3月25日の夢(ステーション・ホテル)

 戦後の名古屋駅コンコースの雑踏の中を歩いている。左の壁のくぼんだ場所に小さなカウンターがあって、そこがステーション・ホテルのフロントだ。チェックインしようとすると、カウンターの前にいくつか並べられた椅子の一つにSが座っている。Sはぼくの後輩だが、いったんは社長にまで昇りつめたものの人望を欠き、最後は会社から追放されて、癌を患い、故郷に帰ったと思っていた。生きていたのか。よく見ると、顔色が蒼白である。ぼくはとりあえず「元気だったか?」と声をかける。彼は曖昧に頷き、「勤めていた大学が……」と言う。「へえ、大学の教員になったんだ」と話を合わせるうち、彼はいつのまにか大学時代の友人のKに変わっている。名刺を渡そうかと思うが、そういえばちょうど名刺を切らしていたところだった。名刺がわりに最近解説を書いたTの全詩集を渡そうか。いやいや、それはあまりに高額過ぎる。そんなことを考えているが、それにしてもルーム・キイをなかなか渡してもらえない。そのかわりに何かよく分からないものが、カウンターに投げるようにして置かれた。ふと見ると、かたわらの床に一目で田舎から出てきたおばあさんとわかる二人の女性が疲れたように座り込んでいる。やはり鍵をもらえないらしい。

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