ぼくとNとは暗殺者としてコンサート会場に侵入し、最前列の椅子に座って指示を待つ。ぼくは膝に二つの黒い鞄を抱え、不安にかられて何度も胸ポケットから指示書を取り出して読み直す。隣に座ったNが「見つかるよ」と声をかけてくる。しかし観客に知られることなくステージのピアノに鍵を差し込むなんて、どう考えても困難だ。
休憩時間にNとぼくは外に出る。雨が降っていて小寒い。Nはトイレに入り、「きみは大丈夫か」と言う。ぼくも尿意を感じるが「大丈夫」と答えて、傘を差したまま外で待つ。
休憩が終わり、ぼくらは再び会場に戻らねばならない。スキンヘッドの男がぼくらのために会場の床のスイッチを押す。石畳がずれて、少しだけ隙間ができる。そこへまずNが身体を差し入れる。その瞬間どたどたという足音がする。緊急事態が発生したらしい。急いで隙間は閉じられる。石の壁にバラ色の血痕が花が開くように滲み出してくるのを、ぼくは茫然と見つめる。