9月6日の夢(給仕をする社長たち)

 ぼくは広告プロダクションの社員だ。今日はなぜか社員全員が食事に招待されて音楽ホールに来ている。客席の一つ一つに社員たちが腰かけ、いつもはぼくらがぺこぺこしている取引先の社長さんたちが、にこにこしながら給仕をしてくれる。ぼくにも一人の頭の禿げかけた社長さんが「どうぞ」とウィスキーをお酌してくれる。しかし、慣れない所作をしたせいか、彼自身のスーツにお酒がこぼれてしまい、背後で待機していた秘書らしい男性が慌てて着替えに行かせる。テーブルにはおいしそうな御馳走が並んでおり、ぼくは早速それらに箸を伸ばそうとする。

 その途端、ぼくらのチーム・リーダーである初老の男性が立ち上がり、「ちょっと待った! みんなに話があるので、階下へ集まってほしい」と言う。しぶしぶ階下に向かったぼくらにリーダーは驚くべきことを告げる。長年の信頼関係で結ばれていた取引先が契約を一方的に打ち切り、同業他社にすべて仕事を移行させたというのだ。とんでもない裏切りだ。この接待はその罪滅ぼしとして計画されたものに違いない。

 ぼくは会社に戻る車の中から、窓越しに夕暮の空を眺める。見たこともない鳥たちが群れになって都会の空を飛び回っている。これはシャッターチャンスだ。ぼくは車外に出て、鳥たちにカメラを向けるが、なぜかこんな時に限ってシャッターが降りない。隣に乗り合わせた外国人カメラマンが「今日空いている?」と尋ねてくる。とてもフレンドリーな感じだ。ぼくは「明日なら空いているよ」と答える。

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8月25日の夢(洗濯屋になる)

 妻と二人で副業に廉価の洗濯屋を始めた。最初の客はマンションに住むマダムだ。洗濯代を安くしているため、汚れ落としは問題ないが、畳んだりアイロンかけができない。布団カバーを納品に行き、「包装もしないままで申し訳ありません」とマダムに手渡そうとするが、真っ黒な色をした大きな布団カバーは手に余り、どう畳めばよいのかさえ分からない。

 二番目の仕事は鍋の洗い物だ。納品に行って改めて眺めると、底に汚れがこびりついたままだ。その場で懸命に指でこすって拭き取ろうとして焦る。

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8月24日の夢(H氏賞候補になる)

 今年のH氏賞候補になったと言われ、選考会場に出かける。H氏賞はピアノの演奏技術を競うコンクールだ。ぼくは既にH氏賞を受賞しているのだが、あれから随分歳月が過ぎ、みんなぼくのそんなキャリアも忘れているのだろう。ぼくは自分のピアニストとしての技量に自信があるので、余裕綽々で控室に着席する。応援に来てくれたらしい女性がテーブルごしに両手の人差し指一本ずつでハイタッチしてくれる。しかし、ぼくが本当に二度目の受賞をしてしまっても本当に良いものだろうか?……

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8月22日の夢(分別ごみ)

 普段何種類かのゴミを分別して出している中で、二種類のゴミを出さないまま放置していたことに気づく。一つは背の高いきれいな白い袋に詰められたゴミで、「ピンゴミ」と名前がつけられている。もう一つは背の低いやや汚れた袋詰めのゴミだが、こちらには名前がない。

 妻に「今朝はピンゴミの日だから、表に運んで出しておいてね」と頼まれる。妻によれば、ピンゴミは家庭から出る最もハイレベルのゴミのことだという。たとえば過去の美しい思い出などが詰まっているらしい。ぼくは袋の口を閉じていた紐をほどいて、中にシャベルを突っ込み、中の腐葉土のようなものを表に捨てる。はて、ピンゴミの捨て方はこれで良かったのかな?と疑問に思いながら。

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8月21日の夢(乗車位置)

 ある日、理由も分からないまま病院に閉じこめられてしまった。数日後、また唐突に帰宅してよいと告げられ、解放される。駅へ行くと、ホームの乗車位置に長い行列ができているので、一番短い列に並ぶ。しかしそこは児童生徒専用の乗車口で、ぼくが乗り込むことができないまま、列車は発車してしまう。窓はすべて暗く目隠しされているが、中は満員であるようだ。ただ、二両連結の妙に短い電車である。ふと気づくと、乗車位置ごとの列はさらに長くなっていて、ぼくはどこにも並べそうにない。

