1995年「最後の朝」という作品を描いた時、私は白衣の持つ不思議な両面性に気づいた。 画面が、絵を見る個人にとっての「最後の朝」にも見えるし、また、(個々の白衣が特徴を奪われた「集団の一単位」として存在するため、)人間たちにとっての「最後の朝」にも見えたのだ。
それから12年経ち、今描いている絵の中で、白衣は「衣という表皮によって、あるいはその一部によって、ようやく存在しているような状態」にまで変化してきたけれども、この「個人」であり「集団の一単位」であるという両面性は変わっていない。
だから私にとって、作品が成功している、というのは、私個人のことを語りながら、人間について何か伝えることができて、その両方が分かち難く結びついている状態、のことになる。 もし「状況に対する意識」が強すぎれば、作品は硬直し、のびやかさを失っていくだろう。 逆に「この世界に存在する意識」というものがまるでない作品は、この巨大な消費社会の中で、存在理由を見つけられなくなっていくような気がする。
自分という個人を見つめていくことと、人間一般について考えていくことは、まったく違うようで、実は結びついている。 個々の状況の中で、私がどのような選択をし、行動するのかということが、個人としての私自身に問われているわけで、難しいけれども、それを引き受けて努力し続ける他はない。
「茶色の朝」という寓話が私たちにもたらすもの、全体主義への静かな恐怖は、教育基本法、国民投票法と、重要な法案が国民から遠いところで次々と成立していく今の状況の中では、リアルなものとして説得力がある。 国民が既に51%賛成しているという数字が事実なら、近い将来、憲法も改正されるのだろうか。 北朝鮮への恐怖心を煽られて、私たちは大事なものを失いそうだ。
「憲法」というのは、元来、国家権力に枠をもうけ、国民の基本的人権を保障するものではなかったか。 なぜ「愛国心」等という道徳の理念を明示されなければならないのか。 個人はたまたまこの国に生まれたために、この国の国民になった。 個人にはそれぞれ、国を愛する自由も、憎む自由も、愛憎相半ばする自由も、まったく無視する自由もある。 しかし、「国を愛さなければならない」と明記されれば、「愛さない人間は国民ではない」あるいは「国を守るために軍隊に加入するのは国民の義務だ」という理念が続くのは目に見えている。 それは犬が、クリーム色も、白も、ブチだって、真っ黒だってかまわないのに、「茶色の犬でなければならない」という法案を受け入れてしまうことと同じだ。 「流れに逆らわず、やり過ごすこと」や「茶色に守られた安心を選択すること」が全体主義を成立させる要因だと、この本は私たちに伝えている。
私も、国民の一人として、「できること」に向かって一歩踏み出したい、と思う。 とりあえず、明日、映画「日本国憲法」(ジャン・ユンカーマン監督、DVD、2005 シグロ作品)を観にいく。
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