「ただぁーいまぁー」裏の女の子の声がする。小学校低学年位だろう。くったくのない、かわいい声で、語尾が上がる。二、三才上のお兄ちゃんは「ただぁーいま。」と語尾が下がる。帰宅して、ほっとした気持と、外であったことを自分なりに整理しようとする気持が戦っている。いきなり甘えを出すことへの照れも含まれている。この声が聞こえると、私は思わずにっこりしてしまう。
私の今住んでいるところは、「桜台」という名前に相応しく、駅までの緩やかな坂の両側に、見事な桜並木がある。満開の桜が散ると、花びらが車に吹き寄せられ、道路脇に溜まっていく。それを掬って男の子が走る。自分も花吹雪を浴び、春を惜しんでいる。
先日、この坂を登っていると、小学校2年生位の男の子に追いついた。普通に追い越す場面だったが、1本だけキバナコスモスを持っており、その茎の長さが 70cm 以上あって、ゆらゆら揺れている。「長いねえ、、、」と、つい話しかけた。「今日、僕のママの誕生日なの。」と、男の子は答えた。「ああ、そりゃあ、、、」と、胸が一杯になった。男の子の愛情表現は独特だ。このキバナコスモスのことを、お母さんは一生忘れないだろう。
男の子が大人になり、社会に出ると、やむを得ず、沢山の鎧を身につけるだろう。でも、「ただいま」と帰ってくる時、桜の下で酔っぱらう時、愛する人に花を送る時、その心の奥に「男の子」は何%か残っているのではないだろうか。
働き盛りの厳つい男性や、かくしゃくとしたご年配の方と話していて、思いがけず、その方の「男の子」のかけらがこぼれ落ちることがあると、私は何だか「会えてよかったなあ、、、」と思う。
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