今年1月からずっと「千の種族 A・B」をキャンバスでやり直しています。2001 年に描いた作品ですが、レイヤーを重ねるうちに支持体の和紙が保たなくて、皺が出てしまいました。この二つは私にとってストライク・ゾーンにある作品で、どうしてもやり直しておきたかったのです。
しかし、加筆ということではなく、最初からもう一度、ということがどんなに困難なことか、思い知らされました。元のよりよくならなければ、やり直す意味がないからです。3月までは全然駄目、、、アトリエに入るのが苦痛になりかけていました。4月に入ってからはもう必死で、ようやくストライク・ゾーンに収まってきたところです。
今、余力がないので、約5年前2007 年に鈴木ユリイカさん編集「Something 5」に書いた「千の種族」についての拙文を転載します。
「千の種族」
1996~7 年にかけての記憶をたどると、スピードのあるサイバーアートの映像を見ているような気持になる。25 年連れ添った夫に癌が見つかり、1年後に他界するまで、納得もできないまま、ただ流された。
内に子供の未熟さが残る私にとって、彼は夫であると共に、半ば父親のような存在でもあったから、フワフワと身体が頼りなかった。頑固者で葬儀を断り、ホスピスから「最期の挨拶文」を郵送して逝ってしまった。
残された私は、晴れている限り毎日多摩川に出かけた。ただ夕暮れを見て帰ってくる。それで何とか日々をやり過ごした。
陽が沈むと岸辺が燃え、地面に熱が残る。鳥たちがすばやく飛び去り、人影が屹立する。
その時の風景が「千の種族」になった。「25 時のアリア」と共に、この時期を経てようやく私は、未熟でも何でも、自分の心を直接表現する回路を得たように思う。
「表現とは作品の泣き顔のことなのだ。」と言ったのはアドルノだが、私の作品も状況のせいで、幾分かは泣き顔に近づいたのかもしれない。
あれから10 年、夫は何をしたかったのか、私と居て幸福だったのか、ホスピスという私達の選択は正しかったのか、終りのない問いかけが続く。
今、私は風景をより客観的な視点で捉えようとしていて、そのことに迷いはないのだが、時々、あの頃のような切実さを持っているか、と自問してみる。
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