雨の中、公衆トイレに寄ろうとして、家人に買ってもらったばかりの折り畳み傘を畳む。すると強く握りしめたせいか緑色のプラスチック製のグリップが粉々に砕けてしまう。
トイレの中はとても狭い。便器が一個あるだけだ。はっと気づくと、ぼくの後ろの壁際に一人の男が背後霊のように黙って立っている。個室の空くのを待っているのだろうか。とても息苦しくて、こんなところで用は足せないと思う。
雨の中、公衆トイレに寄ろうとして、家人に買ってもらったばかりの折り畳み傘を畳む。すると強く握りしめたせいか緑色のプラスチック製のグリップが粉々に砕けてしまう。
トイレの中はとても狭い。便器が一個あるだけだ。はっと気づくと、ぼくの後ろの壁際に一人の男が背後霊のように黙って立っている。個室の空くのを待っているのだろうか。とても息苦しくて、こんなところで用は足せないと思う。
雑居ビルの一階にある本屋の壁に「お店売ります」の貼り紙がしてある。改めて見回してみると、書棚の品ぞろえもまあまあだ。入り口のガラス戸の前に何十冊かの雑誌が山のように積み上げられているが、これもなかなかのものだ。ならばこの本屋を買い取って、夫婦と義母の三人で経営をしていこうか。しかしここは雑居ビルの店舗だから、住まいは別に用意しなければならないのが難点だ。
「ピアノの本」次号の校正をしている。ということは、そろそろ次号の編集企画を立てなければならない時期だと気づく。ピアノのアマチュアコンクールがあるという情報が手に入る。これを特集しようと思う。それなら編集長自らコンクールに出場して、それをルポすると面白いだろう。でもぼくの腕前で舞台に立てるのか?! まあ、一番下手なレベルであっても、参加するのに意味があるのではないか。
勤務を終えて会社を出ると、目の前にバスが停まっている。乗り込んで着いた先はコンクールの準備の打ち合わせ会場だった。和室に置かれたテーブルの一番手前に座っているのは、旧知の詩人のHくんだ。彼は自分の名刺を出して、出場の申し込みをする。ぼくも申し込みたいが、名刺を持ち合わせていないので、彼の名刺の余白にぼくの名前を手書きさせてもらう。主催者らしい初老の男がテーブルの向こう側から「名刺を持っていないなんて!」と皮肉に笑うが、ぼくは意に介さない。
会社に戻ると、夜の編集会議が始まっている。社長の司会で進んだ編集会議がそろそろ煮詰まった頃、隣の女性社員が「ピアノアマチュアコンクールというのがあって……」と切り出すが、予め話すことを考えていなかったらしく、要領を得ない。ぼくは話を引き取って、「最近はおとなのピアノが大流行で……」と熱っぽくしゃべり出すが、やはりうまく話がまとまられない。結局そのまま会議が終わり、若い男性社員が「企画を出すなら、ちゃんと考えをまとめてから言ってほしいね」と当てつけらしく言いながら出ていく。ぼくもそれに強い口調で反論する。
会社を出ると、交差点を反対側からコンクールの事務局長をしている女性が歩いてくる。後ろに大勢の男女を従えている。みんなコンクールの出場者たちだ。事務局長に「ぼくのこと覚えています?」と尋ねると、「もちろん覚えてますよ」と言われる。
皆で石垣に囲まれたサウナのようなお風呂に入っている。石の一つ一つから泡が出ている。事務局長に「コンクールで一番話題性のある人は誰ですか? 取材をしたいんですが」と聞くと、「それはこの人よ」と石垣の石の一つを指差す。
会社でランチタイムにいつもの仕出し弁当を食べようと思う。弁当は毎日決まった数だけ配達され、リストに名前を書けば食べることができる。弁当のある場所に行ってみると、幸い一個だけ残っているものの名前を書くリストがない。これを食べていいものかどうか迷っているうちに、先輩の女性社員が「外回りに行くからついてきて」と言う。しかたなく空腹のまま一緒に外出する。
「ここで待っていて」と先輩社員に言われたのは首相官邸だった。所在なく待っていると、首相が帰ってきた。ぼくの腰までしか背丈の届かない小男である。総理大臣はこんなに小さな人だったっけ。先輩が戻ってこないので、しかたなく外へ出ようとするが、どこを探しても靴が見当たらないので、官邸から出ることもできない。
港で長老詩人のY氏の朗読会があるので、Kくんがこれから行くという。ぼくも行きたいが、その前に家にある電子グランドピアノを梱包して郵送しなければならない。とても大きいので、ぐにゃりと折り曲げて送ることにする。しかし二つ折りにしてしまってはピアノが壊れてしまうので、「二折禁止」のステッカーを貼る。やれやれ梱包に時間がかかってしまった。これから朗読会に行っても間に合うだろうか。
