出張から東京に帰ってきたのは夜の11時頃だった。ぼくがいるのは車がどんどん走っている道路だが、街の中心からはずっと外れた寂しい場所。いつもはここからタクシーで帰るので、かたわらの父(実際には25年前に死んでいる)に「タクシーで帰ろうか」と言う。父は「そうだな」と答えると、いきなり角を曲がって遠くに見える地下鉄の駅の方へ駆け出し、姿が見えなくなる。タクシーを捕まえに行ったのだろうか? タクシー乗り場があそこにあったとしても、こんな深夜だから大変な行列なのではないか。ぼくといっしょに出張から帰ってきたM氏らがバス停にいるのが見える。「○○行きのバス」という声も聞こえる。見ていると、そのバスが路地からひょいと出てきて、彼らを乗せて行ってしまった。ぼくの帰るのとは反対の方に向かって。
ぼくの周りにはまだ帰る手段がなくて、立ち往生している人たちが何人かいる。いつまで待っても父は帰ってこない。なんとかしようとぼくは歩き出す。一人の人が二匹の犬をひもにつないで立っている。一匹はブルドッグだ。二匹の間を抜けようとして、ぼくは咬まれるのではないかと、ちょっと不安になる。だが、犬はおとなしい。その瞬間、近くにいたおばあさんが「地震だ! ほら、崩れる!」と叫んで、交差点を対角線に走り出す。確かに道路に面したボロ家が崩れそうに傾いているが、これはもともとこうなっているのではないだろうか、とも思う。
腕時計を見る。11時半だ。家に帰れるかどうか、ますます心配になり、心細さが増す。妻が車でここまで迎えに来てくれないだろうか。
突然、場面が変わり、ぼくは布団の中にいて、妻の名前を叫んでいる。布団がじゃまで、見えないのだが、妻が部屋に入ってきた気がするのだが、妻はぼくに気づかないらしい。ぼくは必死で妻を呼び続けるが、その声はかぼそく、妻は出ていってしまった。
やっと布団をはいでみると、ぼくがいるのは上下左右を障子の桟が双曲線を描いて取り囲んでいる四次元的な空間である。ぼくはもうここから脱出できないかもしれない。天井に、白いカーテンをまるめたようなものがぶらさがっている。ぼくは「そうだ! 音楽がいた!」と叫んで、そのカーテンのようなものを引っ張る。すると、それは床に落ちて、若い男に変身する。男はぼくに「ぼくは音楽だ。さあ、ぼくが来たから、音でみんなを呼ぼう!」と言う。そして、ぼくと音楽とは二人でリズムをつけて、障子の壁を叩いて回る。この音を外にいる誰かが聴き取ってくれますように……。
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