たちは種を蒔き苗を植え
野菜を作り花を作り 少しばかりの木を植え
土に汗をおとした
笑い声も聞こえた
主が亡くなった畑を 子供は捨てた
未亡人は独り言を捨て 娘は愚痴を吐いた
村の人は生ゴミを棄て
飼い犬の糞を 夜に棄てに来た
夏には草がぎっしり覆い繁り
それらは見えなくなった
子供は要らなくなった自転車を棄て
大人になれば自動車のタイヤを
焼いて棄てた
老人会では そこを火葬場にしようと
市に提案する者も出た
昔 そこに畑があった
先人から代々耕してきた種は
埋もれたまま 結局実を結ばなかった
息子に、妻に、娘に
捨てられたものを 受け止めてきた土壌は
汚染され 刺激臭を放ち
やがて 立入禁止区に指定された
今は 火葬場が建っている
その、端に
主の飼っていた猫の墓があるのだと
噂で 聞いた
そこは昔「畑」と呼ばれていたらしい
夏の葬列
西日に揺れる色褪せたカーテンの隙間から
焔に焼かれた夏の葬列を見送る
背を丸めて折れ下がるだけの向日葵は
昼に立ち止まり、夜に顔を奪われたまま
晩夏を歩む
背骨を晒し腕も手も顔も腐らせ
「老い」は立ち止まることができない
※
夏との闘いを 乾いた涼風が脳裏から消し去ってゆく
遠い波にさらわれた悲鳴、あれは誰の灯だったのか
顔を焼かれた者の墓標
喪失した名は誰が優しく呼べただろう
ただ、横たわることしか後がない無印の花について。
※
お前の父は蝉の抜け殻ばかり集める一生だったと、
大輪の面影を窺うように
母がうつむいた夏の死骸を並べている
※
青空は紅蓮に燃え盛り 向日葵の影だけが空へ向かう
その影を追いかけながら走る赤い目の夕焼け少女に
父が与えた花は もう、燃えてしまった、のに
思い出だけが口走る
(ひまわりって、どうしてかれちゃうの?)
(日の光のことばかり語って、もう泣けなくなったから)
私の眼の中で向日葵が咲いて燃やされてゆく
※
焼けただれた空の隙間を仏間からこぼれ出る線香の煙が
淡い姿をくゆらせて立ちゆくように
私の立ち位置を揺るがす風が
足首のない父を連れ去って逝く
過ぎたはずの熱風が込み上げるたび
私の全身は濡れたまま
花の骨の在り処をねだる
2015年08月23日
手鏡
「誰も彼も 渡ってくれば良いのです」
遺影写真に並ぶ祖父と祖母と父の目が
私をじっと睨み続ける
肉体の私を憎み後頭部の私の影に 三寸釘を打ち付けて
今日も十字路に磔にする
置時計が打つ音の回数に 正比例して滅んで逝くモノを
彼らは愛し、悲しみ、慈しみ、喜捨しては又、連れ戻す
丸い朱塗りの手鏡に映った眼の白さに血走った怒り、
その一筋に託された遺影と同じ目線、物言わぬ企みが
剥き出しのまま 交差する
上目遣いに黒い太陽を滴らせ 私は両目に夜を飼う
眼球に凍れる月の球を忍ばせながら
赤い鏡に浮かび上がる、その御霊たち
眉の黒、髪の黒、
その、黒を渡る血のざわめきを拝みながら
黒く冷たい理由を宿して
鏡は夜を嘲笑う
2015年08月15日
判定
ユニットバスの水平さの隅で
私は猫の目になる前の棒っ切れ
コンドームたちの密会を
五秒の使用と三分で決定させる
男と女の待ち合わせ
不在の子の存在を 赤い視線で映してみせても
喜んでくれる人より、しくじった、と、棄てられる先は
コンドームと同じゴミの中
ナプキンやタンポンより役立たず
コンドームみたいに便利じゃない
のに、私を欲しがる、人たちは
絶対零度の淋しさの、いち、より、
不安と期待の二乗、を繰り広げ
ドラックストアーで私を連れ去る
ユニットバスのの冷たさに 抗う私の体温が
世界の不在を 二分する
放置された暗闇で 血眼になってく赤い筋
見開いたままの猫の目が
都会の茂みを 裁きつづける
2015年08月09日
看板と表札
大都会へ行けば行くほど大きな看板がある
当たり前だよね
こんなゴミゴミした場所で 目的地のホテルに行くには
デカイ看板でもないと無理
大きなホテル程 大きな看板が名乗りをあげて
そこでイベントや授賞式やインタビューやスピーチがありまして
来賓席に座る人の椅子には 名誉の看板がぶら下がる
その代名詞にあやかりたい人が
看板をペンキで塗り立てあげたり、拝んでみたり、磨いてみせたり、
色とりどりに色鮮やかに目立って光る
ネオンが虹色に変色する街で
見上げた巨大な看板にたくさんの「我」が飛んできて
くるくる回って貼り付きたがる
人の持っていない、人より大きな、人より特殊な看板を
背負って肝心の「表札」を無くした者もいるのに
夜のうわべを飾り続ける華やかな看板
グランドホテルの看板が これからどんなにきらびやかに大きくなっても
そこに自分の名前を一生刻んで住み続けることも
親の仏壇を背負い込むこともできないのに
エライ人は看板の作り方や経緯や光具合が肩書き文字が大好きで
何処からともなく看板の 大きさめがけてやって来る
看板の真下から伸びた影の指す先に崩壊していく私の家庭
日照権すら剥奪された暗くて黒い表札たち
私の家族や本名をよんでほしいといいながら
腐った蒲鉾板のような表札が
誰にも磨かれることもなく
私の帰りを独り待つ
2015年07月27日
神隠し
西日のツンと熱さが刺さる土の上に
父の遺骨は 埋められた
真新しい俗名の墓石は それぞれの線香の煙に巻かれながら
親族が帰るまで夕暮れの空を 独りで支えなければ 誰一人として
家に帰ることは出来なかっただろう
役所からもらうたくさんの紙に 父の名は散らばり刻まれ転がされた
間違えられた「父」や「本人」という文字は シュレッダーにかけられ殺された
名前の欠片が灰のように飛ばされながら 塵のように「父」の影だけ残していく
完成書類に捺印が押され紙切れに命を吹き込まれると
ファイルたちが「父」を平らなケースに寝かせて処理する
紙切れは死んだ父の変わりに甦り「生存給付金のおしらせ」として
父のような顔をして家にやってきた
多くの書類、封入された御仏前の抜け殻、法事の残りの熨斗紙
区役所たち死んで尚、父を管理しては紙幣で買い取り
手から手へと取り引きしながら橋渡し
(施設も、付き合いも、契約内容も、法律も、
(知ったもん勝ち、使ったもん勝ちなんだよ、
(しっかり読みなよ、自治区の広報。
赤いA4ファイルの回覧が怒鳴りながら
ほとんど毎日出歩きまわる
挟み込まれた広報便りを 老眼鏡でも読めない母が
広報に丸め込まれて潰される
重要箇所の小文字の隙間 煙に巻かれて挟まれて
神隠しにでもあったのか 母が回覧板を持ったまま
出て行ったきり 家にも帰って来やしない
2015年07月23日
使い捨てカメラ
想いを切り刻んで 記憶は泣く
スマートホンもデジタルカメラも 人の目に映らなかった頃
思い出を自販機で買い取った彼女の空は
空白のまま歳月を渡る
数年前傍にいたはずの笑顔は カラカラに干からびて
空へ昇っていった
(そんなにも性急に誰と瞬間を接続させたかったのだろう)
データに残らない【 写るんです】が、
枕の上で仰向けになったまま レンズで西日を追っている
その場かぎりの衝動を はした金で買われながら
文明の利器に 流され、流され、利用され、
簡単に 消耗されてきた女
白内障の眼が捉えているのは
青臭い映像の中の春の陽射し
光が眩しすぎると、陰は濃くなるものだ、
誰にともなく 呟くと
母は自分の世界に 瞼を閉じた
2015年07月18日
けむる、浄化
ナニ、か、腐った臭いが立ち込める部屋で、老女が横たわっている。毎日堆く詰まれていくソレらに、埋もれて隠れたモノ。老女が自分の背中のジョクソウと、タオルケットとの間に挟み込んだモノ、が生きたまま腐ってゆく。
仏壇の前で吐き出され押し潰されたティシュが、丸み込んだ独り言をナイロン袋に一つずつ詰め込んで、口元を縛り上げて声を密封する、それが私の役割。今日も愚痴をこぼしたと指先に絡みつくヨダレがニィーと垂れて、私は真ん中から押し殺した叫び声や呻き声を取り出しては、ナイロン袋に詰めて静かにさせる。
光りの射さない仏間と客間を仕切る一枚の白い襖、その溝口から滔滔と流れ出す河で、老女は毎日頭を洗っていた。たくさんんの淡い虹色をした映像や透けるようなセピア色の写真が、流されていき白紙に戻る。消滅していく写真の人物は泡のように弾けながら、蚊取り線香の火が消えていく温度の熱さと速度、命を静かに殺して燻る煙の曖昧さにも似て。
客間から手を伸ばせば届く背中をむけたままの女、彼女のカタチが私の母であろうとする姿に変わりはなく、当の昔に張り巡らされたしつけ糸たちは私の手足を所有し、結び目を何箇所も設えていた。
(いつまでも母でいたい女、でなければ自尊心も生きる価値も見出せない女。「お前は私の背負う十字架だ」と悲しそうな眼で、私を見下し私を蔑み、私を嘲り私を見下ろす女。母であり祖母であり、姑にまでなろうとする女。そして今夜もおそらく河で頭を洗うであろう、鉛色の六角形鉛筆の芯の眼をした女。
私はいつまでたってもひとりで一つの向日葵を咲かせることが出来ない。ここが駄目、あそこが違う、雄弁な叱責は、伸ばそうとした足先をスコップで根こそぎ切り刻み、掘り返され、私は項垂れたまま枯れるしかなかった。
俯いた顔から黒い「かなしみ」を落としても、発芽することなく鋭利な母の息吹に凍て付き根絶やしにされた。干からび萎びた私は、晩夏の太陽に見世物にされ干されたまま腐ってゆく。
今夜、仕切り襖の溝に、流れる河へ飛び込もう 。
明日は確か燃えるゴミの日。青いナイロン袋にくるまれた、白いティシュ、黄ばんだ指先三百六十五本×2と、金切り声や愚痴った後のヨダレたち、そして私のようなアタシ、流れ着きましたか、お母さん。
ナニか腐った臭いが立ち込める部屋で老女がジョクソウとタオルケットの間に忍ばせた枯れた向日葵とナイロン袋、それらを枕元に飾ると安心したように私の名を呼ぶ。
私は今夜も母の頭の中で、まき戻されては、綺麗に再生されてゆく。
2015年07月07日
暮らし
手垢にまみれたコトバたちを 洗濯機に放り投げて洗い流す
駅前で叫んでいた主義主張たちを アイスノンにして頭で溶かす
空っぽの冷蔵庫から 私が居そうな卵を見受けて目玉焼きにする
フライパンから世界を覗き見すると また油にまみれ濁りが取れない
自分のかいた汗と涙の責任を シャワーの前でひざまつき懺悔しても
枕はリアルな夢しか語らない
時計の針は心臓をどんどん突き刺しながら 暗闇で零れる赤を撒き散らし
空の光は雄たけびをあげ続け 煩悩を数にして朝を呼ぶ
抜け殻になって脱皮した自分の皮を 朝一番でゴミ袋に詰め
炊飯ジャーから 眠気と食い気と色気をかき混ぜて五臓六腑に流し込むと
白い靴が黒い靴になるまででていけ、とアパートから不在証明を言い渡される
2015年06月26日
屋根裏部屋で「し」を作る
お腹から卵を一つ取り出して 私は一つの「し」をつくる
月に向かって 卵を放り投げておくと
月は空で泪目になるころ 「し」をこぼす
私は卵を産むために 屋根裏部屋で猫とじゃれ合い
卵を夜空に投げて月で割ると「し」ができる、という
仕組みを覚えてしまうと 遊ぶことに夢中になって
猫が愛しくてたまらない
ニャアニャアニャア、と啼けば啼くほど
正比例していく卵の中身の成熟さ。
猫は真っ赤な瞳を凝らして私を見ている。
まるで生贄にされたのは
卵なのか自分なのか、というように。
※
私はこの猫を屋根裏でしか飼えないように飼育した
始めは独りに戻りたいと おかっぱ頭の影を懐かしみ
白い昼に憧れて いつも、もじもじしていたが
夜になると猫は猫らしく長い爪をニョキッと、出して
私が卵を産むあたりを おし広げてはくすぐり続け
私がニャアニャアニャア、と啼けば遊びに夢中になって
卵を産めと ゆすぶり、せかす
※
屋根裏部屋の鍵は猫がさしこむ、私はそれを上手にまわす、
扉は赤い両目から開かれる、そして黄色い卵が空に昇るとき
私たちがついた「嘘」を「月」で割る
あの夜空の月が私と猫がつくりあげた、「し」だとは知らない人々は
月に向かって 詩を作る
※文芸誌「狼」25号 掲載作品
2015年06月15日
たたき売り
ぶちのめしていい権利は ATMでおろせると
近くの女が言いました
働けないなら罵声に耐えろと
女に頭の上がらない男が母子に言いました
お金が稼げないやつに
意見を言う資格はないのだと
背広の黄色い財布が 鼻先で笑っています
私は一つのバナナです
世界は小さな籠の中
バナナより、みんなメロンの言うことに従い
メロンたちは大きさ重さを競います
品定めはお客様、
では ない時代
果物屋の店長は
唾を飛ばして ハリセンで
大声あげて 私をたたく
うまい口車に乗せられて
黄色いバナナ何処へいく
ぶちのめしていい権利は ATMでおろせると
知らない街の主婦までも
財布に向かって 語りだす
2015年06月10日
藪の中
蛇口から蛇が出てきて排水溝に逃げていったと
主婦が言い出した。蛇はきっとコブラにちがいな
いと生物学者とプロレスラーが同時に口にした。
コブラなら猛毒対処に、と叫んで立ち上がったの
は保健所で、ニシキヘビなら動物園へと駆けつけ
たのは園長先生だった。排水溝から下水道を抜けて
全員一体となって巨大な猛毒を含んだ稀有なニシキ
ヘビの捕獲プロジェクトが地域一帯に広まり続け
やがては「蛇口から大毒蛇注意」のニュースやら、
「捕獲料百万円」という賞金首までかける始末。
そんな太陽を掴むような話を鎌首もたげて眺めて
いたのは梁の上の青大将。
太陽の国は眩しい上に、目まぐるしいと、藪の中に
消えてゆく。
写真
写真になった父が 昔よりよく喋るようになった
弘法大師ゆかりの寺で ボロボロのジャンバーに
白髪を風に舞わせながら 少し笑ってピースなんかして
誰もいなくなる家を前に大丈夫、だというふうに
哀しく細い目を向けて 泣きそうなくらい優しく笑っている
そんな喋り方をする父を前に 私はどうしていいのか泣いてしまう
お父さんほど私を放ち信じてくれた人はいなかった
私が心配ばかりをかけさせて殺してしまった
いつ誰とでも帰ってきてもいいように家の周りのドブを浚え
畑には少しばかりの野菜を植え 庭の剪定をふらつく足でし
私の帰る家が笑われないように、居心地がいいようにと
黙って家を片付け掃除をして 帰らない子供たちを待つ父
うすっぺらい写真に貼り付いたまま家のことなど
饒舌に語ってみせる
(どうだい、お前の四十年住んだ我が家の居心地は
左手のピースの指は二本
息子は家を出て行って 娘は家に帰らない
それでも立て続ける指二本、
育てた二つの平和は誇り
家を護る父の顔
仏様になってゆく父の顔
どんなに泣いても笑っても
見守っているよ、と父の顔
2015年05月31日
盲目
目の開いたバラバラ死体を私はずっと捜していた
手はお喋りだと口がくちぐちに言うので
うるさい手を切り落として 口に食わせた
口は満足そうに 黙ってくれた
足は突っ立って進むことしか能がないと
耳が教えるので
足を売って耳栓を買った
耳は都合のいいことしか 言わなくなった
足を失って 胴が重いことがわかった
私は軽くなりたくて 腸を犬に与えた
犬は鼻が利いたので私が捜している
死体の所まで 私を乗せて運んでくれた
大きな鍾乳洞の壁には巨大な目や耳や唇が
私を監視し 私の臭いを嗅ぎ付け 私の噂話をした
目前には見開いた目の
私に似た首が祀られている
下には私が今まで棄ててきた手や足や内臓が
小さく干からびてさらしものになっていた
壁から臭いと鼻が笑い出し 口たちに唾を吐かれている
もう誰も手を繋いでくれないのだとわかった
一緒に歩いてくれる人はいないと知った
そして私にはなかの良いお腹はなかった
だから限界まで旅をしてきました
(お父さん、お母さん、あなたたちが言い残したこと全てを見つけるために
瞳孔を開いたままの顔の
右目と左目が 私の姿を認めると
涙と共に
私は目蓋に 押し潰された
※
今年も祠から 赤子のはしゃぎ声や泣き声が響いてきます
油蝉たちが五月蝿い、のか
目を閉じなければ
聞こえることは
決してない
※2015年6月1日。
四十九日の父のために。
2015年05月25日
一滴の水
夜が瞼を開く瞬間、こぼす水の、まるさ
破水された、と誰かが告げている
※
胎児が泣き出す前に 夜に流す青白い炎
足跡もなく川を渡ってゆく男に
胎児と同じ重さの水が 土に還る
※
地上がひび割れないように 男を埋めた
スコップで傷つけた男の胸から
海があふれだし 淋しい産声が聞こえてしまう
※
夜明けの川面には 夢の粒子
男をぬらす 末期の水
唇から 感染する 蜜
女の いちばん やわらかい所で
男は ほどかれ ぬくもりに 燃やされてゆく
2015年05月19日
ゴッド・ハンド
手袋をした手が 器から
大量の人を掬い上げていた
その指の狭間から 夥しい人が
こぼれて落ちていった
器の底から
呻き声や悲鳴や嗚咽が聞こえても
泡がはじけるように消されていく
手は器の底から常に差し伸べられていたが
手袋をした手は そっと
器の上をラップして密封した
手袋の上に残った人の頬は赤らみはじめ
ゆっくり起き上がると
笑い合い抱き合い、お礼をいって出ていった
指は 手袋の指は
掬い上げた人数だけを毎日数え
白い紙の上に
出ていく人と泡になった関係者の捺印を
又、数えた
印、になった人たちは 紙切れになって
夜、燃やされたり ばらまかれたりして
宣伝された
手袋を嵌めた手は毎日 器から
人を掬ってはこぼし 掬ってはこぼし
持ち上げた人数だけ指折り数えた
( 数字だけが、行進していく
( 記録は、看板を作る
※
朝日が昇る寸前
現れた巨大な透明な両手
その手は
こぼれ落ちた人も手袋の人も
数えないで 抱き上げ掬い上げた
※
それらを
夢にして見せるには
数える指が いつも足りない
2015年05月01日
サーカス小屋
サーカス小屋の団長はよいこが大好きでしたから
子供たちは 今日もこぞって 団長に
誉められたい、認められたい、ためだけに 献身的な言葉で言い寄る
(私は団長のために 右手を捧げます、明日は右目を。
(僕は足を切ります、団長への忠誠心は誰にも負けません。
(私なんかすべてを捧げます、手も足も耳も口も皮膚も舌までも。
団長は少し困りました
親に捨てられたと思っている子其々に 伸びて行く得意技や
凄い曲芸があることを 教えたかっただけなのに
誉められたい、認められたい愛されたい、子供たちは
自分が如何に団長の、一番であるかを競いたがる
繋ぎ合う手がなければ 空中ブランコはできますまい
足がなければ玉乗りが、口がなければナイフも飲めず
目がなければ火の輪潜りは 虎にだけ
サーカス小屋は店仕舞い
やがてあわれな子供たち テレビで放映されました
それでも子供たちは 大威張り
惨めな姿を晒しては それが誇りだ、勲章と、
愛のカタチに 胸を張る
それを見ていた観客が
両手をたたいて指を指し 声をあげて笑い出す
一番悔しかったのは団長で 一番悲しかったのは
サーカス小屋に行かせた両親
(あれが娘の夢に見ていた「居場所」なのか、
(私たちはただ、自分の食べたお茶碗を、自分の手で洗える、それだけで、、、。
(あの子を見世物にしたて上げたのは、私たちだったのか、、、。
涙ながらにだるまになった 娘の姿に手を合わす
サーカス小屋が見世物小屋になったことなど
勿論知らない子供たち
今日も満足そうに 笑ってる
※ 詩と思想5月号 巻頭詩 特集テーマ「壁」
2015年04月28日
七日目の冷蔵庫
日常のカタチを絵にすると
おそらくマル、ではなくて シカク
それは 七日目に完成する夜の冷蔵庫
一日目に ベビーシューズを下段に置き
二日目に 制服と、春
三日目に タイムカードを入れて、夏
四日目に やっとの思いで食品を詰め込む、秋
五日目に 調達してきた食料を 平らげて空にする、冬
六日目に 黒い靴と筆書きの白い手紙
夜になると
誰もいない家に 白い白い冷蔵庫
七日目 扉を開ける人に
私は上手に 調理されてしまうだろう
リスト
汚いことから 目をつぶれば
長生きできると 世間が言う
汚いことに 目をつぶれば
死んでしまうと 風は言う
万年床、密封された部屋で
背中は地心のマグマに 燃やされながら
瞼に青い炎が一つ、 浮かんでは
真っ赤な空へ昇ってゆくことを 繰り返していた
空に手が届きそうになると 私の体から
海が溶けて 溢れ出す
そこには 境目もなく
不透明な得体の知れない
遺体が一つ、風に晒されてあるだけだ
汚いことに 目隠しされた王国で
私は私の 腐乱死体を
今日も見つけて
リストにあげる
2015年04月23日
月と靴と冷蔵庫
靴を履いて出掛けるたびに 冷蔵庫が肥っていく
月を眺めて暮らしていると 冷蔵庫が痩せていく
月が見ている私の距離は 靴で行けない夜の国
そこは 冷蔵庫のいらない世界
そこは 腐らない野菜畑
そこは 神様が見た夢でできていて
死んだ父が 生きていたりする
でも、
地球が靴を掴むから
歩くたびに 私に背中に 重石のような冷蔵庫
生きていくための必要と不必要を 選り分けながら
バーコードや数字の価値に急かされて
進む私の足元を
今夜の月が横顔で 傾げてみせては 照らしつづける
2015年04月19日
盲目ピエロ
自分の姿も見えないくせに 多くの人を傷つけて
その傷口に入り込んでは 自分の居場所を見つけたりする
端役のくせに 主役をエキストラにしてみたり
助けたと思った相手に 救われたり
大事なことには少しも気がつかず「じぶん」を展開させてみて
土足で人の舞台に 上がり込む
そんな真似だけお得意で 悲劇ばかり演じているのに
喜劇のチケットばかりを 配って歩く
私が舞台の隙間からずっと呟いてた呪文
(オトウサン、ニ、アイタクナイ、カラ、カエラナイ。
自分の身の丈も弁えず
私がむげにしてきた一つ一つのシナリオたちを
誰かに優しく訂正されたり そっと修正してくれた人々の
願いの中に父がいて
私がきちんと喋れるように動けるように設えてくれた、その父の、
死の間際にも 「カエリタクナイ」 舞台が続く
私は今日も力の限り あなたの背中に叫び続ける
(オトウサン、マダ、カエレナイ、ダカラ・・・ドウカ。
あなたが一番初めに産んだ子が あなたを一番に老いさせた
家、がありながら 劇場好きで芝居好き
蛍光灯の下では歌えない
スポットライトの加減ばかりが気になって
どんどん濃くなる自分の影と
向き合いながら 闘う力も気力もなくて
幕が下りればその影に連れられ ぐるぐるまわる自分
(三文芝居の開演です。今日も私の、コウ、フコウ、
(寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、
(実は私が本物の、主役ですから、主役ですから、、
盲目ピエロは上機嫌
魔法が解けないシンデレラ気取りで
白雪姫のドウラン塗った魔女のカタチで
刷り込まれた台詞を並べ続けて 胸をコトバでうめつくす
けれど、
歩いてきた道に街灯が灯る度 浮かぶ自分の影の中心を
見つけられて踏みつけられると また動けなくて泣いたりもする
薄汚れたスニーカーの靴紐を
何度も結びなおしてくれた父の手が
黄ばんで黒く垂れ下がる部屋で 向き合うひとことの愛情
(おまえは、娘か、ピエロか、死神か、、、
私に化けたピエロを 呆けた目で見破った人
川の字の、真ん中にいた「わたし」だけが 流れていった
家族の行く先など私には見えなくて
ミスキャストの謝罪文が届くころには
家が一つ たそがれに 燃やされる
2015年04月08日
鍋の中
生肉のままでは 水分が多くて煮えないからと
腹を裁かれ生血を取り出し 三枚におろされた、肉
塩分があらかじめ多いからと 再度合成調味料を
流し込まれ みりん漬けされる
新鮮な生肉であったもが 解体されながら
甘酸っぱくなっていくのを 料理人は楽しんだ
滅多にない食材は 新米シェフが作る、
初めての創作料理として 棚上げされた
調理は深夜に 執行される
まず、腹を裂き腸を取り除き 三枚に卸され
綺麗に押し広げられた
まな板に横たわる口が 何か言いたそうに
死んでいない魚の目をして 相手をずっと睨んでいる
誰もいないはずの 寝台所に横にされ 脳ミソを
麻酔とアルコールづけにされて 瓶詰された
声が出ないように喉に差し込まれた押しポンプに使う、管からは
白い空気だけが漏れている
右手を巨大なピンキングバサミで ごろり、と
切り落としては 文字が書けないようにして
左手を刺身包丁で皮をそいで 携帯が持てないようにする
ぐつぐつと煮えたぎる鍋に 易々と放り込まれ
鶏ガラスープになるまで煮詰められた、父の、
出汁を一口 主任シェフが嘗めると
首を横に振って 目をつぶる
まな板の魚の目から ボトボト水滴がこぼれていて
新米看護師が むしゃくしゃして
いきなり三角ポストに投げ捨てた
(臭いものには、蓋をしておきなさい
主任の命令で 新米シェフの手が
父の瞼を 下ろしてゆく
夜の創作料理の失敗例とそのプロセスを
ベテラン看護師が ファイリングして片づける
(介護と飼い殺しは、似ていたね・・・
私は夜のシェフたちが秘密で作り上げた
父の亡骸スープのレシピをどうしても知りたくて
空になった鍋の中 ギラギラ光る眼二つ
遺っていないか 漁りだす
2015年04月04日
目覚めゆく魂
敵を射ぬく弓と矢、そして強靭な 弦
それは凛々しく張られた頑なな 強い意思
どんなに強く張られた弦でも 名手にかかれば 引き伸ばされ
心身一体となって 矢を放ち的を射ぬく
人を酔わす バイオリンの弦、ピアノ線、
人の首を瞬時にして 切り落とす弦でも、殺める指先に
奏でられたなら たおやかにしなだれて 至上の愛を奏でるだろう
私をふるわせた男の指が 私のいどを汲みあげて濡らしている
濡れた楽譜から 潮騒が聴こえる
(あの楽譜は なんという協奏曲なのですか
(男と女が笑いながら 殺し合うあの曲は
夜明け前の闇の深さは 男だけの暗黙の了解
その深淵にいて 私を柔らかくするために
あなたは私について語りながら 水を汲み出す音を味わう
強がり続けた私の踵を 足先からあなたは抒情詩でくるみつづける
長い指が弾き出す旋律は 目の前の少女が女の顔に消されて逝く慟哭
私の脳裏に幾つもに亀裂が走り
私の強さをしなやかにしたたかに織り変えていく
あたたかい手つきが奏でたその端が差し込まれると
唇から沁みる 初めての潮の記憶をたどる
ああ
私の部屋で一本の針葉樹が伸びていこうとしている
2015年04月01日
夜行
闇色のコートの肩に刺さる
いくつもの銀糸の雨を
拭ってあげることもできないままで
私は冷たい夜を行く
棘のある視線を伏せて
唇だけを動かして見せたけど
今さら何を伝えたかったのだろう
何者にもなれない 不透明で無機質の私が
腐らせ萎れさせた 紅い花
闇色のコートが濡れているうちに
ひらいた唇を押し当てたなら
なにか、を 咲かせられただろうか
戸惑いが瓦礫のように降り積もる夕暮れ
アパート窓辺には
無言の夜に苛まれた 唇と薔薇が
闇に したたる
2015年03月31日
腐る、父の見る夢に、腐る家。
家に泥棒が入って 大黒柱にタイマー付きの爆弾を
何ヵ所も日時をずらして 仕掛けて逃げた
百二十年続いた掟や道徳心や慣わしまでも
少しずつ破壊していく
傾き始めた家の 頭は白蟻に食い荒らされて
かすかすに表皮が剥がれ落ち 柱の内臓が腐っては
昔 松ヤニを溢したあの樹液すら その樹皮の裏側で
細胞は核爆発を繰り返していた
盗まれたものは なにもなかったが
そこで暮らしていた団子虫たち、つくもがみは
家の頭に風穴が空くと そこから入るすきま風に
はじめて冬の寒さを 知る
柱時計はおやすみなさい、を告げると
もう 針を動かすことを放棄した
(父は腐る、父が腐る、癌におかされた毒素が頭を這いずる
(それでも 出来るだけ人間らしく逝きたいと願いながら
(生き長らえる夢にすがり 時々私たちの行けない所まで
(飛んでゆく頭、を 見送るしかない、小さな母と小さな私
家が永い夢を見ている、
自分が腐っていることを、自分が腐っていくことを
せめて泥棒と 家主たちには悟られまいと、
心臓に穴が開く前に 斜めにずっしり倒れては
こめかみを 何度も何度も床に打ち付けた
(おやすみなさい、私たちは永い夢を見ている、
2015年03月24日
動詞
人を、愛、する、 ということに、疲れて、しまった、人の
愛、している、というものに 縋りってみたくて 家出した
「し」はいつも隣り合わせに居たし
高速バスに頬づえつく、くらいの、考える、という距離
移り変わるものは 季節ではなくて人の心
速度をあげて回転するタイヤの円周率、三.一四.一、
幾度目かの春
無限旅行を続けなければならない
あなたにとっては 終わりの
私にとっては 始まりの 春
車窓の景色が変わるた毎に 傍にいた人は
伝言をのこして 下車していった
何を彼らが言いたかったのか 夕陽が傾く頃
終点の改札口の駅員さんが パチン、と
切符を切った音で気が付く
今日の日付変更線が変わる前に
飛行機に乗らなければならない
たそがれ、を飛ぶ真っ赤な色に染まった
カモメのような 淋しい飛行機に
人を、愛、する、 ということに、 疲れてしまった、人の
愛、している、 という風景を 私は見ていた
「し」というものが 目から夕陽を零して落ちていく度に
私の、わたし、が 泣き止まない
(水は 一か所にいれば濁る
(流れなければ息ができないのさ、君も人も僕たちも
(燃える水になりたい、濁った油のようでなく、
(水のカタチを宿したままで どこまでも、どこまでも、、
飛行機は私だけを赦して 飛び去って逝く
誰の背中に乗って ここまで来てしまったのだろう
誰の背中に寄りかかり ずっと泣いていたのだろう
(流れるまま 炎のように生きなさい
(浄化の源泉を 湛えて歩め
「愛する」ということに 「疲れてしまった」人の、夢の中で
私は「愛せる」というふうに 現れる
緋色にゆらりゆらりと ゆれる夜の焔
決して焔に溶けない 蝋燭が二本
枯れないカーネーションを 活けつづけ
ひび割れた老眼鏡を 置く
旅去った者たちよ
私はあなたがたが名付けて遺した 唯一の動詞だ
花粉症
杉の花粉が飛ぶ頃に
人も鞄をぶら下げて
何処へいくのか 東へ西へ
人混みを通過していく
訛りや方言を
マスクで覆って
笑って ハクション
新人の 媚びた上目使いに
上司の イライラ
管理職の中間位のストレスが
三種三様 口から鼻から
飛び回る
大勢の戸惑いを 乗せた電車が
細く長く 北へ南へ
鼻から水が 口からくしゃみが
流れて吐かれて 花粉症
プラットホームに立つ 私
上りと下りを隔てて 青年
彼が漏らした くしゃみは多分
私が何時しか ひとこと多い花粉症
花咲く春に 誰かが何処かで
鼻をすすり 目を赤らめて
必死に仕事にしがみつく
小さな国の 大きなくしゃみ
2015年03月15日
カラスの行方
東京の地下街から
胸を焦がすような茜空は売ってませんか
そんなことを言ったら 嗤われるだろうが
本当はみんな 自分の町に住む
夕焼け色の切符を手に入れるために
上京しては 行方不明になったことを
私は 知っている
地下街に網羅する
どの線からも 家に帰れる便利な時代に
年老いた両親を姨捨山に
沈む夕日ごと おいてきました
多摩川の水に映える 滲んだ空が
橙色の空と雲の輪郭線を
くっきり仕切って 映してみせる
車窓からは 西日が深く
父母の遺言めいた 眼差しで
私の胸を 斜めに突き刺し追い立てる
見上げると
カラスが一羽 西へ西へと飛んでゆく
森までたどり着けるだろうか
森でも独りで眠れるだろうか
(電車にゆられて どこまでも、どこまでも、、
私は か細い音を連れながら
森へ森へと 消えてゆく
2015年03月04日
創世記
ーーーーーーはじめにコトバありきーーーーー
「ヨハネ伝黙示録 より」
神はコトバにて人間を造った、いや、正確には、人の間の者たちを
それは 私たちのこと
無意識に神に従い マインドコントロールと
洗脳を仕組まれた 私たちのこと
あなたは塵から造られ 私は肋骨から生まれでた女
私たちは箱庭に幽閉され 今はたった一本の林檎の木に
蛇が絡まっているだけ
私はあなたに何を喋ったか覚えていないし
あなたもまた 私になんといったか忘れてしまう
コトバを話すことを許されていたのは 私たちの神
それ以上に コトバはない
文字は味方だったかもしれないし
絵は友達だったかもしれない
けれど それにらについて交わす知恵も
私たちにはなかった
箱庭を覗いてくる 神の右目と左目
が、相談しながら、コトバを持たない私たちを
「甚だよし!」と、されては 庭を手入れする
ミニュチュアガーデンのなかに 洋服があったとしても
神は ブドウの葉で 着飾る私たちを赦さなかった
寒さも痛みもわからず 裸でいるだけの屈辱が
楽園の道楽者の定義
(お前たちは私たちの子供、私たちが作り上げた人形
(生まれたままの可愛い子、何でもしてあげるからココロ、だけは持たないで!
自らの手で「生きたい!」を掴みとった林檎の実は
あなたの喉で燃えて刺さり 私に血を流させた
私たちは 親から追放された
生きる足枷と引き換えに 自由とコトバと苦難とココロの
松明を燃やして逃げる
(産めよ!殖やせよ!地に満てよ!)
背後から抱かれたその声は 右からでもなく 左からでもなく
私たちの中央の額を裂いて 見開かれた千里先をゆくコトバ
創世記の幕開けの 声
木偶の坊から走り出す 朝日を呼ぶ母音「あ」
見るものを射照らしビックリさせ前進させてゆく
そのたびに「あ」は 拡散し 生まれ変わり
黙示録の冒頭を 生きた人のコトバとなって
描かれる
創世記
ーーーーーーはじめにコトバありきーーーーー
「ヨハネ伝黙示録 より」
神はコトバにて人間を造った、いや、正確には、人の間の者たちを
それは 私たちのこと
無意識に神に従い マインドコントロールと
洗脳を仕組まれた 私たちのこと
あなたは塵から造られ 私は肋骨から生まれでた女
私たちは箱庭に幽閉され 今はたった一本の林檎の木に
蛇が絡まっているだけ
私はあなたに何を喋ったか覚えていないし
あなたもまた 私になんといったか忘れてしまう
コトバを話すことを許されていたのは 私たちの神
それ以上に コトバはない
文字は味方だったかもしれないし
絵は友達だったかもしれない
けれど それにらについて交わす知恵も
私たちにはなかった
箱庭を覗いてくる 神の右目と左目
が、相談しながら、コトバを持たない私たちを
「甚だよし!」と、されては 庭を手入れする
ミニュチュアガーデンのなかに 洋服があったとしても
神は ブドウの葉で 着飾る私たちを赦さなかった
寒さも痛みもわからず 裸でいるだけの屈辱が
楽園の道楽者の定義
(お前たちは私たちの子供、私たちが作り上げた人形
(生まれたままの可愛い子、何でもしてあげるからココロ、だけは持たないで!
自らの手で「生きたい!」を掴みとった林檎の実は
あなたの喉で燃えて刺さり 私に血を流させた
私たちは 親から追放された
生きる足枷と引き換えに 自由とコトバと苦難とココロの
松明を燃やして逃げる
(産めよ!殖やせよ!地に満てよ!)
背後から抱かれたその声は 右からでもなく 左からでもなく
私たちの中央の額を裂いて 見開かれた千里先をゆくコトバ
創世記の幕開けの 声
木偶の坊から走り出す 朝日を呼ぶ母音「あ」
見るものを射照らしビックリさせ前進させてゆく
そのたびに「あ」は 拡散し 生まれ変わり
黙示録の冒頭を 生きた人のコトバとなって
描かれる
靴底
夕暮れチャイムの音を 靴底で踏む
冷めた指で掴みたかった夢は
温い毛布の中のちがう体温
斜めに闇を切り裂く車のライトに
いくつもの私の顔が 現れては消されていった
パンプスではもう歩けない距離まで
重い足を引きずりながら
自分の影を踏みしめて来た
両手には 夜食袋の重さが
指にのしかかる
(冬至までは冷え込みますから
(お体に気をつけて
誰が言ったか分からない伝言のような言葉
思い出しながら 路地裏に入ると
夜をつれた 黒い冬が私を覆う
(オトウサンガ ニュウインシタノ
(シンパイシナイデ、ケンサニュウインダカラ・・・
足先から しんしんと捉えてくる
粘りつく冬の影
私が私でなくなる温度に 侵されてゆく
流れるライトに炙り出される 寒さの正体
動けるだけの力で 白い気配を 靴底で蹴りつける
抒情文芸 154号 清水哲男 選 入選作品
2015年02月24日
「鬼」。。。
歩く。歩く。。
歩いても。歩いても。。ピリオド。。。
真夜中の買い出し 捻挫した足で歩いても 恵方はない。
八方塞がりな時は天が空いている、と、
見上げた闇夜は 三日月の薄笑い。
私の見えない陰の部分を 時折擦れ違う車が
引き伸ばしては 引き殺して 逃げて行く。
歩く。歩く。。
後方からついてくる涙の粒。。。
私の姿を切断する横断歩道 白と黒の非情な厳しさ。
(こんな時間に家族に巻き寿司を。
(こんな時間に鬼退治。
(オニハ、ウチ、 オニハ、ウチ、
引き殺された私の影が呪え、と、指差す方向に 家族。
(お父さんが 眠れなくて暴れてる。
(お母さんが 泣いて 臥せってる。
(オニハ、ウチ、 オニハ、ウチ、、
歩く。歩く。。
交番に駆け込んで 「お巡りさん」、と、小声で呼んだ。
お巡りさんは パトロール。
締め切った家々の 巻いた豆の数をかぞえるために。
(節分には冬と春の隙間から 鬼がでるからね、、
歩く、すぐ前を 広報板に張り付いた 指名手配の鬼の首 無言。
ふるさとには、鬼がでるよ、
止まらない句読点のような接続詞、スマホからは、 声、声、声、
(怖いから田んぼに埋めてしまえ。
(こんなものを持っているから 私は便利に生きてしまう。
(コンナ、ベンリ、ナ、オマモリ、ヲ、
スマホのお墓に 御線香をたてて 水をまいて声がなくなると
私の両肩にのしかかる 不安。
(家には巻き寿司を待つ家族、
(豆を持って帰れば、それで私は、退治されてしまう。
背中の荷物が カタカタ 鳴る。
私が背負っているのは 何、
私が持っているのは、
私は 何、、。
(オニハ、ウチ、オニハ、ウチ、、オニハ、、、、
長い赤
どす黒い青のままで
短い春を 終えることに憧れる女子高生は
制服の下に隠した 無邪気な残酷さと無気力を
折り畳んで 卒業する
ホタルの光り、といえば
見上げたマンションのベランダに タバコの光り、を
ポツリ、と思い出し
自分が小さく燃えては やがて棄てられる
吸殻であることについて安心する
手に持たされた一本の短い線香の薫りに酔うことは 容易い
(夭折することは 美しい。
(私ハ、惜シマレナガラ、死ンデユク。
(ダレカ、ワタシニ、ナミダ、ヲ、チョウダイ。
社会は汚い
働いたこともない 真新しい心臓でも引きずり出して
誰かに見せつけてやりたい、のに
私を産んだのは その汚水にどっぷり浸かってしまって
縮こまったみすぼらしい オカーサンの、お腹
長い赤が 私にまとわりつく
未だ 赤黒い炎の中に うずくまり
呼吸することさえ 一人では出来ない
(生きる事に 意味なんてないさ。
(だけど 生きてみる価値はある。
(すると長生きしてしまうから 厄介だがね。
外はいつまでも 脱水症状
私は足を引きずりながら 何もわからず闇雲に歩む
いつか私も母と同じく 窪んだ目をして 曲がった指で
なついてきた捨て猫にでも 諭すのだろうか
長い赤を生きること
生きているものすべてに 赦された赤のこと
2015年01月23日
麻痺する指先
「非常ベルが鳴らしてみたかった」と、
その男の子は 泣きながら
お巡りさんに謝っていた
毎朝電車は ラッシュを呑み込むと 靴の群れを吐き出す
腕時計の長針先より 先にスマホ
乗り換えの電車は 急行より特急
徒歩よりは バス
車内には向き合う小学生高学年女子
の、喋る 今日の授業内容
「オカーサンたちって、昼ドラ、みたい。」
「アアー、ドウシテ、人、殺シチャ、イケナイノカナ。」
バスはいつもの角をいつも通りに 直角に曲がる
スピードを あげることもない
乗り込む人、喋る人、立ち上がる人、携帯が鳴る人、
全てが 無関係のままの 乗り合わせ
ーーー確信は されていた
ナニかに遅れてはならない。退屈で忙しい日々ーー
中央線 飛び込む自殺者に 舌打ちする音
ビックリして 切符が取り出せなくて 舌打ちされた音
上手く喋れないから 見てるだけ 聞いてるだけ
同じフィルムが瞳孔を開かせたまま
焼き付いて夜しか見せない
見たくないと思えば 乱視になる
聞きたくないと思えば 都合よく難聴になる
感じないのに指先だけ 聴くことをやめない
ーーナニかに遅れたいと思いながら 進まなければーー
地方テレビが取材している 黒枠の中の少年は
【人騒がせ】
という、カギカッコ、で、括られた
カギカッコにも入らない 私の指先が
非常ベルを 押したがる
2015年01月22日
マスク
インフルエンザが流行り出すと
白いマスクが 飛ぶように売れる
ウイルスに感染しないため、
みんながみんなでしたがるマスク
唇から 漏れるイントネーション
頭も つられて 上がったり下がったり
地方出身者だの、田舎者だの、と
都会人に ウイルス拡散
山手線では ゴホンと注意の咳払い
誰もマスクをつけたがる
他人とは喋りたくない 関わりたくない
それなら見えない声を 電子通信
いつでも光のウイルスは
マスクの壁を越えて声を出す
マスクの下の唇が 赤過ぎたなら
白い色で覆い隠せ
口の端を 歪めて笑っていたならば
マスクは顔を綺麗にみせる最高手段
総菜屋店員の帽子とマスク
衛生管理という大義名分
喋らない、喋らせない、アジア系出稼ぎ人を
マスクひとつで 隔てれば
速やかに 地方弁、母国語を
バックヤードで シャットアウト
口封じされたコトバたち
白い帽子とマスクの間から
覗く、黒い両目の真ん中で
何色にも染まりたくはないのだ、と
境界線を 睨んでは
朝から朝へと 叫んでる
2015年01月09日
腐る野菜
田舎からダンボールで送られてきた
白菜、大根、里芋に 手紙
走り書きで 手入れが行き届かなかった、という
詫び状が 一通
私が手伝っていた畑 耕していた土地を離れて
間もない冬の朝一番で 届いた野菜
ずっとこのアパートで暮らせたならば
食べきれた量かもしれないが
意識不明の父と交代で送られてきた 野菜
食べられないまま 実家に帰る
ごみ袋に さっさと仕舞えなかった それらが
日を追う毎に 臭いを放ち黒いカビが生えていく
(父の体にも黒いカビが生えていたことは 知っていたのに)
ごみ袋には捨てきれない想い
ごみ袋では閉じたくない未来
今更どんなに喚いてみても 黒からどろどろの水になる野菜
(父の体に溜まっていく腹水と 頭にはノウスイショウ、
モウ、アト、ハ、時期ヲ、待ツ、ダケ、デス・・・・)
毒素は身体中を巡って 父を壊した
私の本名を知らないお父さんが 育てた野菜
白菜、大根、里芋
そして 行き届かない娘
父を腐らせた私に 一通の封書
走り書きの ひらながなと漢字
「ねえちゃん、はよう帰ってきて、
今度こそ皆で仲良よう、暮らしたいんや、、、」
2015年01月05日
向き合う鏡
食器を洗っている時に 現れる私の子供
ご飯を食べたばかりなのに 私を見ながらスプーンを持って
お皿をカチャカチャ鳴らしては はしゃいでいる
私はお前に お匙でご飯を掬ってあげれらないのよ、と
言ってしまえば お前は悲しい顔をして消えていく
私が部屋を片付けていると 散らかす私の子供
お願いだから良い子にしていて、と やさしく諭せば
ちゃんと絵本を一人で読んで きちんと座って待っている
私はお前を産むときに 夢の翼を捥いでしまったのだ
その証拠にお前の背中の二つのでっぱりが
空を飛んでみたいと ふくれている
甘えることを拒絶させてきた 私の胎内の遺伝子意志
強い子におなり、良い子におなり、何かをして見せなさい、
そんな言葉に耐えて来たお前の憤り 背中の二つの哀しいふくらみ
お前の食器を鳴らす音が消えると 私は哀しくなる
お前に絵本すら読んであげられない自分の貧しさを お前に詫びる
お前は誰からも笑われることなく育ち 誰にも笑いかけることができない
立派と呼ばれる大人の振る舞いを覚えては 失くしてゆく夢に追いすがる
(ヘビが赤い赤い舌をチロチロ出して お前を舐め盗ろうとしている・・・
お前の夢 お前の道 お前の未来
それらを奪ったのは この私です、と
責める事も責める言葉も教えないまま 大きく育て上げました
(ヘビは赤い赤い舌であざとく舐める、子供の道は血より紅(くれない)
私が母親の真似事をすると 現れる子供
走り出し転げまわる笑顔や 朗らかな笑い声
私がてしおにかけて殺めてきたものは おそらくそういうお前の姿
(ソレデモ、オカアアサンガ、ダイスキダヨ、ッテ、イッテ!
