「ピアノの本」次号の校正をしている。ということは、そろそろ次号の編集企画を立てなければならない時期だと気づく。ピアノのアマチュアコンクールがあるという情報が手に入る。これを特集しようと思う。それなら編集長自らコンクールに出場して、それをルポすると面白いだろう。でもぼくの腕前で舞台に立てるのか?! まあ、一番下手なレベルであっても、参加するのに意味があるのではないか。
勤務を終えて会社を出ると、目の前にバスが停まっている。乗り込んで着いた先はコンクールの準備の打ち合わせ会場だった。和室に置かれたテーブルの一番手前に座っているのは、旧知の詩人のHくんだ。彼は自分の名刺を出して、出場の申し込みをする。ぼくも申し込みたいが、名刺を持ち合わせていないので、彼の名刺の余白にぼくの名前を手書きさせてもらう。主催者らしい初老の男がテーブルの向こう側から「名刺を持っていないなんて!」と皮肉に笑うが、ぼくは意に介さない。
会社に戻ると、夜の編集会議が始まっている。社長の司会で進んだ編集会議がそろそろ煮詰まった頃、隣の女性社員が「ピアノアマチュアコンクールというのがあって……」と切り出すが、予め話すことを考えていなかったらしく、要領を得ない。ぼくは話を引き取って、「最近はおとなのピアノが大流行で……」と熱っぽくしゃべり出すが、やはりうまく話がまとまられない。結局そのまま会議が終わり、若い男性社員が「企画を出すなら、ちゃんと考えをまとめてから言ってほしいね」と当てつけらしく言いながら出ていく。ぼくもそれに強い口調で反論する。
会社を出ると、交差点を反対側からコンクールの事務局長をしている女性が歩いてくる。後ろに大勢の男女を従えている。みんなコンクールの出場者たちだ。事務局長に「ぼくのこと覚えています?」と尋ねると、「もちろん覚えてますよ」と言われる。
皆で石垣に囲まれたサウナのようなお風呂に入っている。石の一つ一つから泡が出ている。事務局長に「コンクールで一番話題性のある人は誰ですか? 取材をしたいんですが」と聞くと、「それはこの人よ」と石垣の石の一つを指差す。