「賭け事」

好きな人にとってはワクワクするような楽しみ、一方、関心のない人には何が面白いんだか、まるで理解できない—賭け事とはそういうものだ。 人生を狂わすような大博打からちょっとしたゲームまで、世の中には様々な勝負がある。
私の父は賭けが好きだった。 勝敗にはこだわらなかったが、碁、将棋、ゴルフ、マージャン、ブリッジ、何でもやり、強かった。 真面目な母はそれが嫌いで、「遊んでばっかり、、、」と、手厳しかった。
ある時父は、四歳の私を競馬場に連れていった。 当然母には内緒だったが、私が幼稚園で「お馬の動物園」という絵を描いて貼り出され、バレてしまった。 そういう話が父には沢山ある。
兄弟のように育った同年のイトコが居て、「R伯父さん」と、うちでは呼んでいた。 伯父さんはお金持ちで、青山に住んでいた。 父の死後、懐かしそうに語ってくれた話では、伯父さんの自宅は既にマージャンのカタとして父のものであり、「仮に住まわせてる」というのが、二人の間の冗談になっていたらしい。
春が近づいてくるこの時期、父のお気に入りの賭けは、「四月以降、果たして雪が降るか?」というもので、父は必ず「降る」という方に賭け、「ここ何年も負けたことがない。」と自慢していた。 そして、ちょっといたずらっぽい目で「ただしね、この賭けは三月のポカポカ陽気の日を選んで、持ちかけるのがコツなんだよ。」と付け加えた。
ここ数年の気候の変動は父も予測できなかったろうから、仮に生きていても、早晩賭けには負けていただろう。 しかし父の賭けは、いつも楽しそうに生きていた、その人柄と相俟って、死後18年経った今も忘れ難い。
毎年三月のポカポカ陽気の日には、誰かにふと、この話をしてみたくなる。

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