天に属する者をヘビの子に変えた呪いが
私の体を這いずり回り 重く冷たい陰となる
(ソレデモ、イツカ、ボクヲ・・・・ シテ!
「肉体」という檻の中で 決して笑うことのない私とお前
ミエナイチカラに繋がれたまま 瞬き出来ずに向かい合う
2014年12月21日
鞄
女の人の持っている鞄が気になってしょうがなかった
遠くへ行けば行くほど 鞄を欲しがる様になっていった
ピンクのショルダー
黒のハードな合成革に金の鎖のアクセントの物
軽量ダウン地のブラウンのトートバッグに
ストライプは青と白のマリンバッグ
アフタヌーンティーのドッド柄のエコバッグに
果てにはレジャーを模したトレンドリュック
彼女たちを彩る 鞄が気になって仕方がない
ひと夏で 切り捨てられる物もあれば
擦り切れたり千切れたりするまで使う
一生物の 鞄もあっただろう
大切に使われたと 静かに自分の役目を終えることの尊さを
味わえる鞄が ショーウィンドウにいくつあるというのか
期間限定だとか、レアだとか、季節の変わり目に
女心の目に留まるそれぞれの 道標
鞄は 彼女たちと 何処に連れて行かれるんだろう
私は たくさん鞄を買った
そして使わないまま 眺めて満足したら
何処へいったか なくしてしまう
オーダーメイドのものもあれば 友人が作った物もあったし
ウソかホントか ブランドモノもあっただろうが
どれも私の一生を 共に飾ってくれる物ではなかった
私は 服はいらない
私が欲しいのは 裸の赤子が安心して入る鞄
そこでごろごろ眠る私を
一生大切に肩や背中にかけて 運びまわってくれる女(ひと)
今日 真新しい赤い鞄が
青い透明なゴミ袋に入れて捨てられていた
中身を 確かめる勇気はない
「文芸詩誌 狼 24号 掲載作品」
2014年12月08日
うそのそと
うそのそとに いつわり
うそのそとに いいわけ
うそのそとに くちがあり
くちがあれば うそをはく
嘘から覗く虚ろな社会の本音で悪口 三枚舌で赤く丸める
嘘が強かに実しやかな熱弁を振るい 人は溺れて舌を巻く
嘘が腹を抱えて笑いながら 寡黙なウイルスが噂になった
うそのうちがわで なく
うそのうちがわから でれなく
うそのうちがわで だいてみせて
うそから 「嘘」を みせないで
うそのそとに すわり
うそのうちがわに あこがれた
いなかものの むくな、夢
のっぺらぼうの なくしたしたが
あしあとつけて こうしんちゅう
2014年12月07日
正体
西日の強い秋の日に
燃え落ちた赤ピーマンの残骸に目をやりながら
駅前のツタヤと惣菜屋へ向かう
ジャーのご飯に合う惣菜を
ツタヤで十代に戻れる私を
選んだはずなのに
コンビニでトイレを借りたら
便利にみんな 流れていった
とぼとぼと 背中に西日を背負いながら
今まで歩いてきた道を ノートに書こうとする度に
両親からの留守電話が 引っかかり
その後 見送る「夕焼け小焼け」
曲がり角をすれ違う妊婦は
地面を見ていたのか お腹を見ていたのか
俯いたままで 歩いてゆく
それは 当たり前の幸せを宿して 不安を抱えた子供
赤く熟れて落ちて逝く ピーマンの未来にも似ていた
誰の上にも広がる夕焼け空の下で
赤くなれない種なしブドウが私だと
自分に言い聞かせて 安心したふりをする
当たり前の幸せの後ろについてくる
影のことばかり見えるから
西日が沈むほどに
私の正体は 黒く長く伸びては
この街に 沈んで消えた
2014年12月05日
香水と煙草
見つめ合う 香水と煙草
出会いと出会いが通過していく、お互いの横目で
記憶を垣間見る 痕
口紅では 押し付けがましい
ネクタイでは 束縛し過ぎる
灰色の街を 太陽が落ちて焦がした 焼け跡を
覚めた夜が呼び止める
香水が煙草を脱がして 火を灯す
踊る匂いが 一瞬にして 千億のシャッターを切り
マルボロの強さで 引き寄せたまま風に乗る
私の足元に 香水の空きビンと煙草の汚れた灰皿
空き箱になった暗室で 秘密だけが たちこめる
2014年11月30日
現代病
私の身分証明書を コピーし続けるバイヤーの友人は
お金半分と 見えない敵に脅されている
アパートの向かい同士に 姿のない隣人
電気のメーターの数字の物音だけ上がる
チカチカするディスプレイを
流し読みして指で止めると
次の街まで一気に辿りうけるようになったのに
宅配ピザが 深夜徘徊
ハンドルネームで呼び合う
今日限りの恋人同士が
変人に変わりました、と
三面記事
私は 昔の左手首にある 太い筋傷を眺めながら
窓から見えない 木のことなどを 中途半端に想像して
外の景色を画用紙に 美しく描いて見せる
震えながら 布団にもぐりこんで暗闇に溶け込む頃
新しいウィルスが 光に乗って
世界を侵食し始めた
2014年11月29日
乗り合わせ
平日午前十一時四十分発の
高速バスに乗る人は
どこか イワクつき
一番初めに声をかけてきた おじさんは
昼間から泥酔していて
小さな透明のペットポトルの中に
日本酒を入れていた
「お嬢ちゃん、いっつもなぁ、この時間は
空いとるさかい、時間より早うバスが来るんやけどなぁ~。」
好い気分で分厚い唇から酒臭いにおいが
暗い鉄橋下の高速道路を 益々錆びつかせる
訳ありのセールスマン
同じ安いビジネスホテルから出てきて
何処へ行くのか
黒い重そうなキャリーケースを側に置き
秘密書類を見るような鋭い幾何学の視線
が、映す 腕時計の針の一秒先
流行りの布リュックにカンバッジを幾つも付けた
二人連れの女子中学生は 乗車と同時に
スマートフォホンで 無言の会話
切符には 囚人のように 赤い数字の番号
私たちは 何処に向かうのだろう
道路から私たちを覗き見していた
巨大な看板たちから バスが逃げ出すと
真っ黒いトンネルが・・・
巨大な口を開いて 待っていた
2014年11月26日
濡れ落ち葉
都会の住宅街の歩道を 年末を迎えようとする空から
心臓に刺さる零度の雨が 濡れ落ち葉にも突き刺さる
若葉だった頃 親木が大切に繁らせた「父」という葉は
厳格ではなく 風が吹けば吹くままに
アッチにふらふら コッチにふらふら
やがては 対になった葉にすら 見捨てられ
結んだ木の芽に 軽蔑されて 罵声を浴びても
風の吹くまま気の向くままに 酒を飲んでは赤くなり
脅されては 青くなり やがて冬になる頃に
葉の先が黒く染まって 癌に巣くわれ血便垂れる
それでも 悔やんだ歳月を 取り戻すように
働くことだけやめなかった
(自分が死んだら 誰が家族養うんや)
(お父ちゃん 宝くじこうたから これで九州に家族でいこう)
そんな言葉 普通なら もっと早くに言うのが良い父親です、と
人は言うかもしれないが
血便の付きのズボンを自分で洗っては 家族に心配かけないようにと
箪笥の奥底にしまいこんでも 今更九州になんて行けない身体
私は都会の雨に打たれながら 雨に濡れた落ち葉を掃く
掃いても掃いてもアスファルトにこびりつく 濡れ落ち葉
赤黒い血便を垂らした父の 焔のような決意が
どうか安い箒で簡単に 掃き捨てられてしまわないように
特に 私のような弱虫や
川の字に手を繋いで歩く幼稚園児の靴になど
決して 踏まれませんように
2014年11月11日
ぶらんこ
ブランコを こいでごらん
ここに座って ゆっくりと動かしてごらん
ブランコがわたしを喚ぶので
わたしは赤い夕焼けをスカートに隠しながら こいでゆく
赤い空に向かってだんだん 滲んでいったのは
わたしの中を 巡る水
スカートの下の暗い夕暮れが わたし一人を責め立てる
夕焼け空とわたしは 世界からはみ出したまま飛んでいく
ブランコをゆすると わたしの胸も小さくふるえて
セーラー服の下の平らな胸は 少しずつふくらんで
幼い痛みに芽吹いてゆく
それでもわたしは夢中でブランコを こいでいた
ブランコの振り子が 天に届きそうな頃
わたしは沈んで堕ちてゆく 大きな赤黒い太陽に向かって
真っ新な白いスニーカーを蹴飛ばし 一番星にしてくれてやる
真夜中になってもわたしは ブランコをこぎつづけた
冷たい鎖をしっかりと掴んだ手の方角から
暗い闇が押し寄せてくる
地下のマグマが ブランコを突き上げようと 振動する
わたしは こわくて 固く熱くなる鎖にしがみつく
ブランコは 小さな宇宙を渡る船だ
ブランコのなかでわたしは 一度死んで もう一度死ぬのだ
空を渡る船を わたしはこぎつづけなければならないのだ
変態を繰り返すわたしに
今度はブランコ自身がわたしを 前にも後ろにも激しくゆさぶる
ブランコは 逆送する時間を刻む振り子だ
午前零時の数字に消して 短針の行方をくらますたびに、
わたしは、あああああ、という 自分の文字が暗い空で
流れては溶けてゆくのだけを知る
前にも後ろにも苛まれながら
無くしたスニーカーの片方を
もう片足で見つけなければならない距離を
噛みしめる
夜空の脇腹から剥がされると
わたしは昇りつめていた坂を さかさまに堕ちていく
朝 わたしは決まって夜の公園で まだ独り
ゆれていたブランコのことを 思い出すと
いつも座っている椅子を赤く染めてしまう
茜空に消えた白いスニーカー
あの靴が わたしの片割れ
真っ赤に 染まった私を揺さぶる
裸のままで 泣いてる少女
青い骨
左手首に巻き付いた羅針盤が 重い
針が進むたび あなたの温度は青白く
凍える海を目指してゆく
万年筆の先を
指に刺してでも 温もりを
あなたに注いであげたいのに
あなたは 時に苛まれながら
私の体へ少しずつ 遺言状を書き写す
(僕が死んだら、海へ散骨して欲しい)
私の体に沈んでゆく
あなたの声を忘れたくなくて
喉仏のあたりを 私は緩く齧る
左手首を締め付ける 海を指した羅針盤
あなたは 早く軽くなりたいと
もう一人の自分に 憧れながら
ノウゼンカズラが 項垂れて
落ちて逝く夏を呪うように羨望する
(来年もあの花を、二人で見られるだろうか)
海は、とおい、と、うねりをあげて
私達の 今夜を飲み込むだろう
夜の海に 染め上げた指で
私はあなたの尖骨を ペン先にして
遺言状を 二通書き終えたら
きっと 私は二度死ぬだろう
とおい、と、海鳴りは 響く
左手首の羅針盤 針は重なり合ったまま
今、息を止めた
2014年11月04日
マヌケな家政婦
片づけておいてね、って 言った
私の責任だとしても
鞄という鞄の ファスナーもホックも全部
ジッパーは下ろされ パックリと口を開けて
私を 逆さまに覗いて笑っていた
自分では見つからなかったモノすら
見つけられてしまっては
机の上に置いてあったし
窓際の洗濯鋏やハンガーには
恥も一緒に吊り下げられていた
片づけておいたよ、って
あなたは確かに言っていたのに
部屋の真ん中に置かれた鍵付きの
特大キャリーケース
ポツンとそのまま 置かれてた
当然だよね
鍵を閉めたまま
鍵だけ持って帰ったんだから
悔しかったでしょうね
その中に あなたが一番みたい秘密が
入っていたんだから
もう決して 開かないキャリーケース
もう決して 瞼を開くことのないあなた
片づけて 片づけて
私は 泣きながら
冷めた箱に キスをする
2014年10月28日
返品不可
あたし、夜の街が好き
あたしの知らない街の飲み屋で
みんな あたしの噂話をしているから
(オヤジ、靴下は脱がさないけど、下着は下まで下ろしたがるの)
スカートの中身を楽しむ ゲイシャガールたち
話に赤い灯が あかあか 灯る
進学校、制服男子の集団コンパには
持ち寄りの小銭で貸しきる高い宴会場
背が高くなりたい 男の子
ホテルで仰向きになって 肉食ってるマグロの刺身が
楽だの 楽でないだの
体中の痣の赤身は シップでベタベタ貼って置いて
ラップで巻いとけば 綺麗な所だけみせれるよ、って
今日の 折込チラシにも入っていたし
駅前で ティッシュと一緒に配ってた
ブクブク膨れていくお腹
たぶん子供がいるのね
誰とも交われなかった 悲しい子が
お腹の中で お腹をすかして全部みていた
さっき コンビニで
ちょっとばかり高い充電器を買っていたコ
そしたら いきなり
「お客様 当店は返品不可でして・・・」
なんて 若い店員に 見掛けだけで言われちゃって
そのコ
五倍のお金を支払って
「お釣りいらないから」って 鼻で笑って出て行った
それでも 家には帰れないんだろう
両親に 新しい家族と故郷を つくってあげたのだろうけど
扉を開ける鍵を 街で失くして
錆付いてしまったままの 冷たい門は
二度と 開くことはない
2014年10月14日
ネズミ
上京して赤信号で渡ったら 叱られた
コンビニにまで 「並びなさい」の、
足型マークが付けてある
お金を払わなければ 何処にも行けない街が
嫌いになるまで 居たかったのは
この街で 私を映す目をした「わたし」に
探されたかったから
銀座線の乗り方も知らないままで
赤坂が大阪と どう違うのかも知らないままで
南青山に 何があるのかも知らないままで
いつもと同じ時間 いつもと同じように
くたびれて帰るアパート、の
窓際から「欲」と「好奇心」がぶらさがったまま
私を 見下ろしていた
今日 居酒屋に入っていって
独り ウーロン茶で酔ったふりをする
(私、詩人なんです!シンジンショウ、とちゃったりして 凄いでしょう!
なんて 絶対、言わないよ
凄くないから
それって、ちっとも凄くない
今日面接に行ったら それとない圧力をかけられたんだ
(まず 頭を下げることから覚えるんだね
(これだから ユニクロを着た田舎娘は気に食わないんだ
都会の顔をしたお代官様は やんわり罠を仕掛けて突き帰す
アパートに帰ると
最近 ビニールを齧り続ける小動物の音がする
多分 ネズミが いるのだろう
姿は見えないけれど ちょこまか動く
汚いネズミが 街に穴を 空けていく
2014年10月12日
刺さる雨
ずぶ濡れのアパートを 飛び出して
たよりない街の たよりない自分から
駆け出して行く
「お前を産んだ途端に、
お母さんの人生は終わってしまったんだ」と、
罵る泣き声のようなものを
私は 誰に伝えたらいい
望まれないで 産まれてくることの
理不尽さをのせた産声は
雨に 叩かれ続ける
ねえ、
私は どこまで走ればいい
はじめから
ずぶ濡れながら喚いて
生きてきたような 私
それでも
雨がやむ頃には
晴れた空が 私の影だけを
映すだろうか
しかくいものを見ては まるいと言い
まるいものの中で 傷つけられてきた
そんな自分にしか なれなかったのに
私の影を埋める
誰かの陰を感じながら
雨が 頬を濡らし続ける
熱
誰かが 私の家の
屋根裏部屋に上がって オナニーしている
階下には 小さな人形が
黒い大きな座椅子に 足を開げて 置いてある
その人が 上で 思春期をふるわせた声を漏らす度
椅子からはみ出した 人形の指先に
麻痺した ヒビが入っていく
足を開かされた人形の 窪みから
夢のような目が 覗きこんでいる
その目が 昼と夜の間を
瞬きしながら 行き来する
外は 雨
小さな隙間を作ってしまった二階の ブラインドから
人形の顔に 粒子のような水が落ちる度
窪みの目は 見開いたまま 独りでに 充血していく
(そろそろ、を、、して、、かないと、)
誰かがしきりに 喋っているが
その正体を 私は知らない
2014年10月01日
364日
ドラマチックに声をあげながら 静止していくのは
流れるはずの血液 聞こえるはずの心音
足早にそこから立ち去っていきたいのに
抱えた季節を手放せないから 動けない
与えられた名前の一生分の意味を
順番に呼ばれてゆく葬列の後ろ側には
もう、誰もいない
頭の中を電車が通過してゆく
その響きが終わらないうちに
触れ合った肌のぬくもりが 凍えて
冷えた 冬が顔を出す
黒い携帯を 雪の中に埋めて
着信履歴だけを残したまま 壊してしまいたい
名前を 呼ばれていた
「あなた」と呼んだ私ではない人に
ちがう名で呼ばれる 「あなた」が
(処方箋をください。黒い携帯と同じようなものを)
白いジャケットを羽織った多くの人に
私の時間を三百六十四日分 支払うと
携帯の履歴だけ袋に詰めてもらう
あとは
透明に滴り落ちる 一日に縋りつくだけ
2014年09月29日
S
寡黙から 泣き止まないS
誰かに救ってもらいたいS
オムライスを掬うスプーンを 手渡すように
救いを手渡して 掬って食べることができる
Sの始まりから終わりへの 繋がり
救われないあなたに 救って欲しい 私がシンクロして
向き合うことの大きさに 比例してゆくS
誰もが知っている街の 誰も来ることのできないお店で
私たちは銀河系の言葉で 星の名をオーダーして食べる
一番美味しかった蠍座のアンタレスの 赤い心臓を
フォークで突き刺して 私たちは食べた
皿の上には赤い毒まみれの オムライス
すくえないね・・・と、あなたは言った
うん。すくえない・・・。と、わたしは呟いた
無限大の真似を 横向きでしたかった S
でも
スプーンは転がってしまって 横たわったまま
迷宮入りに なってしまった
饒舌からはみ出して 戻れないS
繋がらない途切れた距離にいるのに
あの時 スプーンを手渡したかったのは
救われたいSに 私の心臓を すくって、
食べて欲しかったからかもしれない
銀河鉄道に乗って 二人
カムパネルラの 後ろ姿を
見かけた話がとまらない
(話に釣られたS、話に吊るされたS,)
ああ、センチメントに向き合う 二つのエスよ
その話が 有限な街のレジのなかに収まって
誰にでも買われてしまうことは
もう とっくの昔に 知っていたのだけれど
2014年09月28日
日蝕
腕には花の痕
ぬるくなった前頭葉から真昼が滴り
効き目のないエアコンの風が
指先を 揺らしている
デコルテの青白い呼吸が 唇から漏れる
白熱灯の陰り 閉ざした瞼から
上手に笑う あなたが潜む
(ひらきなさい。怖れてはならない。
二度目に死ぬことも。)
空から降ってくる太陽の重さと熱さを
女の水だけで蒸発させる宴が繰り返される
鏡が 私を吸い込み 奪い続け
肉体の輪郭は溶けて フラスコを濁してゆく
実験は繰り返され 私の眼は
アルコールランプの炎に 投げ込まれたまま
燃え続けている
夜 ちぎれた声 途切れて 聞こえる
あ、あ、あ、い、い、い、い、い、
その先が いえない
蛻になった私の部屋で 心臓を鷲掴みにして
笑う男がいる
(新しい太陽を植えてあげよう。
今度からはこの光で動きなさい。)
真夜中に巨星がうめき声をあげては
流星になって滅ぶ
そのたびに私の子宮から月見草が咲き乱れ
腕にその残骸の痕を遺して逝く
喉から、あ、い、が、生えて滴り落ちる時
ああ、また、私の上で
無口な月が太陽を餓死させている
行方知れずのゆくえ
【行方を尋ねないでください。
それは、行方不明になりたかった人、限定で、お願いします】
そんな紙を 寂れた下町の施設に 貼ってあげたい時がある
何の名札も値打ちも持たないということの
自由さと 保証のない危うさを 背負って旅に出た者たちに
名前や住所や、姿勢や仕来りを 押し付けたがる
「上」と 思っている人たちの みすぼらしい自負心を
満足すためだけに貼られる バーコードやナンバーで
彼らを呼んだり ましてや 白い箱に閉じ込めて
飼育しては覗いている「上」
人は 人と人との間に いつから川を作るのだろう
その川の向こう側に 憧れる者を
人同士で 裁けるのだろう
境界線を人差し指で 引いた人
その人に 私は引き金を向ける
2014年09月23日
私
見えないものを見 聞いたことのない歌をうたう
聞いたことのない声を出し 人と関わりたがる
私の目は 饒舌に喋り続け
下半身の纏った嘘を 脱がせようとする
私に口はないが 手はいつも人を殴りたがるし
私に切符はないが 目を瞑れば何処へでも行けた
あなた方の瞳に映る私は 私であったであろうし私でもない
あなた方の記憶する私は 決して立ち止まらない 君や誰か
※
青信号のスクランブル交差点
誰も私の顔をして歩いているのに
誰も私になれないまま 毎日を通過していく
私は 赤信号の中に住む
私は 交差点の真ん中の点
私は その点を振り返った君に 微笑んだ
踏みつけられたままの文字
2014年09月09日
おいやられる。
新しい文明についていけない、老い、ヤラレル、という人々をターゲットに
マネーゲームは 果てしない
今日も 宅配便の中年が 老婦人が出した百円玉が一枚足りないと
トロクサイ手つきを笑いながら 右手のポケットに
すばやく隠した 百円玉
(サインひとつで いいのです
(わざわざ 判子なんて要らないですから
(どうかここにお名前を
なんでも 新しく素早く便利に 身を隠す
旧人類の名前を 電話帳でシューティング
今日はネット会社の社員でテレフォン 明日は通販の珍問屋
(サインひとつで いいのです
(わざわざ 判子なんて要らないですから
(どうかここにお名前を
今日来た 生命保険のオネーチャン
タナカさん、って 昨日健康食品配ってた親切な人と
名前が ナンダか、 似ているね、
父が 二千人のタナカ、さんに 百円玉を 配り歩く
幻の人
バスの隣の席で 私の名をしきりに呼ぶ男がいる
私には 知らない隣の人
しかも 違う名前で呼ぶから
私を呼んでるとは思えない
隣の男が手を握ってくれるのは
私が寂しそうだからというが
私は そうされることが 寒かった
男の手の感覚しか覚えていない
私は 彼の方を向かなかったから顔も見ていない
彼が呼び続けたのは 私の本名じゃないから
お互い知らない人のまま バスに揺れていた
男は名残惜しそうに
私に似た名前を呼びながら バスを降りた
知らない人だったけど 悪い人ではなかった
もしかしたら 私は彼と同じ場所で
降車したかったのかもしれないけれど
彼が呼んでいたのは 私じゃなかったから
お互い幻の人のまま 手の感覚だけで
愛し合ったみたいに別れた
私はこの街にいる私を 私とは思わない
そしてまた 私の追いかけてきた人も
幻の人 その人であった
私の中心
今 私の中心に私はいない
好きだった男に 中心を持っていかれて
棄てられたから
私は スーパーのゴミ箱や
彼とはぐれた バス停に
私の真ん中が 落ちていないか探し歩いた
寂れたアパートの水道管の中や
新生活を始める為に自宅から持ってきた
鍋の底にも 手を入れては
突っ込んでさらえてみた
一生懸命探しまくった私の姿をみた彼は
「予想以上に汚かったね」と、いうと
私の中心をポケットから 取り出して目の前で
嗤いながら 握り潰した
日本の中心で 今日私が殺されたことなど
勿論、明日の新聞にも載りはしない
私を待つ
詩を待つように 私を待つ
たとえばバス停
駆け込み乗車して
時間に運ばれていく人と
置き去りにされる私
発車したバスがベンチから遠ざかるスピードで
私たちの溝はできてゆく
同じ街まであなたを
追いかけてきた情熱に
私は乗り遅れてしまったのだ
じろじろと私の荷物の中身を
透視しようとする
小賢しい人混み
私は守る
私の住民票
私だけの記入欄にいる あなたの名前
真実味を帯びた嘘みたいな名前
大切に抱えて 泣き出したのは
私があなたを追いかけすぎて
私を 見失ったから
私は 一枚で二枚の紙切れになりたかった
いつかは 名前ごと
燃やされるのだから
あなたと 灼かれたかったのに
バス停で産まれた孤児が
柔らかな詩をかくように
「私」をお待ちなさい、と
また この時刻に服の裾にしがみつくので
もう一人の私が
産声を…
発車させてしまうしかない
抒情文芸 清水哲男 選 入選作品
手紙のような
東京に来て 一週間足らずで死ぬ
入居前前日に 薬を飲んだらいいよ、と
投げ出された薬の粒を 拾い集めながら
どうしても足らない錠剤の分 あなたの都合を呪う
副作用が頭にのぼり それでも
洗濯物だけは 取り込んで
明日入居するはずだった
ワンルームの間取りに
衣装ケースや冷蔵庫の位置を示した
大きな藁半紙を 枕元に置いて寝る
ささやかや未来の夢が 見れそうで
あなたが この紙切れが
私が信じた総て だったと 泣いてくれたら嬉しい
そんなはずない
投げ出されたのは 荷物と私
荷物だった私
滲んだ希望に 私は笑顔で映らない
田舎モノが三畳個室のホテルの
一番隅角部屋で 死んでいたら
情けのある東京人は 「東京を汚すな!」
と、いい
情け容赦ない東京の風は 私の身分証明書だけを
黙って 抜き取るだろう
あの人は 言った
詩集は遺言なんだ、
その時、その時にしか、書けない遺書だと
私は今 遺言という詩集を
叫んで書いています
これは詩ですから 虚構です
ただ、枕元に置いている
冷蔵庫や洗濯機 衣装ケースの配置図も
詩集に入れてください
そして願わくば
明日 新居に届く お揃いのお茶碗と箸のこと
一つでは 用が足せない可哀想な
使われないモノたちのことを
遺言という詩集に 載せてあげてください
私はそのぺージで あなたのことを 見ています
さよなら 私たち
2014年08月25日
切り裂きジャック
ダンボールがズタズタに切り裂かれて
ベッドの下に押し込んであった
当然だよね
片付けておいてね、って言ったの、
私だもん
田舎から都会での 新しい暮らしに馴染むために
箱に入れてきたのは
お茶わんや本や衣装ではなく 真新しい私
裂かれたダンボールは どんなに強いガムテープでとめても
型崩れして もう箱の形を留めていない
もう、この箱は 私を入れて 自宅へ帰してくれない
破れ目を繕うように
針と糸で 縫えたなら
私たちは やり直せたかな
繕い物で取り繕ったような ダンボールは
窓からの隙間風でも 簡単にへしゃげる
古紙回収の日に ベッドの下に詰め込まれた私の遺体たち
ビニール糸でグルグル巻きにして 自分の手で片づけてゆく
もう、家じゃない処へ行くんだな
私は自分をゴミターミーナルへ放置すると
廃品回収車に押しつぶされて プレスされた
その時やっと見えたのだ
締め切ったアパートで独り
私を片づけなければならなった 切り裂きジャック
彼をズタズタに裂いたのは 他の誰でもないこの私
晩夏
先ほどから頭の中を 潮の臭いが通過している
文字と文字の列の間に 空洞を見つけて
遊ぶ子供が 砂場でカラカラ笑う
(ホラ、ミテ、コレガ、ボクノ、ホネ、)
そんなレトロな歌が 浜辺に流れ着くと
ポツン、と 置かれた巻貝が
笑い声を リフレインする
※
浜辺に辿り着いた 白い半ズボン
その股間から 赤い小さな夕焼けが滲んでいる
今日した遊びをほったらかしにして
シャベルを突き立てたままの
砂の城を 後にする
2014年08月19日
吠える
食べても食べても、淋しさが埋まらない。
だから、腕を噛んで、千切って肉を食べて、空腹の内蔵を食んで、
食べ物の匂いを消すために、鼻を千切って、
食べ物が見えないように、次は目をくり貫いて、
食べても食べても、埋まらない淋しさに、
私の残りかすをハイエナがくわえて、晒し者にしたあと、
喋る歯だけ残すから、私はまだ寂しいと言って噛みついてしまう。
淋しさとはそんなものだ。
言葉は泣き続ける。涙が吠える。
そして、私は孤独で他人に噛みつく。
捨てられた野良犬のような目をして、まだ主の言いつけを信じたくて、
がむしゃらに 生きる夢にしがみつく。
マッカラン行きのバス
こんなネオンの華やぐ街で あなたは暮らしているのでしょうか
高速道路からでも立ち並ぶ マッチ箱の灯りの何処かに
あなたの名前を 探しています
あの日泣きながら バーテンダーが繰り出すマッカランを
浴びるほど飲んでみたいと 潤んでいたあなたは
私の涙腺の端しっこに 住んでいます
バス停から乗車してくる群衆に 乗らなかった人
それがあなたであったと 知る頃には
次の停留所に向かう放送に 面影は追い越され
距離だけが 植え込みの並木を見送って 長い影を走らせます
よく変わるチェーン店のように あなたがまた遠くへ
引っ越しては明るい暮らしに 馴染んでいると知りました
(プロポーズされました、春、桜だったものが、秋桜と呼ばれています。)
ポストに一枚 そんな病葉のような 葉書でも欲しかったのです
私はただ あなたが乗り遅れたと言い訳してくれたら
マッカランを 浴びるほど飲ませたくて
酔った勢いで やり直そうと
もう決して言えない言葉に 焦がれながら
あの日浚われた言葉が 乗り遅れたどこかのバスの停車駅に
まだ 灯ってはいないかと 家路にたどり着くまで 探しています
マッカランの色に酔っていたのは 私の方だと噛み締めながら
二人座ったカウンターは 廃業したのですね
多分 もう一杯飲めると笑ったあなたも
それに怯えたマスターの顔も 私の乗ってるバスは知らない顔で
いりくんだ暗い【し】というトンネルを 抜けきれず
私達は 急ブレーキをよけきれないまま 飲酒運転で 死にました
あなたは桜に戻って 私はあなたを照す月に変わって・・・
ボディレンタル
名刺を交換するように
お互いの身体を交換する
いやッ、
あの
好感覚の感触が
指で 語る
お互いの一日の
良い所々について。
あ、
の
母音を胸に置き
胸を触りながら
吸う私の男の為に
いッ、
という
イイ所に痛みを
動かしてみる
私たちは
名刺を交換するように 全てを明かす
貸し切ったホテルで
白い胸は震え 彼はそびえ立つ
二つの裸は陰を潜めたまま
青白い贖罪の涙を流し
赤緑の血の報いを交わす
一夜
あなたを貸し切って
私はあなたを閉じこめたまま
夜の扉を開けて 黎明の窓に帰る
名刺を交換したのだ
勿論
彼の体にも
私の名刺が赤裸々に
浮かび上がって
彼を脱がし続けている
今度 二人出会ったら
目が合うだけで
私は彼に犯され
私は彼を犯すだろう
仕組まれた罠のように 名刺を交換する
彼は気づかないまま
今日 舞台で 晒し者になり
赤黒いキスマーク身につけ
多くの人の喝采を浴て
客席に向かって ストリップしている
同じ覚悟で 私は羞恥の目に晒されている
私は さっき 道行く人に聞かれたのだ
(キミ、ハダカノママデ ドコマデイクノ)
と。
赤提灯の音
その会が開かれたのは 誰も知らない下町の
赤提灯の中だった
自己紹介よりも先に 大皿に盛りつけられた
大量の鮮魚の切り身や貝の盛り合わせが
次々と 運ばれてきた
私たちはその魚たちが どんなルートで
テーブルの上にまで 辿り着いただけを語って
決してそのメニュウの名前を
明らかにしないでも 分かり合えた
赤提灯の中が 酒にほだされて
益々赤く 色づき始めると
私たちはそれぞれ持ち寄った「音」について
話し始めた
一人は日本の鏡が忘れられなくて、と
微笑み
一人はギターを抱いたら酒に溺れて流される、と
言い出し
一人はヤクザな敬語のジャズを弾ませ、
一人は都会のバカヤロウ、と、
泣き出した
最後まで音を隠していた老齢の若者が
ハーモニカを 吹いた
その音は 日本の鏡を称え
その音は 酒場のギターにも鳴り響き
その音は まるでジャズのような敬語
その音は 愛すべきバカヤロウを愛せ
寡黙な饒舌は 一人一人に降りしきり染み込ませ
浅い眠りを深くして 各人が持ち寄った音の
七オクターブ先を 静かに駆け抜けていった
誰も 何も言わなかった
誰も 何も言えなかった
そしてハーモニカを吹いた彼は ひとこと
「僕は身近な音しか 出せないのです」
--------あとは照れ笑い
名もない街の四角いテーブルを囲んで
長丸の赤提灯を見るたびに
人はそれを一期一会と呼ぶ
再会の約束をしながら その保証書がないことが
哀しいくらいに身軽であることを知りながら
私たちは 手を大きく振り合った
来年 再来年
過ぎ行く時間の中で 私たちに保険証は無かったけれど
私たちは身近な音で語り合う 確かな赤提灯だった
バッドトリップ
とめ、はね、はらい、が
美しく表現できる ペンで
誰にでも 恋文みたいなことを
描いたりする 頭の中は
だいたい
とめ、はね、はらい、だらけの
行動を 起こしたがる
さあ、今日も
し、のような はじを書こう
ファントム
服を脱いだら 頭だけになりなさい
そのあとは 感覚だけで
頭と身体を 切断される痛みを知りなさい
君の目に見えるモノの 向こう側をえぐり取り
頭で覚えた文字を身体に刻め
君の唇が赤い理由を 他人が出した舌が翻訳するだろう
もっと脱いだ君を私に見せなさい
髪を振り乱したまま雨に撃たれる、
その黒すぎる末梢神経を、
自らの手で引き裂く覚悟で 紙をかきむしれ
君が流す水という水の 源泉はどこだ
君を焦がす炎の 行き場はどこだ
混沌の空と爆発の光を纏い
もう一人の他人を飼い慣らすまで
裸で何処までも 街を行け
「ファントム」 私の右側の鼓動
私の吹き溜まりから現れた 炎と水を操る恋人
幻の人
バスの隣の席で 私の名をしきりに呼ぶ男がいる
私には 知らない隣の人
しかも 違う名前で呼ぶから
私を呼んでるとは思えない
隣の男が手を握ってくれるのは
私が寂しそうだからというが
私は そうされることが 寒かった
男の手の感覚しか覚えていない
私は 彼の方を向かなかったから顔も見ていない
彼が呼び続けたのは 私の本名じゃないから
お互い知らない人のまま バスに揺れていた
男は名残惜しそうに
私に似た名前を呼びながら バスを降りた
知らない人だったけど 悪い人ではなかった
もしかしたら 私は彼と同じ場所で
降車したかったのかもしれないけれど
彼が呼んでいたのは 私じゃなかったから
お互い幻の人のまま 手の感覚だけで
愛し合ったみたいに別れた
私はこの街にいる私を 私とは思わない
そしてまた 私の追いかけてきた人も
幻の人 その人であった
喋るテレビ
あなたは 年老いた家の姿を見たことがあるか
台所からは 骨と皮だけになった皮膚の隙間から
食器と血が 毎日滑り落ちて死ぬ音
骸骨のような運転手になった父が
赤信号のまま 車を通過させて逝く
一方通行の標識を並べ立てる母の会話は
エンジンがきれたように沈黙すると
静かに泣く
毎日 大音量で喋るテレビ
その画面で 人々は快活な生き死にを
演じている
大音量の存在感に 圧倒されながら
私たち家族は無言で 明日死ぬ
自分たちの報道を 死んだ目をして
待っていた
【介護に疲れた子供、年老いた両親を殺害】
その見出しは 明日の私の背中
近日中に報道される 七十五日の話題
誰も居なくなった家で
目覚まし時計は 毎日 二回鳴り響き
テレビだけが 喋り続ける
帰還
海から星が産まれるように
キラキラとしたものたちの共鳴で
光をつないでゆくように
人は空の軌道を輝きながら渡ってゆく
産まれたときは ふくよかで丸かったものが
未来に時間を手渡してしまうとき
にぎりこぶしは力を失い ささくれだった節々から
尖骨が薄皮を破って突き出し
平たく大きかったものは 破れて縮こまっては悄気てゆく
(お父さんとお母さんは、 私が産んだのですか)
細く笑う父の歯の隙間を抜ける風
私の視線の下に投げ出された 母の肩には 鉛の荷物
(いいえ、私が父と母から全て盗んできたのです)
あんなにもふくよかに笑っていたものたちが萎びれて
身体中のあちこちから 歯車の軋む音だけを 響かせて
夜の森へと誘い込む
三半規管の蝉時雨の森に、私の声は届かない
虫食いに荒らされた老木は 瞼を閉じた
夜が容赦なく老木を根元から蝕んでゆく
泣いてはいけません
星が巨星を過ぎて 海に還るのです
陸にいたものが 海に溶けるのです
今、という空が 燃えて沈んでいく
この瞬間、もう既にちいさな星が
暗い夜を渡る覚悟をしているのです
ちいさな輝きが 未来を駆け上り
海に沈んだ者たちを 照らし出し
どちらが 反射鏡であったかなどと
問いただすように 透明に浮かぶ骨たちに
光を注ぎながら 海を 渡ってゆく
靴
裸足で畦道を走っていたのに
これを履いたら畦道じゃない所も行けるよと
真っ白いスニーカーが言うので
私はスニーカーというものに 足を通した
はじめは 白い紐を結ぶのも 恐る恐るだったのに
運動場を走り回り 自転車にも乗って
ある程度 どこにでも行けることがわかった頃
スニーカーは汚れてしまって 最期に下駄箱で
【死ね】と書かれてその通りに
遺言書を残して いなくなった
もう 裸足に戻るのは嫌だよね~
薄ピンクのパンプスがニッコリ笑ってこっちを見ていたので
私は 言われるままに パンプスを 履いてみた
パンプスはカツコツと 鼻歌を歌いながら改札口を通り抜け
駅のホームやデパートに 連れて行ってくれた
背筋をピンっと張って歩くのは良いのだけれど
一日中歩けば 外反母趾のプライドも
敷いて歩かなければならなかった
もうパンプスに 飽き飽きしてきた頃
百貨店の赤いピンヒールが 悩ましい声で 誘惑してきた
「靴だけは、一流のモノを履きましょう。
あなたを幸福に導くのは靴だけです…。」
ピンヒールの言うとおりだとそのあおり文句に魅せられて
私はまた 思い切って靴を履き替えた
高いヒールで高みの見物も出来た
みんな私を見ないで靴を見た
私は すっかり自惚れた
けれど ピンヒールのかかとが パキンと折れた頃
自分が初めて 靴の言う事だけ聞いて
足の言う事を無視してきたと気付いた
私の足は 酷い複雑骨折をしたまま
ギブスを巻かれて 何倍にも膨れ上がり
病室に吊されたまま
もう二度と 靴を履くことはない
文芸誌 「狼」 掲載作品
ケムリ
ビジネスホテル 八階の
扉を開けたら 目の前に
大きなベッド
綺麗に片付けられた客室
何もかもが 新しく
何もかもが 何食わぬまま 迎えてくれる
けれど 煙草が
煙草の匂いが 消えてない
さっきまで誰かが此処で
煙草をふかしていたのだろう
シングルベッドで独りきり
窓際の川沿いの景色を
今日の私と同じように見ていたのだろうか
煙りの濃さだけ思惑はくゆる
テレビの画面 鏡枠 キャリーケース 冷蔵庫
机の引き出しからは四角いバイブル オーダー表
四角四面なこの部屋で
煙りだけが自由に踊り
私の頭をくすぶり続ける
設えられた枠の中
誰かが煙草と戯れたあと
ケムリのように 消えて逝く
のっぺらな四角い顔した都会に一つ
丸い形の灰皿を
メモのように 私に遺して
2014年06月05日
淋しい傷口
ほっといてくれという淋しさの記号と
かまって欲しいという悲しさのベクトルが
イコールする東京の中央線の真ん中で
指先と指先で心中したかったのに
大阪に持って帰ったのは
あかぎれた人差し指だけの傷
昼間を走る新幹線と
夜間を走る高速バスに
向き合う二人の私
真昼の月に梟が
夜目を光らせて
双頭の月を眺めていた
人差し指の赤い切り口に
雪の白さが染みる夜
こんな日に
私は
黙って産まれてしまったのだ
母の途切れる寝息と
白内障の猫の瞳に
責めらて
都会の痛みを抱いたまま
真っ直ぐ
あなたと指だけつないで
どこまでも揺れて
逝きたかったのに
私は また
もう一つの朝日の前で
乾いた血を舐めては
濡れた顔のまま 空を見上げる
抒情文芸 151 夏号
清水哲夫 選 選評有
2014年05月18日
のび太のくせに
学生時代 倒れてから
私は仲間から のび太になった
のび太は病院で
怒ったり 泣いたり
世渡りがうまくできない悔しさを
詩に書いて 詩集をだした
のび太にも 背伸びする才能があったのか
夢みるような評価をうけた
その頃 ジャイアンたちは
結婚して 子供におわれたり
仕事におわれたりした
のび太は 自慢しなかった
でも ジャイアンたちは
容赦なくいった
のび太のくせに
上手く 逆上がりぐらいは
できるもんだね、って
宝地図
私のボロ屋に宝物が埋まっていると
青い鳥が言いました
けれど その場所を
掘って出てきたのは
さっきまで
必死に鳴いていたはずの 青い鳥
青い鳥が赤い鳥になって見つかりました
宿主が言いました
青い鳥は赤い印になって
お前に 「居場所」を
作ってあげたかったのさ
赤い鳥はね
青い鳥だった頃からずっと
お前に遺せる宝の場所を教えていたのに
どうやらもう 力尽きて
本当の我が家に 帰ってしまったようだね
世界地図、どんなに大きな世界地図を広げてみても
もう、私の家は見つからない
2014年05月06日
月蝕
月の名を知りたいなら 半月の夜、その裏側へ行きな
ただ、月の本名を知って帰ったものは「し」と
半月の文字になってしまうことだけは確かなのさ
誘惑されたいなら 満月の色を知りな
嵐の前の赤い目玉の月に魅入られて
盲目になった人間は 必ず
満月と同じピリオドでおさまるからさ
憧れが欲しいなら 三日月に爪を伸ばしな
届かない独占欲が 爪の先に点ったまま
とどまって いつまでもあんたを焦らすだろう
会いたい人を呼ぶときは 新月に
闇に紛れて 二人で月の袂まで
足を滑らせてしまうから
愛すべき月
私の名 私の痛み 私の半分 私の横顔
狂った私の裏側を 覆い隠す真夜中の太陽よ
今夜あなたにそのことを 耳打ちするまで
いつまでも 私は私を 侵食する
2014年05月03日
インナーチャイルド
私が抱きしめるあなたは
母に抱かれることのなかった あなた
あなたが私を抱きしめて泣くのは
私の中に自分を見るから
言葉を 教えてあげてね
今は母に捨てられて世を憎んだ
上目遣いの人形でも
柔らかさを 伝えてあげてね
人肌の温みが 今のあなたにも
伝わっているということ
上目使いの人形に
歩き方を教えてあげてね
ここには道はないよ、と
穴を掘ってしまう前に
*
育ってゆく インナーチャイルド
陽を浴び喜びに溢れ 水を飲み干し浄化は始まる
けれど
私の中の私が 母と同じ嫌な顔をする
(トマトを育てたはずなのに、黒いナスに育つなんて
(やっパリお前も父親似の 裏切り者ね
お母さんの中のにも また インナーチャイルド
2014年05月02日
逆さまの国
頭は上についているのに
人差し指たちが
私の頭は底辺にあると
珍しそうに つついてきます
その度に 私の口が頭に上り
我慢できずに ゲロを吐いてしまうのです
嫌な臭いは足裏の鼻が嗅ぎつけ
胸のあたりから足が 早歩きをし始める頃
心が 逃げていきました
私が頭から逆走している噂が 前進する度
かぶっていた毛布から 心臓が飛び出したい、と
お腹の耳に 泣きつきました
坂の上の窓から
「私には、みんなが歪んで見えます。」
と、言ったら人差し指で 詰られて
「歪んでいるのは、君の首だよ。」
と、またしても 突っつかれて
私は首から まっ逆さまに
窓辺から 転げ落ちてしまいました
神さま 私の写真をください
2014年04月23日
飽和する部屋
毎日ため息の数だけ窓に夜
毎夜吐息の数だけ開く眼
毎日錯乱する音楽が
憂いを売りつけ
毎日壁紙を貼り替え続ける
毎夜蛍光灯の光が
私を眩しく辱める
高い空に焦がれ
白い雲に跨り
微風の宵に躰を預ける
そんな夢を囲いの中で見たら
生き物の匂いが
吸いたくなって
窓の外にいる
誰かの名前を
呼びたくなったのに
誰を呼んで良いかわからない
部屋の中
自力で割れない
残っていた風船ひとつ
今も二酸化炭素を 吹き込んでは膨張させ
私は私を圧迫し 心臓から潰していく
「私の息が まだ、ひとこと分残っています」
独房のような部屋から
飛ばした 赤い風船が燃ている
炎の中で産んだ子に
痛みが私を突き動かすのだ
何十本もの針から
毒が首に差し込まれ
私は自分の神経が
ピアノ線のように
弾けて途切れてゆく
音をだけを聞いていた
腐食してゆく細胞(いと)は
見えない棺に入れられたまま
燃え盛る炎に焼かれ
赤銅に生まれ変わるのだ
抉られた針の穴から
くすぶり続ける
赤い暗号たちが
火と火という記号の羅列を作り上げ
言葉を残せと責め立てる
首に貼られた血止めのテープを取り払い
首筋から溢れ出す痛みをかき集めて
私の首(もじ)を
差し出した
さぁ
赤鬼のは現れたかったか
赤い顔をして怒れる
私に似た
赤鬼を私の血肉で
虜にできたか
そして
その首(もじ)だけを
愛せるか
私と赤鬼は
断頭台で晒し者にされながら
永い間くちづけを交わす
舌を這わせ口腔に滑り込ませては
お互いの臓器を舐め回しながら食いちぎる
繋がれた舌から
夜の沈黙の中で
アーッ、あ。アーッ、あ。アーッ、アーッッ!
