箱の中

空が青い日なんて一度もなかった、
本当の色が見えない人が多すぎて困る
青じゃなかったら 何色なのか考えすぎると
うつむく人なら 嫌われる

   覚えていたレシピの手順を間違える
   早朝のゴミ出しに間に合わない
   何を食べたか忘れてしまう
   いつ眠ったのか思い出せない
   キャベツを刻む音だけが響く
   毎日、毎日、切り刻まれる音 ── 、

空が青い日なんて一度もなかった、
本当の色について言えない人が多すぎて困る
青じゃなかったら何色なのか考えて 塗った灰色
嫌な顔をしたままコトバを失くす お医者さん

   頭をたたくように
   「ご立派ですね」と
   手をたたく
   その手で本棚から「空」の写真を取り出して
   指で「スカイブルー」を声に出す

患者と医者は 繰り返し
ブルーの中にグレーがあるのか、
グレーの中にブルーがあるのか、
いつまでたっても
箱のふたは あかない


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一冊の本


全ての真理を解き明かす一冊の本について、
かつてない論争が繰り広げられていた。

知識人によるアカデミズムの下で、言論は飛躍し燃え上がり、時の支配者に都合よく解釈され、買収され、配布されながら、数値と数字だけが、宇宙に向かってはね上がる。
やがて学者や識者による団体が結成され、
一冊の本はダイナミックに膨れ上がっていった。

新聞広告はもとより、報道やメディアによる拡散。書店では店頭平積みイチオシ販売。「真理の一冊をご家庭に!」。ポストには謳い文句が投げ込まれ、それ以外のモノを口封じしながら回っていく。

「これこそが文明。これこそが発明。謎を究明。これで解明!」。一冊の本によるコミュニティができあがると、本について知らない者を罵り、本による教団ができ、一冊の本は聖典になっていった。

ポストの下では字が読めない者は死に、意味が分からない者は倒れ続けた。門には鍵がかかり、合言葉によって、入り口から出られる者と、出口から入れる者など、事細かに人々が分類される。本を読まない子供などは、親や教師に激しく叱責された。

本に書いてある通りの社会が国中に実現した頃、それはそれで都合が悪いという人たちが、本を焼き始める。拍手し絶賛していた知識人は、時が経つにつれ、弁明したり、逃亡したり、殺されたりして、いつしか誰も本について語らなくなっていった。

            *

ここに一冊の本がある。
人類が滅亡して何億年にもなるのだが……、
どのページをめくっても白紙のままで
文字のひとつも書かれていない。




(詩と思想2023年 12月号 掲載原稿)

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夕刻をたどる人からさびしい曲が流れはじめ
さよならを叫ぶ園児の笑顔からは明日がこぼれる
人は足あと分の音を抱えながら
無言でラーメンを啜ってみたり
背中に沈黙を乗せたり
明日に小さく期待してみたりする
広場から聞こえるギターは
逸る気持ちを訴えたり
たそがれには似合わない甘い色を光らせるが
夏の夜の底を潜る者たちには届かない
〝どこかの主義主張は燃やされていったよ〟
〝きっと全ての人にそれはおとずれるよ〟
きちんとした絶望とそれに変わるものを
教えてあげることが親切だ、と
中途半端に大人になった人たちが
子供を夢の住人にする方法を探している
星もない曇り空がつづいている。鳥たちは翼をたたみ鳥目になった。光り輝くものから無縁になりながらも、道路ではライトとネオンが交差し、ライターはその間で小さな火を燃やしつづけた。煙草に火をつける人と火をつけられた人が吐き出す、ホワイトグレーの息で街はおおわれ、鳥もヒトもケムリに巻かれる。今までしてきたことが道の上で立ち上り、蜃気楼になって記憶を蒸発させていく。誰もが吸い殻になることを知っていながら、見栄えのする火に先を挟まれ街でホタルになって消えていく。前もなく後ろもなく、ただやみくもに歩き靴をすり切らせてどんどん足はなくなっていくのに、立ち止まることを教える人はいない。
真ん中にいると信じていた。さよならの続きは〝また会える〟 ──
声は喉元でしまわれ奥底からはいつまでもさびしい音をつれてくるのに今晩も大人たちは子供に未来を描けと、うたいあげる。夏の街で人々は、花火も上がらない夜を見上げる。幼子たちは、カラカラに乾いた喉を空に向け、はぜる花火の音を口の中へと抱え込み、火傷の舌に小さな唄を乗せていく。