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8月11日の夢(名刺がない)

 いつも自分の名刺を忘れて出かけてしまうので、沢山の名刺を印刷し、出来上がった名刺の山を確かめもしないまま、ごっそりつかんで鞄に押し込み、後輩の男性社員と一緒に取材にでかけた。今日の取材先は小学生の女の子がピアノを習っているご家庭である。まずお父さんに挨拶をしてから、「こういう家では子供だけでなく、お父さんお母さんもピアノを習っていることが多いんだ」と、後輩に耳打ちする。さてお母さんと向き合い、名刺を出そうとする。さっきつかんで来た名刺の山の中には、やっぱり一枚もぼく自身の名刺がない。それならと年賀状の束を取り出し、その宛先でぼくはぼく自身であることを証明しようとするが、いくらひっくり返してもぼく宛のハガキはない。

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8月10日の夢(フライパンの上の人生)

 妻と二人でフライパンを使って料理をしている。スマホでレシピを調べ、新しい料理に挑戦だ。二分間という制限時間の中で手際よくこなさないと、この料理は出来上がらないという。初めて作るので、これはちょっとリスキーだ。だが制限時間内に完成することに成功すれば、料理だけでなく新しい人生が広がるのだという。もちろんぼくたちは挑戦することにした。

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8月5日の夢(賢治の芝居)

 東北の農村にある公民館。大きな古民家である。今日はここで村人たちが宮澤賢治原作のお芝居を年一回上演する日だ。今年はぼくも大道具係の一員として参加している。会場で村のお偉方たちに挨拶してから、準備のために用意された別の家で、ケント紙に大道具の見取り図を描いていく。まだ途中だがうまく描けた。そこへ村人の男がやってきて、「ここの女たちはよく分からない人たちだから、分かりやすく描いてやってな」と言う。

 それなら新たに描き起こすより、昨年の大道具の見取り図を手直しした方がよいだろう。用紙を裏返して一から描き直していくが、紙幅が足りなくなり、ますます分かりにくい下書きになってしまった。おまけに豪雨が叩きつけるように降りだし、せっかくつくった背景の裏山も音を立てて崩れてしまった。公演まであと二時間しかない。こんなざまで上演できるのだろうか。早く搬入のトラックを頼みたいのだが、相手の電話番号さえ分からない。

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7月28日の夢(地下の宗教帝国と三重の扉)

 かつて大事件を起こした巨大な新興宗教が支配する地下帝国の見学が許された。数人の男女が集合し、地下に降りるエレベーターに乗る。副司令官だという人が挨拶に来たが、彼は口がきけないらしく、ひとことも喋らない。

 エレベーターを降りると、眼前に地下の川が流れ、それに沿って丘が続いている。川は遠ざかるにつれて道路に変わり、そこを沢山の車や人が行き交っている。反対側には山があり、一人の女性が「あっ、これ分かる!」と叫んで走り出し、姿が見えなくなる。

 さらに進むと、建物があり、内部に通じる扉を守るように寄りかかったまま、男性の信者が眠っている。信者を起こさずに中に入ろうと、扉を静かに開ける。しかし開いた扉の向こうはまた、襖のような扉だ。それを開けるとまた扉だ。無限に扉が続くのかと不安になるが、三重の扉を開けると部屋に出ることができた。その部屋にもどこかへ続く三重の扉があり、今度は寄りかかって女性信者が眠っている。ぼくはその扉を開けて、地下の帝国のさらに奥にと進んでいく。

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7月22日の夢(バスで大地震に遭う)

 今日は大晦日だが某クラブの集まりがあるので、妻と一緒に出掛ける。会場はスリッパを履き替えて上がる旅館のお座敷だ。だがさすがに年の暮れなので、出席者が5~6人しか集まらないというので、帰ることにする。

 バスに乗ると車内に「大地震です」という緊急アナウンスが流れる。運転手の男性が「訓練だと思いますが」と言いながら、バスを緊急停止させる。乗客たちが「でも実際に揺れていますよ」と口々に言う。本当だ。ゆらゆらと車体が揺れ動くのが感じられる。

 帰宅できないので、ぼくたちは避難先として旅館に戻る。救出を求める電話をしたいが、携帯が見当たらず連絡がとれない。今いるのは狭い長方形のスペースで、左右にそれぞれ昇りの階段がある。だが、どちらを昇っても廊下をふさぐように女性従業員が立ちふさがり、「ここから先は満室です」と言って、通してくれそうにない。

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