「珈琲」

珈琲が好き—珈琲を味わう時間が好きだ。よい場所の、よいカフェで味わう珈琲に勝るものがあるだろうか。本当は毎日出かけたい。だが、そうもいかないので、自分で点てる。昔はゆっくり座る暇もなかったが、今は体力がなくなった分、時間が増えた。苦味の強い珈琲が好きなので、胃のためにも、一日一回、午後遅く、と決めている。うまく入れることが難しくて失敗を重ね、結局は「豆につきる」と思っている。
いい豆をゴリゴリと挽く。ネルドリップの支度をする。挽いた豆を熱湯で充分膨らませる。お菓子の用意をする。お湯を細く、とぎらせずに注ぐ。その過程全てが儀式めいて、そのことで救われている。ともかくも昨日があり、今日がある。
部屋中に珈琲の香りが漂うと、「コロンビア産ウィラ・スペシャル」、「グァテマラ産ラ・リベルタード」と、豆の名前を呼んでみる。人々の汗と労苦を経て、はるばると私のところへ来てくれた豆だ。
部屋は、夕方が近づくにつれ、しだいに西日が満ちてくる。西日は暑いので嫌う人もいるが、私はブラインドの隙間を通過してくる、低い光線が気に入っている。部屋の物全てに影ができ、全体がアウトフォーカスになる。
その日の気分で CD を選ぶ。雨の日は乾いた音、落ち込んだ時はともかくバッハ、絵が難航している時は、こちらの気分も荒れて、それなりにハードなジャズ、、、
私にとって珈琲は、描くことから逃れての、つかの間の休憩であり、考えを纏めるきっかけであり、疲れ切った状態に、もうひと踏ん張りのカンフル剤である。様々な精神状態の、どの自分にも、しっくりなじんでくれる。その昔、珈琲なしでどうやって日々を送っていたのか、不思議な位だ。
一杯の珈琲と共に、これからも何とか、、、

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