「アナログ人間」と言われそうだが、ふとしたことで始めた「新聞の切り抜き」をもう40年以上続けている。これは何かある、と思った記事に日付をつけ、切り抜いたものを箱にためておく。一杯になると、スクラップブックに貼る。それだけのことだ。一つ一つの記事をスキャニングし、テーマごとに分類し、必要に応じて取り出せるところまでなさる方もいらっしゃるらしいが、そんな面倒なことはできない。私の方法は、大体同じ時期のものを順番もなく、貼るだけ──形も大きさもバラバラなので、空いた場所には、小さなコラムや俳句、海や山、空や街の写真などを貼る。
10年も経った古いスクラップブックをめくると、何もかもすっかり忘れているのだが、自分のアンテナを通ったものだから、読み直すと面白い。それが私の絵に、直接、影響を及ぼすとは思えないが、ふと湧いてくるイメージが、ただの思いつきか、作品として自立しうるだけの強度を備えているのか、判断する際、役に立っているような気がして続けている。
それに、どうも元気が出ないと思う時、私はまず熱いお茶を入れて、古いスクラップブックをめくりながら、小さなコラムに感心したり、笑ったり、既に亡くなられた方を偲んだりしてひと時を過ごす。そのうちに自分が生きてきた時間が少しいとおしくなって、いつの間にか元気が出ていることに気づく。「こんなことではいけない!」と怒っている時もある。怒ると、それはそれでエネルギーが出ている。
最近、若い人で新聞をとらない人が増えているそうだが、何だかもったいない。日々の記事は、そのままでは、ただの情報だが、自分のアンテナに引っかかったものは、もう、ただの情報ではない。
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私も若い頃から新聞の切り抜きをする癖があります。
重大なニュースから自分の関心のある記事や解説、心ひかれた文章や時には連載小説まで切り抜いたりしてー。写真なんかも最近は印刷技術がよくなったので、写真と変わらない素晴らしい風景や珍しいものがあり、それを切り抜いてアルバムを作ったり…。最近はこの行為に疑問を持ち始めています。無駄な労力…などと感じて。
中学生の時、やはり地方新聞にその土地の昔話を漫画にした連載物をずっと切り取って、それを手作りの本に仕上げ楽しんでいて、それを病中の友達のお見舞いにあげたりしました。でも切り取るだけでは結局溜まるばかりで活用できません。その上それを張ったり分類したりするのは手間と時間がかかり結構大変です。ある時は折角溜めたものをごっそり捨てました。
それでも性懲りもなく切り抜きます。これは悪癖だなあと思いながら。
私も何度も挫折しそうになりました。忙しくて、山のように溜まってしまった記事を前にした時なんか、、、手が糊でベトベトになってしまうのも嫌ですし、、、
ただ、その瞬間、その時代の何かが甦るんですよね。天安門事件が起こった日、ベルリンの壁が崩壊した日、阪神大震災、3月11日、、,そして、そのことに日本の社会がどう反応したか、自分が何に心惹かれたか、、5年、10年と経つうちに、「その後のこと」も含めて考えるようになり、自分の作品を考える時も、それを置いて考えるための「座標軸」になるような気がして、続けているわけです。
「悪癖」とおっしゃりながらも、続けていらっしゃる仲間がいるなんて、うれしい。
うらやましい!!ただその一言。ならば我もとやればいいんだけど。それがなかなかできない。それでも一度やってみようかなと心揺れますね。