という
母音だけの垂れ流しが始まると
字と行間が 滴り落ちる
私は鬼の子を産むだろう
痛みの中で怒りの中で
燃え盛る炎の中で
銀の針のような視線をした
紅蓮のオーラをもつ鬼を
人々いつしか詩と呼ぶだろう
そのためだけに
私は 今日
愛する赤鬼を
喰い殺したのだ
爪
ピンクのマニキュアを買う
好きな男に会うためだけ
その日の私の爪を
彩るのは四十になると
決して塗れない色のピンク
この指先で好きな男に
触れるのだ
真夜中風邪を引きながら
何度もコーティングしては
塗り直し 塗り直し
たった一日持てば用はない物を
私は三時間かけて染め上げた
ホテルのドア口で
マニキュア瓶と別れ
五反田で鞄の留め金に
爪がこすれ
渋谷の人ごみに色が褪せて
私の男にあったとき
私の指に爪はなかった
ただ
私の指が
あなたの身体の輪郭になぞりあげ
よじれたあなたが声をあげた時にだけ
私の爪には 赤い火が灯るのだ
あなたの身体の 隅々に私の爪痕が
今も さ迷って
黒く 喘ぐあなたを
ピンクに 染め上げてゆく
一夜限りの恋物語は
一夜だからこそ
千年のシナリオを
感じたままに
あとは男の爪に
委ねよう
お互いの 指切りが
ひとつの 思い出となるように
男の長い指を
私は 今日引きちぎり
私の指は 男にあげた
2014年04月20日
夢からの便り
忘れ去りたい過去ほど 眉間に刻まれ
悩んだ汗や疲れた陰が 額に滲む
頭の記憶より先に 肩で風を切って歩んだ
白い足跡だけが 残された街
握りこぶしを離せない花ざかりの古拙に舞う
桜の花びらの数を 見送るたび
五月の風が 友を攫ってゆく
初めて手を合わすことの
不可思議の 重さ
気づいてしまえば 震える肩とその指先
「夢から醒めない夢を見ている」怖い、と
泣いていた少女の 手のひらには
もう、指折り数える歳月に節目が覗く
誰かの見た夢の端っこの 通過点を
合掌する手の隙間から薄目を開ければ
厳しい人の優しい眼差しが 微笑んだ
肩をしっかりと寄せ合った 恋人同士だとしても
沈黙の花を 咲かせなくては いけないよ、
春鳥たちに それぞれの 夢を託けるために
2014年04月14日
タイムリミット
冷蔵庫の中で母は
飛蚊症と老眼の目を凝らしながら
自分の賞味期限を何度も何度も
毎日 確かめる
私は母の頭の中から 一番初めに腐ってゆく
もやしや木綿豆腐の水を
流しに垂らして 生ゴミにして毎日棄てる
それでも
白い冷蔵庫の中身は
綺麗な白いものから 腐ってゆく
私が昔飲んでいた 牛乳とか
誕生日に頬張った 生クリームとか
甘い思い出ほど 固まったまま
苦い時が過ぎ カビが生える
このままでは私は見つけてしまう
腐ってカビの生えた母
白い骨と粉になった母
そして温度計が 午前零時を指した頃
白い母が 覗き見る
凍てた私の温度の変化
お前もとうとう、腐ったね、って
2014年04月06日
アンテナ
アンテナが張り巡らされて うるさい
春の雨の水滴が どんなに意思表示しても
夜を昼に変えるような速度で
彼女たちを 蒸発させてゆく
私の内側にあるものを
私の外側のことと 置き換えて
無言で罵り合う 電波塔の赤い光
黙ったまま 私のスカートの中を
のぞき見したことを 告げていた
(アナタノ受信トレイニ 一件)
アンテナが張り巡らされて うるさい
青い空を滅多刺しにした あの黒い導火線たち
ことにワイヤーで取り巻かれた 黒光りする蛇が
とぐろを巻いて 上から舌を出している
私は頭を覗かれ 体をグルグル巻きに縛られ
点滅する文字となって
多くの知らない人たちのもとへ 拡散される
(キンキュウニ オタシカメクダイ)
粉々になった私は
たぶん、あの日蒸発した春の雨のようで
いつも、スカートを覗かれている小学生
切り裂かれて転げ落ちた空のようで
黒い蛇に見下ろされて
監視されては 怯えるモグラ
(パソコンガ ウイルスニ カンセンシテイマス)
私は
アンテナに縛られ運ばれ 粉々になりながら
拡散されては 消されてゆく
(デリート、デリート、デリート、)
2014年03月25日
春の視線
病院の玄関で、横たわったまま
毛布で、ぐるぐる巻きにされた
早歩きの真っ青な老人に、追い抜かれてゆく
受付の予約診のカードを促す女事務員は
にこにこ顔で、カードナンバーを
ゆっくり吐き出す
(お客様の番号は、六十一番です。)
(おきゃくさまのばんごうは、ろくじゅう、 いち、ばん、です。)
(オキャクサマノバンゴウハ、ロクジュウ、イチ、バン、デス。)
診察室に行くまでに、背の高い初老の外科医が一人、若いナース達に説教するが
白いスカートから出ている春の生足達は もう退社後の黒いストッキングで遠足中だ
待合室で詩集の一ページ目に
「春ですね、今日は花見日和です。おたくも、どこかへ?」
と、問いかけられた。
私は無視して、詩集の二ページ目を捲る
中段落には
「今年は良く分からない気候でしたからね、急激に体調を崩す人が多いでしょう.。
ほら、あの人も入院三回目ですよ。」
私は私を追い越していった、あの、青い老人の行方を問われたが、答えられない
苦しくなって、詩集の三ページ、最後の行に目を移す
「友人は、マンションの最上階から 夜桜に喚ばれたんだ!と、
言い張って赤いピリオドになりました。」
真夜中の赤い目覚まし時計が けたたましい音で叫ぶように
診察室から名前が呼ばれる
そして、ピアノのスローバラードのような 薬を与えられ
私は病院を通り抜けて私の朝を、迎えるだろう
外は、むせるような春、春、春・・・
桜並木は丘の上の病院から下の車道まで 同じ顔した同じ色
苦い薬袋の群れ
背を曲げて 薬局を出て行く人々の群れは俯き
その後ろで 青い真っ新なジーパン達
桜を仰いで 枝、揺すり
花びらを散らして、子供の奇声に笑い合う
私は来ないバスを待ちながら
春の詩集が手放せない
桜の下には、たくさんの死体が埋まっている、と、
言っていた夜のことを想いながら
桜の下にいるたくさんの酔っ払い達の昼を
バスと私は、駆け抜ける
多種多様仕掛けの目覚まし時計は、
「春」を指したまま、目覚めることもない
2014年03月13日
枠の中
首をかしげたくなることが 多すぎて
私の首は傾いてしまった
傾いたまま世界をみたら
結構 真っ直ぐ見えるものだ
私の首が引きつってしまった
痛い首の糸は 皮より薄く細くできていたから
いろんなものが そこから透けて見えた
(ウエノヒトニハ、ナンデモ、ハイハイ、イイナサイ!)
かなしみは
そんな
首を傾げることから 始まり
そして
引きって 固まった私の身体を
真っ直ぐだ、と
言い張る 平衡視線たちが
スケスケのまま あけすけに
嗤いながら 私を見下すのだ
ヨイコノイキギレ
オカアサン、モウシンドイデス
ジブントチガウ、ジブンガ
イツカ、オカアサンヲ、コロスヨウデ、コワイデス
薬を飲んで眠るのよ
お前は眠っているときは、本当によい子なのだから
オカアサン
ワタシ ナンデウンダノ
ワタシ、ネムッタママダッタラ
コトバナンテ、イラナカッタヨネ
アナタノ、ナカデネムッタママ
ナガレテイケタラ
オカアサン二、クロウヤ、シンパイナンテ
サセナカッタヨネ
いいから、いいからお薬を飲んで温かくして眠るのよ
イヤイヤ、ナニモ、カンガエラレナクナルノハ、イヤナノ!
風邪を引いているから息切れをおこしているのね
のど飴と生姜湯で歪んだ声は治すのよ
お前の声は綺麗な良く響く声だから大切に
できるだけ良い言葉ばかり使いなさい
動けないときは
せめて人に見せる顔は少しでいいから
笑ってみせなさい
いつか、そのお返しはお前に戻ってくるのだから
オカアサン
ツラインデス
ソウデキタナラ
ドンナニ、ラクカ
アイスルヒト二
バセイヲ、ハク、コノ、クチ、カラ
ハァ、ハァ、ト
ツバヤ、タンガ、デテキテ
ナケテハ、イキギレヲ、オコシマス
カツテアナタノナカデ、ツナガッテ、ネムッタママ、ノ
ワタシナラ
イキギレモセズニ
キット
ヨイコデイラレタノニ
オカアサン
クスリヲノムカラ
モウイチド
イキギレシナイ
ヨイコ二
ウミナオシテ、クダサイ
あら、お父さんが呼んでるわ!
今夜は冷えるから、よい子にして眠るのよ
オカアサン
オカアサン…
オヤスミナサイ…
2014年03月12日
音の寸景
静けさを計るウサギの赤い目
重力を油で滲ませた猫の目
繋がりから逃れたいブランコの軋み
掲示板から剥がされたくない
選挙ポスターの唸り
ウグイス嬢の声に
救われた議長を乗せた選挙カーに
手を伸ばす少女の、救われない、声
挙手した少女の手は縛られたまま運ばれ
行方知れずの歌を唄う
病葉の温度を計る風は
夕暮れ時をかけて 遠くの電車に紛れ込む
大松で動く機関車の炎にくべられる
火の怒りが「命乞い」をしなさい!
と、軍人に命令させる
命に「恋」を賭けない
少女の沈黙が 繋がり合っていた
全ての長いものたちの区切りで
軋みだしてゆく
ウサギの瞳が赤を零す頃 青い雨の銀糸が
シダ植物たちを
腐らせては 征服してゆく、の、を
知りすぎた、猫の眼
コトバの原始を 後ろ足で 横切って行く
*
やがて 声が消える
コトバが地球を 支えきれなくて
ブランコの鎖でできた 夜汽車は
揺れながら 揺れながら
軋み続けることだけを 世界に教える
風葬
貴方は
飼い慣らされた春が またひとつ
骨を見せて通り過ぎて逝くのだ、と
冬の葬列の隙間から
骸が風化してゆく言い訳たちを 赦す
親しい者たちの名を
彫り込んだ胸を
見せることもなく
風花の舞う季節に
怯えることもなく
名もない風を受け止めてきた
ただ そんな悲しい景色のことを
赤文字で書いてはいけないよ、と
人を焼くような 人を焦がすような
色では書いてはいけないよ、と
青ペンを手渡してくれた時
触れた 貴方の指先
その温度 その体温が
泣いていた
春
巡る水
人工的に中性緩和された都会の水は
下水に流された水子の怒りのように
喉に張り付いたまま 炎となって泣き止まない
生まれ出るはずの者たちが きちんと産まれなかった
不定形な塊となって 数多の人の
血肉を呪い腐らせ 脳髄を麻痺させ
命の再構築の原理について 原始に戻れと神経を焼き切る
記憶を辿れば その源泉は女であった
*
赤ちゃんが鼻づまりをおこせば
口でその水を吸い出して息をさせてあげるのよ
それは母との未来を語った水の記憶
その土地に嫁いだからには
その土地の水に馴染むことから始めるのだと
土間の囲炉裏の側で 腰を下ろして母を叱っていたのが
亡き祖母の水の記憶
水は 厳しい
けれど私を守る水は汚濁をのみながらも
なんと 清浄であっただろうか
都会の水で干上がった身体を横たえ 喉の嵐を家水で鎮める
毎夜静かに湧き上がる井戸水が
私の血液を更新してゆく度
女という血脈が こぼしてきた
苦い水の事を想う
私も又 人と人との間を巡りつづけ
誰かを潤す為の水でありたいと
がらんどう
なぜ
さびしいのだろう
わたしの からだに
ふさがらない、あな
が
あいてるなら
すべての凹凸をふさぎ
きょうかいせん
すら
なくしてくれる
きょうき
を まつ
わたしはすべての
あなを ふさがれて
あな、た
で
ころしてくれる
ゆめ を
ほしがる
さめない よる
を
みたせない
まま
まだ、
だ、と、
まだ、まだ、
だ、と
くちびるの すきまに
カギ、
を
もとめる
やがて
さしこまれる
やわらかな
きずぐち を
ひろげながら
わたしの
くらやみを
ひらいて ひらいて
それを
あな、た
と
おもいこんで ゆく
また、
まだ、
あい、
くるしい、夜。
ある招待状
今日 郵便屋のおじさんががあらわれて 記憶を配達しますという
宛先は 「レスボス島よりティータイムを」と、書かれてある
(招待状か 何かだろうか・・・。)
開けてはいけない気がしたのは
昔の彼女が愛用したプワゾンの香が 甘い顔をのぞかせていたから・・・
なのに私の手は あの抗いようもない
眩暈の痛みに会いたくてゆっくりと封を切る
*
封入口から一番初めに出てきたのは 桜の花びらだった
その花びらには、一文字「恋」とだけ 書かれてあった
次に出てきたのは星空だった
流星の先っぽに「憧」を 乗せていた
最後に出てきたのは歪んだ赤い唇で大笑いする甲高い声
ゾロゾロとムカデが何万匹も這い出して
そのムカデには彼女の顔が張り付いていた
そして鱗には「憎」が黒くて鋭い鎧をきて
私の鼻から口から耳から穴という穴から
噛み付きながら舐めまわし
細胞を侵食し壊死させながら
記憶を 再封入するよう片付けてゆく
*
私は小さく折りたたまれながら誰かの手で捨てられようとしていた と
その矢先、招待状の底辺から挿入させられたペーパーナイフをもった
誰かの手に落ちていた
ペーパーナイフの手は、私を丁寧に拾いあげて 広げて 広げあげ尽くして
その手をナイフからペンに持ち替え「男」と太く硬い文字で一筆書きを施した
全ての悪夢や私の身体で蠢いていた蜜虫は叫び声を上げて逃げ出した
今 私はその男の腕の中で昔愛した女の名を呼んだ罪で
クシャクシャにされながら、捺印を施され
記憶は「激」という文字だらけで 真っ白に汚されて更新された
*
いづれ 「御祝儀」袋に納められ
大安吉日 晴れた日に
あなたのもとに届く予定だ
2014年03月06日
正解
親指ですら右手と左手では 形が違うのに
なぜ簡単に手を合わせて 祈れるのだろう
感情線の皺に深さも その上がり具合や切れ目も違うのに
右手と左手を合わせて しあわせと言うコトバに
置き換えたりするのだろう
昔 入水自殺した友人は
いち、たす、はち、は、じゅうろく、だ、
と、言い切って元気に解答した
それを聞いた独裁者のような指導者は
面白がって手を叩いては 世間に言い廻って
笑った
私も 笑っていた
多分・・・困ったような顔をして・・・
右手でいち、を指折って そこから左手で、はち、を足したら
両手で一本 指が余った
その曲がれない小指が 彼女のような気がして
私は彼女が溺死した池に 今も合掌することが出来ない
どうして教えてあげなかった
いち、たす、はち、は、きゅう、だ、と。
(それって合ってる?)
どうして指導者を名乗る常識人は逃げまわる
彼女を殺した噂を未だに垂れ流しながら
どうして彼女は最期まで言い張った
いち、たす、はち、は、じゅうろく、だ、と。
(それって、間違ってる?)
世界のどこかにいるもう一人の彼女が同じ答えを発する声が
水底から波紋の息を拡げて 浮かび上がる度
私の原稿用紙の端っこは汚れて ぶらさがりの句読点が
となりの句点の○の褒めコトバを
欲しがっては叫んでいる
夜に白い小指立てながらペンを握っている間だけでいい。
薄っぺらいこの世界に 正解のカタチひとつぶら下げて
黒い句読点、の、その先に来る余白たち
どうか、どうか、読んで欲しい
合掌できない多くの手のひらたちの
言い訳くらいには はみ出したくて
黒いぶらさがり、イコール、彼女の叫び 、
2014年02月12日
バレンタイン プレッツェル モカ
ショートドリップのコーヒーの素朴さから 70cmの距離を隔てて
バレンタイン プレッツェル モカは 期間限定の
女の企みのような 甘さだ
店内の女客は両手で ホットカップを 大切に抱えながら
その狡すぎる香りに酔しれ お喋りが止まらない
夢中にさせているのはきっと 70cm前の苦いコーヒーを
飲んでる男の身辺盗聴と 彼の飲んだマグカップの独り占めと
その手段の 独占法
(女同士の掟の説法、含み笑いが本音で笑い、
ハーレークイーンの本は夢見がち)
アーモンドの粒子と解けないチョコの分だけ 喉に引っかかる秘密を飲み込み
スマートホンにタッチするように 話題を次々スルーしてゆく
開いたままの早口たちに向かって
モノも言わない赤いノートパソコンは 頬杖ついて
食べかけのまま放置される チーズタルトと軽量ダウンの
軽薄さが気になって 仕方がない
私は今日 都会の街のトレンドと すれ違ったままの きのう、を思い出す
昨日私は働いて 店の倉庫で叱られて 二割引になった
品出しをしては 曲がる腰に三割引
そんなわたしの背中を心配してくれたお客さんに 半額シールを
心を込めて 貼り付けたら 倉庫の片隅で隠れて泣いた
辛いこと九割九分の店の中 優しさ、一分、貰ったら
しみったれた私には 苦さがあっての甘さだと 教えてくれる
バレンタイン プレッツェル モカ
けれど
毎日飲んではいけないよ
バレンタイン プレッツェル モカの、企みに 飲み干されてしまうよ、と
あの緊張だらけの日々を 今、70cm先の素朴な苦いコーヒーが
私に、今、を 問いかける
不在の子
畑の中に一粒で 埋もれたままの
不在の子
光と水と温度や湿度
縁に触れては 発芽する
父は土を耕して道作り
母は伸びゆく日々を信じては
二人で肥やしを 与えつづける
畑に根付いたその子の色を
誰がどうして 変えられようか
双葉に嘘が絡みつき
茎が打算や嫉妬に呪われて
気付けば文字どおりの蟻地獄
根元【あし】をすくわれ
虚偽と手を組む 不肖の子
だが
種の理念は揺るがない
実もならないまま 萎れても
不肖の子にある不在の種は
自分に嘘はつけないと
父母の汗の道の上
叫びながら 泣きながら
語り続ける想い道
愛せないまま 愛したい
理由はすべて底にある
知らないままで 走り出す
たった独りで ひとりに向かって
私が死んでも その人が
私の種を口伝てに 配ってくれれば有難い
その人が漏らして落とした道の上
新たな新芽が発芽する
見えない姿
不在の子
誰の中でも住んでいる
選んだ道の反対側の
未知の上の道の上
愛されないまま 愛されたいと
憎んだの空の向こう側
堪えてふるえて飛び込んで
泣いて眠れる
赦し中に
2014年02月09日
木目を合わせる
(薄っぺらな一枚の板
一人じゃ何もできないけれど)
作業所で木箱を作る
出来るだけ木目を合わせて 板切れが
ささくれたり 曲がったり
歪にならないように
木目を合わせる
元は一本であった
樹の生命力溢れる節目たち、の
一枚一枚の板には
人の目のような渦がある
木目はそこから
私の人相を見ている
一人では使い物にならない
平板や横板や仕切り板が集まって
私の手の中で
再生の決意を促す
木目を合わせる
人間も一枚の 木理
一人一人その断面は くいちがい
年輪の渦から 引きはがされても
自分たちが通ってきた道を
私に見せつけながら
新たな木々たちと
お互いの手のひらの
皺と皺を合わせて
繋いでいるように
一枚の板は 再び
陽光にそびえる
一本の
大樹の姿の 夢を見ている
老いた星
アルデバランの赤い星
老いた星が泣いている
夏も終わりの至彼岸
私が見上げた赤い星
夜空を彩るすべての星に
映える炎が 闇を喚ぶ
誕生の営みを知ってか知らずか
いまだに輝く 老いた星
若い星の生を幾千も見守り
先に逝った星々を幾億と見届け
今なお 輝き続けなければならない
老いた星
なのに
この星は どうだ
青い星 地球
海が空を生んだ惑星
この地球のどこかで もう一人の私が
この星空を見上げているのではないか
何時間も眠れぬ夜に
私が私を揺さぶり起こしているのではないか
「そんなに外にいると体を冷やすわよ」
いつの間にか後ろにいた母が
充血した赤い目で
宇宙の片隅から
私の名前を
小さく呼んだ
2014年02月05日
氷の迷宮
私のカイは北の塔に閉じ込められて、私、あるいは、
自分、についての謎解きをしています。
私とカイは双子でしたが、私たちの親が雪の女王であったから、
カイは「えいえん」について、永遠に謎解きの筆を、持たされたのです。
その筆は、ガラスの石でできています。
私はカイの鏡です。ひび割れて役に立たない、カイの鏡です。
カイが首をかしげると、私の首が四方八方に傾むくし、
カイが怒った顔をすると、私は歪んだ顔を並べます。
私たちの目には、悪魔の黒い色が、瞳の真ん中に張り付いているので、
どんなに寒くても、泣くことができませんでした。
カイはひび割れた私を元に戻そうと、一生懸命、雪の女王の永遠について、を、
知ろうとしましたが、ただただ、つかんだままのガラスの石から、
真っ赤な血が、私に流れてくるばかりです。
カイは必死に、えいえん、えいえん、と、文字で書き続けています。
けれど、どのパーツも当てはまらない・・・。
苦しむカイを見ながら、雪の女王は、いつもいつも、高笑いをするのです。
私は、そんなカイを見て、泣いてあげればよかった。
カイは、泣けないから、私も泣けない。
私はカイを映す鏡だから、泣けない。
きっとそれを知っていて、こんな寒い北の塔へ、女王はあなたを攫ってきたのでしょう。
(カイ、もう、いいよ。私、もう、苦しむあなたを、見たくない!)
私は鏡です。あなたを映す鏡です。
そして、女王の心の中をも、覗ける鏡!
私はカイの最期の血でまみれた私を、女王に向かって、
見せつけました。
途端、女王の歪んだ顔が赤く赤く、燃え尽きて、砕け散りました。
私は役に立たない鏡でした。
女王にも相手にされず、カイの苦しむ姿を永遠に映すだけの鏡でした。
さようなら、カイ、あなたの出口はあなたの痛み。
そして、この迷宮の入り口は私だったのかもしれないの…。
こうして、私たちの謎解きは終わりました。
世界には春が訪れ、女王は二人を失った悲しみで
酷い火傷の片目から、初めて涙を流したのです。
女王が最もほしかったもの、それは、
きっと誰もが内に持っては、流れている、温かな、えいえん、
2014年01月30日
当たり前
真っ直ぐ見つめる瞳に映る
真っ直ぐな歩道を
はみ出さずに歩ける人が
この世にどれだけ居ただろう
けれど 道路の白線の中を
歩ける人が殆どで
多分 青信号で
渡ることが出来る人が殆どで
はみ出して
石をぶつけられる悔しさも
赤信号の空気が読めないと
笑い者にされる悔しさも
ガードレールの中を 行く人達は
知らない
真っ直ぐ前を向き
余所見出来ないくらいの
時間の節電
前が見えないまま
手探りで徘徊する
体験の充電
人、独り
ひとりぼっちの当たり前
そんな見え透いた
我が儘だらけの物差しは
棺桶に入る頃に 気付けば良い
分かり合えない 当たり前が
ぶつかり合いながら
私たちは 平行線のままで
嘘つくように 愛し合う
2014年01月04日
銀の記憶
銀の記憶
銀の鳥籠のなかに 白いインコがいます
右側に白猫のお母さん 左側に黒猫のお父さん
時々籠を揺らしては インコが怖がって
ピーピー鳴くのを不思議そうに笑ってから
赤いザラリとした舌を ペロリ、ペロリ、と
出すのです
インコは怖がって インコであることをやめました
部屋に銀の縁取の三面鏡があります
右側には過去 正面には現在 左側は
真っ黒に塗りつぶされていました
首が左側に傾いているので 未来を見るためには
どうしても右側の過去が 同じ角度で眼に映るのです
私は正面に映っている 自分の顔を見たことがありません
そこで私は鏡の中央に「入口」と書いて
そこから鏡の中に 入って行きました
鏡の中は万華鏡になっていて 全てが私の欠片
が、次の瞬間には 私の姿は嘘になる
「光輝く未来に辿り着くまで、決して裸になってはいけません!」
万華鏡の中心地に置かれていたのは
沢山の仮面と帽子 派手な衣服やマスク
それらが私に 耳打ちする
「自分で自分を欺き通せるよう、これらを纏って 猫背で歩け!」
それからどうしたかですって?
私は衣服を纏い銀のシャープペンで
相変わらず文字を ノートに走らせています
鏡に映っているのは 右側に頬杖ついている私
けれど
枕元を見てください
自分で自分を放棄したインコの羽根
あの羽根は死骸から解き放たれ
銀の鉄格子の中を飛び立とうとしてノートになり
羽根ペンになり
私の裸はこころ、と呼ばれ
自動手記で未来を 夜が明けるまで
写し取ろうと羽ばたきます
共食い
共食い
共食いの夢をみた
小さな車海老が 殻だけになった海老を
バリバリと 食べていた
青いインクの揺れる 四角い水槽から
延び上がった車海老
味塩と天麩羅粉が まぶしてあった
昨日の忘年会で出てきた姿、そのままで
塩とケチャップで 塗りたくられた赤い海老
湯あげで抜け殻になって 今、胴体を無くして
脚を食いちぎられているのは
一週間前に鍋に押し込められて
浮かんで食べた白い海老
二つとも 私が食べた海老なのだけど
赤い大海老に喰われる
小さな湯だった殻だけの
白い甲殻類をバキバキと
水槽からよじ上ってまで食べていた日々を
送っていたのは この私
引き締まった身だけを むしゃむしゃ食べて
要らなくなった殻を
ハイエナに与えていたのも
この私
共食いは毎日続いて
私を彩り縁取形どり
夜になると 頭の中で消化する
忘年会
冷えきった外を甲殻のコートで武装して
共食いの街を歩む
年を忘れるどころか 年を呼び覚ます夢が
今夜も枕を黒くする
ああ、もしかしたら
あの日 茹で海老を食べ続けていたのは
私と私の子孫ではないか
そして この私すら
共食いの理念を腹に宿した
「女」ではないか
「醜女」
確かに 夢の中の海老の顔は
私に似ていた
2013年12月20日
売買
売買
私はいつも仕事場で
フックのバリを ニッパーで切り落とす
作業で流れてくる
プラスチックのフックたち
人の首の形をした その筋にある
イボのような バリたちを 今日もニッパーで はね飛ばす
次々と私の手で はねられる
きれいになったフックは 売れて
はみ出て邪魔な バリたちと
八時間で 膨れ上がった 血豆は
豆でありながらも 売れないままで
真っ白い軍手は 売られても
赤黒いシミがついた 手袋は
もう 売れない
はみ出しモノは 捨てられる
そこの会社の製品には
なれないからだ
真新しい軍手は歓迎される
それは人に使って貰えるからだ
私が放心状態で闇雲に はねた首
より、多く、の
リストラ社員
私が力いっぱい切った バリ
はみ出しモノは 要らないからだ
私が夢中で作った 血豆
今日 過労死している誰かの血
(イタイ、痛い、イタイ、)
製品は 陳列台を飾るだろう
残酷な白さが
清廉潔白の輝きを放つだろう
けれど 私の指は
黙ったまま 明日に備えて
バンドエード二枚で 口封じされる
シミだらけの手袋は 捨てられるだろう
こんなにも働いたのに
役に立たないと言われて
明日にはゴミ箱に 棄てられる
私は
言われたように
仕事をしているだけなのに
要らない、と、切られるバリも
汗と、血と、水と、埃に まみれた手袋も
仕事が、したい、したい、と
言いながら 死体になって逝くだろう
(イタイ、遺体、イタイ、)
会社から悠々と運ばれてゆく
製品たちを見送る頃
事務所の片隅では
私の使った ニッパーが
罪を犯した囚人にように
分厚いナイロン袋で
ぐるぐる巻きにされて
窒息死の刑を 受けている
バンドエードを 剥がして
私は 敗れた薄皮から
自然と流れる 水と血を眺めて
手のひらから 噴き出る汗を
じっと見る
これが私の手
これが私の仕事
この痛みが お給料になる
(そんなにまでして、そこに居たいの?)
ひりひり、と 熱を持つ
売れない指で
切り落として軽く捨てる毎日
そのうしろで
全部 キャッシュになって
みんな バイバイ
(詩と思想 第22回 新人賞作品)
シャッフル
シャッフル
スタバで混ぜられる泡だらけのエスプレッソの真ん中で
私は沈む
午後の授業を終えた女子高生の唇に
オバサンのような赤が塗られると
私は笑いに殺される
白いマグカップに口紅を付けられるという
特権を競い合う女子高生の唇たちに
堂々と殺されてゆく
(エスプレッソを混ぜているのは 誰?)
くるくると、回されているのは私なのだと
斜め前のイタリア語を喋る日本人が
イヤリングに軽く触れるように
視線を向ける
機械仕掛けの店員は
緑のエプロンで交代制
店内のミニスカートの制服も
指定席が交代制
(かわす、交わす、逃げる、避ける、捕える、交わる、)
きれいなお姉さんに憧れる、汚いオバサンになりたくない女子高生と
きれいなお姉さんのままではいられない、働くお姉さんと
その端っこで ネズミみたいに小さくなっている私、に
クリスマスソングは 平等に降りかかってしまう、から
不公平をかき混ぜたら すぐ、サインペンで
君たちの今日に スペードのエースを並べ立ててやる
私が暴き出しては黙殺する 小さな世界と雑音たちが
黒く熱くなっているうちに
白色の、スタバのマグカップの中が、冷め切って、
飲み干せない泡ぶくの中心に
私の、心臓だけ
ぽっかりと浮かんでしまう、から、
秘密を隠すように 息をひそめて
私は独りで くるくると、踊らなければならない
長いスプーンと私は 踊り続ける
まるで今日の私が
わたし、を 密告しないように
2013年10月25日
月
月
我慢できなくなった空から
ゆらゆら ゆらゆら 焔(ほむら)が見えます
お父さんは
「良い子にしていなさい。」 と
布団をかぶせたまま 出て行きました
こんな嵐の前日は 必ず空に
ニタリと嗤う 月が見えます
私 シンクロして 私を探す
輪郭をなくして出て行く 私
為すがままに ゆらゆらと 立ち上がり
ほろほろと 見えない月に 喚ばれていました
白いノートから 我慢できなくなった文字
くっきり 浮かべて 立ち上り
私の影が 月に映えて 嗤っています
横隔膜の雨音で 辛うじて護ろうとする自我
から、はみ出そうとする 私の渚
お母さんが
「今日は外へ出てはなりません。」 と
完全に締め切った二重窓
カーテンの隙間から 嗤う月
伸ばされた腕を 私は欲しがりました
月に 抱かれて 苛まれて
弄られて 悦んで そして、
私は猫のような玉虫色の目をして
真夜中になる
(汐が引くまで還れまい)
空に咲いた私の輪郭を 啜っては
ニタリと嗤う 月の聲
私を片目の達磨が 二つ並んでみてました
もう、墨を 入れてあげられない 両目から
黒い涙が 流れます
女の業力 支配して
月は色濃く 陰落とし
今宵の雨を 嗤います
2013年10月24日
せんせい。
せんせい。
せんせい。
みんなが違うことばかり言うのです。
私の国は、日本だといい、
私の国は、大和朝廷だったといい、
私の国は、経済大国だったといいます。
社会の先生に聞いたら
それらは全て正解だったといい、
倫理の先生に聞いたら
それらは全て間違いだというのです。
そして
生活指導の先生は
オーストラリアの首都は
シドニーだといっていましたが、
国語の先生は
キャンベラだ、と
こっそり 教えてくれました。
それらを
家庭科の先生に言うと、
【時々、名誉や富が変わったり
加わったりすると スパイスされた
品名になる。】
という料理のレシピを私にくださいました。
せんせい。
私の一番大好きなせんせい。
あなたは理科室で、それらのコトバが
私の耳にこれ以上、入ってこないように
私の両耳たぶにピアスホールの穴を
バキンと開けて、こういいましたよね。
【この痛みだけを信じなさい。
この耳たぶから流れる、赤い温みを信じなさい。
冬に耳が疼く度に、それらの間違いを、
記憶から消しなさい。】 と。
せんせい。
また、あの理科室で痛みをください。
私をピアッサーで刺したときのように
もう一度痛みで、答えをください。
あなたに応える私になるために、
もっと、強く、酷く、貫いてください。
そして、また、あの、真っ赤な部屋で、
教え込んでください。
【君が産まれた国は、
アルコールの炎と消毒液の似合う、
この理科室だけだ】 と。
2013年10月21日
供物
供物
私たちはお互いに捧げものにする「生け贄」について
話し合ってました
私が家に上がった百足を殺していた頃
あなたは勉強の邪魔になった金蛇を
殺していました
私が「百足は炎のような黒さだった。」というと
あなたは「金蛇は雲のような、白い腹をみせた。」
という
私が、「それが憎くて怖かった。」というと
あなたは、「怖くて、淋しかった。」という
私は「とても、痛かった!」というと
あなたは、「とても、悲しかった!」という
その痛みと悲しみを 私たちは 違う文字にして
両親のお仏壇に 飾って手を合わす
お父さん、お母さん、
これが私たちが 初めて殺めた生き物です
あなた方に 奉納します
お父さんが 怖いです
お母さんが 憎いです
お父さんとお母さんに殺された 私たちの
生物を捧げます
この歪な文字は はなむけ の、花
私たちの手は血まみれです
真っ赤な二本の蝋燭が めらめらと燃え上がり
汚れて黒ずんで 腐り堕ちて 青ざめながら
溶けて逝きます
お父さん、お母さん、赦してください
私たちは こんなふうにしか 生きられません
やがて 私たちの肉体も甘い透明な不浄の水となり
その蜜に群がる無数の黒い
ハイエナのような蟻たちによって
笑われながら 解体され
あなた方の所へ 運ばれてゆくことでしょう
その時は
お父さん、お母さん、一緒になりながら
私たちを 食べてください
・・・お前たちの一生も、所詮、
虫螻みたいだったねと・・・
あぁ、
カラカラとした笑い声が
カラダから響いてきます
私たちが捧げたものは 全部昔から
奪われていたモノたちばかりでした
父に・・
そして、母に・・・
2013年10月13日
淋しい充電器
淋しい充電器
一万円札だけの旅
一万円札だけの価値
自分の電池が切れるまで 歩く
チャリチャリとポケットに詰め込んだ
値打ちを確かめて 入ってゆくのは暗い路地
贅沢な焼き豚丼で 電池をチャージ
心配してくれない親は
感情電池を切断したままだ
帰りたいのに帰れない日に限って
丼屋のBGMは フル回転で
前頭葉に染み渡る、から
聞いたような口を開いて 私に涙を伝達する
店から外部への接触はシャッターの隙間から
オレンジ色に光る 街角娘をシャットアウト
斜め上の高級レストランの三階から
白く輝く白熱灯
見下ろしていたのは 大雨の中
赤黒い泥としみに感電した
ネットカフェの看板持ち
私は歩く
黒い服を着込んで
背中は 停電したままで
来たことも無い暗い道
でも いつか身を屈めて辿った
苦しい産道の指示表示のネオンに向かって
一本道のアーケード街の光を 目指す
私がエコーで 私の内部を見つめるように
私が心電図で 息をしていることが
ばれないように
停電したまま停滞を続けて 這っていく
人間は大声を出して働く
電池が切れるまで
ネオンの色はすぐ変わる
見失うための目くらませ
スクランブル交差点から
はみ出したいと 強く思った
信号が赤になったら
一目散に 走り抜けたいと思った
路地裏はそんな暗い跳躍力で 点滅していた
移りゆく景色を電線に阻まれ此処に来るまでに
何度更新をかけても 電波は届かなかった
誰でもない誰かである 宛もないメールが
ひとこと 欲しかったのだ
夕暮れが赤黒く胸にこみ上げるように
すれ違った人の 笑顔や言葉が響き渡って
私の内を 交信して 消えることは無い
真っ黒い個室の充電器からは
人が流す血のむくみが感じる赤が
充電中の表示と共に 滲んで落ちて
私の夜が 赤く零れたまま 掬えない
2013年10月06日
未来の魚
未来の魚
父は生きる 沈黙の中に
母は語る 夢のような言葉
私は横たわる 足りない絶望を枕にして
川の字になった
冷え切った水槽の中
打ち上げられた魚を三匹
飼って眺めて笑っていたのは
水槽を覗くいびつな
あべこべになった
薄笑いの目 目 目 目
金貨で競いたがる噂話
コインで
家族を秤にかけた優越を
父の呻き声がかき消して
母のヒステリーが口から火を吐いて
私たちの水槽がパシャリと軽い音で弾けた
川の字なんて
はじめからなかった
まして
川で泳ぐ水すらない
ただ 今度生まれ変わるなら
人にさばかれる魚ではなく
家族三人
一つの田に植えられた
秋の稲穂になろう
実がなるほどに
頭を垂れ
人の糧となり 人を満たせる
秋の夕陽に映えた
沈黙だけの 幸せを抱えた
金色の
稲穂畑の一粒だけにでも
2013年09月29日
彼岸花の影法師
彼岸花と影法師
寂れた公園のブランコに
射し込む夕陽と 鱗雲
私を見下ろす背の高い
夜間ライトの点滅が
今年の夏に 終わりを告げる
夕暮れ迫るあの空に
向かう流星 帚星
飛行機雲に 願いを込めて
ブランコ 揺らして ゆれている
足の上がらなくなった母の
時計を止めようとしたがる父の
その終焉の空を視て
滲んだ空は どんよりと
赤くなっては 水になる
父母の骨を焼く 空を
私は私の水で 消せたらと
過ぎゆく季節に 地団駄踏んで
強くブランコの 振り子をゆらす
どんなに抵抗してみても
追いつけないし 追い越せない
白髪になった彼岸花
夜露を零して 黒くなる
先に逝った黒い花弁の赤い花
冠燃やして手ぐすね引いて
ここまで、おいでと
父母を喚ぶ
夜道のような 影法師
冠 亡くした 彼岸花
やがて 闇に呑まれては
見えなくなって 溶けたまま
私が歩む獣道 家路で待ってた 白い猫
二匹は 足跡 足音も
無いまま帰る 古い家
りん、と 鳴った鈴の音は
夜道の影への 抗いと
知っていたのか 死人花
櫻狂(ハナクルヒ)
櫻(ハナ)に喚ばれたんだ、と少年(アナタ)は云った
(一)
春は宵櫻(バナ)
漆黒の薄衣纏し少年は
夜々に微熱を身に帯びて
春の目覚めを恐れては
右手に短刀 黒袈裟羽織り
まほろばの櫻(ハナ)に春を見る
櫻(ハナ)よ 華よ 心あらば
我が身の卑しき早春の
性(サガ)の時を御身に封じ給え
されど我が身も男(オノコ)故
今 一度(ひとたび)の憐憫を
(二)
否 我は老い櫻(バナ)
もはや華の季節(トキ)は過ぎました
妖しき言の葉薄紅の紅に宿して花弁舞う
春を忘却に沈めた櫻に何のご用がございましょう
吹く風に抗えば命を冥府に墜ちるでしょう
黄泉路 開かぬうちにお帰りを
人が櫻(ハナ)に狂うなど
ましてや櫻(ハナ)が人に恋うなど
(三)
春は夜
宵に酔い
月が奏でる魂の旋律
共する二つの影は赤裸々に
深みに墜ちては昇りつめて濡れそぼる
幽妙な舟底は雫に溢れ
注がれる熱に鼓動は嘶き
時空(トキ)を超えて滑り出す
狂い櫻(バナ)と雄の四魂
絡み合い墜ちては突き上げ
奪い奪われ紅櫻
死と再生を繰り返し
櫻(ハナ)は満月
月に咲く
(四)
女の潮は男(オノコ)の精を巧みに操り
尚 朱く 紅く天に向かう
男子は聖域を犯したその手で
小刀 ひとつ
自らの心の臓を櫻(ハナ)に捧げて 来世の春を誓う
【櫻狂(ハナグルヒ)恋し女(ひと)は華と為り
来世の縁(えにし)を此処に結ばん】
黄泉平坂
禍事の
良しも悪しも
人知れずして
恋と呼ぼうか妖しと云うか
只、 櫻(ハナ)に喚ばれたんだと、少年(アナタ)は云った…
2013年09月22日
墓標に名を彫る
墓標に名を彫る
どれほど
強い自己愛だけで
詩を綴るのか
紙が腐る程の
自分が吐く息
白いはずの紙は
黒く窒息していった
汗ばんでいく人間性
教室の裏側で 翻ったままで戻らない 答案用紙
あの夏 甲子園の決勝戦で
負けて歯を食いしばりながら
自分たちの夏の残骸を拾う野球児たち
たった一度のミスから
ファール球をキャッチ出来なくて
勝敗が決まったその青年は
一生涯をかけて
自分の骨を見つめて
暮らすのだ
ひと一人 生きるということは
全体の敗戦前で発狂しながら
個人として背負わなければならない未来の過失
体感の過ちは
頭を責め 季節を凍らせたまま
自分への墓標に
絶えず枯れた花束を 手向けること仕向ける
苦渋は辛酸と手を繋ぎ 笑顔を磔の刑にした
人の真夜中を垣間見た 詩人が
その光景を 描写しては 破り捨てる
(歌えない夜に 笑っていない眼)
詩人の目は
いつも自分が まだ
ギリギリ 人であるかを知るため
墓にむけて 仲間の
文字を 刻んで
泣けるか泣けないか
(人を見て 己の底を視る)
刻め 刻め
過去から続く
傷を引っ掻くように
強く 刻め
ファール球を落として
一生笑うことが出来なかった
青年の笑顔が
浮き出るまでに
お前が背負うべき
リスクの名前たちすら ファイルにして
生きた過ちをも 道連れに
人は 現世も 幽世も
修羅を 逝く
2013年09月16日
海を抱く
海を抱く
あなたが こぼす一粒の海
その海の深さを私は知りたい
あなたが今 眠れないで
泣いているのではないか
赤子のように泣きじゃくる 私の男よ
不眠の闇に
あなたは 私のなきがらを
視たのではないか
暗い空から降る不安を 撒き散らしながら
私の在処を探して あなたは海を流す
ここにいるわよ
水に游がせた言葉で
やさしさを染み込ませ 隙間をふさぐ
追憶の果て
あなたに幾人もの女人が手をさしのべては
泥濘に突き落としただろうか
遠くで赤子の 夜泣きがきこえる
月のない夜
すてられた貝殻の 海鳴りのように
あなたが 私を呼ぶ
波打ち際には雨に濡れたままの貝殻
暗い空からうち捨てられた 夢
誰もがひとりであって独りでないこと
私はそれらを拾い集めて 空へ帰す
広い 腕が欲しいのです
いつか目覚める 生まれたての
あなたを 游がせたくて
私は 両腕で 海を抱く
恋
なみだが ことばに なってしまう
あなたが つぶやいた 一滴の海
そのいいわけを 海辺で さがす
あなたの 塩分が おんなの
いちばん しょっぱい所に しみる
渇いた夜 私は貴方を 絞り続けた
カラカラ鳴る 喉を切り裂いて
溢れる赤い言葉を 待っていた
受話器の向こうで さざ波が
無言の大海を 游いだあと
海の雫が 夜の頬に伝う
なみだが ことばに なってしまう
残酷な仕返しで 私を水没させる声
男と女の隙間から 零れてしまう塩水が
海を名乗り お互いの クレバスを
押し広げては 深みに堕ちる
(そこが最後の海溝ならば
いつか必ず出て行かなければなりません)
なみだが・・・
切り出せない サヨナラの 始まり
貝の口に閉じ込めて 底から
あぶくをひとつづつ 貴方に向かって
ふかく 吐く
(ため息の住処に
コトバは居ましたか?)
