咲かない花

咲かない花
茶色いトタンの家に咲いてる花は
赤い蕾の 冬の薔薇
トタンの家の軒下で
幾重もの花びらで 身を守りながら
固く口を閉ざしたまま
陽のあたる逆方向に 咲いた花
もしかしたらこの薔薇は
自分が薔薇であることも
自分が赤いということも
自分が花であることも
忘れてしまったのでしょうか
遅咲きの馬鹿馬鹿しさを
取り残される悔しさを
霜にまみれて 蝕まれていく痛みを
悟ってしまったのでしょうか
それとも
お薬を与えられ 人の手で
ひんしゅかいりょう、されてしまった
自分のことまで
知ってしまったのでしょうか
冬の陽差しの中を 車が一台
家族みたいな 三人を運んでゆきます
父親らしき人は 
請求書の束を見ては 痰のような唾を吐き
母親らしき人は
年末に米粒みたいな愚痴をボタボタこぼし
娘みたいなものは
手招きする
枯れたススキの大群を 横目にしながら
うつむいて 真っ黒い文字を書いています
冬の陽光は
この不自然な 真っ黒い車と人の影と文字を
斜めから照らしては 平行四辺形に切り取り
そこに 対角線を引こうとします
それは 世界の誰もが見ている
そして 知らないことなのです
飼い猫が布団の中で眠っています
優しいご主人様の夢を見ているのでしょうか
もぬけの殻になった家から ご主人様は今頃
お前のことなど 忘れて
びょういん、に向かっているのに
呑気で可愛い夢見る猫も
うつむいてどこまでも黒い文字を
ノートに走らせる娘も
咲かない花の秘密に近い場所で
やっと 息をしています
咲かない薔薇
咲かない花
咲かない赤
たくさんの人の 期待を裏切って
たくさんの人の 恩を裏返しにして
腐る花
何を握っているのでしょう
そんなにも 頑固に一途に 意地悪そうに
 人々はいいました
 愚かな花、役に立たない色、
 折角買った赤薔薇のくせに高いだけか!
 全くやりきれないですね・・・!
 そんな言葉を みんな
 はちうえの中に隠して 蕾を見みては
 「見守っているよ・・・。」と、いう嘘で
 囲いを作って 一生懸命 温めようとする
     
薔薇は咲かない
娘は口をつぐむ
猫は夢から抜け出せない
そして 車は・・・
薔薇と同じ 光の射さない方向へむかって
はしる

詩と思想2013年四月号・現代詩の新鋭特集号掲載原稿。

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