今日は取材を受ける日だ。雨の中を馴染みのある楽器店に行くが、四角い店内には楽器は全く飾られていない。
取材が始まった。インタビューしてくれるのは三十歳くらいの男性である。いつものなじみの担当者とは違う。きっと彼は退職したのだろう。途中で母親たちと子供たちによる合唱団が歌の練習を始める。「合唱のリズムとぼくの喋りのリズムが違うので喋りにくい。中断しよう」とぼくは言って、インタビューをいったん打ち切る。
再開したときには、担当者は別用があって外出したらしく、社長がぼくにインタビューしてくれることになった。もじゃもじゃ髪の社長はスーツにネクタイ姿で、男性のかっこうをしているが、実は女性であることをぼくは見抜く。しかしせっかく再開したのに、もう話すことはあまりない。
インタビューが終わり、帰ろうと傘を探すが、傘立てに見当たらない。見回すと四角形の店内のあちこちに傘立てがあり、濡れた傘でいっぱいだが、どこにもぼくの傘はない。レジの女性に「来客用の傘立てはどこですか」と尋ねる。「特にそういうものはございませんが、皆さんこう回って反対側の傘立てを利用されることが多いですよ」と彼女は答える。そこへ社長が降りてきて、「じゃあ、今日はぼくもこれで……」と退社する様子を見せ、レジの女性がにやりとする。これはぼくといっしょに店を出て、どこかへぼくを誘うつもりだなと不安になる。「ぼくはあいにくお酒が飲めないので」と断ろうと思うが、傘を探して店を一周してくると、社長はレジの女性と熱心に話し込んで忙しそうだ。これならそのすきに帰れそうだと、ぼくはようやく安心する。