思いつきしか 思いつけないくせに
思いがけない言葉が ひっかかったまま
夜の海辺で 彷徨う ふたり
波に浚われ 夜に喰われて
未来のない夢 来ない朝
なみだが ことばを けしてゆく
2013年08月15日
どこへ
病院の食堂を占領して聞こえてくるのは
明日の仕込みや日替わり定食の在庫を数える
炊事のおばさんの障子をビリビリ破る声
「分かったの?」 「返事は?」
白い三角巾の黒い対応は繰り返され
声はスピードを上げて走り出す
けれど
食堂の最前列の窓際に黙って腰掛け
薄められた日替わり定食を食べる老夫婦の
背中に差し込む日差しのカラーは
優しい黄緑色に照らされていた
幾度も咳き込み鼻と喉にチューブの管を通された
旦那さんを介護するため片足を引きずりながらの老婦人
ご飯を小さじスプーンで一掬いすると
咳と共に吐き飛ばされる米粒
よそ見してくれる妻を
上目遣いですまなさそうに彼女を見ながら
味噌汁を飲み干す夫
窓側の向こうを見つめ続ける婦人のかけた
眼鏡の片隅で
若き日々の二人はまだ生きている
車椅子の夫との二人三脚で歩みながら
躓いた妻の重い片足
それでも他人とは明るく振る舞おうとする声で
彼女は車椅子のグリップを
強く握ったまま押し通す
夫を乗せた車椅子の
沈黙の硬さを守り通して
(どこへ・・・いくの・・・どこかへいくんでしょ・・・?)
すれ違う知り合いの一人が
「だいぶ良くなったわね、元気だしよ!」
の 一声に
眼鏡からとうとう涙を零し
「ありがとね。ありがとね。」
という老婦人とわずかな声を振り絞って
感謝の言葉を掠れた声で届ける夫
ああ・・・二人は私の両親だ・・・。
田舎の不便な市立病院のタクシーの電話番号を
何度も婦人はかけ間違いながら
遅くやってきた黒いタクシーに
ゆっくりと重い体を折りたたんで
老夫婦は消えていった
夕暮れの陽差しに濃い影を残して
二人して どこへ・・・?
深海魚
深海魚
潰された光の魚群
盲しいた魚の涙は
静寂に押し込められた
鱗の形
珊瑚に隠した憂いが
光にゆらめく
届かない
羨望の泉水
私の真昼は奪われ続け
動くことも海流にのる術もままならず
幻影だけが水面に浮上し
一片の残骸も遺さないまま
私の訃報が水底で渦を巻く
迷子になった
私の亡霊が
漂流して
盲目に
魂のよみがえりを繰り返す
夜明けに
憧憬の念を抱いて
迷妄の波にさらわれた
己に泣いてみても
黎明も届かない
毎日に
今日を沈めて
目を閉じる
少年の向日葵
焼け野原に
ひと粒 希望を植えた
今度帰ってくるときに
黒い雨を突き抜けて
太陽は咲いているだろうか
どうしても確かめたくて
ぼくのこころを 焦土に植え付けた
おんぼろ小屋や
瓦礫の合間を 潜って
廃屋のがらんどうを 越えて
真っ直ぐに見える
その黄色い希望の花は
真ん中にぎっしりと 黒い種つけては
ぼくの帰りを待っていた
(あぁ、ぼくが夢見たものは
賑やかな子どもの笑い声と黄色い光)
回り道をしても 見える
太陽を揺るがす夏の花に
ぼくは瓦礫の街をはしゃいで走った
昭和のポケットに うずくまった
タイムカプセルの思い出は
今では
どこでも咲く六十年前の太陽の日差し
夏にニヤケて
照れくさそうに
焦げ焦げ顔で
囁く向日葵は
ぼくにだけ聞こえる声で
「ただただ、生んでくれてありがとう」と
ひと粒
コトバのような 種を落とした
2013年07月31日
コトノハ
詩人は真実味を帯びた嘘をつく
死人は嘘で舌を抜かれる
ピエロは饒舌な舌まわり
饒舌は銀なり、沈黙は金なり
何を書いても、虚構の中で
遊べや 私
狂詩人
月齢
月齢
海が荒れている
深い底から彷彿と
なにかが躰を流れていくような
小さな月を身ごもるような
潮の渦
月の吸引力に支配されて
瞳から一粒の海が頬を伝う
女だけが孕んでいるいくつもの風と月の卵
晒らされたのは名月だけが知る裸体
胸の先尖が天に向かって赤く咲くのは
天から夜の乳呑み児がくるから
私は請われるままに授乳する
張った胸を腕で丸く包み込み
胸下のたわわな肉を揉みほぐす
月の使者を迎え入れた5日間は
躰の芯のマグマから
微熱色の母体のぬけがらが
ひたり ひたり
と散っては沈んで逝く
渦巻く流動的高ぶりは鳴り止まず
紅の激流と渇愛の濁流に
胸は揺さぶり 揺さぶられ
乾いた唇からたぎる血の悩みに
小さな情事も静寂に溶けてゆく
月の海でもう一人の私が覚醒し
裏側でもうひとりの私が死んで逝く
私の海を私は渡る
妖しい足取りで
したたかな女の顔で
歳月を重ねてゆく夜
私 月齢 1.5
ハサミを入れる
今日ハサミを入れた
伸びすぎた髪に
何日も 何年も 体の一部だったものが
バサバサの過去を切り落として
後ろ髪の未練を捨てて
鏡に写る新たな自分の顔に
志しが反射する
ハサミを入れる
昔 私を帝王切開した母はハサミのようなもので
裂かれる痛みと共に
私を産んだ
自分の体にハサミを入れて
一生傷を作った子を
母は愛した
温かい言葉はあまり聞かなかったけど
彼女と私をつなぐ臍の緒は
桐の箱に入れられて彼女の胎教を聴きながら
眠るもう一人の私
今日
自分の髪にハサミを入れる
築き上げたものを捨てるように
新しい愛を誰かに差し出すように
女の命を切り落とす
ハサミを入れる
それは
母が愛する者を産むために
悲鳴をあげて 傷ついた証
私にも
母と同じ血が流れているのか
唇を噛み締めて
血の覚悟をした
私が写る
欠けた器
ひともじで 簡単に ひび割れた くちびる
から あふれる あかい水を なめると
うみのそこから 潮の苦さが
しみる
温度を識るとは あなたと
コトバを 交わすこと
で なければ
わたしの今日の動脈があゆみを とめて
青いいろの静脈になって排出されて逝くだけ
おんなの胸の隙間に 寝息をたてる
おとこの墓が いつでも欲しいのです
墓標は
夜にあふれ
朝にぬれて
昼にかわく
洞窟に
海底に
岬に
くちびるから 注がれた ひともじで
簡単に あなたを 壊してみたくて
わたしは 欠けた器に 私を盛る
2013年07月28日
感染
お湯の中にたくさんのお父さんが、小さく游いでいました。
【C型肝炎は移りますから、必ず、同じお湯には、浸からないでください。】
たくさんの小さなお父さんは、アオミドロのようなバスクリンの色と共に、渦を巻いて黒いピリオドへ、吸い込まれていきます。
浴槽に、クレンザーをかけると、最期までこびり付いていたソレらは、泡を吹いて、私の手で容赦なく、擦り殺される。
昔、母のピリオドの中でピリオドを見えないように消していた、砂消しゴムのような、 固い荒々しさで、母に終止符を打たせなかった、私の原型たちが眠る赤黒い根元。
私は、過去の私も未来の私も、赦せないまま、鋭い怒りで勢いよく、私が殺して、すっきり綺麗に、洗い流しました。
(サンプルも、コピーも、ダミーも、要らない。
本物は一人でたくさん!)
その夜、私は私の父と、まぐわう。
私の奥を満たす声に、渇きを覚えて、私はくっきり、掠れていった。覚えているのは、 耳から尖った黒い鉛筆を、差し込まれ白紙の私は、もっと綺麗な白に上書き保存され、全ての句読点が塞がれたことだけだ。
夢は終わらないまま○は、空へと、上り詰め、月に変わり、夜を白く溶かす。
私は無声の文字を浴びせられ、夢精のコトバを浮かべる海の器。
波が、昇った月に照らし出されて、表は、ゆらめきながら、きらめきながら、裏は、陰に沈む。
まるで月の表裏の謎を、そのまま、海が波に、問いただしているように。
(ワタシタチハ、ハナレテイルノニ、
コン ナニ、チカイ!)
私は、渦を巻いて消えていった、ダミーたちのことも、思い浮かべると、激しく満潮になる自分を、月にみせる。月は引力で私を支配し、またお互いが、支配されながら、ゆっくり、二つは、満ち欠けを繰り返し、私は夜を行進してゆく。
そして、無理矢理、句読点された何億人もの産声を、確かに聞いていた。
私は来る日も来る日も、浴室を洗い流す。
四月二十六日は、ピロリ菌が多量発生し、回避のため、胃カメラを飲む。
(胃の中は、舌を出した私たちで、いっぱいだ!)
五月二日、午後二時から造影MRI検査。
(血管に流れていたのは【罪】と、いう、罪作り。)
五月九日、午後一時三十分、結果によっては手術を・・・。
父は予約、十五分前に間に合わなかった。予約票の束を、自慢げに抱えたまま、死んでいた。
今、父はやっと、二階中央検査口の階段付近を彷徨いながら、私を探しているのだろうか?
あまたの産声に責められながら、本物の私を、尋ね歩く姿。
「お父さん、私の、お腹の中に、今、初めて、
【お父さん】と、呼べる子が、宿りました。」
今夜も波が月を映しています。どこかで、私が産まれています。
そして、お父さん、あなたも。
2013年07月17日
蓮とビル
一面の蓮畑の向こう側に曇り空の高層ビルが
雷声で話し合う。
明日は誰をミンチにするか
今日は都会の迷路に誰を放り込むか
大金は誰の胸元にくれてやるか
空中会議が押し進み空には 札束の太陽が昇り始めていた。
* *
地上に蓮の花は咲く。
無造作に切り開かれた蓮池に灰色の曇り空を映した
デスマスクが ひとつ 浮かんでは消え ひとつ 浮かんでは消え
あの稲妻に打たれて死んでいった者たちがその肉片や恨みで
蓮の花に存在理由を残したがるように、
浮かび上がっては 花を開花させてゆく
まるで走り書きの遺言状のように。
* *
蓮は咲く。
略奪された怪文章、奇っ怪な暗号化された象形文字、
それら全てに笑みを浮かべながら 花心から曇り空に放り上げて
弁天様の琴の音に奏でさせ 肉声を透明にして死人たちの
その汁をすすりながら蓮根を絡ませ
一本 また 一本 蓮の花は艶やかに花開く
水面には逆さまに映るガラスの塔(ビル)
そのもろいこざかしい妄念を 吸い取るように飲み干すように
太陽に張り合うように 巨大な花を咲かせてゆく。
* *
圧縮されたマッチ箱の中の集団の炎。静謐な緑の靄。
その間に細長い一本の平均台が用意されて空へ続いていた。
あなたは右手の先に大量の錠剤と粉薬と万年筆。
左手の先に私をのせて均衡を保ちながら、
その狭間をゆく独りの修羅。
生まれ落ちたその瞬間に、あなたの頭上には高層ビルのように
うずたかく積まれた本棚を背負ては、言林の森で何度も
怒り、泣き叫び、迷子になりながら、ペン先で、心臓に刺さった
茨の棘をくりぬき樹海を切り裂いて、やってきた独りの修羅。
蓮から浮かび上がる 幾万の、千切れた手があなたのくるぶしを
「呪」で固めたり、「怨」で掴んだりしよとする。
その狭間を右に傾き、左足は躓きながらも、
六十五マイルの標識は一方通行のままだ。
* *
蓮は言う・・・。
よくここまで来ましたね。さぁ、その薬袋と女を捨てて
この花心に飛び込みなさい。私は、
お前のようなやさしく強い修羅を求めていました。
もう良いでしょう。
早く薬も万年筆も貫かれて泣くだけの汚い小娘を捨てなさい・・・。
この匂い立つ 淡いうすピンクの「わたくし」に抱かれてみなさい。
母体のような悦楽を孕んだ「わたくし」が、お前に褒美を授けましょう。
お前を創り上げ そしてお前が最も憎み、今、最も還りたい
あの・・・懐かしい海で泳ぎなさい。
さぁ・・・。おいで・・・。
本当の「わたくし」たちだけが支配する 残酷な やすらぎの「都」へ・・・。
* *
蓮は ひとりの修羅をのみ込むと、二度と花弁を開くことはなかった。
2013年07月12日
路地裏
路地裏
突き落とされた路地裏で
私は私の影と戦いながら
転がった空き缶に
また飲める水はあるか
自動販売機の返金口に
指を入れては
百円玉が光ってないか
訪ねて歩いた
けれど
落ちていた自宅用の
合い鍵をみては
家の鍵ではないと
決めつけた
死ねばいいのに!
吐かれる言葉は
全て自分への当てつけだと
確信した
路地裏は
いつもどおり
日がのぼり
日がしずむだけなのに
私は荷物たちを握りしめ
影踏みをやめられないまま
路地裏から出られない
2013年07月10日
風に乗るように
くちびるから 放たれたひかりが
祈りのかたちをして
誰かに 言付ける
ひとの
手のひらと手のひらを 合わせたくらい
大きさ 重さ の しあわせ ふしあわせ
その隙間に
おとなの嘘泣きが
子供の泣きじゃくりに
かわるコトバが
今すぐ欲しいのです
誰の為でもなく
自分の為に生きなさい
放たれたひかりが 指差す
完成されない道
私は 歩む
裸足で どこまでも どこまでも
力むことなく
風にすら 乗るように
2013年07月02日
夢のあとさき
しあわせのあとにくるさみしさに
耐えられないとふるえる子ども
打ち寄せる波に逆らえない桜貝
覚めない夢を欲しがる大人
アイシテル、言い聞かせて愛し抜くウソツキ
手には入らない物ばかり欲しがる神様
饒舌の先にある沈黙の薔薇
散った花びらが残した傷跡
背中がついた嘘を見破る鏡
正解のない世界でイコールをみつけた錯覚
アイシテル、アイシテル、アイシテル、
叫んでも叫んでも跳ね返ってくるのはわたしの木霊
リフレインが鳴り止まない胸に降る雨
サヨナラ、したくないのにサヨナラで終わる句点。
アリガトウよりサヨナラが先にくる夢にサヨナラ
2013年06月27日
レンタル長女。
長女でしょ!しっかりしなさい!と言われる度に、長女なんだから、長女なんだから、長女なんだから、長女なんだから…と、いいきかせたら吐き気を催し、長女の羅列が、止まらないレシートのように繋がって、口から出てきました。
壊れたレジで計算されたレシートの最後、
「長女 レンタル費 0円」と、書かれています。さっきから、ずっと、お腹が痛いのは「しっかりしなさい!」が、響いて、「長女ではなく長男が欲しかった!」両親の本音をお腹が透視していたからです。
長女なんだからしっかりしなきゃ、長女なんだからしっかりしなきゃ、長女なんだからしっかりしなきゃ、長女なんだからしっかりしなきゃ…、止まらない透視方が、またお腹を痛くする。
お母さん、お腹が痛いよう。お薬を下さい。 口から吐くものを押し込めたら、下から漏れていました。
いつも、トイレに間に合いません。
お母さん お母さん、長女って、こんなにも赤い。長男だったら、こんなに赤くはならなかったんですか?
私がゴミ箱に捨てた子供たちを、父親が毎日覗いては、数えて笑っているのも、私は知っています。
お腹が痛いよう。
誰か…誰か…、お薬を下さい。そうすれば元気になって、お父さんを殺せるのに!
お母さん、まだお腹が痛いよう…。
空(カラ)だ、の中で真っ赤な夕陽が沈んで逝くの。やがて、月がでるでしょう。満潮を誘う夜の果てに、私は独り、海に潜って、阿古屋貝の閉じた口を、何度も何度も、ナイフでこじ開けて、泣きます。私が探しているのは「少女」です。両親に封じられた女の子。波に浚われたままかえってきません。水面には長女というペラペラのヒトガタが、浮くばかり。
私は、阿古屋貝の口を開けては、「少女」を探しています。
(あるいは、両親の望んだ長男を?)
早く出してあげなければ、また波に浚われて、やがて腐ってしまうでしょう。
真っ赤な月が出ています。アソコには、あなた方が望んだ長女がいるかもしれません。それとも、私が探している少女が、もしかしたら…。
月が余りにも、赤いのです。まるで、何かを裏切るように、空には、反逆の目玉が光っています。
2013年06月24日
背中に触れる
男の顔は 必ず前を向いているのは
右目で 敵を見破り
左目で 見方をつくり
いつも ギラギラとしているのに
その背中を 見せようとしないのは
孤独が貼り付いているのを
女に見破られるのを怖れるからだ
人生を受け渡せる女(ひと)に
生涯の夢を託せる相手(やつ)に
間に合わないで 志し半ば
白い箱に拘束されて逝くのは
男には 似合わない
だから あなたには
いつもナイフを研ぐことだけは止めないで欲しい
いい時代だったと語る
リアルなあなたの歴史を
錠剤やチューブの管で
口封じされることを
私はおそれている
そして 出来る限り
あの下町の汚い言葉で 罵り
私を 叱り飛ばして欲しいのに
あなたは私に 全てを話してしまって
私は何も言えないまま 頷くだけで
食べられない食材 高級料理を
私の為にだけに 口に運べ、 といい
無理をして自分の胃に
ストレスを流し込み 涙を押し込む
あぁ
どうしてそんなにも
私のワガママを 許してしまうのか
あなたは いつも怒っていた筈なのに
どうして
後ろ姿を見せるのか
どうして
優しい顔で黙るのか
あの ナイフは錆び付いてしまったのか
ちいさくなって やさしくなって
痩せてゆく
あなたの背中に触れたら
あなたが プロデュースした
キネマがまだ回っていた
女の前では
男は嘘が付けなくて
見栄しかはれない不器用者
全て見抜かれてもいいように 許すから
私は 男の背中に触れるたび
出来る限り 優しい言葉で
背中をさするように
刺し続けていくだろう
まるで それを詩にするように
2013年06月19日
足の裏
足の裏
言葉は饒舌だ
裸足は寡黙だ
文字は答えを問いかけるが
足の裏はそれを踏みつけて
歩み行く
アスファルトの上の
フロント硝子の破片たち
昨晩事故で死んだ
恋人同士の形見
また、私
踏みつけてゆく
散って腐って逝く
椿の最期の吐息
また、私
じりじり
踏みつけて行く
詩とは
なんと寡黙な足の裏だ
その下の残骸
その下のくれない
下唇を噛み締め
上目使いで景色を
見つめながら
私の足の裏は
炎を踏みつける
言葉にいつも
置いてけぼりにされても
私は
本棚には棲めない
裸足のままの
足の裏でしかない
歩め
まだ私の中の
あの子が泣いてる理由が
分からない
歩め
私
自らの足で
その理由を踏みしめて
越えて行け
足の裏
言葉は饒舌だ
裸足は寡黙だ
文字は答えを問いかけるが
足の裏はそれを踏みつけて
歩み行く
アスファルトの上の
フロント硝子の破片たち
昨晩事故で死んだ
恋人同士の形見
また、私
踏みつけてゆく
散って腐って逝く
椿の最期の吐息
また、私
じりじり
踏みつけて行く
詩とは
なんと寡黙な足の裏だ
その下の残骸
その下のくれない
下唇を噛み締め
上目使いで景色を
見つめながら
私の足の裏は
炎を踏みつける
言葉にいつも
置いてけぼりにされても
私は
本棚には棲めない
裸足のままの
足の裏でしかない
歩め
まだ私の中の
あの子が泣いてる理由が
分からない
歩め
私
自らの足で
その理由を踏みしめて
越えて行け
ジューン・ブライド
ジューン・ブライド
「六月に結婚する花嫁は、必ず幸せになるんだって。」
そんな宛もない煽り文句から仕組まれた
ジューン・ブライド
花嫁は純情を誇示する白百合のブーケを
青空にほおりなげ
幸せの候補者にバトンを渡す
ハネムーンの門前を
引きずる純白のドレスの裾を
上がりぎみの口角線を
たどってみれば
二次会の最終電車
帰れない男たち
路線から落ちた友人を
男手三人
プラットホームに押し上げる
くだを巻く群衆と
男たちの 吐く 吐く 吐く
四つん這いの嗚咽
ズボンから飛び出したベルトとトランクス
拳と拳 罵声と叱責
落とした免許証
行き先が分からない迷子の切符
夜を渡る巨大な蛇に呑まれた人々を
六月の花嫁は振り返らない
駅には【おめでとう】のカードを握りしめた
レースにくるまったままのキティ人形
黒い二つの猫の目だけが
夜を映して まだ
ご主人様の帰りを待っている
百足
百足
今朝、床の上に大きなムカデが、這っていた。
私は、スリッパで、踏みつけて、殺した。
何度も、何度も、踏み続けた。
スリッパの下から足の裏に伝わる細長いふくらみが、
ベシャベシャ足に、へばりつく。
―――何度踏んでも、死なないムカデ。
(オネガイ!ハヤク、ハヤク、死ンデヨ、
イタイ、イタイヨウ…。)
痛い。
と、思った。
刺されたわけでもなく、私がムカデに何かされたわけでも、ない。
ただ、土足で家に上がりこんだだけで、
やがては、家族を咬むというあやふやな予感だけで、
咬まれたら、死ぬかもしれないという先入観だけで、
私は直ぐに踏みつけたのだ。
私が、踏んで踏んで、踏みつけて、(踏みにじった)赤黒い丸い塊を、
金ハサミで、庭に打ち捨てる。
その後、ムカデがどうなったかについては、は知らない。
鳥の餌食になってついばまれたか、蟻に集られて、黒い穴で、食いちぎられたか…
そして、私も、すぐ忘れていくだろう。
けれども、あの腸も血も真っ黒な生き物こそ、私では、なかったか・・・。
2013年06月02日
紫陽花
透明な蒼をたたえた僕の傍に 一房の紫陽花
「ねえ、紫陽花の花言葉を御存知ですか?」
意地悪そうに 僕を見上げて
刺さったままの あの日の視線
やわらかな微熱の風が
今 紙とペンの間を 通過してゆく
僕たちにバーボンは似合わなくて
カクテルのようにも混ざり合えない
バニラエッセンスの薫るホットミルク
ウヰスキーを忍ばせたブラックコーヒー
寄り添ったマグカップの中
沈んでいたのは 僕らの未来
マーブル模様の天気予報
売れない小説家の僕に
貴女はちいさく笑ってくれた 一房の紫陽花
「ねえ、紫陽花の花言葉を御存知ですか?」
淡いピンクに戻れない
雨に濡れたままの いつかの 紫陽花(しようか)
2013年05月30日
のぞき込んだのは
真っ暗い空に
月の船が
帆をかけて行くよ
ひかりをあつめて
なみだをわたるよ
月の船が
夜を越えるよ
きどうのさきに
きぼうをのせて
帆をかけて
哀しみすらも
呑み込んだ
月の船
柔らかに浮かぶ翳り
やみくもに伸ばした微熱
そんなあなたの満ち欠けを
映した地上の月鏡
覗いてごらん
語らない物語
胸に沈めた迷宮
とおい日のあしあとを
追いかけながら
泣き出した
あなたが唄う
いつかの哀歌(エレジー)
ちゅうせい
君は僕に女になれというのか
着物に白い足袋と草履を添えて
君は僕に女を魅せろというのか
胸の重みを感じて
泣けと
君がみた
春画が僕だ
君の詩集の
あ、ふれる
の文字が僕だ
僕を見る君の眼鏡は
赤外線装置付きの
魚眼レンズ
もう
知っているよ
君に裸を
晒して歩いたことも
君が風になって
撫で回した指も
でも
僕は中性
忠誠を誓った人にだけ
僕は女装できるんだ
名前
名前
同じ夕暮れをみていても
もう同じようには
見えないのは
目が人に 二つ
あったからだろう
その片目同士に
光と逆光の速度で
墜ちて逝く夕日を
僕たちは
【綺麗だ】という
形容詞で簡単に括って捨てる
笑っていても笑っていない
視線の路地裏の店を
さすらえば
君のお腹の中に
贅沢な珍味たちが
放り込まれていたのを
僕も一緒に
漁っている所が見えた
同じものをみていても
綺麗と綺麗事の
区別のつかないような愛に
名詞をつけるなら
ヨルと闇
くらい、の
覚悟
2013年05月10日
悪意の道先案内人
悪意の道先案内人
良く思われたいからの
ひとことが
言われるままに都合よく
放り出されたので
世渡りの処世術を見破った
頭も目も逆さまだったら
月は夜
ひとことに 愛の錬金術を覚えただろうか
私の文字や言葉が
鏡に曇るのは
鏡に裏表があったから
かもしれないし
また
私がもともと
曇った顔つきだったから
映ったまでのこと
ひとことで傷ついて
他人事で大火傷
せっかちな詮索好きの前頭葉
ひとことで片付ける
手間要らず
バランス失う後頭葉
アンバランスな距離と溝
温度は棲めなかったと
泣き去った
ひとことの先の
めんどくさいが被害妄想に
ちょっかいだして
目があえば
会うたび毎に
鬼が笑って
ひとこと先の地獄行き
一寸先に詩が笑う
【あ、いたい。】
【あ、いたい。】
宇宙の孤独が理由をつけて
詩人や芸術家や思想家に
淋しさについて
夢想させると
男は全て叡智に滅ぶ
宇宙は嘆き
その哀しみを
女に託し
愛しい愚かさを与えると
全ての女は炎になった
怒りは人を殺し
孤独が人を殺し
心はビッグバンを
おこしながら
やがて知恵と
手を結び
初めての軌道を渡る
新星が 宇宙の孤独に
光を差し込む
その輝きが
あなたとわたし
シンパシィする
空のよろこび
海のかなしみ
この惑星の
男と女
愛、痛い、する
心と心
2013年04月07日
咲かない花
茶色いトタンの家に咲いてる花は
赤い蕾の 冬の薔薇
トタンの家の軒下で
幾重もの花びらで 身を守りながら
固く口を閉ざしたまま
陽のあたる逆方向に 咲いた花
もしかしたらこの薔薇は
自分が薔薇であることも
自分が赤いということも
自分が花であることも
忘れてしまったのでしょうか
遅咲きの馬鹿馬鹿しさを
取り残される悔しさを
霜にまみれて 蝕まれていく痛みを
悟ってしまったのでしょうか
それとも
お薬を与えられ 人の手で
ひんしゅかいりょう、されてしまった
自分のことまで
知ってしまったのでしょうか
冬の陽差しの中を 車が一台
家族みたいな 三人を運んでゆきます
父親らしき人は
請求書の束を見ては 痰のような唾を吐き
母親らしき人は
年末に米粒みたいな愚痴をボタボタこぼし
娘みたいなものは
手招きする
枯れたススキの大群を 横目にしながら
うつむいて 真っ黒い文字を書いています
冬の陽光は
この不自然な 真っ黒い車と人の影と文字を
斜めから照らしては 平行四辺形に切り取り
そこに 対角線を引こうとします
それは 世界の誰もが見ている
そして 知らないことなのです
飼い猫が布団の中で眠っています
優しいご主人様の夢を見ているのでしょうか
もぬけの殻になった家から ご主人様は今頃
お前のことなど 忘れて
びょういん、に向かっているのに
呑気で可愛い夢見る猫も
うつむいてどこまでも黒い文字を
ノートに走らせる娘も
咲かない花の秘密に近い場所で
やっと 息をしています
咲かない薔薇
咲かない花
咲かない赤
たくさんの人の 期待を裏切って
たくさんの人の 恩を裏返しにして
腐る花
何を握っているのでしょう
そんなにも 頑固に一途に 意地悪そうに
人々はいいました
愚かな花、役に立たない色、
折角買った赤薔薇のくせに高いだけか!
全くやりきれないですね・・・!
そんな言葉を みんな
はちうえの中に隠して 蕾を見みては
「見守っているよ・・・。」と、いう嘘で
囲いを作って 一生懸命 温めようとする
薔薇は咲かない
娘は口をつぐむ
猫は夢から抜け出せない
そして 車は・・・
薔薇と同じ 光の射さない方向へむかって
はしる
詩と思想2013年四月号・現代詩の新鋭特集号掲載原稿。
2013年04月06日
惜春
羽化する
蝶の
ぬけがらたち
寄せ集め
寄せ集め
淋しい
と
割れる
集団の骸
春
残酷に
羽たちが舞う
主体性も持たずに
ただ
季節の
言いなりに
顔を合わす
ひび割れた
故郷の家に
振り向きもせず
2013年03月11日
携帯を濡らす
携帯を濡らす
あなたの為に携帯を濡らす
秋の力ない弱い日差しから
聞こえるあなたの
柔らかで 穏やかな声が
枝枝の葉を 全て色づけて
あとは 風に散りゆく運命を述べたから
あなたのいなかったモノクロの世界から
この世界の美しさを 文字で彩って
私に言葉に直して 声に出してくれた人よ
あなたが 時の風に連れ去られても
同じ木に寄り添った
葉たちのことを思い出して欲しい
まだ
残響するあなたの
穏やかな哀しい非命に
携帯の画面を濡らすことを
赦して欲しい
この携帯が あなたの墓標
もう だれにも
あなたを見せたくはない
わたしは 涙に濡れた
ディスプレイを閉じて
平らな器に 水を貼り
静かに 携帯の
息をとめるように
あなたを 沈める
抒情文芸 146号 春
清水哲男 選
入選作品
2013年02月27日
背中
背中
男が背中を見せたとき
女なら 赦されたと
想いなさい
その男を刺す権利を
授けられてしまったと
男が背中を見せたとき
女なら 黙ってついて
行きなさい
彼の残した足跡に
自分の靴形を
残せるよう
男が背中を見せたとき
女なら 涙を流して
あげなさい
孤独が彼を
殺してしまうと
背中は黙って語るから
目が聴いてしまうのです
子供の嗚咽
夜の潮騒
最期の寝息
私は 触れた
彼の背中
と
狂気の始め
に
2013年02月21日
一番最期に死ぬ人
一番最期に死ぬ人
一番最期に死ぬ人は、一番勇気のある人です
良い人ほど、早く死ぬ、と いうのは嘘です
一番始めに死ぬ人は、残された人に見送られる幸せな人です
沢山 お世話になった人の行く末も案じながら、死んでゆく
それは、悲しい未練話のカタルシス
一番最期に死ぬ人は、一番最初に死んだ人を見送って、
それが昔 憎んだ輩であったとしても
それが、騙された女や男であったとしても
妙な 仏心に浚われて
歯を食いしばって、死んでいた敵や味方のために泣く
人の為に泣ける人
一番最期に死ぬ人は
多分 誰にも 泣いては もらえない
一番最期に死ぬ人の
未練を 引き継ぐ者もない
一番最期に死ぬ人は
そんなことは
昔から 覚悟しきっていたのだから
死んでも死にきれない強い人
悪人の方が長生きするなら
悪人はもしかしたら
最高の善人
だから
みんなで
大悪人を競い合って
一番最高の善人の為に
今 涙を流してあげてください
見送るひとが 見送られる
病魔は必ず 忍び寄る
だから みんな 悲鳴を上げながら
悪人を目指す
痛みに悶えて
古傷を世間の風に晒されて
それでも なお、私はいう
君たち 全て
人を見送る
最期の独りであれよ と
2013年02月20日
誕生
波の狭間を 純粋とあそぶ
十五夜の夢を視ていたアコヤ貝が
口から小さな あぶくを吐く
淡い痛みから 海底に
仄かな焔が ともる
母音のつづきの淵より
真珠がこぼした つぶやきが
空へとのぼり
みえない星が
独り、
王者の号令を轟かせ
一日だけの 軌道を渡る
星を見上げていたアコヤ貝は
真珠色の焔を見送ると
しずかに 沈んで逝く
音は波に消されて逝く
記憶は 海にのまれて逝く
そして
ひと、は
みな
貝であった
過去に 泣く
2013年02月13日
器
器
盛る、ためではなく
抱える、ための
飾る、だけでなく
魅せられる、だけの
器。
質素で
小さく
柄もなく
高級レストランなんかに並べられたら
灰皿にされてしまうような 私の器
その煙草の煙から臭いを かぎ分け
多くの人たちが含んだ唾液を 進んで含み
吐き出された言葉を 呑み込み
呑み込んだ沈黙から 学び
より深く 底を押し広げる 私の器
私が釜飯屋の弁当箱だった時代
下町のおかみさんの人情話が
おちゃらけた色で詰められた
私が旅館の分厚いガラス皿だった時代
少し背伸びしたおじさんの
忘年会のよもやま話と馬刺しをのせて
テーブルに運ばれた
私が都会で灰皿だった時代
薄汚く罵られ 火を押しつけられた
時には亡骸になった灰に
夜 涙を流す人もいた
人と人との間に置かれる 私の器
呼吸を 数えるだけで
視線を 感じ取るだけで
温度や距離を 計れるような
愚痴を受け入れ ほろり涙を受け止め
空っぽで 綺麗にしておいて
いつでも人に 使って貰えるように
身の丈に合う大きさで
せっかちと おせっかいを 繰り返し
赤恥だらけで 赤茶けた 私の器
盛る、ためではなく
抱える、ための
飾る、だけでなく
魅せられる、だけの
やがては
人ひとりの人生を背負えるだけの
そして いつの間にか
月日に 優しく欠けて逝くような
器の私。
詩集
詩集
彼が死んでも 文字は残るだろう
彼が忘れられても 詩は語るだろう
彼に会ったことはなくても 彼の匂いはするだろう
今 ベッドで白い天井に向かって
彼は文字の幻影を追う
静かな部屋の彼の息遣いから 溢れる歴史
眠りの奥から 澄んだ瞳に涙
彼が 辿ってきた真っ直ぐな一本道
彼の道を ひとつずつ 寄せ集め
デッサンする
デッサンする
これが
彼の肖像画
これが
彼の詩集のつづき
そして
私は まだ書けない
彼が ニタリと笑う
最期の一行。
2013年02月09日
親愛なる・・・
ノートから黒い蟻がびっしりと 這い上がり
白い細胞の隅々までも 黒点の大群に 肉体を食いちぎられ
肺癌宣告に 窒息を余儀なくされても
まだ 蟻たちは あなた方の五臓六腑を進軍してゆく
苦い蟻を飼う人よ
文字の孤独は黒く黒く
あなた方を塗りつぶし 頭を壊し
心臓に原因不明の刃を突き刺したままだ
胸から鎮まることのない墨汁たちが
あなた方に 最期の夕焼けを
「真っ赤」にして 詩を描けという
親愛なる人よ
リアルを響かせたまま 懐メロにするな
色褪せてゆく 言葉だけ遺して 逝くな
笑顔のままで 背を向ける真似をするな
親愛なる人よ
約束してくれ
私より 先には
逝かないと
あなた方の
描いた夕焼け空は
私に
決して見せないと…
2013年02月04日
拝啓 幸せに遠い二人へ
私たちは互いが憎み合い、恨み合い、奪い合い、言葉を失って、
初めてコトバを発することが出来る、ピリオドとピリオドです。
しあわせ、が遠ざかれば遠ざかる程、雄弁になれるのは
ふこう、の執念が、為せる業でありましょう。
かなしみ、こそが、最大の武器である貴方の哀は深く幼く、
激しい憤りとなって、私を抱き寄せようとする。
私は泣いてる赤子に、いつも疑問符を投げかける真似をして、
貴方を困らせます。
(嫉妬はいつも、私たちを尖らせて、新生させる )
やさしさ、を眠らせたままで、裸で歩く貴方の手を、そっと、
握ってあげたならば、貴方が死んでしまうことを、知っています。
愛の淵は、二人の時間を止めることが可能なまでに残忍なことを、
私たちは、踝まで浸かったときに、知りすぎて、泣きましたね。
形あるモノばかりを掴んで、その温度を信じられないくせに、
私たちは、あいしてる、を繰り返すのです。
(つなぎとめられない接続詞の空間で、
辛うじて、息をする二人 )
憎しみや喪失が、愛や希望で、あったためしがないと体に刻みながらも、
それらが、どこかに埋まっていると、言い続けなければ、
生きてはいけないのです。
剥き出しの怒りのうしろで、泣いている貴方の瞳には、海が、 映っています。
貴方が私を見つめるとき、青すぎるのは、そのためでしょう。
海に還りたいと願う貴方に、私は空のことばかりを話すから、
貴方はいつも、とおい、と泣くのです。
(あぁ、できるなら、できるなら、
空が海に沈めばいいのに・・・)
そんなことばかりを考えて、私は今夜の「夜」という文字が、
消せないままでいます。
朝になったら、私は貴方の私でないように、貴方も私の貴方ではない。
それは、ふたりして、誓った約束でしたね。
私たちは、冬の雨に打たれながら、泣き顔を悟られないように、
いつまでも、はしらなければならないのです。
祈りを捨てて
幸せとは逆方向に
お互い背を向けたまま は し る 。
追記 ふたりの間に「いたみ」という名の
こどもが、やどりました・・・。
優しい傷口
優しい傷口
海が 器の中を游いでいる
硝子の扉が 空に ひとつ
うしろには
はみ出した時間が静謐の輪郭をなぞる
本能に手招きされた詩歌たちが
歴史のさざ波を ゆする
月の夜
静かに春が差し込まれると
私は 睫を濡らす 芽吹く
痛みに 自分の色を 識る
生きてはいけない
生きてはいけない
まず、
お茶碗を洗いなさい
常識を覚えるのです。
つぎに、
旦那のパンツを
毎日 洗いなさい
愛を育むのです。
さいごに、
幸せだったと言いなさい
約束を守るのです。
はい!
せんせい。
質問していいですか?
お茶碗を洗えない 片手のひとは
常識人にはなれないのですか
旦那様が いないひとは
愛されないのですか
約束を 守れないひとは
幸せになることができないのですか
常識が邪魔をして生きれないのです
せんせい。
せんせい!
こたえてください!
生きなさい とは
逝きなさい との
同意語ですか
類義語ですか
もう、
せんせい
すら、
答えて
くれないのは
なぜですか…
2013年01月12日
川のほとり
私は川のほとりに
置きっ放しのものを並べている
小雨に濡れた癖毛とか
折りたためない傘のような恋話
幾重にも水面に広がるあなたの昔語り
川のほとりの森へゆく
白いワンピースが裸足に揺れる
あなたに誘われ 揺れながら
私はあなたの森へゆく
あなたの樹海は私を閉じ込め
誰にも知られない秘密を宿す
川のせせらぎが子宮に流れて
私たちは もつれあったり じゃれあって
あなたの汗が私の瞼をやさしく濡らし
同じ淋しさを分かち合う
滲んだ瞳でみえたもの
かるがもの群れは 去って行く
細すぎる雨が 頬を伝う
携帯の門限は 三十分
静かな風が 胸の真ん中を通り過ぎてゆく
薄れてゆく名詞たちを
並べなければならないほどに
私たちは同じ星にいながらも
いつも あなたは
星より遠い
抒情文芸145号
清水哲男 選
選外佳作作品
川のほとりで
川のほとりで
私は石を積んでいます
或いは意志という言葉の危うさを
並べているのかもしれません
あなたは川のほとりを越えたのだから
もう会うことすらないのでしょう
未来の記憶が正しければ
あなたは確か
白装束に薄化粧
薄い紅を引いて箱に入った筈なのに
川のほとりで裸にされて
美しいまま 踝を水に浸して
その川を渡ってゆきました
私は川のほとりで石を積む
あなたの意志を受け継いだ
塔を築いて見せたくて
おかあさん…
寝息が聞こえません
今夜 あなたは川のほとりを振り返らずに
渡って逝く姿を私は見ています
私をおいて
そんなに幸せそうな顔をして…
「お互い生きることにつかれたね」
と
ひとこと 強く言い残した
あなたの意志を引き継いだまま
完成できない塔を
築けないと知りながら
川のほとりで 石を積む
詩と思想1・2月合併号入選作品
2013年01月09日
東京温度
多摩川の水温は 多分温かい
不忍池の蓮の花は 年中色褪せない
銀座の画廊には おそらく辿り着けない
駅から駅へ 連鎖してゆく人々の
声を頼りに その表と裏を嗅ぎ分けながら
四方八方からのびる
黒と白のスクランブル交差点の真ん中で
私は
智恵子の見た空を見る
赤信号になる前に
私は私の東京行きの切符を
再び握りしめ
固いアスファルトや敷き詰められた
赤銅の道路を踏みしめて
柔らかな関西弁を履いて歩む
冬になる東京の街で
「阿多多羅山はどこですか?」
なんて聞いたら
「ここが阿多多羅山、ここがあなたの故郷(ふるさと)。」
と 答えてくれる人を探して
やって来たことは
東京駅で買った
ごま玉子と私の秘密
さよなら 東京
そして
ただいま
いつか第二の故郷にしたい
温かな
光と影の充ちる街
2012年12月25日
疑惑
疑惑
真っ黒い木々の影の中をさ迷うように
真っ赤な夕立の雲間から黒い雨粒が
車窓を叩きつけるように
走りゆくバスから
移ろいゆく黒いものたちを 目の当たりにしながら
避けることも 拭うことも 取り払うことも出来ず
私は逃げるように
走り去る 風景に
黒く 追いかけられる
赤黒い夕立雲から
紫の雷が 空を裂いて
私は私を 試され 裁かれる
さっき 喋っていた友人の笑顔が
鏡にしか映らない
まるで
模写された黒い鉛筆画のように
ものひとつ 言えなくなって
額縁に入れられたままだ
どんなに
手を差し伸べても
あなたの肖像画は
届かない赤い空に引っかかったまま
私を 見下ろしている
狭い枠の中から
美しいモナリザの微笑を
裏返したような顔で
私を
白い目で 追い詰める
2012年12月06日
手紙
手紙
「私はコトバで 人ひとり壊しました
もう 誰も傷つけたくありません。」
封書された手紙から
嘘の匂いが漂って 開封後には煙にまかれた
あなたは 余所行きの横顔で
ペンをしっかり 握ったまま 離さない
今も まだ
同じコトバを 手紙に認(したた)めている
君が全てだった日
君が全てだった日
君の好きな赤ワインを買ったんだ
コルドンブルーは
高すぎて いつかの夜に
染まってしまったけど
アルコール好きの君のために
飲めないトロを買ったんだ
クリスマスプレゼントは
ここに残しておくよ
僕はまだ
飲めないトロや
鬼ころしや
入らなくなった薔薇のリングを
並べては
居なくなった君に
渡せないプレゼントを
まだまだ 詰め込んでいる
ここに 置いておくよ
君が見つけてくれるころ
ワインは熟成されて
涙のような水に
なってしまっていても
君の好きなものだけ置いて逝く
そして 君が最も嫌った
この文字ですら
望まれないまま
塗りつぶされても
君を愛していた日々は
まだ ワインより
赤いんだ
2012年11月30日
重ねる
紅蓮の炎に燃え立つ
昼間の怒りを
黒い夜で鎮める
乾いた瞳に涙
汲み上げた水で
朝 顔を洗う
日が昇り太陽が
身体を焼き焦がす
日が沈み
濡れた風に身を晒す
囲まれた枠の中で
人生模様が
重ね塗りされて
濃さを増す
昨日より今日
今日より明日
怒り 悲しみを塗りつぶし
喜びを笑顔で照らしだし
一喜一憂の彩りの
重ねながら
人は
自分だけの絵を
完成させてゆく
樹海の輪
樹海の輪
カラカラと糸車を誰かがまわしている
その糸車の糸に多くの人の指が絡みつき
血塗られた憎しみの爪をのばしたり
いびつな恋敵の小指たちが
ピリピリと過去の妄念に反応して
親指は絞め殺されるように働きながら
天に一番近い中指に嫉妬しながらも
糸を燃やそうとする
カラカラと糸車はまわる
それは乾いた土地であり
それは渇いた喉元であり
蜘蛛の罠に引っかかった蝶が
食いちぎられていく羽の墜ちる音(ね)
最期の 悲命(ヒメイ)
* *
(カラカラカラカラ・・・)
* *
さっきから大きな毒蜘蛛が樹海を編んでゆく
その下を長い大蛇が這ってゆく
細かい切れ間から もう 青空は望めない
蛇の腹の中で元詩人(ゲンシジン)たちの群れが
溶けて泡を吐く
見えない空
地上にない文字
樹海にはそうゆうものたちが浮遊して
死人たちがそれらを夢想して
この樹海を成立させているのか
乾いた音だけが響いてくる
* *
(カラカラカラカラ・・・)
* *
誰かが糸車をまわしている
けれど
その糸にしがみついた多くの紅い情念たちが
歯車を狂わせてゆく
糸車をまわしていたのは誰だろう
それは 樹海をでっち上げた白い骨の妄念
散り散りになった散文詩
痩せた木の葉たちが 風に吹かれながら
くるくる回り続け
重い陽差しの切れ間を脱ぐって
やがて 土に還る
(カラカラカラカラ・・・)
(カラカラカラカラ・・・)
神は
呼吸をするのを
やめたらしい。
※ 詩と思想新人賞2012年 第一次選考通過作品
2012年11月18日
メモ帳
メモ帳
あなたにもらった皮表紙のメモ帳に
文字がかけないでいる
昨夜の喘ぎ声の悲しみに言い訳したり
今日私についた嘘について説教してみたり
明日出会う友人とセーラー服を着ることを
全て
メモ帳に語りかけているのに
文字にはならない
変わりに
涙が零れて
真夜中にクチュクチュ鳴る指から
水蜜桃が割れて溢れ出て
親友の彼氏のノロケ話を
スィーツにして
あなたのくれたメモ帳が
重みを増して
日常生活の私の一部になるように
無声の私が
沢山ページをめくっていって
本当のことを言うと
メモ帳は
たった3日間で
全て書き込まれ
私の胸のポケットで
心音に温められては
鼓動だけを刻んでいる
2012年11月05日
秋空の海原
秋空の海原
とある田舎の早朝に
鱗雲は光を帯びて
金色の日常に
私のおはようの瞳(め)が
隙間に挟まったまま
泳げない
鱗雲の向こう側には
宝島があるのだろうか
太陽が隠し持ってる
宝箱を目指して
この町の午前六時半は
動き始める
昨晩の空からの訪問者は
夥しい水しぶきをたてて
はしゃいで帰ったので
草花は朝露の重さに
うなだれたまま
艶美な光の粒に
身体を洗っている最中
空には大海 地上には楽園
この張り詰めた
一日の始まりに
自転車に乗って
部活動に急ぐ
詰め襟少年も
地上から空に
宝島を目指す
水夫のひとり
自転車ペダルが回るほど
動き始める秋空の海
軽くなって行く私の足取り
そして東の空からは
まだ見ぬ向こう側の笑顔たち
やがて始まりの鐘が
晴れた空に響き渡るだろう
私の胸にも
あなたの空にも
2012年11月01日
嘘
嘘
「嘘がまことでまことが嘘で…」
昔の誰かの舞台のセリフを
僕は何度も繰り返しては
嘘の言葉を川岸に並べて
石を積んでいる
或いは意志という頑な
もろい正しさを壊したり創ったりして
シナリオみたいに並べてみては
まことしやかな 嘘に 罪悪感の印しを
川辺の石に刻んでいる
その意志が 君に届くように
或いは 届かないように
胸の内すら確かめられずに
言葉は千年先の虚構に隠されたまま
僕の描く世界に 君を
連れ去るにはどうしたらいいか
伝えるインクの色すら
セピアに褪せて消えていった
「嘘がまことでまことが嘘で…」
何度もその言葉を
石に刻んで叩いてみても
君の「秘密」を暴けないのは
君が 川辺で
バベルの塔くらいの高さで
その石たちを積み上げて
僕は いつの間にかブロックされていた
(暗い塔の中で嘘をついて泣いていたのはどっち?)