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橋の上

橋の上から下を見る人、上る人と下る人
いちにち、は時計どおりに進むが
いちにち、を今から始める人と終えた人が
橋を境に上下する
お疲れ様に向かう白や黒に乗車した人と
夜が戦場だとピンヒールで纏め上がった
黒いベロアのロングコートと赤すぎる唇たちと ── 。
いちにち、の行方も知らず、
突き進む人と尻込みする人、そのあわいで
シフトの調整メモとタイムカードが記憶する濃いインク
クリスマスソングに踊らされながら 動く人と休む人
橋の上で下を見つめる人と 下から上を見つめる人と
いのちは同じでも いちにち、は其々にたそがれていく
マスクは夜をたどる人の口を塞いでいく
目に見えるものが全てではない事はすでに語られていて
いちにち、について全てを語れる人もいない
時計回りの時間とわたしが途方に暮れている
橋の上から飛び込めば何もかも止めることができる、
かもしれない、など 頭をよぎって背中を笑う
橋に居並ぶたくさんのわたしが背後に押し寄せていて
下を見ながら楽になりたいと舵取りにつかれ
バランスを崩し 足を左に踏み外す
踏み外した足、より速く
止まらない救急車に乗せられ
いのちを病院で逆走させようと
いちにち、の行方をおしはかる
いのちを計ろうとして 失敗した腕時計は外され
マスクの必要もなくなった わたしが
何か言いたげな目を上に向けたまま
閉めることができない口を ポカンとあけて
橋の上を歩いていく 
*「詩と思想3月号掲載原稿」

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らくがき

からだに イヌと かかれた日
はだかで わんわん 泣いていた
そとに でるときは 四つん這い
イヌでは ないが 犬だった
からだに ブタと かかれた日
もっと なけよ、と 笑われて
なくに 啼けずに 哭いていた
ブタの ように 生まれて いたなら
もっと たやすく 啼けたのに
たにんの かいた らくがきが
どんどん ふくらみ こうしんして
からだじゅうを のろいに かける
それが たのしい だれかも いて
とてつもない もじたちが
ヒトを ジュモンに かけていく
わたしの からだに かく ばしょが
きのうで すっかり なくなった
ビルの たにまに ヒトの カタチが
しろい チョークで らくがき された
   わたし、
    (やっぱり ヒトだった
   すべて、
    (しっかり ヒトだった
       *
あすは だれが ターゲット
アシタハ ダレカヲ ターゲット
*「ファントム5号掲載原稿」

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わたし

右手は清いが左手は汚い。汚れた手なら切り落としてしまえ。
右目が見えるものを左目は見えない。見えない目なら節穴も同然。
左足が前に進むと右足は退く。使えない足なら切り捨ててしまえ。
右肩が上がるなら左肩は下がる。頭が平衡に保てない肩書なら潰してしまえ。
口に出してはいけないことを口にする。そんな素直な心は壊してしまえ。
すべては体が資本。器だけ残ればいい。
   右手が左手を抑えつけ
   右目が開くと左目は閉じる。
   左足が右足を踏みつけて
   右肩の意見に左肩は従い続ける。
   口はとうとうゲロを吐き
   心はどんどん遠ざかる。
右手を切り捨て左目をくり抜き右足を失って
バランスの定まらない視界を口にする頭に
もはや涙は宿らない。
カラダだけが累々と行進していく茫漠の土地で
イタイの群れを横目に通り過ぎ
先程、遠目に見送ったのは
一体、誰。
*「ファントム5号掲載原稿」

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微熱

   
── 微熱が台所の音に責められている
頑丈な米袋から差し込まれる骨太の手は
台所から 私の胸倉へ押し入ってくる
洗い場の指たちは
羽釜の水をかき回し
じわりじわり しこりを擦りつづけている
シンクを叩く水音は はね上がり
寝室の私の頬にも 降りかかるが
しまわれていたままの米袋の手は
胸元を掴んだまま ゆるさない
炊飯器を仕掛けた指たちが
温めて膨れてできた仕舞事
振り返れば小さな虫が 一匹、
ペーパータオルの隅を カサコソと
夜の最中を逃げていく
一生懸命だけどみっともない。
生きることに 後ろ指をさされながら
朝になれば食事をする
(死にたくない、からだ
多くの言い訳を詠いながら
台所の音が 私の頭をうずめていく
シンクの前に立つ人の
思いつめた横顔の下を
とてつもなく うしろめたい水が
落ちて拡がりつづけているが
私は その音を
止めることができない

