岡の上に中年の女性ガイドと何かのツアーで来ている。ぼくの生家のあった名古屋の覚王山の岡を思わせる風景だ。岡の上は雑木林になっているが、ここは広いお屋敷の敷地内らしい。ガイドは以前、目の前にあるお屋敷の池に死体が浮いているのを確かに見たという。でも、彼女が驚いて人を呼びに行き、戻ってきたときには死体は消え失せていたのだという。みんなは「おまえは幻を見たのだ」と言ったが、どうしてもそうは思えないと彼女は言う。
そんな話をしている間に、屋敷の主人であるこの町にある二軒の大きな薬屋の一つ、ファースト堂の社長が帰ってきて、若い男性の使用人たちの出迎えを受けるのが見える。彼は「ビタミン剤は私の店で扱っているものを飲むべきだ。ライバルであるスピード堂のビタミン剤には毒性のある成分が入っているからね」と、ぼくらに話しかける。使用人たちも口々に主人の意見を支持する。
皆が去ってしまった後、岡の上にはぼくと妻だけが残る。そのとき、地面に蓋が開いて、隣り合った三つの穴からそっくりの三匹の黒猫が同時に顔を出し、ぼくの顔を見て「みゃあー」と鳴く。その三匹の猫の写真をぼくはある印刷物で見たばかりだったので、思わずギクリとする。三匹はするすると地上に出てくると、ぼくに一通の手紙を渡した。手紙は厚紙でできた台紙に数枚のカーボン紙をはめこんだもので、昔の満州鉄道を舞台にした犯罪にまつわる脅迫状だ。ぼくはそれを妻に読み聴かせるが、読んでいるうちにカーボン紙は消えて、台紙だけが残る。ぼくは、これではぼくが証拠隠滅をしたことになり、ぼく自身が疑われるのではないかと不安になる。だが、気がつくと、カーボン紙は単に台紙から剥がれただけで、ぼくの掌の中に束になって握られていた。
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