川辺の石の印しを文字の形にして
君に当てはめようと
あるはずのない 「真実(まこと)」を探しては
僕は さまよい続ける
言葉を無くしたままで
目を閉じたままで
光があったことすら
知らなかったようにして
2012年10月30日
名無し山
名無し山
その山に名はない
ただロープウェイを使わなければ
山頂には登れないらしい
私は麓まで居眠りをしながらバスに揺られ
終点のバス停から近くの
ロープウェイ乗り場で切符を買った
天候は妖しくなり
濃霧が頭と目を白濁させて気が遠くなる
ロープウェイに吊された赤いゴンドラは
しつらえられた柩のように私に用意され
時折迫る強風に曝されては揺れた
標高が高くなるにつれ酸素は薄まり
山頂の公園に着いた時にはすっかり
体温を奪われた
そこには巨大な蝋燭の形をした石塔がひとつ
誰かが何かを刻んであった
高名な僧侶が書いた梵字だったか
定かではない
霧は晴れないのか…
私は山頂で消えたり現れたりする人影を追ううちに
ゴンドラに帰る術を失った
なぜこの山に登って来てしまったんだろう
自問自答を繰り返す私に
どこからか幼い子供の声が降ってきた
「お姉ちゃん 僕に名前(いのち)をちょうだい。そうしたらこの山を崩してあげるから…」
その山は今はない
ただ割れた境目から
溶岩が血の塊のように
どろり どろりと
うなり声をあげるように
溢れ続けた
詩と思想11月号入選作品
片手鍋
片手鍋
私の傍にはいつも片手鍋があった
「両手鍋ならお前にもっとおいしい御馳走や幸せを味あわせてあげられたに・・・。」
と 豚肉が傷んだいきさつや
胡瓜やもやしが腐ってしまった原因を
ガスの火で燃やしては 蓋をする鍋だった
片手鍋は孤独だった
はじめは両手鍋だったのに
片方が勝手にもげて
キラキラ光るステンレス鍋の
お料理を貪るようになったから
その愚痴を片手鍋は言わないで
夜になると黙って ひとり グツグツと
湯を沸かして深夜の食を作り
料理が冷え切るまで
両手鍋に戻れる日を信じて待ち続けた
煮えくりかえった鍋から
熱い湯がこぼれても
遠くにいる片手鍋の持ち手は気づかずに
床を拭おうともしなかったし
鍋置き場から
片手鍋が転げ落ちて修理に出されても
そろっていたはずの持ち手には
関係ないことだった
その頃片手鍋の持ち手は
ステンレス鍋と新しい愛妻料理を
笑って作っていた所だったし
出来上がった品に【私生児】と
つけられるのが怖くて
台所の洗い場にお金と一緒に流して片付けた
私は私の傍に三十余年一緒にいた
片手鍋を信じている
片手鍋は賢かった
片手鍋は涙もろかった
片手鍋は情が深かった
片手鍋は…
もう錆び付いて
自分が鍋であったことも
忘れてしまったけれど
詩と思想11月号執筆依頼掲載作品
2012年10月21日
同じ星
同じ星
あなたの孤独が
空から降りしきる夜は
遠い星の 夢を見ている
* *
見上げたあなたは
ただただ 遠く強い巨星
見下ろしたならば
あなたは生まれたての七つ星
あなたの名前を
並べてゆくと
宇宙の理に引っかかる
その先っぽからでいい
空から私に雫を垂らして因子をください
私はあなたに似た星を宿しては
その詩(こ)を
空へ解き放つ
私たちは 言葉で繋がれた
同じ涙の同じ星
同じ孤独抱えた星が 出会う確率は
東京行きの新幹線の中を 淋しさで逆走しても
辿り着いてしまう
あなたの駅に あなたの声に あなたの中に
取り込まれて 墜ちてゆく
それはとても 悲しいくらい 100パーセントの引力で
* *
同じ星
だけど なんて 遠い星
探しても探しても探してみても
涙が止まらないまま
夢から覚めない夢をみている・・・
2012年10月15日
白い蜃気楼
白い蜃気楼
束ねていた栗色の髪をほどくように
その髪をかきあげるように
耳もとで囁いた告白は
僕の詩を書き始めた頃の
青臭いペンネーム
ほどかれた髪の上を
滑り出して
僕の詩はたなびいた
堅苦しい
もう一人の僕の名と一緒に
柔らかな風に吹かれ
君の笑顔に舞う
戸惑う僕の思いの丈
(好きなんだ
詩を描くことが)
そう告白したのは
新緑が芽吹いた
大切なひとへと向かう
それは いつかの
白い蜃気楼(ミラージュ)
2012年09月27日
探
探
私は赤いハイヒールと、仮面を着けてワルツを踊っていた。
男は、ずっと私をリードしながら テンポ良く
ワルツの足運びから、姿勢、目線、腕の置き方から
全て優しく教えてくれた。
いや、この場合い、教え込んだと言うほどに
長い時間、男と踊っていたのだと思う。
舞台は、高層ビルの最上階にある灰色の屋上だ。
男の顔は見えない。
私から見えるのは優しい声の下に秘めたように時折顔を出す
チロチロと地獄草紙の炎のような舌と
首筋にかかる男の妖しい息遣いだけだ。
首から下の裸身は程良い汗をかいていて胸板が月に照らされて
なまめかしい臭いを放っていた。
くるりくるりと大きな円を描きながら、リズムよく
二人のワルツは流れる。
男は自嘲的な声で私にこう囁いた。
僕は君の仮面の下を知っているよ。
でもそれを言い当てれば君は僕を殺しにくるだろう・・・。
そう言いながら、あの蛇のような舌を私の中に差し込んで絡みつかせた。
私は仮面を取ろうとした、苦しい、息ができない、そして熱くて激しい。
私の舌は男の口に吸い取られるように、飲み込まれようとする。
もう・・息ができない、このままこの儀式が続けば、私は死んでしまう!
私は男の舌を噛み切った。絡み合う唇の中で
イチジクの実が裂けたような味だった。
男はもつれる舌で言った
君が君の探し物を見つけるまでは僕は君に殺されない。
そして君は僕に殺されるように愛される と。
男は言い終わると屋上から身を投げた。
私は一人で上手に踊っていた
男が教えたステップで 男の舌を味わいながら
ずっと ずっと 上手に踊れるようになっていた。
* *
賑やかな音がする。 夏祭りだ・・・。
アイスクリームを買ってくると言った彼氏がいなくなって二時間。
私は人に揉まれ人混みをかき分け、彼を必死で探した。
新調した白い浴衣とピンクのあじさいは転んだ時に色を変えた。
顔は泥だらけになって彼を探した。
いつしか私はしゃがみ込み声を上げて彼の名を、叫んだ。
私の喉はしゃっくりをあげカラカラに渇いていた。
膝頭からすりむいた赤い血が塩っぽい涙を零してじわじわと沁みた。
赤い鼻緒の下駄は 片方なくしたまま片足は裸足のままで
彼のために小さく結った髪も、ばらばらと半分顔に垂れ下がり
私の着飾った想いとは裏腹に、道行く人の失笑が
ますます私を惨めにさせた。
ふと緩くなった帯留めの下に隠していた鏡をのぞくと
そこには、恋に破れた小さな「魔女」が泣いていた。
探しても探しても彼は来なかった。
ほどける金魚のような自分を引きずるように
泣きながら独りぼっちの家に帰る
恋しかった 会いたかった
最後まで傍にいてくれると信じていた。
* *
高台からそんな私の姿を見つめて笑う男がいた。
彼はずっと見つめていたのだ。
真っ直ぐ自分だけでいっぱいになってぼろぼろになってゆく
私を、この大勢の人混みの中でも真剣に見ては微笑んでいたのだ。
そして一言
なんて君は素敵なんだろうねぇ
僕が望んでいたのはそんな風に泥にまみれて綺麗になってゆく君
僕のために血を流し傷ついても僕を探す君だよ
あぁ、そんな君をずっと探していたのは僕の方かもしれないのにねえ・・・(笑)
エデンの園
エデンの園
右手にローションと媚薬
左手にベトベトの携帯電話
じんじんする
私の空洞を埋め尽くす
あなたからの電波
我慢できないエクスタシー
焦らす駆け引きを
鳴きながら 呻きながら
空へと放射する
燃えるよだかの君
携帯からさらけ出される痴情(地上)の波
分子量から核融合される遺伝物質
垂れ流した愛に
降られた酸性雨
隠していた小型船が
宇宙に溶けながら
漕ぎ出してゆく
肥大を続ける二つ星
月が赤く欠けてゆく空
蕾が静かに花開く夜
右手に携帯 左手にあなた
二つを天秤座で計れば
同じ比重
それを知っているのは
遠い夜空に消えた
カムパネルラだけ
2012年09月24日
惑星「メバチコ」
突然の痛みが
第三惑星に感染し
海が濁りだすと
真昼の光が奪われ
隣の双子星の
金星からも
硫酸の雨が
降り続ける
透明な粘膜が
セロテープみたいに
オゾン層に張り付いたまま
星星は
盲目の夜を
迎えに逝く
公転していた中核の行方は
膨張し圧縮された
ブラックホールの
餌食となり
乾いた土地は砂塵に帰して
もう
花々を見ることも
叶わないだろう
大切な核心は
こうして
滅んで逝く
それが
眼(まなこ)であろうと
地球(ほし)であろうと
2012年09月18日
殺到
朝日が昇る前におはよう
トーストにはイチゴジャム
フライパンにはチャハーン
父の胃袋には大量の薬
母の頭には被害妄想
洗髪には水と髪
背中には塗り薬
洗い場にはスポンジとチャーミーグリーン
仕事のあとには疲れた
暑さに目が回る扇風機
刈り込み先では蜂の巣退治
畑には害虫駆除の液体作り
苗植えの為に体力消耗
足腰の痛みにコンドロイチン
疲れたの次に溜め息
エプロンの汚れ
洗濯機は節水の為積載量オーバー
お天気は不機嫌
気候は気まぐれ
ラジオは垂れ流し
夕日が沈むまでに郵便屋
いただきますのあとの御馳走様
空っぽの炊飯器
豆電球はだいたい、だいだい色
おやすみなさい
2012年09月14日
孤独へのステップ
孤独へのステップ
1
大吉の御神籤を引いた。その裏側で、死に神が笑う。
そういえば、血が止まらない日が、千年続いた。
孤独はそんな裂け目から、始まってゆく。
2
孤独の境目を繕う針と糸を、探している。
糸は針について行くと決めているのに、
針を動かしていたのは、壊れたミシンだった。
針は折れて、糸は鮮血に染まり ぷつり と、切れて
詩合わせができない。
3
形の無い愛に言葉やセリフをつけて、舞台で踊らされる。
プリマドンナが、立っていると見えていたが、皆には、
舌を出して笑ったピエロが、主人公だと分かっていた。
愛は見えない形で、嘘をつく。
4
虚構から護られたシナリオの上で、息継ぎができない。
張り巡らされた有刺鉄線がくい込んでゆく。
もがけば、もがくほど、ぼとり、ぼとり、と落ちる肉片に、
舞台は拍手の渦で、幕を閉じる。
時代が求めているのは、いつも惨劇だ。
5
私の胸の中を、無数の蟻たちが、出たり入ったりして、
左心室の肉壁を囓り始めた。
ポッカリ と、開いた穴から秋が顔を出す。
いや、空きが吹き抜けてゆく。
2012年08月27日
西日に問われて
君は最近誰かの為に
泣いたことがあるか?
いいえ
可愛いのは自分
可哀想な自分
苦しいのも自分
君は人の話を
最後まできけるか?
いいえ
正しいのは自分
話を切る自分
そして縁を切るのも自分
君!
誰も寂しいのだよ
君はなんて
身勝手な
愛情乞食なんだろうね
でも…
でも
この街で
あなたが育った
泣いて生きた
この街に来て
やっと
私も本気で泣けたんです
理由はわからないし
共通点なんて
それだけですが
愛に近いと
想いませんか
真っ赤な夕焼け空
西日の当たる廃屋で
シャッターを切る
あなたの悲しみを
私は今日の
カメラに焼き増しする
ホテルで目から
西日が零れて
孤独が優しさになって
面影が枕を濡らした
遠くで
電車の音が聞こえる
あぁ
お父さん
この街にもいたんですね
2012年08月24日
無題
【無題】
淫猥な/記号の羅列/エッフェル塔に/ぶら下がってる/文字をかき集めて/明日/路地裏で死ぬ/猫の目に/光を宿すのが/詩人の仕事である/無鉄砲な/ドン・キホーテを/笑う/資格がないのは/皆が/彼に/憧れるからだ/よく聞け/よい子の/ロクデナシ共よ/夢から覚めないまま夢を見ながら/明日は/語れまい/
【素描】
素描/あなたの輪郭を/産湯で溶かす/夢をみる/裸のママ/泣いている/二人の子ども/独りは/よい子の息切れ/で発狂/裸のママから/殺された/もう独りの私/いつもの/日曜日/昼間の/素描/
【悲鳴】
平凡な/戯れ言メールに/滅多差しにされた/午後の私の/処女膜の裂け目から/溢れ出る/憎悪を/飼い慣らす手段を/覚えるために/アイスピックで/コチコチと/氷を/潰す/崩れ落ちる山の/悲鳴を聞きたい/
2012年08月21日
女
女
(妊娠は女が犯した最大の過ちであり
その股から黙った子が悲鳴を上げるだろう・・)
そこは遠い星の国だった
夜になるとピンクのミニスカートを履いた宇宙人がいて
火星でヒラヒラと手招きして
地球飛行士の重い鎧を手慣れた技で脱がしてゆくのだ
銀色の鉛玉だけになった宇宙飛行士を挟み込むと
宇宙人は鉛玉を逆手にとってしなやかに絡みつき
やがて、ピン!と脚を張ると
飛行士たちは死んでゆくのだ
という 魔法使いの言葉を信じたのは満月の夜だった
私は自分の中にある新月に手を伸ばし 初めて空に指を入れた
その星の国で出会った人を想像しながら 目を閉じてゆく
地球の大草原に放牧されたい囲われた馬の涙と
甘いお菓子を訪ねて歩く秘密の霊感少女と
廃屋の死骸ににシャッターを切るトーンの外れたジャズシンガー
饒舌の悪魔と契約を交わし
呪われた美に洗脳された王子の歌声を聞く
私はそのひとりひとりに種をもらった
花は一夜で狂い咲き ぬるま湯に浸かっていた
花びらは、朝に夕焼けのように燃えて広がり白い布を
灼いた痕だった
ショーツからはみ出した四つの滴そのままに
ホテルに鍵をかける
西日が血痕をいっそう焦がす頃 私の夏は過ぎようとしていた
私は産み直したのだ
あの日 私を犯した父 その人を
意味もなく 置き去りにしたくて
2012年08月13日
ラプンテッエルの青い薔薇
(長い長い城壁に閉じ込められた時間
私は青い薔薇を花言葉ごと身ごもりました)
塔から長い髪を垂らしたラプンツェル
王子様は安易に言う
「君を救い出すためにこの城壁を登り切ると誓うよ。」
髪の長いラプンツェル
「王子様、嬉しいわ、早くこの錆びたお城から私を逃してください。」
プラチナ銀の髪をダラリと垂らしして
いつか いつかにと夢見た脱走物語
王子の重さに 頭皮から血が滲み出てプラチナの髪は
インクが滴り落ちるように じわりじわりと赤に染まる
血塗られた髪を満月が艶やかに照らし出し
恋の痛みを 深い森に隠しながら
ラプンツェルは 血を流す
白く長い指が籠城に届いたとき
彼女は片手ごと髪と一緒に王子を斧で切り落とす
「王子様・・・遅すぎました。」
「王子様、貴方はそんなにも逞しくしなやかな腕を持ち
なぜ「今」 告白されるのですか。
私は待ちました。貴方の一分が千年になるほど恋い焦がれ
私は狂った花を身籠もりました。
その間、魔女の嫉妬に犯し続けられ 腹の子を裂かれました
彼女に赦しを請い 罰を受けるように愛されました。」
「そして お腹に ブルーローズを宿したのです。」
貴方の声
貴方の眼差し
貴方の美貌
貴方の欲望
貴方の・・・・
貴方の全てを見透かす私の腹部の青い薔薇が
「遅すぎた裏切り者は殺せ!」
と言って咲くのです。
王子様、なぜ「今」だっのですか?
魔女は優しく何度も私を殺めた
魔女は淋しさの刃で私の胸を切り開いた
魔女はその度に本気で私の血を抉り啜った
魔女は魔法すらかけなくとも私自身を魔法にかけた
その壮絶な孤独に青い薔薇が千年かけて宿りました
空っぽの花言葉そのままに・・・。
王子様
私は貴方の生涯よりも
重い花を身籠もってしまったのです・・・。
私をいつか捨てる貴方、裏切り者の貴方には
すぐに伸びて軽く切り捨てられる髪がお似合いです
赤い糸にくるまったまるで繭のようになった貴方は
そのままお逝きなさい。
千年経ったら会いましょう
羽化した蝶になった貴方がこの窓辺へ遊びに来るなら
私の咲かせた青薔薇の蜜の甘さを確かめに・・・。
ここまでおいでなさいませ。
その時髪は何センチ伸びているのかしら・・・。
そして青い薔薇は、赤く咲いているのかしら・・・(笑)
2012年08月12日
喪失
喪失
真夜中の蛍光灯が爛々と輝く頃/あなたはマンホールから地下道を通って/笑顔を貼り付ける/まるで今日一日を全て伝えたい新聞と広告を抱えて/上半身を伸ばし下半身は溝水につかったままで/昼を訪ね歩く
その悲しみを溶かしたように/空が涙を流す/痛みを堪えた靴底が/鈍色の音を発する度/愛に濡れた大地が/枯渇したあなたの瞳を/優しく覆うだろう
黒い喪服を着た少女が/白い錠剤を手渡して/あなたにこういうのだ/あなたの目には一雫の希望のカタチもない。ただあるのは肉体に時間があるだけだ。/と
あなたは/ばらまかれた/一粒の絶望に/征服され/どんどん/白くなり/透明になり/やがて/見えなくなる
2012年08月09日
砂時計
砂時計
さらさらと
上から下へ
流れる調べに
砂浜から
誰かの息遣いが
聞こえる
たった五分の砂から
白くこぼれていくものたち
遥かな国の物語
ではなく
隣の老人の寿命や
誰かが海から流して
砂浜へ流れ着いた
人骨のようでもあり
この棺のなかで
上から下へ落ちては
呼吸するものたちを
ひっくり返して
甦り死んでは
生まれまた老いて逝く
旅立って逝った人々が
唯一
五分間
さらさらと
砂漠を旅してる
果てしない
海の藻屑となった
タイタニック号の調べ?
いいえ
一ページ完結の
隣のおばあちゃんの
悲鳴の分だけ
砂が零れた
2012年08月06日
積み木崩し
さようならと
手を振るときは片手で別れ
深め合う時は両手を添えて
握手
固くつなぎ合わせた
それぞれの手を
重ね合わせて
塔ができたのに
さようならとひとりが
片手を振れば
積み上げられた
みんなのジェンガ
一ピース欠けて
音をたてて崩れ果てた
余りにも高く積み上げて
重ねていたのに
「さよなら」
の音が轟然と残響して
今までの砦は
片手で振られて
私は重さに気が触れた
「さようなら」
あぁ、そう言って
一抜けたのは
誰だっけ
重ね合わせられた手の数々を
十露盤ばかりで
はじいては
計算高く一引いたのは
ずる賢いあの人たち
ではなく
もしかしたら
私
「さようなら」と
手も振らず
雨に降られた夜遅く
「サヨナラ」と
ぽたぽた
デジタルな文字で
黒く塗りつぶした
気が触れたのは
どのピース
崩れ落ちた積み木は
だれが拾い上げるの
知らない
知らない
知りたくない
真っ白な文字は
もうかけないし
ただ
ひび割れた積み木が
転がっているのを
私
拾えないまま
ずっと見つめている
2012年08月03日
小詩 二編
小詩 二編
【眠り】
記憶は青に染まり
充血した日常に
瞼は沈む
ゆらゆらと
独りきりで船出する
その出航先に
宛はない
霧の中で
私はわたしの名を
失った
空から銀糸が
垂れ下がる頃
私はわたしの名前を喚ばれた
「カンダタよ、這い上がれよ」
と
【おやすみなさい】
遠い所へいくんですね
いいえ
夜には会えますね
遠い所へいってらっしゃい
いいえ
そこがあなたの帰る場所
遠い所を彷徨いなさい
あなたが
望むあなたになるまで
おやすみなさい
記憶の街で
会いましょう
2012年07月30日
旅人
旅人
夕暮れ時を切り取った
一枚の写真から
行き交う人々の群れ
一日の終焉の延長先で
約束された夜が
静かに窓辺へ降りてくる
コンクリートに入った
マッチ箱の灯火を
こすっては 灯し
こすっては 灯し
箱の中から一本ずつの人々が
平等に差し出された腕(かいな)に抱かれ
ゆりかごの中で旅をする
ゆれる眠りの森の奥で
その腕の柔らかい導きに
今日の疑問符を投げかけながら
空白のノートに落書きをする
明日までの冒険
おやすみなさい
空の巨人
灯火が静かにひとつづつ消えてゆく
まるでそれが
当たり前の儀式であるかのように
2012年07月27日
青春
青春
壊れ物
取り扱い注意。
時に黒く
時に青く
時に激しく
時に弱く
私は楽譜に脅えるモーツァルトであり
私は無礼な孫悟空であった
私は食に群がるハイエナであり
私は独りさ迷う野良猫であった
そして 絶えず
夢と街の区切りを
転がり続ける病葉であった
黒い雲間から
雨が何度も窓を叩き
優しい風が
ドアを開けようとしても
頑なに拒み続けた
ポキリ、と
風雨に耐えきれず
窓辺の梢が折れる音を聞く頃
いつの間にか
考えるだけの葦になっていた私は
河辺に青白く灯る
ほたるのひかりに
今年も 堪えきれず
涙を流す
忘れ物
取り扱い注意。
2012年07月25日
ミネストローネ
石をも穿つ/水滴に溺れながら/此処までやってきたけれど/泥濘に足をとられ/愛するほどに/あなたは遠く/私の思想は/檻の中でもがきつづけ/感情は腐食し/孤独の苦さが/雨音と踊る/
時は錆び付いて/悲しみだけが/自分を愛し始める/終わらない過去たちが/叫び声をあげて/記憶の扉を叩き続ける/こじ開けてみても/あなはもう/私の運命にはいない人/
2012年07月09日
雷鳴
あの夜の嵐を
私は忘れる事ができない
神鳴りが
あなたの奥深くで
ひび割れた音をきく
私の身体(そら)を
真空の光で裂いた
あの夜から
春蘭に目眩を起こし
剥き出しになった
雷獣が
まだ瞼の奥に住みついて
時々雄叫びをあげる
震える身体を
抱いて独りで眠る
好きです
なんて程遠いほどに
あなたが恋しい
夜も昼も
私を征服して
なにも言えないほどに
抱いていて
永遠の少年
永遠の少年
あなたを失ったら
自殺するといった
永遠の少年
僕には障害があるけど
あなたを全力で愛する
と泣きながら
叫んだ
いつかの少年
もう おじさんレベルなのに
首の曲がった女なんかの
どこがいいの
見上げれば
嵐のあとには
真っ赤な夕焼け
散歩途中で躓いた
老犬
そういえば
お前も子犬の頃から
私に
捨てられないと
信じて余命を生きる
永遠の少年だったね
今も
あの澄んだ目で
私を見つめながら
泣いているのか
夕日を雲が隠して
今は
愛することの
意味すら
わからないままに
永遠の
向こう側にいった
いつかの少年
老犬が
じっと私を
見つめている
2012年06月28日
ある恋いの形見に
ある恋の形見に
戻れない蜜月を
振り返れば
其処には欠けた三日月
鋭い鎌で胸を刺し続けた僕らの
いつかの夜空の爪痕
今更の今日が
明日を隠すんだ
孤独が約束に
鍵をかけるんだ
満ち足りない日常に
くるまれた新聞紙から
腐った桃から滴り落ちた
水蜜桃の苦さを
僕は知ってるから
違う果実を探しながら
過去を千切りながら歩く
熟れ落ちた林檎を
かじってみても
僕らには
エデンは遠く
君またも遠い
僕は果てしない
夢を見るために
瞼を閉じた
琥珀色の瞳に
君を染まらせないように
そんな色のブランデーの海に
君を酔わせないために
孤独が約束通り過ぎた夜
狡い僕から
風に揺れてる
雛罌粟のような君へ
2012年06月08日
小詩 二編
小詩 二編
【唇】
赤薔薇のように
開いて
赤薔薇のように
咲いて
赤薔薇のように
色づけた
胸に薔薇のような
棘が
刺さったままで
【風の中】
風の中を
旅人は行く
風の音を
纏いながら
淋しそうなフルート
悲壮なヴァイオリン
二短調のピアノ
風の中を旅人は行く
旅は胸に響く
渦巻くうねりの中
すべてのハーモニーを
上手に奏ながら
旅は
続く
2012年06月05日
降り積もる雪のように
【降り積もる雪のように】
あなたの望む
あなたにおなりなさい
例えば雪のように
柔らかく白く
降り積もりなさい
やがて踏みにじられ
汚されて逝く
その傷や痛みを
涙や嘘で繕うのです
そうして白い瘡蓋で
覆うのです
人はまるで
降り続ける白い粉雪
自分を掘り下げるように
自分を重ねて行く
※抒情文芸134号入選作品 清水 哲雄 選
2012年05月29日
斜景
斜景
車椅子は後ろ向きに並び
待合室から掲示板を覗くギョロ目たち
黒鞄の中身は駆け引きと
すれ違う人の胸にはピアスホール
私は泳ぐように歩む
傾いた首で傾いた顔色を伺いながら
俯く病巣の中に
見えない手すりを求めながら
(ジストニアによるケイセイシャケイ。ストレスによるものですね。二年で完治する極稀な人もいますがあなたの場合はおそらく…)
容易く吐露する主治医のサラリーな一声が
耳に残響して早三年
私の見る 人も景色も
斜めに映ったまま陰を沈める
車椅子同士の笑い声に
待合室のいらだち
黒い革靴たちは早歩き
すれ違う人の
異質な私への疑問符は
白いマスクでシャットアウト
私の横目から溢れ出る
情緒不安定な雫たち
斜めに落ちて
いつも 誰かに踏みつけられていく
窓際で
傾いた頬にほおづえついて
睨んだ夕陽さえ
斜めに暮れてゆく
詩と思想六月号入選作品
五月
失った若草色の
色鉛筆を探して
新緑の森を過ぎ去る
透明な風
慌ただしい太陽が
恥ずかしがりながら
月に隠れた一瞬
瞬きもせずに
光った空の詩
2012年05月12日
バイバイ。人差し指
バイバイ。人差し指
怖いんです
すべての人の手にある
人差し指
怖くて怖くて堪らない
私に与えられた
時計の針を
時計回りに
人差し指でぐるぐる回す
すると
人差し指が私の胸を刺す
人差し指が私に向けられ
笑い出す
怖いんです
人差し指
生きていくのに
邪魔な人差し指
今日
切り落としました
誰も笑わなくなった
四本の指の世界に
くるまって
今度目覚めるとき
時計は
止まったまま
朝を告げない
バイバイ
人差し指の悪夢
おやすみ
私
夜に落ちる
夜に落ちる
朝日が
沈んでくれないかな
と 思う日に限って
夜に落ちる
たとえば
昨日の誕生日ケーキの
蝋燭の火を
誰かに明け渡すような
老木の哀しみを
新木に知らしめるような
リレー始まっている
夜
私が脱皮したぬけがらを
朝
自分で見なければならない
朝日の角度は鋭角で
目眩をおこす
歪な風に吹かれながら
とぼとぼと
蛻の殻になって
捻れながら歩む私の道のりの
背後からは
夜がしたり顔
朝日が沈んでくれないかな
と
言わんばかりに
【再生/呼吸をするように】
【再生/呼吸をするように】
天と地の狭間で
射し込む光と
砂塵に帰す闇
光は高らかに産声を
あげて号令をかけ
闇は忘却の能力に支配されて
いつしか大地に身を任す
森は沈黙を守りながら
命の営みを呼吸し
ただひとつの例外もなく
目覚める者と
眠りにつく者を
代わる代わる
再生させてゆく
まるで
地球がひとつ
宇宙に
提案したかのように
2012年04月25日
密会
密会
エイプリルフールが記念日
月夜に時雨に濡れたい
酸素の足りない発情期
薄目をあけたら唇に嘘
伝言板は暗号で挨拶
ご主人様は入退院
傷が疼く 脚を伸ばす
東京と京都との距離をSkype
情欲儀式は忍耐でkeep
沈黙は薔薇一本で饒舌
ボディレンタルの利用
イラつきの帝国は崩壊
了解。
栞
読み終えたら
いつか棄てられる本
例えば
本棚の片隅で埃にまみれて
タイトルが消えてたり
例えば
字の樹海に押し込められたまま
迷子になって泣き続けていたり
ましてや
ビニールテープで
ぐるぐる巻きに固められて
あの世に運ばれたり
そんな簡単なピリオドを
待ってたわけじゃない
もの言わぬあなたの
愛蔵書(こんせき)を旅するのが好き
一番好きなフレーズに
抱かれて眠るのが幸せ
あなたが もう
そのページを開くことが
叶わなくても
大切にしている行間に
私を挟んでくれたなら
文字の森の隙間から
一番星を見つけだし
薄い私を照らし出す
光に抱かれて眠りたい
2012年04月02日
sugar
甘い声で囁いて
あなたは私を溶かすつもりね
銀のスプーンで愛憎喜劇をかき混ぜて
コップの底に残っているのは
あなたの寛容すぎる真心だけ
あなたが飲み干してくれたのは
先走る私を
零れないように
癒してくれる
薄いくちづけ
午後三時の
マグカップの中にはレモンティー
ちょぴり酸っぱい世間から
すくい上げてくれたのは
いつだって
喉に染み付く甘さとゆとり
柔らかな日差し
指先二本の恋に
掻き回されて
私は素直に溶けてゆくけれど
いつかあなたが
疲れたときには
甘やかして笑わせて
眠らせてあげれる
私になると誓うわ
方舟
方舟
愛していると憎しみは
燃える薔薇の孤独と棘
記憶の中のあなたに
恋い焦がれても
錆び付いた絆の扉は
赤銅の鎧を
纏ったまま動かない
枯れ果てた涙を
引き寄せる手段の言葉は
方舟にのせられたまま
紀元前をさ迷っている
見送る
見送る
結婚は人生の墓場。
お母さんはなぁ、お父さんに騙されてんでぇ。仲人のおばさんがどうしてもって言うから、結婚したってん。
それまでお母さんはなぁ、大覚寺で生け花の師範を取り嵯峨流の看板も持っとる。
あんたにも、昔に見せたやろ。
お茶は裏千家一筋。
東芝で働いて、ずっと独身を通すつもりやったのに、お父さんと結婚したばっかりになぁ。
お母さんの体も人生もガタガタや…。
それは母にとって真実なのであろう
けれど
今 私の肩に片手をのせ
もう片手でズボンを掴み
バランスをとらなければ服が着られなくなった母
掴んだ肩にのしかかる
母の手のひらの悲しい重み
あぁ…お母さん
歌はじめ
歌人たちが華やぐあの異郷の地に赴く
安い服を着た背中の曲がった
白髪混じりのおばあちゃん
彼女の見送ったものは
何だったんだろう
私が
今 見送った あの人は
一体 誰なのだろう
詩と思想4月号入選作品
2012年03月09日
夢の死骸
あなが
遠巻きに
私を見るようになったのは
優しさなのでしょう
勘違いの恋愛感情ほど
ややこしいものはない
あなたは
きっと移りゆく四季の中に
顕幽を旅する人
亡き人の面影を
夕陽に沈められない人
あなたの中で
幽妙可憐な女性の
手招きが映る
晩酌の春の宵
うっすらと 薫る
今宵の梅の花に
雨が刺さるのを
お赦しください
私は
蕾のまま
日陰で降り続く
春雨にうたれつづけて逝きたい
褪せた椿の花のよう首ごと
ぼとり、と土に
鎮まりましょう
褪せた夢をみてました
愚かな夢をみてました
けれど 私は…
夢に抱かれて
幸せでした
2012年03月02日
成婚
それは
指輪ではなく
あなたの指に噛んだ
歯形
それは
甘い囁きではなく
一生消えない
わたしが施した
刺青
それは
冷たい石でなく
熱い意志
それは
誓約書ではなく
何度も破られるべき
約束
筋書きのない蟠り
ナイフが錆びるまで
刺し続ける痛み
激しい罵倒
憤り 嘶きやまぬ暴れ馬
過去の流氷が溶け
流れ落ちる涙
そこに掛かる虹色の
未来
あなたはゆくのだ
リングに閉じ込められた
束縛を打破し
巡りゆく季節に
傷つきながら
その身ひとつで
いつか
誰かの魂に触れて
灼かれるために
(詩と思想3月号 佳作作品)
ファントム・オブ・ジ・オペラ
ファントム・オブ・ジ・オペラ
ファントム
漆黒に産まれ堕ちた
バラ色の手品師
世々にその掌から
ソプラノの女を
包み込んで凍らせ
捕われた小鳥は
モルヒネの法悦に喘ぐ
合唱の合間を滑りだす
散る 咲く
死と再生のプリマドンナたち
ファントム
仮面の下の鋭い視線
その奥に宿す鏡から
万能の幻影の乙女
現れてはきえる
非在の恋人
夜を渡る二つの影から
鮮やかな一息の混声
赤裸々に剥がされてゆく
本能の乙女
泣き 叫び
愛憎喜劇の真ん中で
あなたへ歌うオペラ
閉じた瞼から火照る涙
閉じ込めて
泣き出したかったのは
ファントム
あなた自身
結ばれることのない
名脇役
刻まれた柔らかな声帯から
届いて欲しい
光射す舞台を越えて
漆黒の淋しさに狂う
帝王(あるじ)のもとへ
ファントム
誰もあなたを
責めることは出来ない
それは夜の形
誰もが心に潜ませた
影の輪郭
2012年02月26日
革命
革命
嘆きと苦しみの手紙を柩に入れて記憶の河に流す
忘却の彼方で
永久に歌い続ける小鳥は
空の孤独に愛されながら流星となる
愛は残酷な仕打ち
孤独こそ永遠の味方
誰にも奪われず
美しく妖しく咲く薔薇の棘
理解されない棘
それこそがもうひとりの私を護る武器
手紙が褪せて燃やされてゆくように
小鳥が囀りながら消えて逝くように
誰にもかかわらず
誰からも抹殺されてゆく
私の存在価値
大地から
世界に向かって燃え上がる
哀しみの茨の弓矢を解き放つ
時をすり抜け
最期の女王の胸を射抜いた痛みが
ショパンのピアノの旋律と共に
激しく鼓動を打ち鳴らし群集は踊り出す
アントワネットのように
ギロチン台で
愛し合いましょう
絶望と新生の淵の間から
甘く笑っては
舌を出すために
孤独が恐怖より
退屈な一生だったと
言わんばかりに
蛍光灯
明るさ四百ワット
お喋り好きな私
でもね
真後ろに
できる長い陰は
明るすぎて
見えないの
明るい私
笑顔の私
そこには
しわくちゃな
泣き顔や皺も
ひかりに消されて
つるんと剥けては
私ごと
蒸発してゆく
2012年02月17日
櫻狂(ハナクルヒ}
櫻(ハナ)に喚ばれたんだ、と少年(アナタ)は云った
(一)
春は宵櫻(バナ)
漆黒の薄衣纏し少年は
夜々に微熱を身に帯びて
春の目覚めを恐れては
右手に短刀 黒袈裟羽織り
まほろばの櫻(ハナ)に春を見る
櫻(ハナ)よ 華よ 心あらば
我が身の卑しき早春の
性(サガ)の時を御身に封じ給え
されど我が身も男子(オノコ)故
今 一度(ひとたび)の憐憫を
(二)
否 我は老い櫻(バナ)
もはや華の季節(とき)は過ぎました
妖しき言の葉薄紅の紅に宿して花弁舞う
春を忘却に沈めた櫻に何のご用意がございましょう
吹く風に抗えば命を冥府に墜ちるでしょう
黄泉路 開かぬうちにお帰りを
人が櫻(ハナ)に狂うなど
ましてや櫻(ハナ)が人に恋うなどと
(三)
春は夜
宵に酔い
月が奏でる魂の旋律
共鳴する二つの影は赤裸々に
深みに墜ちては昇りつめて濡れそぼる
幽妙な舟底は雫に溢れ
注がれる熱に鼓動は嘶き
時空(トキ)を超えて滑り出す
狂い櫻(バナ)と雄の四魂
絡み合い墜ちては突き上げ
奪い奪われ紅櫻
死と再生を繰り返し
櫻(ハナ)は満月
月に咲く
(四)
女の潮は男子(オノコ)の精を巧みに操り
尚 朱く 紅く天に向かう
男子は聖域を犯したその手で
小刀 ひとつ
自らの心の臓を櫻(ハナ)に捧げて 来世の春を誓う
【櫻狂(ハナグルヒ)
恋し女(ひと)は華と為り
来世の縁(えにし)を此処に結ばん】
黄泉平坂
禍事の
良しも悪しも
人知れずして
恋と呼ぼうか妖しと云うか
只、 櫻(ハナ)に喚ばれたんだと、少年(アナタ)は云った・・・
2012年02月12日
2012年01月30日
蛇の恋
蛇の恋
男よ
あなたの肋骨から
私を造り直してください
神より近く
愛より遠い
あなたの喉仏から
二人の過ちの声が
楽園の空を切り裂く
ひとかじりの
林檎の滴から
狡猾な女が垂れ流す
淫猥な蜜
溶ける骨
絡み合う舌
蛇の恋
2012年01月04日
二人ぼっち
二人ぼっち
辿り着くことのない
小指の約束
薬指に光る
リングくらい遠い人
夜に電波塔から発信される
アイラヴユー
私たちなんて近くて遠い
指先だけの街にいるの
淋しい夜の路地裏で
口笛ふき
怖くないよと
灯りを求めて
泣く子のように
私たち
二人ぼっち
2011年12月31日
新たな一字
今年がゆっくりと
重い荷物を背負って
通り過ぎてゆく
裾の長いコートを
年の瀬に引っ張るような
未練の風に吹かれたが
あなた方が繋いでくれた
手のひらを握りしめていたら
コートに隠れていた
新年が
私のセーターの胸元から
今年の抱負を連れてきた
あぁ
なんと書こう
この偉大なる
手のひらのぬくもりを
この
未来につながる
夜明け前の
一文字を
2011年12月29日
夜想
夜想
茅の外には蟋蟀がか細い音を
隅々に通わせていた
それは月光に曝された
虫の息
薄明るい十六夜
夜のかたまりが路の端へ流れながら
蒼白く行進してゆく
三叉路の標識に引っかかった
亡霊の衣擦れ
地蔵堂の扉が開いて鬼ごっこ
静かな月祭り
音も無く聞こえる笙の笛
皆を幽谷へ誘う
笙の笛
石を穿つ決意の哀しみは
黄泉路を振り返った
刹那に零した二人の
【あ】の火
無明の眠りから
何かがフッと囁いて二人の
【あ】の火が消え果てる
あるべきものが
在るべき国に還るのだ
おやすみなさい
胸の空洞から念仏が聞こえる
2011年12月17日
祈り
祈り
この細い道のりの
向こう側に
待っているひと
祈り
独りぼっちの部屋で
呟くような
口笛
祈り
一筋の頬を伝う
あなたへの
花咲く涙
遠くに見えた光
君からもらった
生きる言葉
祈り
ともすれば
誰かが
飛ばした
白紙の紙飛行機
(叙情文芸141号佳作作品)
2011年12月15日
詩集がみつからない
詩集が見つからない
君にあげる詩集が見つからない
私の陳腐な言葉じゃ間に合わない
下手なメタファじゃ
真心が独りよがりの余所の国
君の心の隙間に
じわじわと染み込むような
君の鋳型にピッタリ当てはまるような
思わず笑ってくれるような
忽ち愛(かな)しく泣きだすような
文字を探す 探す 探す 探す
何年もかけた秘蔵書に 収集した本棚は
君に想いを告げられない
2011年12月01日
ハンマー
ハンマー
おいらの家は解体屋だから、難しいことはよくわからねえ。
今日も親方に呼ばれて仕事をする。
扉を叩いて壊す。
瓦礫をトラックに積む。
そうしているうちに、隣近所の女の子が一人、おいらに向かって喋りかけた。
「おじさん。おじさんは、どれだけの思い出を壊してきたの?その家にはある家族が住んでいて、犬を飼っていたよ。おばさんは陽気で近所の人気者、おじさんは大工で家を立てる仕事をしてたよ。その夫婦には子供がいて、子供はお嫁さんになって、また子供を産んだよ。本当に幸せな家庭だったけど、いろいろあって、この家を手放さなきゃいけなくなったの。この家のおじさんは出て行く前日、昔の思い出を語っていったよ。前の池でジャコ取りをした事、大工として腕が認められたこと、一人前になっておばさんをお嫁さんにもらって、この家を建てたこと、子供を産んで親になることの喜び、帰ってくる家の灯りのありがたさ。近所の人の温かさ、孫に帰る故郷のない事実の辛さ。自分の責任のなさ、それらをみんな言ったら、ただ黙って泣いていたよ。それがここの主人の最後の姿だった・・・。」
「・・・・・・。」
「おじさん。おじさんに家庭の事情とか、現実の厳しさなんていいたいんじゃないんだ。
ただ、ただね。家って言うのは、居場所なんだよ。おじさんの持つハンマーは、それを知って使っているの?」
「・・・・・。」
「ごめん。責めてる訳じゃなくって、ただ、見晴らしが良くなりすぎて、私、とっても悲しかったの。
そして、知ってて欲しかったんだ。同じハンマーを持つ人間が壊すことも、創り出せることもできるという事を・・・ちゃんと、・・・知ってて欲しかったんだ。」
「・・・・・。」
「ねえ、ここにもいつか知らない家族が越してくるんだよね。・・・・新しい家が…建つ日がくるんでしょうね・・・。」
おいらには難しいことはわからねえ。
今日も親方に言われたように仕事をする。
ただ違うのは、右手のハンマーがいつもより少し重いこと。
※(詩と思想新人賞、第一次選考通過作品)
2011年11月29日
執着
夜が孤独を運び
激情が暗闇を
照らし出す
あなたの匂いの
立ち込める一切の
物たちが騒ぎだすと
血は蝋燭の炎のように
朱く蒼く燃え盛る
焼けない写真
褪せない傷痕
降り積もる優しさ
それらが真綿で
首を絞めるから
息ぐるしくて
胸をかきむしる
体に流れる水脈が
目から蒸発を始め
口から濾過された
水道水が零れ落ちてゆく
蝕まれて逝く躰に
ガソリンをまいて
渦巻き手を繋ぐ炎に
身を任せ
今 朽ちたはずの躰は
火柱となって
振り払えない
火の粉を生み出す