インドへ団体旅行に行く。昼食のため、みんなはレストランに入るが、満員になったためぼくを含め老人三人だけが表に待たされる。やがてそこに椅子やテーブルが運ばれてきて、食事やデザートが出てきたので、やれやれと思い、食事にする。
食事の間、ぼくは詩人のK氏と話をしたかったのだが、隣の見知らぬ男性がしゃべり続けるので、その機会を失う。
外に出て、トイレに入るのを忘れたと思い、引き返すが、トイレの前には白いたすき掛けで「使用禁止」と掲示がされている。道を行くと、丘の上に仏舎利塔のようなものが三基建っている。その塔と塔の間は狭い坂道で、その向こうからインドの男と女がぼくに向かって駆けてくる。ぼくは必至で逃亡する。
いつのまにかバスに乗っていて、ぼくは自分が降りるべきだと思っていたバス停で降車する。バスの中はケーブルカーのような階段になっていて、そこを運転席まで降りていく。すると運転手がぼくに「あなたは猫町まで行くのではなかったですか」と言う。ぼくは驚いて、「そうなんですか。では何時に猫町行きのバスは来るのでしょう?」と尋ねる。運転手は親切に降りてきて、バス停の時刻表を眺めてくれるが、猫町行きの時刻表はどうやら見つからないらしい。
トイレに入る。広大な和室で、隅々まで絢爛豪華な蒲団が敷き詰められている。壁には立派な吊り棚があるが、その吊り棚の下にまで蒲団が敷かれている。これでは寝ている人が棚に頭をぷつけてしまいそうだ。蒲団の敷かれた真ん中に長方形の水槽がある。これが便器なのだろうか。しかし跨ぐには大きく足を開かなければならず、とても危険だと思う。そのときトイレの襖を開けて、見知らぬ男性が入ってきた。ぼくは彼に何食わぬ顔で会釈をする。相手もぼくには関心を示さない。
蒲団の上にぼくの持ち物が散らばっているのに気づき、ぼくはそれらをかき集めて鞄に仕舞うと、外に出る。外は浅い海の中で、海水は黒く濁っている。ここでは海の中では特殊な靴を履かなければならないので、ぼくは婦人用パンプスの形をした青い靴を履く。だがすぐ陸地になったので靴を脱ぐが、また海になったので再度靴を履く。
ぼくの生まれ故郷の港、名古屋港に来ている。港は険しい崖が海面に臨んでいて、暗く寒々しい。海中を覗き込むと、巨大な魚竜のような生き物がたくさんすごいスピードで泳ぎ回っている。突堤の方に回り込むと、どこかから「オットセイが大変だ!」という声が上がる。「一色さん、黒い背中に気をつけて!」という声もする。
会社に戻ると、昔懐かしい写真アルバムがある。めくっていると、ページの間に切手が何枚もはさまれている。当時は気づかなかったが、S社の創業社長K氏がぼくに贈ってくれたものに違いない。
ビルの中でトイレを探している。だがトイレだと思って入った部屋では、男性が洗濯をしている。清掃の制服を着たおばさんに「トイレはどこですか」と尋ねると、彼女はにこやかに「このビルにトイレはないのよ」と答える。「しかたない。別のビルに行こう」とぼくは家人に言い、外へ出る。夜の街は冷たい雨が降っている。歩いているうちにぼくはダークダックスのメンバーのマンガさんに、家人はパクさんに変わっている。
ふと携帯を取り出すと、いつものスマホではなく、旧式の折り畳み式のものになっている。見回すと街の風景や人々のファッションも昔懐かしいものばかりだ。どうやらぼくらは二十年以上も時間をさかのぼり、タイムスリップしてしまったらしい。
バスに乗っている。バスは座席や運転機器類がすべて布でおおわれている。バスはまた出版社でもあるらしい。布の下に磁気カードの読み取り機があって、そこにカードをピッと読み取らせるごとに部数がどんどん増え、本の重版が決まるのだ。運転席の前には運転手が座っているが、読み取り機らしいものは運転席から随分離れた布の下にある。ぼくはそこにカードを何度も触れてみるが、少しもカードに反応を示さない。ぼくは運転手に「これではこの本は重版できませんよ」と言う。
ぼくは音楽ホールの取材に来て、女性の支配人にインタビューしている。「ではホールの写真を撮らせてください」と言って、舞台袖に行くと、そこに書店の店頭にあるPOPのようなものが沢山置いてある。「これは何ですか?」と支配人に尋ねると、「お客様がこの世からあちらへ完全に行ってしまわないようにするための、大切な10項目のポイントが書かれたカードなのです」と言う。