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先生

先生はおもむろに厚い本を取り出し、その中にいる私を見つけようとしていて。
私は寂れた町の夕暮れの隅っこで、半額引きの親子丼ぶりを食べながら怯えていて。
先生は男色家たちの優雅な生活について語っていて。
私は先生に見つけてもらえるよう、暗い町の端っこで白いノートに私の生活を綴る。
先生は黒いマスクに黒縁の眼鏡。黒い礼服を着ていて。
黒い本の中の白いページに浮かぶ文字列に、私の姿を探そうとしていて。
私が挙手して合図を送ったのは、なぜか疲れた顔の役人で。
           *
  お前のくせに何を食べているといい、
  お前のくせにこんなものを食べていたのかといい、
  お前のくせに文字が書けたのかといい、
  お前のくせに免許証を持っていたのかといい、
  お前のくせに病院に行くのかといい、
  お前のくせに。
           *
先生は私について、海外貿易を心臓のバイパス手術に例えた話を語り、
救出がとても困難だ、と呟く。次のページを敢えて飛ばして新しいセンテンスや
小見出しに目を向けて、赤のラインマーカーを引く。
私はそのまま飛ばされ挟まれ、赤く潰された。
先生は何事もなかったかのように本を閉じ、
テレビのチャンネルを切るように画面を閉じる。(目を閉じる。
ヴィヨンの妻があった本棚にヴィジョンの毒と変換されたファイルがそっと、
保管されていたのは見たが、机の上に置かれた厚い本の名を知ることはできない。
本に挟まれた私の顔に赤いマーカーで「お前のくせに」と
大きなバツ印が書き込まれて、私が先生とおもっていたのは誰だったんだろう、
先生。

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くりかえしの水

真夜中の台所で 小さく座っている
仄暗い灯りの下で湯を沸かし続けている人
今日は私で 昔は母、だったもの、
秒針の動きが響くその中央で
テーブルに集う家族たちが夢見たものは
何であったのか
遠く離れて何も言えなくなった人たちに
答えを聞くことも出来ず
愚問の正解を ざらついた舌で確かめながら
朝へと噛みしめていく
秒針に切り刻まれながら刻一刻と
日が昇ることを考えていると
とてつもない老いが頭や肩に
霜となって固まり始める
今日あったことを 書いたり話せる相手が
いつかいなくなってしまったとしても
台所に佇んでいるこの静かな重みは
いのちが向かい合って 椅子に並んでいた姿
使い慣れた菜箸で挟みたかったもの、
古びた布巾で包んでしまえなかったもの、
隅においやられた三角ポストが呑み込んだ
役立たず、という言葉と出来事が
おたまの底にぶら下がって すくえなかったあの頃
生きることは火で水を沸かすこと、
水で喉を潤していくこと、
くりかえされる水について
不確かなものが取り残され確実なものは流されていく
うつらうつらと霞んでいく風景の向こう、
悴んでいた古くさい夜が反省と再生を繰返し
深呼吸をして泪粒ほどの朝日を吐き出す
いつしか毎日は 湯気のように立ち上がり
人は再び、光のほうへと目を向けていく
(詩と思想3月号掲載作品)

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玉葱

玄関を出るときいつも気になっていた
軒先に干されていた玉葱たち
錆びた脚立の三段目に簀子をまたがせ
置かれた大量の玉葱
大きなビニール袋の下では
腐ってしまうその中身を
丁寧に木板の上に並べていた人
力のない手のひら
動かしにくい指先
(割れないように
(長持ちするように
家の軒先
陽当たりを加減して
(落とさないように
(傷つけないように
       *
先週、カレーライスが食べたくて 
薄皮を剥いでいった
今週、スパゲッティが食べたくて 
表面の皮を破り捨てた
今晩、肉じゃがにするといって
芯を取り除き乱雑に包丁で刻み込んだ
夜、納戸にまで水が浸み込む暴風雨に曝されて
外干ししていた玉葱たちは
転がりながら 行方不明になったり
落ちて傷ついたまま 溝の中で腐っていった
以来、
玉葱を上手に並べて干してある家を尋ねて歩く
玄関の扉は開けっぱなしで
軒下から転がり落ちたものを
必死で並べようとした人を
いつまでも 
探してみたりして

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