(困らせたい)
(奪い去りたい)
(閉じ込めたい)
燃え尽きることを
知らない炎は
成仏できない
狂女の亡霊にも似て
私と同じ顔をしている
2011年11月21日
孤独
宇宙が完全に時を止めたなら
人は空に憧れたりはしない
毎日が晴天ならば
一日で固形化した
油絵の具のような空に
群青色を塗りたくって
「よる」を作ってみたり
そこに青白い円をおいて
「つき」と呼んでみたり
そんな夢もみないだろう
重ね塗りするごとに
深まってゆく
キャンバスの果てしなさは
完成することのない
肥大する宇宙
誰かが言っていたっけ
人は少し孤独なほうが
宇宙に近づけるって
私は
宇宙というキャンバスに
神様がポツリと呟いて
落としていった
小さな赤い太陽
孤独は宇宙に
赤く咲く炎
私を燃やし続けて
尚 熱く
輝く
2011年11月16日
轍
轍
残されたあと
君を想う
安いドイツワイン
白と赤の交わる夜
残されたあと
君を慕う
赤いテディキュアが
張り付いたまま
剥がれておちない
指のマニュキアは
もう塗り直せない
海に投げ捨ててきた
白い観覧車は
潮風に錆び付いたまま
動かなくなった
君の瞳から
一粒の海
ハーバーランドで買った
思い出のリング
別離の記念にと
泣き出しそうな
碧い君
残された痕
お互いに貪り
オブラートの愛憎劇から
放り投げられた
ペアリング
最後のさよなら
叶わない夢
記憶に沈む
君との轍
2011年11月12日
積乱雲
積乱雲
どこかに積もった溜息が
舞い上がって塵も積もれば山となる
君の頭に積乱雲
のんびりと羽をのばしているけれど
今か今かと
稲妻を腹に鱈腹蓄えながら
ふわりふわりと
薄笑い
2011年11月10日
紅い紐
紅い紐
「お前が必要なんだ。」
「でも、俺は妻を愛しているし、故郷を離れたくはない。」
「会社に縛られて、シャツがシワシワになって、
ネクタイが曲がってても、笑って営業に…」
そこまで言って彼は急に
携帯の声を押し殺した
一人寝の女の部屋で
夜が震えた
私は彼を縛る総てのものから
解放して
色を着けてあげたかった
(お前が必要なんだ)
守れない告白
色褪せないうちに
私は薬指に
ガーネットの指輪をつけて
空中で手首を
ひらり ひらり
と揺らす
まるで心中する事を
手招きするように
2011年10月14日
詩
詩
例えばそれは
赤ちゃんの握り拳から
例えばそれは
浅い眠りから
例えばそれは
活火山のマグマから
混沌と極彩の向こう側
ゆらゆらと
浸透してゆく
言葉にならない文字
バースデー
あなたの口に
シフォンの肌を
仄かなは炎は
あなたを温め
歳月が丸みを帯びて
一年の情熱に
火を灯す
この日
初めて泣いた
あなた
金木犀の薫風に寄せて
黄金の祝福と
月桂樹の冠を
今日のあなたに
届けたくて…
2011年10月12日
月齢 1.5
月齢1.5
海が荒れてくる
深い底から彷彿と
なにか躰を流れていくような
小さな月を身ごもるような
潮の渦 月の引力に支配された
躰を持つ「女」
苦い夜 甘い夢 掠れた声
私 月齢 1.5
2011年10月04日
おやすみなさい
おやすみなさい
お休みなさい
大松が炭になるように
マッチが空箱になるように
人の息がリズムよく脈を打つように
忍んでくるのは
黒いルービックキューブの欠片
パズルの一ピースを
張り終えて
完成した地図に横たわり
あなたは朝まで船出する
おやすみなさい
よい航海を
2011年09月29日
たそがれる
砂浜にポツンと
白いベンチがひとつ
用意されていた
私はそこに座って
地平線に沈む
夕日をみていた
青かった波は
茜色に染まっていった
私はただ
沈んでゆく夕日を
眺めていた
私がこのベンチに
居座る前に
何人かがここを
通過したらしく
消えない足跡が
ベンチから
北に向かって
遺されていた
私は
白いベンチが
紅蓮の炎に照らされたとき
持っていたボールペンで
落書きした
このベンチに座った者
これから座る者よ
言葉だけおいて
私も逝く
と
深海魚
深海魚
潰された光の魚群
盲しいた魚の涙は
静寂に押し込められた
鱗の形
珊瑚に隠した憂いが
光にゆらめく
届かない
羨望の泉水
私の真昼は奪われ続け
動くことも海流にのる術もままならず
幻影だけが水面に浮上し
一片の残骸も遺さないまま
私の訃報が水底で渦を巻く
迷子になった
私の亡霊が
漂流して
盲目に
魂のよみがえりを繰り返す
夜明けに
憧憬の念を抱いて
迷妄の波にさらわれた
己に泣いてみても
黎明も届かない
毎日に
今日を沈めて
目を閉じる
2011年09月22日
きみの音
きみはぼくの歌であり
詩であった
きみはぼくの透き通る風
静かな湖水
きみがシーラカンスだったころ
ぼくはアンモナイトだった
君が活火山で怒っていたとき
ぼくは冴えない紙切れだった
きみがぼくと歩んだ道は平行線
一番近くできみをみて
一番遠くに感じてた
きみ
もういいよ
きみが地球の裏側で
クリスマスを迎える頃
ぼくはたぶん砂糖黍を
植えている
植えているんだ
飢えているんだ
餓えていたんだ
パキリと折れた砂糖黍
きみにあげるハートのチョコが
ぼくのために割れた音
2011年09月19日
アディクト
アディクト
麻痺した詩文
解読不明の怪文書
死海に沈んだ遺跡
白い部屋には
彷徨える頭脳
細胞分裂を繰り返しては
前途多難の前頭葉
一途な道に
立ち入り禁止の立て看板
ストーカーが
グルグル廻る
終夜(よもすがら)
もしかしたら
君にアディクト
2011年09月04日
眼光
眼光
あなたは言葉を探す
本棚の深い森に
真昼を横切る猫の瞳に
君は主張を述べる
褪せた選挙ポスターに
迷い犬の張り紙に
人々は見つめ続ける
車に敷かれた猫の白目
保健所に運ばれる野良犬の陰り
私たちは詩を綴る
滲んだ万年筆のインクから
本当に伝えたいのは
青い涙
眼のスクリーンに焼き付けられた
日常化する赤と黒を
鋭利な刃で記録する
行間の隙間に想いを折り込み
文字に祈りを託してみても
ペン先から滲んだ染みが
じわじわ波紋を投げかける
それぞれに与えられた質問用紙
青いインクは「空」を描く
胸にインクを滲ませて
私たちは寂しく停電するだろう
それでも遺さずにはいられない
記憶の森に沈まない太陽
夕映えをに轟く雷鳴
稲妻のような瞬き
全ては
見開いたままで
2011年08月29日
晩夏をゆく(小詩 四編)
晩夏をゆく (小詩 四編)
【晩夏】
線香花火は湿って
微熱は褪せてゆく
なのに
鼓膜から
蝉時雨が
鳴きやまない夜
【立秋】
まだこない手紙を
待つような
忘れた人から
ひょこり
電話がくるような
女の第六感が
少しずつ
紅葉するような
【彼岸過ぎ】
あの人たちは
ちゃんと
往けただろうか
燃えるような
彼岸花の合間を
【故郷】
ここ以外
どこにふるさとが
あるのだろう
桐の箱には
干からびた
私のへその緒
2011年08月28日
妄想不夜城
花が咲くのは昼などと
決めてしまったのは誰ですか
月下美人は夜に咲く
恍惚を匂わせて
激情に小さく悲鳴をあげた
私の城は月の城
深夜に浮かぶ月光花
欠けたり満ちたり消えたりの
たどり着けない蜃気楼
花は静寂に覚醒し
不眠の芳香を放ちつつ
瞼をあけたまま夢を見る
今宵限り花は狂人(くるびと)
紗をもがれるように
薄い粘膜に誰かが痕をつていく
零れた夜露に花が泣く
次から次々花は咲く
私は城から出られない
城が花に埋もれて
狂人廓(くるびとくるわ)になりました
花が咲くのは昼などと
決めてしまったのは誰ですか
月下美人は眠らない
夜に抱かれた春の性
誰も知らない秘密の花弁
一夜限りで散らしましょう
2011年08月24日
煙草
沈黙ケースのホテルから
四角四面な私を取り出すと
いとも軽く持ち上げて
唾液のベッドに放り込む
真っ白な私に真っ赤な言葉で火を付けて
頑なな私の芯を解ようにくちづける
あなたが私の躰を吸う度に
痣になった蛍火が
儚い命を闇に溶かして消えて逝く
ギリギリまで私を奪うくちづけは激しく
火照る私の体温は発火し高熱を帯び
病に犯され寿命を削り取る
あなたの憎らしい執拗な戯れに
私はヤニついた毒を吐く
けれど
容赦なく私を一本一本と
征服してゆくあなたの指先が
私を狂わせ胸の炎を踊らせ
私を蝕んで愉しんでいる
あなたの咽せた咳 ひとつ
これが私の精一杯の抗い
蒸気した私の涙が紫煙となって
くゆり くゆり と立ち上る頃
あなたに愛された記憶は
夜にはぐれて薄れてゆく
思い出を全て空にして
私を簡単に捨てるあなたに
報いを授けましょう
あなたの肺は真っ黒い点描画
誰も入る隙間もない
私だけの部屋になる
2011年08月16日
小詩 四編 4
小詩四編 4
【すれ違い】
そろそろ来ると
思ったとおりの
すれ違い
【水溶性】
文字が滲むのは
涙のせいね
水性マジックで
君を呼べば
夜が溢れる
【鍛える】
あなたは鉄棒の逆上がりが
上手にできないからといって
手の皮が破れるほど
しがみついて
握りしめてはいけません
鉄棒は汗で錆びて
あなたは淋しくて
逆上がりしたくなるだけです
【逆鱗】
逆なでした冗談は
嘘ではないから
厄介だ
真実みたいに
輝く嘘は
皮肉に彩られ
鱗に尾鰭をつけらた龍は
ストレスを溜め込んで
いずれは
雷を落とすだろう
2011年08月06日
騎乗体
騎乗体
馬が鬣を靡かせると
私の空白が埋まる
摩擦する風を受け止めながら
まだまだ走り出す
熱風に怯まず
身体ごと曝された
狂態が踊り出す
発火する魂は
新しい炎を生み出し
空白は燃やされ
女は叫びながら
刹那を駈ける
2011年08月01日
詩
詩
し 音にだしたら黙り込む
四 数にして見りゃニで割れる
紙 インクが無くちゃ白いまま
死 白い布巾が顔を隠す
ともすれば
詩 長い一行の地平線
言葉
愛する人よ
鏡を見ずに私の方へ振り向いてください
月光があなたの顔を照らすとき
私は最初で最後の言葉を伝えることができるでしょう
でも雲が残酷に月の灯りを消したなら
私は黙ってあなたに抱かれに行くでしょう
2011年07月31日
じゃあね
捨ててしまいたい
あなたとお揃いのペアリング
忘れてしまいたい
私だけを映していた瞳
封じてしまいたい
色とりどりのラブレター
燃やしてしまいたい
あなたまみれの日々の私
送り届けたい
配達人が間違えて
隣のポストに入れた
手紙を
ひとことだけ
じゃあね
2011年07月29日
闇の告白
闇の告白
くちづけという名の枷で狂わせて
滴る雫 溢れても離れず離さず
絡まった舌 噛み切れるように愛しても
尚余りある激愛の渦に
我 狂女となりて
狂人廓(くるびとくるわ)で
あなたを待てば
吐息は罪に
忘却は彼方に
千夜一夜の夢現は
闇への餞 極彩色に
2011年07月26日
イチゴジャム
イチゴジャム
お父さんとお母さんの間に
イチゴジャム
拾いなさい
そして捨てなさい
粗末にしてはいけないだろう
お父さんとお母さんの間に
飛び散った
赤いジャム
わたしが棄てたのは
二人の間で
泣きたかった
イチゴジャム
瓶には戻らない
イチゴジャム
産地も定かでないジャムを
メーカーのない瓶に
瓶詰めにして
わたしの手が真っ赤になり
ベタベタと未練の
てのひらを差し伸べるように
わたしに始末される
赤いジャム
わたしはその瓶を
月も星も知らない夜
桜の木の下に埋めた
狂い咲きの桜は
薄紅色に最期を彩り
散っていく
ほんの少し
イチゴジャムの
薫りを残して
螺子
螺子
寝ている時間が長くなった
父の螺子が緩んで
肝臓から穏やかに血は流れ
肝機能は停止状態
寝ている時間が長くなった
母の螺子が錆びて
筋肉の凝縮にから激痛
ペースメーカーの心音は
時折 静止
寝ている時間が長くなった
私の螺子が横に倒れて
私の首
薬物漬けの注射器の穴
いつしか沈黙
独りがため息を吐き出し
独りが饒舌に罵り
独りが上手に雲隠れする
まだ生きていたいというわけでなく
まだ死にたくないだけです
人が死にたがるのは上手に生きられないのではなく
自由に生きられないからです
あぁ 誰か螺子を元に戻してくれませんか
緩んで 泣いた顔になる父の
錆びて 動けなくなる母の手の
傾いて 口から食べ物をこぼす私の
螺子を正しい方向へ強く強く回して下さい
朝 目覚めたなら朝日に向かって
おはようございます
と 弾む声で
家族が笑顔で動けるような
回り続ける螺子を
三本だけで宜しいですから
2011年07月23日
時計
デジタルの数字が夜を呼ぶと
充電切れの私が点滅して
茜色に染み込んでは 暗く沈んでゆく
あなたの数字の一の位置に
私のI(アイ)が点りますように
精密に絡む歯車のように
ぴったり合わさった
私たちを急かす息使い
黎明ががひそやかに
射し込むと点滅する時間とあなた
タイム・オーバーな千夜一夜は物語
とれないワイシャツの皺を共有しながら
革靴とヒールの差くらいの短針と長針が
駅のホームから遠く見えた
ヒールの先にあるため息が
流れる車窓に自分の顔を映す
満員電車のポスターは
振り子のようにゆれていた
私は街で充電器をひとつ買い込み
独り部屋の時計を眺める
(タイムリミッツト)
独り部屋に秒針の声が突き刺さる
やさしい嘘をつきながら
奥様にただいま
と 挨拶するあなた
ねぇ
あなたの時間は今何時?
2011年07月17日
呼吸をするように
言葉を吸うように
息を吸う
舌の裏で
青と赤の脈動のバランスを
転がすように
味わいつくす
言い訳を企むように
息を吐く
罵声と後悔が
テノールで黄昏の
シンフォニーを奏でる
呼吸困難になるまで
しがみつく
絡まる
互いの視線の隙間から
見え隠れする
薄利された日常が
口内から腐臭を放つ
息を吸い
息を吐き出だす
言葉を交わすため
言葉を封じる
あなたを吸うごとに
言葉が蠢く
血流が逆巻き
子宮から
胎児の握り拳ぶんの
我慢を強いられ
密閉された口腔から
あなたの遺伝子が流れ込み
私の胎内(なか)で言葉が産声をあげる
2011年07月11日
月美
月美
だからお前はここに来た
暗い病室を飛び出して
病の茨をすり抜けて
化石になった僕の部屋で
今 白い花を咲かそうとしている
月美
おいで
お前の願いを叶えてあげる
お嫁さんにしてあげるよ
シーツはいつも冷たくないことを
暗闇にはやさしさがあることを
苛まれる悦びを
鬩ぎあう愛しさを
ほどかれない激しさを
爪の先まで 教えてあげるよ
覚めないおとぎ話を囁いてあげるから
命の芯まで 自惚れたらいい
子猫のような悲鳴をあげて
あとは波にさらわれたらいい
ごらん
海底に眠る君の体から透明な茎が
月に向かって伸びてゆくよ
月美
哀しいけれど
お前はそれを見ずに短い夏を逝く
お前が咲かせた花は
月下美人
儚さに背を向けて
薄明かりの部屋で
小さく悲鳴をあげたような花
満月
満月
変貌する月から漏れる吐息は
獣の嘶きように
二人は赤い言葉で
交尾する
出会えた手応え探す夜
あなたに溶けたまま
解読出来ない暗号を
私は一夜で孕む
満月の夜は
いつも胸が騒ぎ出す
もうひとりの
あなたが私の胎(なか)で
ゆっくり
海へ漕ぎ出すからだ
2011年07月06日
詩人
詩人
追い越せない季節を
記憶に攫われるような
覗き穴からみた秘密を
焼き付けるような
あどけない笑顔を前にすると
白紙が埋まらないような
あなたは宇宙の余白のような
虚しさをを秘めたままで
海溝の奥底に眠る
マグマの激しさに触れてみるような
感性の旅を続けなければならない
私たちは行間に宙(そら)と海を飼っていて
その隙間から
透明な魚だけを食べて生きています
だからでしょうか
ペンを持つと
必死で空腹を満たすため
文字を紡いで網をめぐらせ
空を仰いでは
真昼の魚座を
捕らえようとしたがるのは
2011年07月03日
夢想雨
私の子宮に春雨
薄淡い白雲を覆う粘膜の空
沈黙の物干し竿にとまる湖水
溜め込んだ吐息
シトシトと
冬の憂鬱は流れてゆく
私のためらいは
物干し竿に留まったまま
デジャビュ
白糸のように燦々と降り続く水は
私の横隔膜の隙間から
私の部屋へ入り込み
小さな呼吸を繰り返す
雨は降る
雨が降る
私の子宮に雨が降る
この水面の器から
溢れる涙
さざ波の鼓動
弾ける産声
小さな握りこぶし
嬰児よ
ゆりかごのなかで
新緑に染まる
春を待て
2011年07月01日
萌芽
ひだまりに誘われて
なだらかな傾斜の苔むした土手に座り
私は春をスケッチする
やわらかな風は
頑なな桜の蕾に
息吹きを吹きかけ
陽光を注がれるまま
池の水面はきらめく
ごらん
こぶしが握っていた冬を
空へ放っているよ
水面は風にそよがれるままに
まばたきを繰り返し
乱反射する煌びやかなメロディーを
ゆるやかに泳がせる
山上の鉄塔たちが
灰色の鉛筆で
青空に落書きして
白い雲が一つ生まれた
光は平等に春を告げ
今 一枚の淡彩画の中で
私は確かに息づいている
2011年06月10日
分岐点
人生はいりませんか
人生はいりませんか
老いた瞳が訴える
人生って何だろう
人生って何だろう
振り向きたがる団塊世代
人生に愛を加えたい
人生に愛を加えたい
必死でキーボードのiを押す三十路女
人生ってしまむらに売ってるの
人生って今 流行ってんの
ショーウィンドーのマネキンのような女子高生
それぞれの胸の振り子は
午前0時が始発点
逆回転する短針の
指さす先は謎かけ問いかけ
質問攻めの終止点
あるいは
道行くダンジョンで
大皿に盛られた過去と未来
秤にかけたら
懐古と倦怠の分岐点
2011年06月05日
抱いてみたい
抱いてみたい
何も知らないきみを抱いてみたい
音楽よりも激しい音を奏でる躰
遮断した胸の鼓動
時々寂しげな眼差し
素直になれない強さ
君の全てを暴いてやりたい
何も知らないのは
お互い様だから
人は微熱を重ね
夜に手のひらを握りしめ
独りでないことを
確かめたがる
その夜を二人で越えよう
何も知らなかったその瞳に
一体何が映るのか
光 溢れる未来
重ねた温度から広がる地平線
その海原で君は自由に泳げるだろう
全ては君の手の中に
僕さえも虜にして置いて
何でもも知ってるくせに知らないふりする
薄情なきみごとを抱いてやりたい
(とある、少女に・・・)
2011年06月03日
空中庭園
空中庭園
用意したものは
ハルシオンと
カッターナイフと
包帯
壁には壊れた時計
床には硝子の花が咲く
お互いの手首を傷つけ
血の赤さに安堵して眠る夜
幻覚の森で落ち合って
オルゴールの棺に収まり
夜は宮殿を抜け出し
裸足でピアノの鍵盤の上を踊ったよね
君は永遠の乙女
黒いレースのついた喪服で僕を迎え
幼さの残る激しさで僕を射抜く
そのままで居られなかった苛立ちは
伸び始めた手足たち
汗ばむオスの胸板の下で杭を打たれ
僕はオンナという遺伝子組み換えの罰を受けた
男という生き物は
僕の背中に腕を伸ばすと
「コレは邪魔だな。」
と笑いながら翼をもぎ取り
僕に足枷をして繋ぎ止め
夜しか知らない生き物に作り変えた
人殺しにも似た行為を毎夜繰り返し
僕は残酷になった
もう庭園(くに)には帰れない
なのに君がくれた一輪の薔薇が
故郷(ふるさと)を恋しがるので
地獄にいても
晴れた日は空を見上げて涙が出たりする
あの二人で覚えた遊びは封じられずに
思い出が骨を砕く
帰りたい
還りたい
孵りたい
用意した物は
ハルシオンと
カッターナイフと
包帯
今から逝くよ
肉などそぎ落として
白い粉になって
透明だけが支配する
二人だけの
空中庭園(おうこく)へ
虹
虹
虹を あなたにあげたいんだ
たくさんの色をして
空に続く橋のようで
きっとふたりで渡れば
夢にたどり着くはず
きみの病気も
あの架け橋の向こう側には
きっとないはず
だから
走って走って
雨がやむまえにって
太陽が沈むまえにって
祈りながら走ったのに
ぼくの手には
転んだ時の泥しか
つかんでいなかった
それなのに
きみは
私が見たかったのは
虹じゃなくて
泥だらけのあなたなの
なんて笑うものだから
ぼくは泣けてしまって
泣けてしまって
西日がさす
病室で
ぼくの顔に
うっすらと
虹ができてしまうんだ
2011年05月29日
サイレン
サイレン
どこかで
サイレンの音が聞こえてきます
もう春です
日向ぼっこの子犬は
欠伸をしているのに
どこかで
サイレン音が聞こえてきます
今日は快晴
白梅が開花して
いい匂いが漂ってきます
だけど
どこかで
サイレン音が聞こえてきます
どこだろう
サイレン音
探しても探しても
見つからない
私は絵にかかれたような
真昼が嫌になって
側にあった
ペインティグナイフで
午後の憂鬱を
斜めに切り裂いた
それでも
サイレンが鳴り止まない
あぁ
そうなのか
そうだったのか
思い出しました
私は知らないうちに
孤島に独り
生き残った
最後の人間
だったのですね
2011年05月23日
告白
告白
今 貴方の声があれば
私は独りの夜に抱かれる
一度きりの
白いロングドレスを
赤い花で泣かしたのは誰
花束より
貴方が髪を撫でてくれる
てのひらの優しさを
髪飾りの思い出にしていたい
言葉より温もりを伝えてくれたら
離れられなくなる
私は【女】だから
2011年05月19日
蝕まれた夜
黒いガーターベルトで手を縛めて
薔薇の蕾で身体を奏でて
そして命令してください
(決して声は出すな)
と。
闇に浮かび上がる二つの脚を手折るように
こじ開けてねじ込んだ舌から
赤いスティグマ KISSは疵痕
死に神に抱かれた夜
快楽の目眩 意識は剥離 記憶の錯乱
忘却(レテ)河に沈み 溺れ続け
破れた鼓膜から オフィーリアの歌を聴く
貴方は海底に隠した私の柘榴をむしゃぶり続け
その底をなぞりあげる
私の声は地上の果ての貴方の本当の名を
呼び続けることでしょう
その声すらも私を嘲笑する右上がりの貴方の
口角にふさがれて
私は達しながら窒息死を
余儀なくされるがままの奴隷裸婦
悲鳴は忠誠の証
どうぞ 今宵
私を貴方だけの診断室へ
私を全て捧げます
どうぞ隈無く 膣(なか)を
お調べ下さい
光も射さない密室で
優しい拷問部屋の檻の中
十月十日
貴方に似た子を宿すまで
私を どうか赦さないで
赦さないで・・・・
夜はまだ
はじまったばかり・・・・
2011年05月18日
とおりゃんせ
とおりゃんせ
とおりゃんせ
とおりゃんせ
私の未知数
夢の数々
とおりゃんせ
横断
斜断
く/び
転げ落ちた
藪椿の花
落ちる音は
悲/願の赤文字
とおりゃんせ
とおりゃんせ
向こう岸へと
とおりゃんせ
彼/岸
彼の岸辺
賽の河原に
鬼が来て
戻れなくても
とおりゃんせ
2011年05月16日
泣く花
どんなに綺麗な言葉を並べても
それは私の言いたい事じゃない
どんなに綺麗に言葉を選んでも
暗闇が深くなるだけでした
どんなに綺麗な言葉を重ねても
花は必ず無常の風に舞い散るでしょう
あなたと語り合う言葉
笑顔と光に揺さぶられ
花はポンと咲く
けれど
落ちるその瞬間に
あなたのてのひらの中で
死ねたらいいな
(魂が振り向いて少し泣いた)
命或る限り
言葉を並べて選んで重ねて
紡いで逝く
命或る限り
あなたを慈しみ
生きて逝く
自然に零れた涙が
ひとつぶ
生死の狭間を
歌い続けていた
2011年05月14日
ただのひと
ただのひと
働いて働いて
稼いだお金は
ギャンブルに
喧嘩して喧嘩して
母は身重のまま
実家の病院で
弟を産んだ
望まれない子は
進学校の生徒会長に
期待して期待して
育てた会社と娘は
倒産した
単身赴任と入退院
歯車がかみ合わないまま
二人三脚の人生を
終わらす父へ
詫び状を
書き足す頃に
癌の宣告
喀血死
サヨナラだけの
ただの人
生んでくれただけの
ただの人
私がこの世で
たった一人
【お父さん】と
呼べる
ただの人
2011年05月11日
春嵐
幾つもの夜を抱いて
胸に描くは夜の月
春雨 憂い
夜の静寂に降る銀糸
闇に浮かぶ裸の輪郭は
剥離する眼にこびりついた
春の灯
三日月に横たわるあなたを
水が蹂躙する
紫淡の指先 曲線をなぞり
月光の如き肌は
歪な旋律に耐えられず
狂乱の蜜は滴る
真綿で首をしめるように
愛された躰に
牡丹の花弁は舞い落ちる
掌中で喘ぐ小鳥の
あいくるしさよ
恍惚と痛みを柩に納めよ
春乱
淫を誘い 白濁する視界
独り歩きする身勝手な独占欲は
あなたの骸を沈丁花と共に沈める
乾いた魂 青ざめた唇を
黒い爪でこじ開けて
口腔から溢れる紅の接吻
あなたの名を掠れた声で叫んでも
届かない恋
春嵐に
狂った二つ銘
紅の慟哭
月の沈黙
2011年05月10日
ひだまり
ひだまり
夢見心地ですか
夜だというのに
まだ遊び足りない
と駄々をごねる
あなたは少年
私の胸に
あなたが漕いだ
ブランコが
ひっそり
揺れています
一緒に
靴飛ばしした
公園
あの日の靴は
木陰に
隠されたまま
秘密の基地に
置き忘れた
あなたの知らない
ひだまりの
思い出話
2011年05月08日
手紙
手紙
誰かに手紙を書いてみたい
水面を漂うせせらぎと
若葉が色づくような思いのたけを
彩るように綴ってみたい
誰かに手紙を書いてみたい
それは天の川の物語
それはロミオとジュリエット
それはローマの休日
それは
眠りに埋もれない春の夜の夢
誰かに手紙を書いてみたい
未来の自分に届けたい
過去の自分に投函したい
一生懸命生きてきたか
尋ねられたり
尋ねてみたり
誰かに手紙を書いてみたい
青いインクを滲ませて
泣きながら
足掻きながら
私はここよと
どこまでも
どこまでも
あなたへ
2011年05月05日
ましろき月を紅に
ましろき月を紅に
切り取られた枠の中
微笑する貴女よ
夜々に言葉を降らせ
あらゆる星々を従え
寂寥の渦から
零れるは月の雫
笑顔の下に隠されし魂の旋律を
赤い媚薬に変えてくちづける
柔和なましろき肌に
刺青を施すように僕は愛す
刻印を受け貴女はのけぞる
火照る傷口
指先 爪弾く肢体
貴女の狂態
魂の戒め
刻印に成婚の証を
あらゆるスティグマを
貴女の痕に残し
解読出来ぬ夜を抱いて
今宵 鏡台に浮かぶは
紅に染まりしましろき月
2011年05月01日
すべてが砂に埋もれても
すべてが砂に埋もれても
満ち欠けする
嘘月に
惑わされるように
濡れた秘め事は
夏の日の線香花火
あなたの後ろを
追いかけてきた
私の足跡が
深海に眠る貝に
なりはてても
一方通行の恋の標識
私の墓標を
覚えていてください
全てが砂に埋もれても
記憶が灰になる日まで
2011年04月30日
ボディーペイント
私は身体に
金色の蛇を飼っています
嫉妬の流動体が
這いずり回る
未練と栄光だけが
支配する半身
私は紫の鱗の分だけ
秘密を持ちます
爪先形の秘密たち
肌を締め付けこびりつき
過去の恋を
絞り出そうとする
私は表情を隠したまま
唇を閉ざし
誰にも知られぬよう
あなたを
アドレナリンから
追い出そうと足掻きながらも
滲み出る
終わった沈黙の夜を
数えています
私は上手に苦悩する
だから
あなたよ
描いてください
鮮やかだった
過去を私に
詩と思想五月号佳作作品
調律
曲がりくねったト音記号を筆頭に
平行線は果てしない
追いつけないダブルシャープ
デクレッシェンドが
ゆるやかに
あやしてみたり
フラットに なだめられたり
頑固な全休符は
ポディティブな七連符と
相性がが合わない
沈黙の深みを教えようとしても
生まれついての八分音符
サッサと転がり
逃げてゆく
平行線に並べられた
ひとつひとつの個性たち
ひとつとして無駄はないのに
噛み合わない不協和音の楽譜を
ただ眺めながら
黒く塗りつぶされた
記号の群れを指でなぞり
歌えないプリマドンナ
声が出なくなった頃
ト音記号の歪曲さ
今更ながらに
思い知る
詩と思想五月号佳作作品
2011年04月26日
歯車が狂うように
歯車が狂うように
歯車が狂うように
詩をつづる
ペン先から漏れてく私
棺に文字を入れられて
喋りすぎる言葉の茎が
耳元から伸びゆく
咲いた向日葵が
うなだれて
私の顔色を伺いながら
土色に染まる
私は静かな雨音に
消されて逝く
去りゆく人々の骨を
拾う
墓標
詩人の墓に
添えられた言葉は
喪失
ひとつひとつの
歯車が狂うように
詩人の運命は
張り詰めた
ピアノ線
一筋の音色しか
奏でることを
知らない
2011年04月22日
波紋
路地裏の企み
過労死する
サラリーマンに集る
マスコミ
埋蔵金の謎解き政治家
原発の隠蔽科学者
たかが日本
されど我が国
出てゆけない自分に
破門
2011年04月19日
感情
感情
入り込む海に
渦潮が逆巻き
碧い涙を
凌駕する
満月には
満たされ
新月には
干からびて
嘘月の賭博に騒ぎ立つ
鼓動の狭間
満ちたり
欠けたり
満ちたり
欠けたり
2011年04月14日
砦
砦
岸壁の上に砦
打ち砕く
女のヒステリー
荒波を見下ろし
包括する空と海
たとえるならば
私の灯火
哲学より深く
恋愛より激しい
あなたの身体は
そんなにも
細いのに
砦に差し込む
日差しは
暴力的なほど
私に優しい
2011年04月10日
再会 〜或る女の為に〜
再会 〜或る女の為に〜
指で弾くような恋をして
泡のようにふくらんだ蕾のままの私
黙って剥がれないマニュキュアを
そっと塗る
この指先に点る灯りは
誰にも触れさせない
指先から身体の芯まで
発光する流動体を
揺らめく炎に変えて
旅人の帰りを待ちましょう
邂逅を一陣の風に今は攫われても
春雨が別離の涙を溶かしてくれる
春 雛罌粟を一輪ください
花言葉は純愛
さらば恋人
されど恋人よ
私は歓んで貴方の礎となりましょう
布団
布団
慈しむような嘘で
温められ
抜け出せない私を
抜け殻にした
快楽部屋の牢獄
私は私の夢を
毎夜咲かせては
腐らせ
咲かせては
腐られ
干さなければ
ならなくなったほどに
悪夢は染み付いて
今も まだ
一緒の布団で
眠っている
2011年04月08日
ミエナイチカラ
ミエナイチカラ
見えない引力で二人は
繋がっているのに
春嵐の花びらにかき消されて
彼は貴女に気づかないで
今日も明日も明朝体を
打つでしょう
互いがS極とN極ほど
正反対でありながら
強く惹かれ合う
その磁力に明朝体もペンもなく
彼の目には裸の女が独り
言葉なく真夜中過ぎの
引力に抱きしめられるだろう
小詩 四編 3
【目眩】
嘘のような誠が
まことしやかに
うそぶいて
三億年から
地球を廻す
嘘が誠で誠が嘘で
愛と正義が見つからなくて
兄弟人類
まことしやかに
目を回す
【電灯】
僕の中に
ホタルの下に
君の芯に
灯りが点ると
よその子供が
たくさんよってきて
笑顔の明るさ
四百ワット
【眩しい】
あなたの鎖骨から流れる
一滴
【指輪】
あなたが
薬指に噛んだ
歯形が
痣になったまま
私を赦さない
2011年04月04日
母子像
母子像
私がお腹の中にいるときに
母が一枚の
絵を描いていた
柑橘系の匂う顔彩を
指で取っては
子宮の辺りに
私の表情を笑顔に描いた
私がお腹の中にいるときに
母は一枚の絵を描いた
自分の骨を砕いては
白いテンペラ絵の具にして
私の肌を色白に染めた
けれど
それはとても酸っぱい記憶
私は檸檬と母の骨を
かじりすぎて
血塗れの罰を受けた
罰に泣き濡れる私を
産湯で洗って
母は初めて
自分の絵が最高傑作だと
微笑んだ
母親はお腹に子を宿しては
母子像を描く
その腕(かいな)に
おしっこを漏らしながらでも
飛び込んでくる
乳飲み子の
夢みながら
2011年03月29日
青空から涙
青空から涙
青空を折りたたむような
終い事に追われ
広げた風呂敷も
今となってはたためない
こびり付いた友情を
優柔不断と殴り書き
サヨナラ
と 一言書いた紙飛行機
青空に向かって
飛ばしてみたら
たちまちの曇り空から
大粒の涙が降ってきて
私が慌てて折りたたんだのは
あなたからの
最後のラブレター
だったのかもしれない
ひとこと
ひとこと
私を見守ってくれた人
私を泣きながら憎んだ人よ
頑なにして繊細
潔癖で完璧主義
口下手で手も握ってくれない
多くの人に慕われても
孤独だと言い張る
リア友よりもネット友人に愛を売る
上辺だけのおべっかと愛想笑いの中
生き抜いてきた人よ
そんなあなたをずっと温もりが伝わるまで
抱きしめてあげたかったのだけど
生憎私は生まれながらにして無神経
厚顔無恥は得意技
あなたを見つめ続ければ被害妄想も関の山
歩み寄れば喋りすぎ
あなたに本当に言いたかったこと
(もう 我慢しないで泣いてもいいんだよ)
って素直に言える可愛い女になりたかったの
たったひとこと
たったそれだけ
あなたに言いたかった
私は来年空に還るかも知れないけれど
いつか思い出して欲しい
そう
例えば来年
菜の花が黄色く色づく頃にでも
あなたを愛していたことを
2011年03月28日
しみ
私たちは言葉を蹂躙する
無形の言葉を注ぎ込み
器の中にシロップを混ぜる
ベッドの上の揺すられる裸婦
握ったシーツに手汗が沁みゆく
(汝 姦淫する事なかれ)
泉に指を差し込こみ呪文を囁くと
秘密の扉は海底から開かれる
あなたが満ちる
頭が白濁する
戒めがしみこむ
(汝 姦淫する事なかれ)
蝋燭が戴冠する炎に過去のフィルムたちが
セピア色に染まってゆく
蝋はしみこむ
炎は続く
私を溶かして透明にする
声も指も涙も嘘も
絶頂の哀しみに身を浸す
(罪なき者は この女を石にて打て)
私の五臓六腑にしみこんだ炎は
一夜の夢の灰となる
私は夢の残骸を拾う
ショーツの底に溜まった苦い潮
戻れない女の性(サガ)
(我も又 罪人なり)
私たちは言葉を蹂躙する
過ちの芳香(におい)
心裏腹 体が覚えた逢瀬の
うれしみ
川
川
私の目の前に川が流れていた
多分物心ついたときからだったとおもう
十三才のとき赤く染まった私の体内(なか)から
流れる水をみた
(あの川の向こう側へいきたいな)
なぜかそう思えば想うほど その日から
両親を殺さなければいけない気がした
十八才の時父親に刃物を向けたのは
水の流れが逆流するような
同じ血を持つ二人の
悲劇性だったのかもしれない
(あの川を越えるためにこの男を切り倒さなければ)
私は歪な筏を早く作ってでも
川の向こう側の風景が見たかった
シネ という他力本願の寺にある山水
コロセ という自力本願の寺にある鉄砲水
青い呪いは逆巻く怒濤の飛沫に
父の血清は蝕まれ 視界は濁り
こめかみの動脈瘤は耳から赤い水を垂れ流し
老木は還暦の波紋の年輪を残して倒れた
川の向こう側には
生と老いの悲しみが
一掬いたまっていた
水 一救い
そのてのひらの泉に映っていたのは
ギラギラの眼 昂揚した顔で
笑いながらナイフを向けた
愛娘
あぁ 川は流れ続けるのだ
川は
川は
2011年03月23日
十六夜の月
月夜見という
貴女だけの昔の神を知っているか
冥界を支配し
夜を静寂に帰し貴女の寝顔を細く強く照らして
月光で髪を梳くあの神だ
貴女の為だけに詩(うた)い
姫と蛇を
使い分ける卑怯な
アオイケダモノ
闇の属性 あの神だ
だが
あなたは神と呼んだ男は鬼だったのだ
奴を喚ぶ声は今は闇に溶けて聞こえなくても
覚えていて
月夜には月詠みの詠と指を愛でた猫
鬼の指を透明にて涙を隠した白い猫よ
自ら鬼の名を名乗り鬼を愛した貴女が天女
月夜見はただのフクロウ化けた鬼の二つ銘だ
されど
奴は言った
信じているから手放すのだ
貴女には輝く未来があるのだと
お互いの手首の傷口の言い訳を
知らない月に知らせなくてもいい
僕たちの七年間を知らない嘘月に媚びなくていい
おいつめたのは神の名を持つ黄泉使い魔
誘ったのは鬼女の名を持つ吉祥天
もし今
貴女が来るべき未来に震えているなら
十六夜に雨 激しく
交わらない二人
胸を射抜かれて死んでみようか
噂
噂
ひとつの噂が投げ込まれ
郵便ポストが破裂した
ひとつの噂が尾鰭をつけて
遊泳する鯨を飲み込んだ
ひとつの噂はひとり歩き
お共を連れ連れ七十五日
七十五日のお祝いに
噂 ひとつ
御葬式
三日月
三日月
深遠から伸ばされた手筋が
細い糸のように事切れる
声は虚ろな静寂に溶けこんで
白濁した記憶の傷口を指し示す
あなたはいった
ごらん 混じり合う僕達の傷口は
まるで透明な三日月のようだと
なぞる指先 憎く疼く
それは恋心のようだと
私は思う
ちがう枕ではもう
寝たくはないのです
私はうずくまり
傷口を開いては
空を眺めて虚空に三日月を探す
淵
淵
泥濘に足をとられて淵へ
差し伸べた手に石を握らされ
叫び声に冷飯を詰め込まれ
沈んでゆく肢体
浮かび上がる視界
夜の淵
人影はない
2011年03月07日
仇人
仇人
胸の真ん中の常夜灯
ぬばたま色に点滅
凍える閨に入り
独り
歌を歌う液晶画面から
文語体の恋人たち
雨に濡れて
衣に逢瀬の
韻を踏む
待っていたのは
恋人が差し伸べた手
振りほどいたのは
私の後ろの私
新月を忘れてしまった
嘘月
骸になった言葉を
あなたは抱いて
闇夜に御手紙
隔たれた壁の向こう側に
蠢く毒虫
奪うことでしか
あなたを
つなぎ止められない
かった
私は 仇人
赦されない
己の罪を恥じて
奈落の底へと
今日を
彷徨う
2011年03月05日
晩餐
晩餐
確か猫の縄張り争いの鳴き声か
犬の不安定な吠え声で
三人は真夜中に起こされたと思う
銘々が空き巣の心配や
戸締まりの確認をし終わると
暗闇からにょきっとでてくる
手を気にしながら
小さな電気ストーブに身を寄せ合い
そこだけをぼんやり光が照らし出した
父は蝕まれてゆく肝臓を
新鮮なレバーで食べてみたいといい
母は心臓に入れた電池を取り外して
ハツにして精をつけたいという
私はキャンバスに色をつけて
食べて生きて行く話をした
三人が各々
言葉を飲み込み
誤嚥なしに噛み砕き
耳から材料を取り込み
頭で味わっては
互いのレシピの奥義を
聴きながら笑った
もうこんな美味しい食事に
ありつけないことも悟った
朝日が昇る前に
父は闘牛士になって
極上の生レバーを手に入れたいとスペインに
母は生き肝を食べたいと
出刃包丁と刺身包丁を持って
鬼婆の弟子入りに
私は絵に描いた餅を探しに街へ出かけた
誰も帰らない家に
あの晩餐のレシピだけが
灯りをつけて
待っていた
2011年03月03日
眠り姫
苦悩の夢から誘惑するのは
ヒプノスの白い闇
一錠
征服されたあなたは
青白い顔に
動かなくなった紫の
唇から
僅かな毒の吐息を
漏らし続けて
王子様を排斥しようとする
朝日ののぼる空を
私は早々に折り畳み
寝床の周りに茨を
巡らせれば
誰も踏み込めない
領域にあなたの棺を
用意する
誰の声にも靡かぬよう
進入禁止の立て札が
褪せぬよう
白濁した沈黙の憩いの場を
守ったまま
あなたが
目指して自ら進む
黄泉の国の道すがら
もう一度
私に振り向いてくれるように
今日も明日も明後日も
桃の香の涙を流そう
夢のように
夢のように
春雨の温かさ体温の如し
掴めぬ虚空 君の姿なり
青空の寂寥を涙雨
水槽の中
金魚一匹の孤独
投げ入れられた小瓶が波紋を呼び覚まし
恋が滑り出そうとしている
まるで夢のように
2011年03月02日
なぜを持って
なぜを持って
人は産声をあげた時
なぜを握って
産まれてくるのです
なぜのどは渇くの
なぜお腹はへるの
なぜ夜になるの
子供たちよ
風の中の子供たちよ
なぜを持って
宇宙のなぞなぞと戯れ
なぜを持って
試行錯誤しては
音のない風景を省みる
真昼には緩やかな光を仰ぎ見
夜には去りゆく流星を数え
いつしかそれぞれの晩鐘を鳴らす
未来の子供たちよ
偏狭な地上の
疑問符の風が
頬を少しかすったら
お前たちは
どうして?
どうして?
と
いつまでも
親を困らせることでしょう
2011年02月27日
青空から涙
青空から涙
青空を折りたたむような
終い事に追われ
広げた風呂敷も
今となってはたためない
こびり付いた友情を
優柔不断と殴り書き
サヨナラと
一言書いた紙飛行機
青空に向かって
飛ばしてみたら
たちまちの曇り空から
大粒の涙が降ってきた
私が慌てて折り畳んだのは
あなたからの
最後のラブレター
だったのかもしれない
2011年02月08日
生
生
人は泣いて生まれてきたのです
この世の光
未来と夢の翼を
信じて
人は泣いて生まれてきたのです
老いてゆく
置き去りにされる
孤独
夢の翼を休めるな
光射す文字を描け
けれど
忘却の能力は
電子辞書から
文字を暗闇に茫滅
生とは
如何に
自由で拘束された人生を
涙で彩る
産声をあげた
その日から
2011年02月07日
少年
少年
新聞紙とは
正反対の方向に
飛び出したがる
明日の犯罪者
遠い国で
死んでゆく
豊かな心の子供たち
日本で壊された
濡れて腐った伝達神経
解体された合体ロボット
弱肉強食のナイフを
握らされたまま
踊らされて
未来を
灰色の空と濁った海の狭間に
祈りを詰めて
流した小瓶
異国には
届かないまま笑われて
地上が微かに揺らいだら
いつかの
少年は
明後日の
護衛車の中で
ゆらり
ゆらり
恋人の種
恋人の種
空に手が届くくらいに
馬鹿みたいに幸せ
海の底で人形姫に
プロポーズされるくらい
馬鹿みたいに幸せ
君が産み落とす恋人の種
私が産み落とす恋人の卵
目眩がする長いキスをしたあと
那由多の邂逅の向こう側
小さな庭に
淡い光を注いで
君の種を産めますから
僅かな輝きの果て
豊かな信実を育てみてもいいですか
爪紅
爪紅
思い出を欺いた朱印は
冷たい指先を恋しがって
月明かりの夜に
主のいない部屋で
紅の泪を
足先に残したまま
愛しさ事
剥がれてゆく
赤い部屋
赤い部屋
微睡むことさえ赦されない
赤い電灯の下で
君の舌を引きづりだし
僕は口腔から僕を入れる
開かれた四肢は朱に染まり
君の中の僕が脈打つ
キャミソールドレスから
爪先から
唇から
肌から
はだけられ
晒された全てから
鼓動が脈打ち
君はピアノの鍵盤の響きに合わせて
流動体の赤血球を泳ぐ
蛇の館に一人
囲まれたカナリアは
泣き顔は見せず歌うだけ
湿ったのは這わせた指先ではなく
遠い雨の日の赤紫のアイリスの芯
誘ったのは君
暴きだしたのは僕
二人が赦していたのは
欺瞞と虚飾の愛の調べ
だから火を点けないで
薄闇の天井に
ポツリ酸素を請う
赤い電球の色彩のままで
独りぼっちの
暮れない夜の
過ちの朱印
文字のない部屋
空っぽの鳥籠
安らかな黒い柩
赤い孤独が滲む部屋
アトランティス
アトランティス
アトランティス大陸には
化石にならない
私の夢が
沈んでいる
アトランティス大陸には
詩人も歌人も俳人も
知らない言語が
埋まっている
アトランティス大陸は
まほろば郷
探求者も研究者も
調査できない
宝箱
でも
私は知っている
アトランティス大陸は
沈んだの
沈んだっきり
浮かばない
だから
私は
隠したの
アトランティスに
私の夢とか恋とか希望とか
私にしかできない
誰かの事や
あなたの笑顔に
会うために
これから
見つける
もう一つの
アトランティスを
2011年01月18日
薔薇食い姫
薔薇をあげましょ 枯れた薔薇たち
ライバルくらいは 蹴り落としてよ
苦悶が溶けないの あなたのせいね
意志の疎通すらも まるで駄目ダメ
悲鳴を上げて降参 首輪締めて哀願
面倒かけ致します これから一生涯
積み木崩しは開幕 持ちつ持たれつ比翼塚
身を詰まされる愛 歌うわ怪人オペラ座で
放さないわ独占欲 離れないはの自己主張
泣き真似はお見事 だから君には嘘をつく
詩とお酒の筆力で 薔薇食い姫に罪はなし
むすんで ひらいて
むすんで ひらいて 結んで下さい 私の手首 あなたの知らない 仕事中のネクタイで 開いてください 心の扉絵 バースデーには 飛び出すビックリな 独占欲の交錯で 手を打ってください 誰とでも寝たがるような 私の性欲を ワンルームへ 運んで調教 結んで下さい 十月十日 やや子が宿る そのように 股 開いて 手を打って 又 開いて その手を その手で…2011年01月14日
おとぎ話
おとぎ話 僕は君を失ったらきっと狂うよ オフィーリアの意識が浸透してくるベッドの中で 僕は夢見心地で君にささやく 「狂ってから、死のうか」 貴女のいない世界に一人 生きる強さが僕にはない それではあなたを食べてあげましょう 彼女は言う 一生懸命一片の肉片も残さず 食べてあげるわ 「女郎蜘蛛」だね あなたが言ったのよ 私のことを「けなげな女郎蜘蛛」だって じゃあ、僕は食べられちゃうんだね そうよ、あなたは誰からも好かれるから 誰にも渡さないの 重いな・・・君の愛は・・・ でもそれくらいの重い枷が 僕には丁度いい でも食べたその後は? そうね あなたを身籠るわ 他の誰のところにも転生できないように そして身籠ったその後は? あなたを産むわ そしてあなたはに私に恋して 激情の果てに壊れればいい 壊れて死んだその後は? また食べるのよ 素敵だね 素敵でしょ そう笑い合いながら 僕は再び彼女の体に滑り込む 彼女は幽妙な海底 色情の恋獄に僕を繋ぎ止め 味わいながら巧みに踊る もう僕は戻れないほど溺れきっているのに 彼女のおとぎ話は終わらない愛は風化する
愛は風化する 君に何度も「愛している」「必ず幸せにする」 と、言っていたのに 僕は、今日死ぬ 空虚感に襲われた街で 遺言状をばら撒いたら 「チンケな広告なら間に合ってるよ!」とのあざ笑いが 頭上のカラスの糞と一緒に落とされた 聖人が 「地上に不必要な人間などいないのです。」 と、語るその名言こそ不必要 そんな言葉を鵜呑みにしたら だらだらと煩悩の数だけ生きのびてしまうよ 坊主とて女遊びをする時代 気楽にそれを冗談にできるボキャブラリィなど 僕は持ち合わせていなかった 君に 「僕は今日死ぬから。」 というと、君は 「一緒に死にたい。」 という 多分それは予想していた答え 情死に3回失敗した三文物書きみたいにはなりたくなくて 「僕の息の根が止まるのを確認してから、君は死ぬんだよ。」 と、お願いすると 君は美しく笑って小さく頷いた できれば僕の死体が無様であることを祈る 君に死への恐怖が訪れることを 僕への愛が嘘っぱちの空っぽであったことを この猿芝居は一人舞台だったと 弱虫の僕が強がって飛び降りたグランドキャニオンの奈落の底 そこから僕には記憶がない ただ君が、僕の知らない誰かの横で 花のように笑っていてくれたらと思う 遺言状は漫才のネタになるが 僕を、ねぇ、もし僕のことが 君の中で風化するなら 僕の肉体が砂塵になり 君の目に入った時は 「あれ、なぜ、泣いてるのかしら?」 と、彼氏の前で思いっきり笑って見せてくれ 激しい蜜月の形見を弔いに 愛は虚空を彷徨い続け やがては 思い出と共に風化する2011年01月13日
冬の温もり
冬の温もり 真夜中は二十五時まで氷点下 氷柱が貫く私の心臓 君は腐らないように 冷凍室に入れて 電子レンジでチンをする 温かい君の部屋で 鼓動は再生し 私はもう一度 あの春を待つ 冬に埋もれないように 君にこの焼きたての モツを差し出す2011年01月10日
私の指紋
私の指紋 鳴門の渦潮よりも 精密に深く渦を巻き 赤い血潮に指先は灼かれている それは不解明の暗号の記録 誰かが緻密な大河のくねりを 第一関節に残していった 足に張り付いた メイプルの葉脈でさえ 個性の背筋を伸ばしては 掴み損ねた太陽に灼かれて 色鮮やかに染まり 温かさだけくるみこんで 去りゆく晩秋に手を振る ひとひらの雪でさえ 違えた結晶を分け与えられ 手のひらの温度差に気を失って 微睡みの涙を浮かべる 私の指紋 神世の時代から とうとうと湧き出る霊(ち)の潮(うしお) 西国浄土から授けられた那由多の葉脈 業の流転の刻まれた結晶が指先に 今世の運命ごと譲られた命の脈流 乾杯 奇跡の軌道の模様の親指 青空に立てて私の拇印 空は私の所有物になり 私は毎日違う夕日を朱印で飾る 命の営みに産声を聞いた日から 筋違いのシナリオを 私は包括し 己の渦を 渡る2011年01月07日
小詩 四編 2
小詩 四編 2 【挨拶】 真冬の低気圧は 二度寝の低血圧 明けましておめでとうが 暮れましてさようなら 気がついたら 捻ったままの蛇口は 氷結 こんばんは 氷の国は まだ かまくらの中 【電灯】 豆電球はだいたい ダイダイ いろいろ アタシが詩集を 読む頃は 豆電球くらいの 豆知識 だいたい色 【絶好調】 あなたが アバウトに褒める時 時々曇りのち晴れ あなたが 興奮するほど 口五月蠅い時 ネタ適当に 絶好調 あなたが仕事中 私の詩(うた) 絶食中 言の葉のスペルは あなた次第で 晴天気 【まわる】 廻っているのは あなたを中心に 地球と私 廻っているのは 愛してる の四文字 光速で大量生産 廻っているのは 天下と金と 赤字家計簿 火の車 そんな毎日に 慣れてしまった 自分をに 頭がまわる 目がまわる2011年01月03日
小詩 四編
小詩 四編 【一人称】 粉雪 ひとひら 私だけが 掴んだばかり 手のひらの中 温度差 一人称 【石鹸】 年末年始 大掃除で大変ですなぁ バブルがハジケて以来 日本もクリーンに 擦らなければ 風呂が いつも赤出汁ですぜ 旦那様 【排水管】 私の昨日の愚痴が漏れて 飛沫になって 一時はどうなることかと 思ったけれど 三寒四温の寝正月 ちょとくらいの 憂さ晴らし 流してみても 壊れないよね 【翼】 あなたの耳に 染み込ませるように この色褪せた詩集を 朗読すると あなたの鼓動が 高揚して 熱気に溢れ 瞳 潤い 乾いた本は オアシスを巡り 泉から 羽ばたき飛ぶ 言葉の翼2010年12月28日
伝承
伝承 舞い落ちる枯れ葉のように 散りゆく花びらのように ぬるい真昼の中に生きても 少しずつ 少しずつ 褪せていく人 忘却の底辺に押し込めた人 欠けてゆく私の命の中にも 今でも響く誰かの残声に 溢れる涙と 彩られた言葉たち 父親のてのひら 母の子守歌 友の激励は まるで月の満ち欠けのように 細波を呼び寄せては 遠い胸の海辺に足跡を残して行く 残される孤独に命はざわめいて 鼓動が零れて ぬるい昼間 こうしている間にも 地球から数人が消滅するが 彼らは鳴り止まない言葉を 人伝に接続させてゆく 十二時を指した時計台 授業終了のチャイムは鳴り響き 生きとし生けるものの営みを奏でて いつしか人は棺に言葉を納める為に 静かに降りてくる夜を待つ 全ての人に終わらない歌 焼かれない肉体が最期に語る眠らない詩(うた) 退屈な真昼に 風に舞い落ちる褪せた枯れ葉が やがて来る新芽に全て預けて 散りゆく小詩 二編
小詩 二編 「裏側」 文字を地球の裏側へ運び 漢字をラテン語に すり潰す 流暢なスペルで 赤薔薇の花言葉を 語りかけるが 女は脚を組み替えて 立ち上がると ピンヒールの下には 日本語が身動き取れずに カタカナに救いを求めて 言葉が裏がえる 「崩壊」 箱船に乗せられなかった生き物たち ソドムを振り返った女 リリスの入れ知恵の寿命 神の怒りに触れた巨塔 傲慢な詩人の禿びた鉛筆 折れて倒れた先に樹海 自堕落には十戒 真夜中の濡れ枕には 恋の崩壊2010年12月13日
接吻
接吻 一室が3畳 病室のカーテンに君を閉じ込め ピュア・プアゾンの香を秘めた その胸に触れながら そっと引き寄せた 寄り添う胸の狭間 鼓動強く鳴りやまず 色は濃さを増し 半開きのサーモンピンクの唇から 零れる視線から 奪われることを 哀願する君の姿態 喉の奥の嵐を 僕の唇から君の体内(なか)へ 想いごと押し込めた 言葉のない 午後の病室 苦い液 鬩ぎ合う甘い蜜 悲しみの雫一粒 満ち充つ「病の味」2010年12月10日
深淵なる夜の淵で
深遠なる夜の淵で 深遠なる夜の 深遠なる夜の淵で待っているものは 静寂ばかりとは限らない 世界の同時刻に三人の僕が 寒さ凌ぎの湯を沸かし 沸点まで込み上げる感情に涙している 深遠なる夜の 深遠なる夜の淵で聞こえるものは 冷蔵庫の電音だけとは限らない 眠っている卵 明日食べる三合の米 日本の裏側からやってきた魚たちの瞬き 土の中の里芋の生々 隣り部屋の愛すべき老女の寝息 深遠なる夜の 深遠なる夜の淵で訪れるものは 孤独だけとは限らない 三日月のように笑う君の口角 僕を飲み込む器を持つ聖女のような性女 小さく漏れる吐息の破片(カケラ) のばされる事を赦されないシーツの皺 果てを知らない欲望の闇 深遠なる夜の 深遠なる夜の扉の向こう側に見えるもの 小さな一喜一憂 限りある命の芽吹き 君のカラダ二つ 僕の心(アイ)ひとつ2010年12月07日
スポイトとスポットライト
スポイトトとスポットライト 白紙が彩られるように 暗闇に灯りを灯るように 色鉛筆で自分の名を描く 顔彩が 滲み出て広がり 転がり続ける水彩画 それが私の詩 言葉足らずだけども 私だけの紙上の詩(うた) 誰も歌えない 私だけの紙上の音階 今宵もオペラ座で クリスティーナの 真似事を 怪人の仮面を外して 傷だらけの 醜い顔に ソプラノの くちづけ 寓話にして 舞台で演じ喉を裂けば 最期の演出に 溢れ出る血潮 鳴り止まない 喝采 あなたに届きますように2010年12月05日
知恵の実
知恵の実 眠っていたら 夢の中で 父親にどやされた その罵声と説法で レオパレスを買いに行った 新居の扉を開けると 真新しいパソコンから ソクラテスが弁明を アリストテレスが聞いていたが しみったれた語り合いが 嫌になったダンテが 神曲という新曲を ヒップホップで歌い出したら 超人たちは全員 ウィルスに犯されて デリートされた 誰もいなくなった部屋から ニュートンが林檎にかぶりついて なかなか私を 引き離しては くれそうにない 知恵の実を かじり続けても 未だにアダムとイブの 痴話喧嘩だけは 解けないらしい2010年12月01日
桔梗
桔梗 廃屋に桔梗が二輪 植えた女は井戸の中 紫の花弁のかたちが 二つの笑顔を描き出す 秋の夕日の蜃気楼 陽射しの中にちいさな輝き 茜色が映える紫の星花 咲き乱れて花は散った 植物のままの 貴方を残して 寂れた王国に 今年も二輪 桔梗が寄り添う 世間が指で 蕾を押すと パチンと泣いた 叫んだように 裂けて 壊れた 詩と思想12月号(斉藤選)入選作品2010年11月12日
11月11日のピリオド
11月11日のピリオド 天気は快晴 気分は少し上昇気流 だけど ぼんやりと太陽に 輪っかがかかった 空に大きなピリオド 接続詞も句読点もなく 突然の別れに涙雨 紫に滲む快晴日和 あなただけの 好きが 好き過ぎると 月日がどんなに 始まりの1を示しても 時計は既に 真夜中で止まったまんま 二人三脚で描き続けていた キャンパスには 太陽と同じ大きさのピリオド (ゴールインなんて終止符みたいでイヤだね) さよなら はじまりから別れが決まっていた恋 別れから始まったやり直しの積み重ね (壊れちゃったジェンガ/誰が壊しの?) 私は残されたまま最後尾の電車に揺られて どこまでも どこまでも コレデヨカッタと 11月11日の始まりの1を 指でなぞると長い一本道 (位置は1から程良く遠く遠く) 最後尾から1を目指した三人の歴史に決定打 祝杯の涙を あなたにも あなたにも ありがとう○(マル)2010年11月08日
汚染
汚染 吐き出された 放射能汚染が じわりじわりと 白紙をレントゲン写真に すり替える 私は毎日 レントゲン写真を 撮りに行く 写し出された 廃棄物の中に 片目から涙が 溶け出した ケロイドの 女の子の人形 暗闇の中の 一瞬の発光で 全て見抜かれ 私が私を廃墟に 仕立て上げてみる 頭の中には曲がっままの 抜けない釘 寂れた看板をぶら下げて 私の灼かれた肺から 置き去りの人形の右目は オゾン層を見上げては 酸性雨をまだまだ 降らし続けている レントゲン写真は 私の輪郭を溶かして 白く光っては 骨を削りとってゆく 禿びたチョークで 描かれた身体には 関係者以外立ち入り禁止2010年11月06日
リカちゃん人形
リカちゃん人形 どうぞご自由に触って遊んでいってください。 その後は、元の所に片付けてください。」 デパートの一角のおもちゃ売り場に、 汚いなぐり書きでかかれてある看板のすぐ下で、 私は、恐ろしい光景を目にした。 なんと、パンツ一枚で仁王立ちしているリカちゃん人形。 全くどこの変質者だ!どこのフィギュアオタクだ! 私は、リカちゃんに白地に小花の半袖のワンピースを着せると、 まじまじみながら、心の中で、 「これでよし!」 と、呟いた。 ・・・途端、 「お母さん、あのオバチャン、ナニやってんの?あの人形触れるの〜?」 という五歳くらいの女の子が、私を、邪魔者扱いする。 ・・・・すいません。変質者は私です・・・。 そそくさと、その場から離れると、自分はリカちゃんに振り向き、 「君は、少女の夢であってくれ!」 「決して、男のロマンになるな!」 と、またしても心の中で呟いて、おもちゃ売り場を後にした。 バスの中で揺られながら、 今日の私はなんて良い事を、したんだろう! と、自分を褒めた。 家のベッドに横たわると、また違った感情に襲われた。 果たして、私は本当に良いことをしたんだろうか・・・? リカちゃんの大きな豪邸「リカちゃんハウス」 父親のピエールは、外国籍の有名指揮者 両親は仲睦まじく、美しい姉妹で、三時にはティータイム たくさんの美しいドレスと靴で、高級クローゼットは、休む暇なし 王子のようなリカちゃんのボーイフレンドの、ワタル君 何不自由ない絵に描いたような貴族生活 女の子なら誰もが憧れる完璧な人形の国 でも でも・・・ 決してワタル君はリカちゃんとデートしても、 彼女のショーツを引き破ったり、 ましてや、リカちゃんに、 カエルを裏返しにしたような体位をとらせたりはしないだろう。 せいぜい結婚したとしても手をつないで眠るだけで 「二人の赤ちゃんは、コウノトリがキャベツ畑でさらってくるのさ!」 なんて、キザなセリフを吐きながら、ほほえむだけの王子様 私は、昼間のデパートで、 パンツ一枚で仁王立ちしていたリカちゃん人形の健気さを思い出す。 「どうぞ自由に触って遊んでください!」 あの看板は、まぎれもないリカちゃんの叫びだ! 「私を見てください。豪邸も、 ステータスも、何も持たない裸の私と向き合ってください!」 リカちゃんは、人形からオンナになりたかったのだ。 弄ばれると知っていても、男の重みと熱さを感じたかったのだ。 少女がセーラー服を脱ぎたがるように ミスドのフレンチクルーラーの甘さを知りたがるように 腕時計の針は、ずっと真夜中を指すように 彼女は祈っただろう。 人形の涙は、官能の味がする 仁王立ちの裸のリカちゃん その姿は、少女が「春」に目覚める孤独の色だ世界に微笑
世界に微笑 病院の待合室で 吼えまくる老女の悲命(ヒメイ) で、本が読めない 苛立ちの後ろ側には きちんとアマチュア精神分析者たちの指定席が用意されていた 子供はアメが欲しいとねだり 五病棟では甘い尿を蟻たちが待ち受けている 商談成立に足早に歩む医薬品セールスマンの声の高揚に追いつくためには 彼女のエフカップが必要だ 人は速さの違う時計を飼っていて その連鎖作用が地球を裏側から手回しする 思考が残酷な人生の支配者という結論をまぎらわすために とりあえずバスの待合室に書かれた 「SEX 」 の、スプレー文字に二本の縦線を入れて 「S 田 X 」 にしたのに まだ、どこかのバカヤロウが落書きした 「プリンセスマンコー」 のイリュージョンに、笑いが止まらないてのひら
てのひら 簡単に嘆くことよりも 喜ぶことを覚えなさい 死ぬことよりも 生きることを学びなさい 世界は君が思うほど 怖いものではないのだから 泣きじゃくる私の頭を撫でる手は 優しいぬくもりを帯びていた あなたの唇から説かれた生命(いのち)たちが 春の日だまりの中目覚めるので 私はこみあげる涙をおさえきれない 春憂いのせいだよと 叱ってください 通過点の一つだと 笑ってください でなければ求めてしまう 木漏れ日のような あなたのてのひら憧憬
憧憬 私が 滅茶苦茶だった頃 あなたは静かに現れた 世界が怖くて暴れる私の 頬に両手をあてて 君に幸せになってほしいんだ と 真剣に私を見つめた 深い慈しみと悲しみをたたえた瞳の炎 それは今でも絶えることなく静かに私を照らす 張り詰めたピアノ線に 桜の花片(はなびら)が触れて 音楽があふれだすように 私の中で あなたがこみあげる 君を信じているよ その言葉が今も私を生かしつづける あなたは私の傷にそっと触れて泣いた人 そして奥さんを一番愛している人 真っ直ぐ振り向きもせず 家族のもとへ帰る人 憧憬 それは 多分 恋の 銘つ名だ2010年11月05日
叫号
叫号 あなたを あなたを必要としている人がいます 今日のことは絶対忘れません と 笑顔で言うおばあさんは 明日になると私の事を 忘れる病気だ 下半身不随のおじいさんを抱えると 今まで生きてきた命の重みが 寄りかかる 大学時代 寮に遊びに来た友人は 四季のない国で 夢に向かって戦っている 暗闇の中でパソコンを開き 先人たちの人生観と人間性に 哲学を模索する 息苦しさにも目を閉じて 眠れるようになったのは 大人になった証拠だと 言い聞かせる 平和だったら神様はいらなかったのに… 幸せのパラドックスを空に向かって放り投げてみても 神様までは届かない 寝苦しい夜と、怠惰な朝を 認知できなくなる位生きた頃 スーパーの裏でつくられた 安いスチロールのパック詰めが 「お迎えですよ。」 と、最期にやって来る事を 私は知っている だからあなたに会いたい 私の見てきた円みのない、淋しさを 哀しみを 溢れるほど抱えた声で この世界は素晴らしいと言って! 僕には君が必要だって言って! 産まれてきて良かったと思わせて! と泣き叫ぶから あなたには私を私ごと受け止めて欲しい 誰にも一人 誰かが必要なのです あなたを あなたを必要としている人が必ずいます …まるで 暗闇でも光の花が咲くと 信じて待つ子供のように 行き場のない夢と 幼い愛をもて余して 私はあなたの名を呼ぶことでしょう2010年10月27日
暗闇
暗闇 目を閉じましょう そこに暗闇はありますか いいえ暗闇はありません 今日の母親のヒステリー 徐々に削られていく 彼女の海綿状組織 目を閉じましょう そこに暗闇はありますか いいえ暗闇はありません 昨晩の止まらない父親の咳 私の未来を哀れむような 泣きそうな顔 目を閉じましょう そこに暗闇はありますか いいえ暗闇はありません 静寂を破る飼い犬の 吐き気のような嗚咽 聞こえすぎる私の耳 愛すべき家族よ 時計は午前零時指したまま 黒く壊れました もう私達は白い息継ぎを やめてみても 赦されるでしょう 目を閉じましょう そこには暗闇はありますか はい やっと在りました 安らぎの木箱の中 瞼の奥に優しい優しい 暗闇が2010年10月26日
ぬけがら
ぬけがら 蝉時雨の森で 命がけの優しさに 胸を射抜かれる 繁華街の林で 初めて出会う声に 頭を撫でられる 海辺の見知らぬ駅で いつか私の描いた絵を 見つけては暖色系の色を混ぜる デジャブのような旅を 繰り返しては 私は春夏秋冬を生きてきた 言葉に 出会いに 秋雨が降り続く 頑なな蛹は やわらかくなって 人づてに破られていく 私は 黙ったまま泣いた 透明になったぬけがらに 降り注ぐ雨は 殼をまあるくつつみこみ 私の季節を 真っ白に再生させた2010年10月09日
オセロ
オセロ 白い顔をした介護師たち 包帯まみれのリハビリ患者 誉め言葉の裏側で 黒い噂話が翻った時 私の手にある白いペットボトルの液体は 震えて裏返りました 白内障の父は黒い老眼鏡越しに 駐車場前に群がる老人の 白いパジャマの群れを嘲笑い 黒いアスファルトの四角に置いた 自分の車を忘れてしまうのです テレビは快活なエクササイズと 美白に美脚の放映を繰返し 待合室でその意味を解せるのは 黒い革靴の速歩きと 白い戦闘服の女たちで 裏返ったのは 女たちを責める幼児虐待の ホワイトコールの黒い声でした 白いサンダルと白髪の集団に はさまれて逃げ出したのは 黒いリクルートスーツの男性 やがて黒い部屋に 白衣装が一つだけ 黒いネクタイやスーツに 囲まれて 黒が安穏の勝利の笑みを 浮かべる頃になると 白い煙がのろしのように 立ち上ぼり 私の手にあったペットボトルは すっかり 空っぽになってしまいました (詩と思想10月号選外佳作作品)2010年10月06日
籠の鳥
籠の鳥 小鳥に自由を与えた 籠の中に入れて 鳴き方を覚えさせ 餌付けをし ラム酒を少し入れた水で 毎日可愛がっていたのだけれど 小鳥に自由を与えた 小鳥はいつも 「あなたのものよ」 と さえずるけれど それは本当のことなのか 小鳥に自由を与えた 愛でるだけ 可愛がるだけでは 僕の疑惑は首をもたげる だから小鳥に自由を与えた かれこれ三日は帰ってこない 今頃小鳥は仲間をみつけて 違う喜びを知ったはず 僕の苦悩と引き替えに 小鳥は夢見心地でさえずるはず 「こんな世界があったのか」 「こんな自由があったのか」 〜自由になった小鳥はきっとかえることはないよ〜 悪魔のような囁きが頭の中でリフレインする 僕は知りたかったんだ 僕は確かめたかったんだ 小鳥はずっと僕のそばでさえずる事が 本当の幸福であるのだと 僕は小鳥が去った籠の中 「あなたのものよ」 という残声を胸に抱いたまま 籠(きみ)の中で囚われの身2010年10月05日
何も浮かばない部屋
何も浮かばない部屋 何も浮かばない部屋で 言葉の泡を パクパクさせる魚が 泳いでいた 何も浮かばない部屋で 蛍光灯が短い剣を キラキラ振り回し 私の目を乱視にした 何も浮かばない部屋で 過去の栄光の紙切れや女神たちが クスクス笑って 騒ぎ始めた 何も浮かばない部屋は 窓辺にサラマンダーを飼っていて 化石にならない命を 炎で焼いた 何も浮かばない部屋で 私は羊を数えていた 外は火遊び好きの魔女たちが 古代語魔術を唱えていた 何も浮かばない部屋 無言の水槽から一足 飛びだせば 自分の叫びが鼓膜を破り シーラカンスは眠りについた2010年10月03日
姫君
姫君 かの姫君は ネットと本があれば 生きてゆけるのです 他には何も知りたくない 幽閉王女は ネットと本に 知識が瓶詰め かの姫君は 幻想世界の住人です 膝を抱えて眠る 三角錐の中の少女 妄想でできた 伸び続ける白い白い象牙の塔 知識は一級品の物語 石灰石のバリケードで 身を守る 本棚の配列は彼女の遺伝子 象牙の塔は白い沈黙 姫君が 誠に恋を知ったなら それは姫ではありません 城を抜け出したなら それはきっと 美しいだけの愚かな女 けれどあなたは姫君です ハイネの詩に恋をした 文字配列のレールの上を 歩み続ける 法則的な文学少女 姫君よ 早くお帰りなさい あなたを抱くその腕は 地上にはない理想郷 あなたの愛する 教科書と 白い巨塔が 恋のまほろば 疑似恋愛が いつかの墓標 ですから 探さないでやってください 今頃あなたの王子様 異国の船に乗せられて 廃盤の 古書になって 埋もれたまま 電波も届かない声 ちぎれた恋文 白紙の散乱 過去の人2010年09月30日
ひとつ
ひとつ 病院で 煙草をひとつ 恵んでくれないか? と言われたので 貴方は骨折一本で? と私は答えた 貴方が冷たい視線を ひとつ投げ掛けたので 私は独りなのだ と気づかされた 夏の雲がひとつもないので ペットポトル一本買ったら 雨が降ってきた 過ぎ逝く 夏よ 奪うな ひとつを ドライフラワーになった赤薔薇 開かれない世界地図 遠い異国の残り香に しがみつきたくても 力なく ベッドから はみ出した手は どうしても ひとつだけを 守ってしまいます 横たわる悲鳴から 枕の上にしか 棲めないため息から 瞼を閉ざし始めた世界から 欲張りな私の泉を 命の極彩 私のひとつ ひとつだけ2010年09月16日
楽しく笑え
楽しく笑え テレビが とある撮影現場を放映していた ベルニーニの彫刻から 抜け出してきたような美男子が 鍛錬された筋肉を魅せつけては ビキニ姿の女性千人くらいに キラキラ声を上げさせていた 颯爽と水上バイクに跨り 晴れ渡った表情を味方につけて登場した 男の太陽のように眩しい笑顔は 青い風を誘い込み 女の白い身体のラインから 甘い香が立ち上る 撃ちすさぶ波飛沫に堪えながら トロピカルな成熟さを狙うカメラマンは 命綱で身体を斜めにして 頭を打ち付けて撮影する 裏方の青ざめた表情たち レポーターの饒舌で快活な声は 歯を食いしばりながら 腕を上げたまま鬱血している アシスタントディレクターの筋肉に食い込んで 既に現場の犠牲となっていた ――あぁ、一度でいいから、あんなことして脚光を浴びて楽しく笑ってみたいわぁ―― 父はたいそうご機嫌で 深椅子にもたれて 水羊羹を掬い取っては口に運ぶ 私は何も言えずに 楽しく笑った2010年09月14日
桔梗
桔梗 廃屋に 今年も 紫の桔梗が 二輪咲く 植えた女主人は 介護疲れで井戸の中 花弁の輪郭に 思い出をなぞると 過去の笑顔に 辿り着く 砂の城に住んでいた 光の中の男と女 夢のような時間 咲き乱れた想い 疲れはてた花は 色褪せた水中花 まだ 息をしている 植物のような貴方を残して 殺害するより 自殺した 女主人の寂れた王国に 今年も二輪の 桔梗が寄り添う 指で押すと パチンと蕾は泣いた 叫んだように 裂けて 壊れた2010年09月07日
夜想曲
夜想曲 敷き詰められた 闇色の絨毯に あたしは カラダを 沈めて 涙のような 桜の花弁に 埋もれるのを 待っているの きれいな夢が みたいなら ここで 造られた関節の 向こう側の 黄泉(くに)へ 壊れた魂(こころ)ごと 連れ去ってください ナイチンゲールが 死んだ 赤い月夜 あたしは眠り続ける 渦を巻く花弁を形見に どうか どうか この夢路を赦したまえ2010年09月02日
桜想
「桜想」 私は着飾る シルクの黒いドレスと 鎖骨に煌めくガーネット そして貴方の視線で 私は顕現する 私は慕う この一輪の桜草を くださった貴方に 髪を乱し 花の香に酔う 夢 夢に在らず 花 存らえど 恋 心通わず ただ 桜草一輪に 貴方を重ね 一夜に身を委ねても お慕い申しております 物想え 薄紅色の小さな星ぼし 私の高鳴る鼓動のままに 夏の空を駆け抜けた 淡い流星 桜星 されど消えゆく私の初恋 届かぬ雫を珠にして 貫いたのは貴方御自身 花びらの降る夜 静寂にため息 桜草を抱いて 恋に沈む2010年09月01日
渇き
渇き 鼻水と痰が 喉に流れ続け 夜中に目覚めれば あの人は フィラリアに侵された咳を 静寂に響かせながら 私を責める もう一人は血統書付きのパグ犬 散歩をねだる声は掠れて 身体を横たえて 垂れ流し 犬は命が行き詰まり 金で命を量ります 餓えた涙声を聞き取ります 熱と汗に苛まれる夜から 逃れるように 食べ物を漁ると ラッピングされた骨が 空っぽのはずの冷蔵庫から 徐々に崩れていきます 風邪薬が餌のように 見えた秘密 知っていたのは アオミドロ色の ペットポトル 私たち全員 仲良く死にます お願いですから どうか お水を 一杯 ください 死ぬ前とその後に2010年08月22日
双六ゲーム
双六ゲーム 人生ゲームのサイコロは 気まぐれ気分屋の裏表 一進一退が一心一体 一石二鳥の好都合 三歩進んで二歩下がる 罰ゲーム 仏の顔も三度まで 出た目 出た目 デタラメ人生 私はあなたにはに抱かれて 蝶になる? いや丁半出揃いました 姉御肌 野球賭博に猪鹿鳥の言いなりに 金は天下の回りもの 一時休憩が一時求刑 網走刑務所脱獄不可能 叶 姉妹がやってきて 金と色気で貴方を飼い殺し サンPースの楽園で、 今度こそはのゴールイン サイコロに踊らされても デタラメに できない 酒と女と男と涙 飲みすぎたのは 貴方のせいよ 弱い女の強がりを 抱き締める為に 歌うのは 男と女のラブゲーム ふたりの行く先はぁ〜ホテルぅ〜♪ そこで、 女はスタートして 男はゴールし終わらせた2010年08月21日
晩夏を逝く
晩夏を逝く 名も知らぬ街の 商店街の小料理屋の階段に 仰向けの飛べない蝉 一匹 頼る身ないらしく もがく足に 人差し指を絡ませたのは 多分 私の気紛れ お節介と寂しさの狭間 蝉は指に絡み付き 強く指を刺して みつからな蜜のかわりに 強く強く指を噛む 路地裏に樹はない ましてお前 最期の力強さ 人間に反旗を翻す もう啼けないお前を コンクリートの 樹にみまごう黒塗りの 看板に見捨てた私を その玉虫色の瞳が閉じるまで 恨んで私の逝く人生に 来年 偽物の森で会おう できれば 命がけの恋の仕方など 教えてくれれば 私は 人差し指分 救われるだろう なぁ、お前 蝉時雨の啼く森で 一緒に泣こうか 叫ぼうか2010年08月19日
おばすてやま
おばすてやま となりのおばちゃんが姨捨山に捨てられてしもうたんやって。 そういえば夜中に実娘と婿養子に虐待受けて叫びよったもんなぁ。 それにあそこのおじさんんももうアカンやろ。 脳梗塞で金ばかり使う厄介者やって。 全く怖い世の中になったもんやなぁ。 食卓でしみじみと健康の有り難さを 囃し立てる父母たちの他人事は 母の膝関節の激痛と 父の手遅れの肝炎を笑っていた 昔 熱を出せば 苺がほしいと泣いた娘に なんとかして苺を真冬に手に入れてきた母 難病とあらば祈祷まで頼んだ父 独りで何でも出来るようになった娘を 鏡が映したのは 荒れ狂う逆髪ボサボサに 髭を生やした山姥が 姨捨山の入場料金を風呂に入る前に銭勘定していた とは知らない両親 慈悲喜捨の四無量心の「捨」が流行過の時代 姨捨山は 今日も満員御礼 姨捨山で 今日もコロリ2010年08月10日
月のアリス
「月のアリス」 喪服のアリスは歌う 君だけの黒レースの下に隠した レクイエム (チェシャ猫は夜遊びのし過ぎでハートのクィーンにギロチン刑) アリスは探す 時間ばかりを気にするウサギ 追いかけて ナイフで滅多刺し (これで時間を気にせずに楽に笑って) 硝子がアリスを写し出すと 喪服のアリスは透明に写る 金髪は白銀に肌は陶磁器に (鏡は嫌いよ!嘘ばかり!だから魔女が好むのよ) 月のアリスはワガママで 星のアリスを探してる (一緒に読もうよ、マザーグース、貴女の為に鮮血を一滴残らず飲み干すわ) 貴女の為の舞踏会 今夜もまた、地上に時計仕掛けのウサギたち 夜遊び上手なウサギたち ハートの女王のいいなりに チェシャ猫は野良猫のうめき声 生死のゲームを 満更に 可笑しすぎて笑うアリスは 地上をみては 大笑い 私はここよと 大笑い 泣いて見ていたのは 星のアリス 私はここよと 夜を終わらせる (ねぇ、私たち同じ血でできてるわ) 星のアリスの中に月のアリス ひとり救えば ひとり死ぬ 天使のかんばせに ご注意を手帳
手帳 その方は通勤電車で 同時刻にいつも 乗り合わせる男性でした メモ帳をお借りできますか と言われたのですが 生憎メモ帳は持ちあわせていませんでした 全く知らない方でもないし いつも会えるのだからと 仕方なく 私は手帳をお貸ししました さっき買ったばかりです まだ白紙です これをあなたにお貸ししますから 今度会うときお返しください と 言ったのに あなたは手帳の一番始めのページを キスマークだらけにして 汚してしまった 間のページは私の裸像画の散乱 最終ページに あなたの捺印 私は栞をはさんで 「謹呈 私の全て」 と 書いた赤い部屋
赤い部屋 微睡むことさえ赦されない 赤い電灯の下で 君の舌を引きづりだし 僕は口腔から僕を入れる 開かれた四肢は朱に染まり 君の中の僕が脈打つ キャミソールドレスから 爪先から 唇から 肌から はだけられ 晒された全てから 鼓動が脈打ち 君はピアノの鍵盤の響きに合わせて 流動体の赤血球を泳ぐ 蛇の館に一人 囲まれたカナリアは 泣き顔は見せず歌うだけ 湿ったのは這わせた指先ではなく 遠い雨の日の赤紫のアイリスの芯 誘ったのは君 暴きだしたのは僕 二人が赦していたのは 欺瞞と虚飾の愛の調べ だから火を点けないで 薄闇の天井に ポツリ酸素を請う 赤い電球の色彩のままで 独りぼっちの 暮れない夜の 過ちの朱印 文字のない部屋 空っぽの鳥籠 安らかな黒い柩 赤い孤独が滲む部屋2010年08月02日
傷口から媚薬
傷口から媚薬 躊躇い傷 隠していた 汚れた包帯をひんむいて いっそうのこと 傷口に煙草の火を 押し付けて 本当の哀しみの痛さと 熱を教えて欲しい 今夜のバーの サックスの音色は 胸に滲むから 煙を吹き掛けて 曇らせた バーテンダーは機械仕掛けの昔のあなた タイムスリップして ストリップした私の胸元に テキーラを流し込んで これが今夜の代金引換だよと にやつきながら 一緒に踊って欲しい あなたのリズムで 私は踊る くねる 歪み喘ぐ 喪失する楽園から 覚醒した朝 腕枕の固さの代賞に ひとこと 「女」 と呼んで欲しい 私は、あなたのの鋭い声と 目線が好きで あなたの胸に口紅で 赤い蝶を描く 汚したシーツ 泳ぎ着かれて果てた 野良犬たち 叱るように愛して 石榴を割って 突き上げて 傷口から始まるロマンス 約束の海 潮の薫りが満ちる部屋灯す
灯す 月が空にひとつぽつんとしかない嫉妬に 青い火ひとつ 潮が渦を巻くくらいの感情の高浪に 赤い火ひとつ 四葉のクローバーを見つけても 三葉にしてしまう天の邪鬼に 緑の火ひとつ 生きているのは 何処かに産み捨てた人いる十字架に 金の火ひとつ 誰しもそれぞれが背負う 街並みの灯りと路地裏の陰 歩いてゆく 歩いてゆく ひとりにひとつづつ 呪い ひとりにひとつづつ 故郷 泣いてしまえ スマートなスーツも ブランドのストッキングも脱ぎ散らして ひとりに一箱つづつ 分け与えられた マッチの火を 今夜だけ点けながら マッチ箱が 空になるまで コトバを交わす2010年08月01日
惜春
惜春 シーツの海に住み着いた赤い蝶が 羽化したサナギを嘲笑い 自由に飛んでいく頃 海辺で泣いていたのは 溺れた人魚 帰れないお伽噺に 還りたい アスファルトにアカイハナ が咲くと 潮風の匂いが異国の涙を 誘うだろう アカイハナに赤い蝶 潮騒には裸脚 同じゆらめきの果てに 楽園と廃園の鍵は 差し込まれて 血を流しながら闊歩する女の 渦を巻く激しさに染まる街 たまゆらの音色に委ねた ピアノの旋律のさざ波 ゆれる ゆれる ゆすられる 楽園は近々廃園に 戻ることを 知るだろうクロスロード
クロスロード 頬に涙を流し 缶ビール二杯じゃ酔えない 恋にこだわり続けました 骨になってゆく 僕らの想い出は美しいまま 明日の廃品回収のゴミ袋に 捨てられます 貴女にはしたいことが 塵のようにつもり 僕はやりたいことを シュレッダーにはかけれない 色褪せた明日は 透明な未来に続くのでしょうか 光射す窓辺 白いカーテンの朝の熱風 朝顔柄の紺の浴衣に お水をこくりと飲み干す 貴女の喉越しに 僕は何味でしがみついているのですか きっちり髪を切ったはずなのに 「貴女の為に生きたい」 と そんな黒髪の子供が駄駄をこねた言葉を 撫でながら また 未来像に缶ビール二杯で 酔える夢を 貴女の頭のつむじ風が 教えてくれそうです 今度のクロスロードで お互い独り歩きをしていたなら さよならのない 一本道に二人の影をおとしてみませんか 決して冷めない 缶ビール二杯で 酔える 恋と夢と 語り継がれるような お伽噺を調べなさい
調べなさい 貴方が初めて私に手渡したのは 赤い花でした 私が最後に手渡したのは 青い花でした もし貴方が 雛罌粟畑で 赤薔薇を一本捧げてくれていたなら 夜には月花美人が咲いたでしょう 貴方は溝に私との時を沈めて 違う花にも赤い花を 添えて量り売りをしたのてす あぁ だから私はこの夜の果てまで行って 採ってきたのです 青い森の青い花(バラ) 私も調べます 貴方が私にくれた赤い花の代償金 生産地とルーツ かかった印税と重さ だから貴方も 調べなさい 青薔薇の秘密 今年二回もブルームーンがあった理由(わけ) そして貴方は 知るのです 私が貴方に 青い花(バラ)を 渡さなければならなかった 無数の痛みたちを描く
描く たくさんの色を秘め キャンバスは賑わう 桃 卒業式の門出に咲いていた桜並木 黄 ヘルメットと夜行タスキの自転車通学 赤 火遊びのような青春に 一級品のディオールを唇に纏う 白 リスカをしたら包帯でぐるぐる巻き 紫 神様は紫雲たなびく彼方におわします 緑 横たわった蓮花畑のややらかさ 青 見上げた空は五月晴れ 七色 恋をすれば虹がかかる なのに怒鳴り声を聞くたびに 色たちは混乱して キャンバスは真っ黒 キャンバスの色合いは時を経て 怒鳴り声を聞くたびに 分裂を繰り返し できあがった絵に タイトルは 「私」2010年06月13日
月の呪縛
「月の呪縛」 シーツの海で官能の声を張り上げ 貴女はどこへも逝けない薔薇バラの身 歪んだ口角の行方を知りすぎた女は 可愛いすぎる紅玉を啜りすすられ報いを受ける 相咲き乱れ溶けた胃液のプールで 貴女は独り揚羽の夢に沈む水中花 (赦さないで 赦さないよ) またこの屋敷においで 背中に刺青 痣の昴は嘘の痕 猫なで声で委ねた膣には 爪先のような 赤い三日月 罪の痕2010年06月11日
「霊感」
「霊感」 増幅する傀儡から 抜け落ちた邪恨の行方が オゾンを侵して 酸性雨から身体に 染み付いた地球の涙を 私の中の子供が痛がる時 突然変異の方程式が 感情にシンクロし 緋色袴の巫女は 黒衣の聖母になりて 骸を数える 高野の山の法師は 山に引きこもり 戦慄く経典の文字は 更々こぼれおち 殺意の予感が地上を ふきねけて 私を もう一人 降霊する2010年06月06日
夕暮れ時には
夕暮れ時には 夕暮れ時には 細い西日がよく似合う 高い水色だった空が やや瑠璃色に染まり ベンチには 独り佇む老人がよく似合う 夕暮れ時には 男性遍歴を重ねた 熟年女が歌う スローバラードがよく似合う 恋愛の苦さが耳に染み込む そういう深い色がよく似合う 夕暮れ時には 一冊の小さな詩集がよく似合う 今日の労力を 少しだけ労うような 先人たちの想いがよく似合う 夕暮れ時には 水滴がよく似合う 今日という終焉の美を 讃えるために 涙を一粒 こぼせばいい その雫一滴で 今日の夕暮れは炎を鎮め 私達に 夜という潤いを運んでくるだろう2010年05月31日
恋
恋 桜並木の門をくぐりたがる胸は 薄紅色の血脈が身体から飛び出し 誰かの内で鼓動が響き合う 桜の花びらが散って腐敗していく頃 土足で踏みにじる運動靴は 汚臭を発する 太陽が焦がれる高嶺の花は 異常気性なうえに 当たらない天気予報のように いつも気まぐれ 桜の葉が汚濁にまみれ 排水溝に溜まっている 伸びすぎた前髪と後ろ髪 もっと綺麗に整えたくなった サロンに行く途中のコスモス畑は 色鮮やかで目移りせずにはいられない 桜の木の静かな心音を吹雪がかき消す 雪が続くとまた春を振り返りたくなる 思い出が美化される 海綿状だけ見ていたい 桜の蕾が少しばかり紅色に染まる頃 ぬるくなったこたつから這い出て 来るべき春の扉のドアノブに手をかけたとき 台所の机には 冷めきってのびたしょうゆラーメンと 長持ちしすぎた蜂蜜漬けの梅干しが 残っていたので 泣きながら食べた2010年05月26日
「お前は私が背負う十字架だよ」
「おまえは私の十字架だよ」 九十九神が居座る前は 枕草紙に出てくる親王が 我が名字 血筋の正統性は平にして 人が為 先祖代々独りが出家 永平寺にて阿闍離に為れる者もありやなしかと 聞き入りし祖母も また 我が病の願掛け札を枕の下に 弥勒になりし 今 雷雨 吹きすさぶが如くに 父 深き因縁にて 罪悪人中の凡夫に導かれ 誤算の無一物を まことしやかに信心し 有り金を使い果たし 母を怒鳴り 母は私に言葉にて 業をにやす 我 手首にためらい傷はしり 愛を乞うて 池にて入水 されど 天の雨の囁きか 一陣の風の御手に掬われ 我が身は白き部屋にて 隔離されし日もあれど 己が 病は進行し また老いし父母も 手遅れの因縁に 命幾ばくもなく 最後に伝えられし 先祖から母へ伝言板 「お前は私たちが背負う十字架」 也やと2010年05月25日
雷雨のあとで
雷雨のあとで 空が割れて 雷様がおこっていらっしゃる 親父も怒ったので 気が炎に触れた 家をでて稲妻に撃たれる恋を探しに 出たけれど ファミレスの牛の哀しさ 酸性雨に球体が涙 電撃が走り いてもたっても居られず 夕立ちの空を見上げれば ほら 瑠璃色の世界に 虹 瑠璃色の地球に 幸 ライブな生き方に 華雨漏りと青空
雨漏りと青空 しとり しとりと 落ちてくるのは 誰の哀しさ 夕立の激しさを 期待した子は調子狂い 洗濯物が乾かないわと 奥さまは超不機嫌 それでも 静まってゆく雨粒が バケツいっぱいになる頃 筒抜けた青空の形は 焼きたてのメロンパン のような ホカホカの優しさを 私に見せた 男と青空に大切なのは どうも 「優しさ」 らしい桜
桜 「私が花と認めるのは桜だけなの」 そう嬉しそうに語る貴女 「花雲 上弦のの月 人形と為れる私と遊んでよ貴方」 と桜に酔いしれる貴女 「貴方に愛されているから私は自分を愛しく想えるの・・・」 と 真っ直ぐな瞳を向ける貴女 ------そんな貴女を僕は裏切り御都合主義の神の手を取り 貴女を捨てた 貴女は泣きなら僕に 「思い出をありがとう」 と言って微笑んだので 一生僕の中で 美しいまま咲き続けるのだろう 僕は春の雨の中 泣き叫び 貴女の化身である満開の桜の木の下で 罪の重さに跪き 貴女を求めて慟哭し 動けなくなってしまった 願わくは満開の桜よ その根で 僕の血脈を吸い上げ骨を砕き 僕の血をその花弁のごとく 儚く散らしておくれ 雨に濡れたその一片が あの人の薄紅色の唇に 触れるまでに・・・2010年05月24日
サクヤコノハナ・ トワニ
サクヤコノハナ・トワニ 割く闇 桜 傀儡が 紅 夜想に 闇 焦がれ 恋 残した 望 羽音を 波 凪えぎ 泪 灯す悲 友 環に枷 吾 匂う華 庭2010年05月23日
溺愛
溺愛 おんぼろな音がするバイクで ぼろぼろでボローニャに行こう レコーダー連日終夜止まらせず 天気予報はてんであたらずじまい 留守番人はルームでおくつろぎらしい 老い 惚れ 連夜 点描の ルミネを描くKISS WILL KILL ME
KISS WILL KILL ME 苦しくて空気を乞う 血が滲み地に落ちる 連れてて疲れ果てるまで 獣が啼く今朝の夢 出てて君でなきゃ私 遊んでる貴女に悪戯を 夜想深く約束破りそう 目指すの名誉のない国へ 天使の翼天使の羽ばたき これはね恋の為せる業 牢屋で寝ろと主は乱れ 紫陽花と紫陽花の微熱に 手には刃掌には孤独2010年05月20日
心象風景/欠けた器
心象風景/欠けた器 みんながみんな口を揃えて いうのです 「死ねよ」 と。 母親は哭きながら お前は私の背負う十字架だといい 父親は金をくすねて出ていきます 弟は無関心なまま明日の仕事の見積書と新妻の機嫌とりに夢中で 私のアイデンティティーは 錆びれた空の彼方の人から 無に還れと欠けた器を 投げつけてきました ひび割れたお椀の中から 私の薄っぺらなイデオロギーが滴り落ちて 砂塵に回帰せよと 形あるものたちが叫びながら笑っています お椀の中から立ち上る悪臭は私の精神で 夢の島にたどり着くまでに 一目 自分の顔を 薄汚れたお椀にに盛り付ければ あとは要済みです あなた方の信仰する神は 沙羅双樹の枝で編み上げた中に 慈愛を注ぎ込み高みへ導くでしょうが スクラップになる私の赤茶けた役立たずの欠けた偏屈さには ゴミ処理場が 私の極楽浄土だと指し示し くすんだ空の海原を映した 器が 私の内でも 空の彼方の人と同じ声で 繰り返し 繰り返し 波紋を投げかけます 「死ねよ」 と。2010年05月17日
恋
恋 近寄りすぎると 重くなる 離れすぎると 消えてゆく 一滴の雫 詩と死の間に 流した涙が 騙し絵のコップに 泣いた顔と 笑った顔の 中間値で 現れるオアシスを 一体誰が責められようか より多くの毒杯に 酔った者が 背負う儚い輝きたちを2010年05月16日
情け知らず
情け知らず 発ち急ぐ想いに身を委ね 荒波に浚われるまま 自己処罰繰り返しても 我 独活(ひとり) 人の情けに刃を向け 抱かれても 独り 愛情遍歴を繰り返す度に 束の間の癒しを求め 時は無残に親しき人の命 刻々と奪う 情けなき我を 罵倒する声 届かず 又 過ち繰返し「女」に なりし日に訃報来しこと 覚悟の上 泣かれても 泣いてみても 歩む 暮れゆくネオン街 夕暮れの薫風冷えて肌恋し 郭公の狡さに格好の悪さ 我独り ホテルの引き出しに 恥を終まえり 蜜指で走り書きしたメモを残して 「情け知らず 世間知らず」 と 文字は惨めに滲めり2010年05月07日
黙殺
黙殺 飲み込んだ電車が 身構える集団の 溜め息を芯から奪う 今日も満室部屋で 円滑に回るシステムに 妥協と愛想笑いが 個別に煙りを立ち上げて ウイルスが口から流れだし 余儀無く迎合する群れ 消毒液の夢 騒音はシャットアウト 兵士は構えた銃の記憶を クリアーにリセットして 泥のように眠れ 手垢だらけの 朝刊がくるまではあまたの人へ
あまたの人へ 阿僧祇の次の位の数多の星よ 輝き続けよ 薄汚れた街に染まることなく 人工電灯に媚びることなく 数多の未知数を未来に抱えて 歩めよ 叫べよ 吠えて噛みつけ 幾つもの愛想笑い 幾つものシフトカード 幾つもの安い給料明細書 大人の近道も必要事項 覚えておいて損は無し 世渡り上手に街を泳ぐも されど お前は透明な天球議 都会では計り知れない 尺度と高さと潔さ 心して旅にでよ 人の手垢の届かぬその名に相応しく 阿僧祇から一条の光射すがまま その上の高みを進みゆけ そしてお前は知るだろう お前の名に お前の未来に 未知数の夢が 終わらない詩が 春嵐の情熱が 用意されていることをお話し
お話し 今日の絵本は何物語 千夜一夜の恋物語 宇宙飛行したライカ犬の夢 国創りの神様の大望ロマン いいえ いいえ そんな話しはよしましょう 一夜は漆黒の夜露の涙 ライカ犬は宇宙で孤独死 物質文明から逃げ出した男 そんな話しはよしましょう 例えば明日晴れていたなら 海辺に二人足を浸して 白いワンピースから肌を透かせて 異国の桜貝の嬉し泣きを手にとって 泡にならない人魚姫の話しをしましょう もう 眠ってしまった貴女の ゆりかごの中に このおしゃべりな絵本を添えてあげるから 今朝の憂鬱から 昼間の喧騒から 夜の微熱から 清流のせせらぎ 浄化と慈しみの泉にも似た 豊穣に満ちた声を 聞かせては くれませんか ですから どうか お話ししてください 私の知らない私と 逢瀬を繰り返して遊び続ける 貴女の意地悪 貴女の悪戯 私を夢中にさせる 夢物語を一千夜2010年04月28日
静寂
静寂 この夜のむこうがわに 夢みる哲学者 この夜のむこうがわに 踊り疲れた悲しい女 この夜のむこうがわに 終電に間に合わなかったサラリーマン 僕は この夜のむこうがわに 瞑想する リアリスト・メルヘン 朝日が昇るまで 遠く 遠く 銀河鉄道に乗って カムパネルラに会いに行く海月
海月 海の導き 月は十六夜 潮の満ち引き 恋は駆け引き 高波に打ち寄せあげられた 異国の小瓶 涙で滲んだインクの手紙 (どうかこの種を沈めて咲かせてください) 宛先のない女の足跡は 打ち寄せる浜辺で 時計の砂が落ちるように さらさら さらさら さらさら と 巻き戻せない時を抱いて 透けた思い出を フワフワ フワフワ 浮かべて漂う一匹の 青い闇の白い灯台 花は咲かない 砂漠で花は 疲れた街では 渇いた身体では まして透明な過去の中では2010年04月10日
指
指 男と女の間に 指 荷物を背負う為の フライパンを持つ為の あるいは 抱き寄せる為の リングを嵌める為の 指 紡ぎだす指で 男は詩をかき 女はピアノをひく 歌は未来に産まれくる ニンフが地上で 泣かないように作曲した 子守唄 男は縦糸を 女は横糸を 未来永劫編み上げてゆく 二人の指先が たとえ あかぎれ ひびわれて 血が滲んだとしても もう火が消えることはない 冬を越すセーターを 編み終えた 指たちは 男と女の間に ろうそくの灯り消さない為の 手のひら と呼ばれたから糸
糸 この糸をたぐりよせれば 貴女の髪にたどり着く 濡れた髪に触れたとき 後ろ姿で震えた貴女 この糸をたぐりよせれば 成熟な夜にたどり着く シーツの海を泳いだ人魚 忘れてしまった帰る国 この糸をたぐりよせれば 艶やかな声にたどり着く 唇から漏らされる母音が 長い列を絶やさない 糸の呪縛に捉えられ 肉体は透明さをおびて 精神崩壊の早さに 僕たちは地球上から 陰だけ遺して 姿を消した この糸をたぐりよせれば 貴女の傍にたどり着く 珠玉の夜露から 糸を垂らした闇夜の娘2010年04月09日
波乱
波乱 あなたは 私を攫う波 何度も何度でも 突き上げては 狂い落とす 絶頂の高波に曝されて 悦楽の私の顔に 薄笑い 盃 独り傾けて 私を船に味わう 優しさと男らしさの指使い 私の身体で詩を書く男 私に身体で詩を憶えさせる 危険な荒波 波乱の渦にはイマジネーション 息づかいにはイリュージョン 腹部に沈めた珊瑚礁 私は恋の難破船 人魚は巧く歩けない 痺れた痣から逃れられない 未だに波乱の渦中を 彷徨い 溢れ 溶け出す雫 真珠の泪を瓶に詰めても 届かない明日 波に消された悲涙石(ヒルイセキ)2010年04月07日
海と柘榴
海と石榴 人の傷口に 触れないことが 愛だという 私の傷口に 触れる奴は 私の傷口を 必ず癒すことが できる奴 でなければ あんなにも 女の体の内に 海を秘めた石榴が パックリと 容易く開いているものか あなただけの石榴だ さぁ 傷口を塞いでくれあかちゃんのにぎりこぶし
あかちゃんのにぎりこぶし 赤ちゃんが 大声で 泣いて産まれてくるんはな 誕生の喜びちゅうか 命の讃歌なんやで もう ひとつはな 人生の道のりの辛さかも知れへんけどな なかには 産声も上げられへん 赤ちゃんも おるんよ でもな 安心して 神様は ちゃんと お見通しや 赤ちゃんの握りこぶし あの中にはな その子が 生きてゆく為に 使い果たせるくらいの幸せ 両手に独り占めして 産まれてくるんよ だからな サイレントベイビー とか 言わんと ちゃんと人前でも 堂々と泣ける 真っ直ぐな子に育てたってな ほら 昔の人は言うやないの 「千両蔵より子は宝」 言うて 昔の人も 赤ちゃんが 両手に 宝 握っとんの 知っとったんやろか 千両蔵握っとる 赤ちゃんの柔らかいにぎりこぶし 宝ごとボイコットしたら 赤ちゃんより わてが 泣くわ 空見上げながら 「あ〜ん!あ〜ん!」 言うて泣きやめへんさかい そこんところ 宜しく堪忍してな かんにん かんにん かんにん やで。2010年03月30日
時
時 恋人たちが一方通行の標識の下で 笑い合うべンチ 斜めの窓際で老人は最後の作品を 綴り始めた 恋人たちの躁病と鬱病への陶酔はなりやまず 老人の遺書は尊厳死に値する 友人の声は巧みな技で好意的 その反面 本性は果たし状 わからないの? 薄笑いを浮かべる年増の女の日記は 私を終焉の真っ暗森へ誘う 傾いた家屋は崩壊を続けながら 瓦礫たちが身にのしかかり 鈍い残響が鼓膜を打ち破る 助けて! いたずらに発した私の爆声に 見知った女が一人 私の首を絞めながら 「信じるってどうすることなの?」 私の後ろの私に問いただす その頃両親の危篤のメールは 確実に着信履歴に残っていて 穏やかな神の形見みたいな アメージンググレースの音楽が 訃報を告げていた ねぇ、今、何時?血を流す
血を流す 男は汗をかく 女は血を流す それは化石にならない伝統 私の内にある「女」という血脈が 一人の強い「男」を受け入れるまで 血を流す 私は夢想する 三畳あれば十分の原っぱが二人の世界 あなたの引力が私の原子核中を破る時 小さくあげる悲鳴を合図に 教会の鐘は世界に響き 祝福の証が 口から温かく溶けだし 赤く紅く咲く 夜空の流星が私の頬を伝う頃 あなたの放つベクトルの強さたちは 宇宙の芯に焼かれ燃え尽き やがて「一人」が 豊かな土壌に眠り落ち 私の中に 一本の名もない花を芽吹かせるだろう 今は来るべき甘い痛みと引き換えに 冷たく光る銀板にキチンとパッケージされた 褐色の楕円形の粒たち 手渡された瞬間 金切り声をあげた人々に 運命ごと連れ去れて行く 白い担架の上の女 うめき声と蒼白い手が 毛布から痙攣してはみ出す 彼女を追いかけ続ける緋色の滴 点滅しはじめた 手術中の赤いランプも 血を流す2010年03月28日
雛罌粟心中
「雛罌粟心中」 家を捨ててきたと言う 雛罌粟が咲き誇る赤い心で 死にたいと言う 蒼白い唇は 言葉を噛み砕いたように 真っ青なままで ならば殺してあげる 私の美学で 私のやり方で 爪先まで咲かせて 散らしてから 止めを刺しましょう 寂しいは寒いに似てるでしょうから 雛罌粟風呂へ行きましょう 赤く咲いても 芥子の花 毒入り風呂で横たわる 貴女は何も知らない 白痴のマリア 手首に紅芥子の花 指先から身体中を 赤く染め 綺麗ね と笑う白痴のマリア 私の瞳に一枚のモナリザ 切り取ったフレームに追い付けなくて 瞳を逸らせないまま 動けない 人は あからさまな悪意と 精錬な美の前に息が止まる 貴女は知らないだろうけど 毒風呂から剥き出しの 貴女をひざまづかせて カンパリを無理やり口付けて差し込んだのは 貴女を拘束して 神に見せない為にだけ 力なく従順に開かれる唇から 火のような液体が溢れだし デコルテを伝う鮮血は 炎となって秘所に堕ちて 雫は身体を焦がす 一人はアオイケモノになり 姫は蛇の舌で啜り泣き カンパリとカルパッチョ チーズに挟んだピンクローズと雛罌粟 こんなに美味しいものは 最初で最期ね 私たちは小指だけを 絡ませて赤い夢をみる ねぇ、明日此のまま死んでたら それはそれで幸せね でも運悪く生きてたら もう一度 貴女の心音の高鳴りを 聴かせてください 貴女は生きて活きて 雛罌粟畑を後にヒールを響かせ 帰ってゆく でも確かに 弱い貴女は死んだのだ 雛罌粟風呂の中で 魂を奪われた私とともに 遥かなる赤い記憶 雛罌粟心中2010年03月26日
サヨナラ・ドクター
サヨナラ・ドクター HEY ドクター どれくらいの罪に どれくらいの涙が似合うの HEY ドクター どれくらい金を積めば どれくらいの痛みを塞げるの HEY ドクター 退屈と憂いを買って頂戴 一秒後もあの子を愛せる薬を頂戴 物足りない言葉を饒舌にして頂戴 足りない頭で考えた I LOVE YOU 指折り数えた デートの日は きっと地球最後のアダムとイブね 林檎をかじったら離れられないの 忘れられたらどんなに楽 覚えていたら溺れちゃう 夜は病みつき 身体にお手つき 万有引力が二人を離さない HEY ドクター アンタの薬でラリっているの 際限無く想像が膨らんで あの子の中に入りたくて 届かない涙が一粒 流れて 堕ちた HEY ドクター 真実のスタート地点を教えて頂戴 信じ続けたゴールまで 導いて頂戴 サヨナラ ドクター 今の憂いを 花束に変える呪文は あの子がいつも唱えてくれるから バイバイ ドクター バイバイ 私の 可愛いお医者様真昼の月
真昼の月 春琳の間をくぐり抜けて 見上げた空に真昼の月 風がトタンを激しくノックして 私を覚醒させる 道程から見上げた 真昼の月は 昔の私 直ぐに黄砂に掻き消されて 月は陰を色濃く残したまま 仄かな痛みに震えて 静かに目を閉ざす 月陰の闇に微睡む 春琳と隙間風 すら 涙を孕んで 恋に泣く虚無の詩
虚無の詩 胸の空洞に私の魂の死体 命の灯火を奪われても 暗闇で泣いてはダメ 廃人はポツリとも呟けない 孵りたい 新しい春の川辺のオタマジャクシでいいから 誰かに掬われたい 救われたい そんな幻すら 泡沫の夢 振りきれない情熱は もう 枕の下でガビになった アパシーの意味を今更辞書で 調べる必要性は無駄なだけ 虚無が巨夢に膨らんで どんなに瞳から雨を 降らせても 晴れた空は大欠伸2010年03月13日
赤く咲く声
赤く咲く声 手を伸ばせばその声に 爪を伸ばせば届きそう 捻れるように 掴まえて 破壊と再生を 装って 踊る神の足の下 無限の闇から降り立つ有限 指先のその先の月光花 たどり着ければ 聞こえるでしょう 相対の世界のうめき声 蔦の這う 古城に取り残された生け贄が 垂れ流す愛の 掠れ声 ペンを挿し込めれば あなたとの下肢が 擦れた音を立てて 忍び込み 私の声が 赤く咲く 産声で忠誠 縛められた舌から 伸びる赤い 蛇の反逆 黎明を待たずに唇から 絞首刑で口封じ 嘘には罰を 手には刃を 私に牙を あなたに報いを2010年03月05日
ソコがない
ソコがない 勘違いで恋をして 勘違で花が咲く 勘違いは居心地よくて 勘違いはiモード 勘違いが嘲笑い 勘違いが嘘をつく 勘違いに思い込み 重いゴミは 運べない 重いいゴミには灰が似合う 思い込みには秋が似合う 薄紅色の腐ったゴミは 早めに処分 廃棄処分 じゃないと泣くのは私 ソコもないのに 嘘もまことしやかに信じる自分 勘違いにはソコがない 其処が何処かもしらぬまま 浮かれる私を 笑ってるのは舞台裏2010年03月04日
花宵道中
花宵道中 夜の宴 舞うよ 花弁 桜は満開 されど 青紫の痣の悲しみは 風花に染められ 春告鳥の声を後ろに 春は未だ来たらず 虚構をばかりを 指で触れれば あなたの情熱が涙を零す 春とうからじ その呼び声は今宵の雨に打たれ 凍てつく芯に杭を刺し 滑る筆が静寂の帳に 渇愛から慈愛へ変貌する 私は画布の蝶の羽ばたきに 未来に準え 冬の隙間から延びる採光に 薄紅色のリボンで口を紡ぐ 時立ち行けば 花は橘と飽きは聞く 尋ね歩む狂女の花宵道中 華楊の屏風に泣き笑い 花籠に描かれた華は枯れても闇に詠えば 恋 恋 恋ゆりかご
ゆりかご 私ににさしのべられた手のひらは 真っ直ぐな炎をひた隠しに冬の枝先に結んで 泣きわめく子を起こさぬように ただ その為だけに 今 彼は手のひらに釘を打つ 彼は 子供が泣かぬように 泣かぬようにと 静かに温かくゆりかごを 揺すり続けるので 流れる血が静寂を押し拡げ 大地は活火山を失い ぶつかるプレートはなく 宇宙は子守唄にみたされた ただ マグマのような鼓動だけ 泣く子を 眠らし揺らし あやし続ける 彼の手にはまだ釘が刺さったままなのに ずっとずっと 深淵なる夜の淵を揺らし続ける 世界は血と涙に呼応し いつしかそれを 神は 「優しさ」と 名付けた2010年03月02日
のこすもの
のこすもの 僕が君に遺すもの 変な紙切れの束ひとつ 僕が君に遺すもの インクとちびた色鉛筆 僕が君に遺すもの 苔になる躯 忘れないで 紅いランプの下 浮かび上がる輪郭 白い肌 月夜に交わした くちづけの甘さ 菫の香に誘われた愛撫 やけくそになった 叱責同士の喧嘩 携帯から誘惑した 吐息と従順な柔らかい声 掠れた呼び名 墜ちた花弁 濡れた身体 零れた緋蜜 溶けた夜 激しい波の高鳴りに 啼いたナイチンゲールよ 籠は思い出を閉じ込めたまま錆びたのだ 電車が来るから僕は逝く 朝のこない電車に乗るのだ 僕が君に遺すもの 僕のわがまま 消える足跡 止まった時計 来ない春 君が僕に残すもの 精一杯の真っ直ぐな 僕だけ見つめ続けた瞳と涙 最期に僕が残した者は 愛した君 君自身2010年02月28日
セピア色のビーナス
セピア色のビーナス 誰もいない絵画教室には 色褪せた口づけが置いてある 僕が初めて触れた女(ひと)は 白い石灰の胸をはだけ 放課後の僕を待っていた 二メートル四・三センチの女神に 背伸びしたくちづけは 冷たい肌を晒しながら 僕の唇に火をつけた 君が生きていたら プロポーズしでもしてただろうか ピグマリオン気取りの いつかの少年は 小父さんと呼ばれているのに あなたはきっと綺麗なままで 僕を呼んでいるに違いない 僕の中の少年はあの日背伸びしたまま 初恋という名のアルバムに 揺らめきながら閉じたまま 「大人」になった セピア色のビーナスを 胸に隠したまま 今は違う女神と恋をして 触れ合った やがて二人の間にニンフが生まれ 小さな女神に なぜか あなたの輪郭を鮮やかに思い出すのだ2010年02月27日
パンドラの罠
パンドラの罠 髪の毛 手の平 唇から媚薬 まばらな光 神が死んだ約束の日 繋いだ手には錆びた鎖 君の心臓の匂いは赤い薔薇 一輪挿しに飾れば 世界は涙に濡れた 未来が邪魔になる日 背中の翼をもぎ取り 肉体の門全てに鍵を差し込む 氷点下の眼差しで 引きずり出された残酷さが 君の舌を咬みきる 溶け合う口腔の内には 血と蜜が放り込まれ 君はプランツドールから 聖母へ再生し 僕は子宮の中のミルクの海に 沈んで逝く 愛とは ともすれば アラクネの企み 雛罌粟心中 パンドラの箱は沈黙を守り 二人は「 」を奪われたまま 黄泉路を振り返ってしまった2010年02月26日
命のリレー
命のリレー 無意識に動くものなど何もない この指にすら先祖の意志が刻まれている 生まれた意味など知らないが 何で生んだか泣きたい私 何が人生だとかわからないが 私の頭を撫でる手は たくさんあった 家族 親友 恋人 先生 それでも出会いをくれたのは 今は還暦を越え心臓病の母と肝炎を患う父 優しい子守唄 しがみついた母の手 いつが最期になるかしらない父親のバグ 忘れないよ 忘れないよ 生んでくれてありがとう なんて言えない人生だったけど お父さんとお母さんは忘れないよ 泣いた母親 見守り続けた父の背中 忘れはしない だってさ お父さんとお母さんと呼べる人は 私には二人だけ ねぇ それってとても贅沢な言葉だったんだね 両親が歌っていたのは いつだって 涙の子守唄 私は聞こえないふりして 悪態ついて逆らったけど あなたたちの命の形見 無意識に動くものなど何もない 今度泣くときも 二人の間で オギャアャア〜 オギャアャア〜遮断
遮断 医療事務の女性が着けるマスクは 認知症患者と口を聞かないために 薬品商談の携帯電話 電波指数は地球を光の速さで 七周半 注射を打たれた子供の雄叫び 退職金で買いたい団塊世代 精神患者は速やかに隔離病棟へ 個 個 個 個 ウイルスは早めに遮断 それでも名乗る総合病院 円滑に回せ 廻せよ ロシアンルーレット 墓碑銘は霊安室に保存して庵室装え 独り部屋 慈愛と喜びの裏側で手招き笑うマネージャー の マナーなマネー 厄神さんのお隣は 観音開きの女部屋 高額医療の祭壇で雛祭りが終わる頃 私の黒髪もいつしか灰煙 シャットアウト!たくさんの
たくさんの たくさんのロングスカートを買ったんです エイチ・ナオトの黒いスカート 私の身の丈には合わない 引き摺るだけのスカートです たくさんの巻きスカートを買ったんです 可愛いキューティーフラッシュの赤いスカート 私の歳には合わない チャイナゴスのスカートです たくさんの高価な香水を買ったんです イブ・サンローランのオピウムと シャネルのアリュール けれども阿片中毒にはなれなくて 気位の高さがシャネルの涙 黒いロングスカートは喪服のようで 鮮血を滴らせた巻きスカートは産女のようで 阿片には酔えなくて ドラッグカクテルも出来ない私 私の首は傾いたまま たくさんを見上げて安心します 宝石箱の中にはピンクゴールドの甘い静寂 パワーストーンのシルバーリングが 煌めきの力を呼び覚まし 一点物のベネチアンのブレスレットに真珠が泪 乙女の夢が眠る棺(へや) 女の薫りがする部屋で たくさんの酸素を吸わされる たくさん たくさん たくさん もうぜいたくさん たくさんが 誰かの形見になりますように たくさんが だれかの役に立ちますように 私が身体一つに纏うのは 瞑想という名の蓮の花の香水一つ オリエンタルフローラルの華に包まれて オフィーリアの狂喜を横目に見ながら 微睡み沈みゆくことでしょう 「脳手術の成功率は・・・・%です」2010年02月24日
親愛なる王子様へ
親愛なる王子様へ 入社したての私は紺のジャケットと地味な白のブラウス 黒いタイトスカートしか持ってはいませんでした コピー機の紙詰まりにも似た安い金額明細書の苛立ちは 若さが手助けしてくださったのか 姫と呼ばれ それはそれは可愛がられたものでした 三十路というのは何か因縁を呼ぶのでしょうか 王子様がそろそろやってくるなどと考え出したりするもので メイクも一流 仕事も一流 遊びも一流 笑顔で鞭を振り振り血ィパッパ いつしか女王様と社員は呼びました せんだって昨日四十回目の誕生日を迎えましたところ 魔女と呼ばれるようになりました 皺とシミに少しばかりの白髪さえ隠せるよう 魔法も使えるようになり伸ばすは背筋ばかり この前ヒールのかかとが躓き階段を落ちそうになったところを 救いあげてくださった貴方 白い歯が眩しいイケ面敏腕青年 (見つけた貴方が私の王子様!!) と思いきや 「いい薫りですね、なにを纏われていますか?」 と いうものですから 私 「ええ、カレーシュを・・・。」 と 恥じらい即答致しましたところ 青年社員は腹を抱えてあざ笑い 「加齢臭!やっぱり魔女並みのキャリアになると言うことが違うなぁ〜。」 などとほざきやがるのです。 まあ、なんと無粋な! エルメスのリリーカレシュを事もあろうに加齢臭だなんて 無知も恥もいいところ! とっとと退社致しなさい なんて呪いをかけてしまいました 嗚呼、王子様 待てど暮らせど不便です この街の人混みをかき分けてそろそろ私を攫ってくださいまし でなければ 「屁は出てよし 鳴ってよし そこらの埃もとれてよし」 などと一発かます卒塔婆小町になりそうです あぁ 王子様 白馬の嘶きが遠うございます お慕い続けて早十数年 貴方のために初回限定 幕張メッセを御用意しております まぁ 私としたことがはしたない(笑) 早々 王子様 般若より2010年02月23日
散歩道
散歩道 人は死んで名を残す 鹿は死んで皮残す だからお前も何かで名を残せたらね と、母が言うから そんなことしなくても 私はお母ちゃんのこと忘れへんのに というと母は黙って泣いてしまった 二人が黙って泣いたのを知っているのはお月様 つないだ手が温かく力強いので 私は ちょっとだけ 長い二つの伸びた影に このまま死んでもええやろか なんて尋ねたくなったっけ 未だに忘れられない散歩道 母に今 そのときの握力はなくても・・・2010年02月22日
花ざかりの下で
花ざかりの下で 春眠は薄紅色の涙を喚ぶ 誰かが泣いてるの 私には聞こえるのだけど この指先には温度はなくて この身体には命は亡くて ただ 救いあげたい想いたちが 私の周りに彩るの あなたの哀しみが 聞こえぬように瞳を閉じて あなたのさよならの次の先の 幸せを祈って 眠る桜の下 言葉と想いを花びらに変えて 今宵も チル 散る 薄紅色の恋心たち2010年02月06日
NEKD WOMAN
NEKD WOMAN 出会いの始まりは メールの口説き文句 下心を読みとると 泣きたいほど愉快だった 顔の見えない王子様にでも縋り付きたかったし 永遠に淋しさと「さよなら」出来るなら 終わらない夢を白昼夢に添えられたのに 目が覚めたら 下着ごと放り出された (私は一つの煙草の吸い殻) これが現実というやつか 慣れないことはするもんじゃないよ と 響く警笛も時の暦に流されて 思い出のリングに指を通せば まだ薬指に面影が通過するから 部屋の片隅に投げ捨てたのに 泣きながら 指輪の行方を下着姿で捜し回る/私 (私 なにやってんの?) 居場所がほしいの たった一人でさまよった街 泣いたって泣いたって この声が誰にも届かないくらい大声でないたのよ (なのに ネオンが高笑い) 好きだったから 好きだったから なんでもできたの 涙より血を流すことの方が楽だったわ (壊れちゃったの オモチャのウサギ) さよなら あなたが大好きだった 今は あなたが大嫌い 私は私が大嫌い そんな私が大好きで そんな私が愛したあなた (ゲームー/オーバーな恋) 男運の悪さに泣いたとしても 私は私を止められない 嫌でも私と向き合って 嫉妬と愛をまるめこみ 生きてゆく 「女」2010年02月02日
純粋と革命
純粋と革命 虚偽纏い 栄華を誇る真ん中に 誠を投げ込んだ魂の呪文 「王様は裸じゃないかー!」 「王様は裸じゃないかー!」 何度も何度でも言ってやるさ! お・う・さ・ま・は・は・だ・か・じ・ゃ・な・い・か〜! 破れたり 衣 敗れたり 権力 鏡は繰り返す 残酷なまでの大声で 勝利の名 無邪気な笑い はしゃぐ子供 群衆の観の転換 ともすれば 真実とは純粋の二つ銘ではなかったか さながら 修羅の道 選び歩み傷跡さらし 素足は 全て 国の為 皆の為 歩め殺めた 数知れず 王よ! 王冠と誇りを秤にかけよ! 群衆の謀事 革命を名乗る虐めの茨道 純粋と呼ぶならば さてはさて 裁かれるは誰ぞ!2010年01月24日
枠の外
枠の外 世界をデジカメのフレームで区切りたい昼下がり 「詩人」だとか「文学」だとか「哲学者」だとかの 記号の群れ達から飛び出したのは画用紙と水彩色鉛筆 昨日 窓の外側に向かってため息をついていた君も 今日 恋人から約束のメールがこない貴女も 営業のノルマに追いつけないセールスマンのエスカップも 国会議員の論争と昼寝のような気まぐれ管理職と同じ狭間 思想は崇高なテロリスト 赤と黒の激しいメロディー やっぱり 響き渡るから さっぱり 今日が沈まない 青いビニールシートに寝っ転がって 空ばかりみていました 空ばかりみていました そしたら 空っぽになってしまいました 私は見つからないはず それは きっと「アパシー」で それは きっと「アメジストのパワー」で キントンウンの行方ばかり気になる私は きっと きっと 枠の外2010年01月19日
楽園へ
楽園へ 片手には地球と同じ重さの錠剤 これは楽園行きの片道切符 君からメールも電話もこないのは きっと鏡の国のウサギに誘惑されちゃったんだね 君は気まぐれアリス 片手には イギリス製のティーカップにロイヤルミルクティ 不思議の国を味わってキノコの上でお昼寝中 アリス 会いたかったよ 会いたかったよ 君は知らないだろうけど 君は知らないだろうけど 片手には地球と同じ重さの錠剤 これは楽園行きの片道切符 君の嫌がる感情は 総てシュレッダーにかけてきて 僕は虚空で愛を詠う 中途半端でダメな智天使(ケルビム)愚者の理
愚者の理 汚れたこの手に 紅い慟哭を掴んでは 握りつぶし続ける 自らを傷つけて 望んだものを手にする瞬間は いつも 残酷で ひどく… 愉快だ合掌する手
合掌する手 戦後資本主義が生んだ ユウセイホゴホウにより 堕胎天国は幕を開け 女共は 素知らぬ顔で殺し続けた 透明なぬけがらを 何体背をっているかが ステータスになった男に足を開き 従軍慰安婦の末裔は 要らぬ命ばかり生産する 間違えて産んでしまいました の 生存許可書は剥奪され 虐待と衰退と餓死の履歴書は 積載量オーバー 社会保険庁博愛児童福祉課は 困るんですよねぇ の一点張りで愛想笑い ぐるぐるまわってあの世から いつのまにかの偶像崇拝 透明なケースの中 飲めない牛乳 使えないお金 線香一本の人生 必ず消えるろうそく となりには 薬指に炎のようなルビーが灯る おばさんの オムツも代えたことのない 合掌する手2010年01月17日
鳴りやまない世界
鳴りやまない世界 世界が傾いてみえるのは 私の首が斜めだから? 左手が震え出すと 地球上にない酸素を吸うの 白い粉と錠剤たちに征服されると 私は 世界に弾かれて 何処かで即興的に作られたお経が聴こえるわ 神の国は ベッドの乱れたシーツの上にも マッチの火のような 家の灯(あかり)にも 貴女の心音の高鳴りにもあるのに 黄金の骨壷の中の隠し金が 紙の国 世界が傾いて見えるのは 私の首が斜めだから? 貴女は今日産まれて 私は治療費に埋まれて 二人の境目の 「祝福」と「退廃」の生存記号の賃金は いつもの渡し守から 着払い 今日も空は 何事もなかったように綺麗だわ なのに お経が 鳴りやまないの ずっと神様が笑って見てる まるで 悪魔のような顔をして2010年01月08日
しようか
しようか 猫に 紫陽花 猫と 紫陽花 紫陽花 紫陽花 紫陽花 猫の秘蜜 味わい太陽 猫に 紫陽花 猫と 紫陽花2010年01月05日
女郎蜘蛛の恋人
女郎蜘蛛の恋人 絡め取ってください その粘りついた 銀の針で 貴女の真ん中で 紅い鼓動に とどめを刺して 五臓六腑に飛び散ったベネチアンを 貴女にすべて捧げるから 私を編み込んで 作り替えて 例えば 従順な玩具犬に 例えば 貴女の胸に輝く 琥珀のペンダントトップに なんにも 怖くはないの 怖いのは 貴女の役に立たない 身体とか 心とか だから 早く紡いで! 濡れて粘りついた 彼処の糸の煌めきを 貴女の指で 編み込んで 声さえ あげないから さぁ 早く 貴女の濡れた指を 私の糸が 触れてと叫んで 溢れ続ける 煉獄の檻の中 もう 我慢できないの お願い 早く 貴女の内に 編み込んで 狂わせて 嘘で殺して くちづけて そして 早く 早く・・・ ・・・食べて ねえ 私の喉仏に 貴女のイニシャルが 成婚の証でしょ2009年12月29日
どこ?
どこ? 役に立たないのなら死んでくれ! と 父親に言われた事は覚えているんだけど 白い箱 人を置く棚 四つ みぎうえ 家族が死んだ! 死んだらあかん! 繰り返すカセット すり減って 三日後 お経 みぎよこ 食べられないのに長生きできる不思議な老人 まえ 気ィくるとんのか! 叫ぶ おばちゃん 手洗い場の白い消毒液が笑う 飲んでみたら甘いよって笑う ここは どこ 言葉にできない知らないおばちゃん
知らないおばちゃん 同じ病棟の隣り部屋に 遠縁にあたる 近所のおばちゃんが 入院した 徘徊しないように服を 太糸で繋がれて 何度も何度でも 「家族が死んだ!」 と夜中叫び続けた 根性負けした看護婦に 家族の声を聞かせるための 公衆電話の十円玉の声は 一日三枚 ねえ おばちゃん 昔みたいに言ってよ 玉葱作りすぎたから 勝手に欲しいだけもっていき! って ねえ 喋ってよ 実の娘と娘婿が ストレス解消に 夜中に虐待を受けてるって (どんどん家族が死んでいくのでこわくてねむれられへん) おばちゃんは 家族を殺してしまった 贖罪のために 頭から樹海に入って 今も彷徨っている ねえ 戻っておいでよ 片足を引きずりながら 杖ついて 茄子も持っていき! と 大声で笑っていた 昔なじみの 知ってるおばちゃんに2009年11月20日
ウォルフガング・アマデウス・モーツアルト
ウォルフガング・アマデウス・モーツアルト コンスタンチェ 泣かないでおくれ 悪女の君らしくないじゃないか 今 語っている言葉すら 誰かのための誰かのメロディー 演じきるのが音楽家 確かなものは音符を超えた魂の上にあるのに 掴めなくて 必死で足掻いてる 人の台詞ばかり覚えて 自分のメロディーが 二短調になるんだ 正義が愛に破れた日が早くくれば 僕たちは幸せな波長調になれただろう だけど もうクスリがないと 眠れないんだ 心が暴れだす 思想が自分を暴き出す 僕を蝕むヨーゼフ二世の声 もう 恐怖心は正直ないんだ ただ時間と戦っている 残された時間が 生きた証にになるように しがみつく 金と時間の天秤の傾きは ジャステスに聞いてくれ 死神の鎌 悪魔の誘い 異質な魔笛が喉元に嵐を呼ぶ 来るべき呪いの日 泣かないで 哭かないでおくれ コンスタンチェ 僕の曲 僕のメロディー それは 僕のものではないと サリエリとカテリーナに伝えておくれ 時代に踊らされるのは お互い様だと 我は不滅の天才音楽家なり その称号 時代を超えて魂で楽譜で紡ぐ 未来全ての音楽家たちへ 捧ぐ!2009年11月16日
うそつき
うそつき 詩人は 真実を話す嘘つきである ジャン・コクトーの名言が好きだったきみ ぼくは、嘘つきになってしまったのだろうか きみはぼくの描く売れない漫画が大好きで 熱烈な手紙もメールもくれたけど きみは詩人で ぼくに詩をかくことをすすめるので 片手間に書いてた詩みたいなものが 一人歩きした頃 きみは あなたが詩人じゃなきゃ愛せたのに と 言い残して消えた ぼくは あれからも詩みたいな 小賢しい文章を連ねている だけど ぼくは僕の大嫌いな嘘つきになりさがり 愛を囁くすべてを失った 今でも きみだけ傍にいてくれて ぼくだけを理解してくれたなら 詩なんていらなかったのに という本音すら デタラメな言葉に聞こえて 自分の胸を抉ってみる 血を見てはきみへの温度を確かめていたのに それでも ちいさな甘いトゲたちがちくちくと刺さって 痛くて今はうごけないんだ きっと ぼくは 真実を失った嘘つきである2009年11月13日
今は亡き巨星に
今は亡き巨星に 「芸術は魂の解放である」 と、伝えたかった そしてまた 「宗教とは体験である」 と言ってみたかった だが 悟ったと思ったときが悟りから一番遠い と微笑んだ先生 ただ ただ 自然流通に 「生きよ!」と 教えてくれた亡き巨星 私は薄汚れ 這いつくばって 立ち止まりながら 歩いています あなたがくれた イノセントの十字架を携えて 泣きながら 哭きながら ただ 哭きながら さまよう夜の街 今は 友の涙を 足枷にして 優しい女の 裏切りの言葉に 鉛玉を誂えて 引き摺り 引き摺り 哭きながら あの世であなたと 酒を酌み交わす約束の日を夢みて 木枯らしの中を 進む!2009年11月03日
くれる
くれる 鏡 割りて虚偽の痛みを素手で知り 写真 破りて過去と決別 恋人 三畳の間で泣き伏し 友 酒飲みて廃人と化す 夕焼け空の向こう側 アスファルトを打ち破る花 道路に咲く白いチョークの夢 子供の約束 錆びたブランコのほほえみ 私を負う母の子守唄 鮮やかによみがえり 泣く 無く 無声の重みを抱え 温もり 呉れて 陽も また 暮れ行く2009年11月02日
再生
再生 命の種に色が泣く たどりつけない火達磨の 炎の情熱に ムンクの叫び ゆがんだ色たちが流れ流され たどり着くのは賽の河原 鬼のこぬ間に彼岸まで 意志(イシ)の固さで 山づくり 真新しいチューリップの発芽に 暖かい朝露が濡れて 大切に小筆でなぞらえば 重ねあう二つのグラデーションに 朝日が混ざり 名画のオークションが始まってしまうから 競争社会を政治の中に塗りこめと ニートな模様が もよおして 昨日の廃人(わたし) ハイ さよ オナラ!2009年10月23日
徒然に本音
徒然に本音 「尻尾」 子犬が じゃれあうように 人間同士が どうして心を赦せないのか 御主人様に頭を 撫でてもらうのを 嬉しがるように なぜ人は素直に喜べないのか 犬たちよ! お前たちの尻尾は そのつまらない答えを 知っているのだろう 「疑う」 人の愛情表現は様々で 時々 裁きたいのか 教えたいのか 解らなくなります そこに愛はあるの? そこに誠はあるの? そこに真実は隠れているの? 「思い出」 振り返ると 今までやって来たことが 嘘になるようで怖いのかもしれない けれど 愚かだったと笑えるから 振り返りたくなるかもしれない 「幸福のありか」 不幸そうに見えても 幸福な人がいる 幸福そうにみえても 不幸そうな人がいる 井の中の蛙は大海の在りかを知らない方が 幸せだったんじゃないかって… 「人の心」 真実を写し出すカメラがあればいいのに! 「神様」 例えば 私が泣いてるときは 慰めてくれて 例えば 私が疲れているときは 愚痴を聞いてくれて 例えば 私が強がってるときには 泣いてもいいよと 頭を撫でてくれて 例えば 私が逃げ出そうとすると 叱ってくれる そんな都合のいい神様をさがして三千里 「恋」 あなたの大きさを 信じたくなった 飛び込んでいったら 受け止めてくれるような気がして 私の全てを みせたくなった 「唄」 人生は、みんな唄で、できている 歌詞は自分で作れば 世界にひとつだけの歌 自分で唄えばさらに満足度100% 「詩」 詩を書いてるの? とノートにきかれて 絵を描いてると答えた午後の色鉛筆2009年10月22日
ヌード
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