感染

感染
お湯の中にたくさんのお父さんが、小さく游いでいました。
【C型肝炎は移りますから、必ず、同じお湯には、浸からないでください。】
 たくさんの小さなお父さんは、アオミドロのようなバスクリンの色と共に、渦を巻いて黒いピリオドへ、吸い込まれていきます。
 
 浴槽に、クレンザーをかけると、最期までこびり付いていたソレらは、泡を吹いて、私の手で容赦なく、擦り殺される。
 昔、母のピリオドの中でピリオドを見えないように消していた、砂消しゴムのような、 固い荒々しさで、母に終止符を打たせなかった、私の原型たちが眠る赤黒い根元。
 私は、過去の私も未来の私も、赦せないまま、鋭い怒りで勢いよく、私が殺して、すっきり綺麗に、洗い流しました。
(サンプルも、コピーも、ダミーも、要らない。
            本物は一人でたくさん!)
 その夜、私は私の父と、まぐわう。
 私の奥を満たす声に、渇きを覚えて、私はくっきり、掠れていった。覚えているのは、 耳から尖った黒い鉛筆を、差し込まれ白紙の私は、もっと綺麗な白に上書き保存され、全ての句読点が塞がれたことだけだ。
 夢は終わらないまま○は、空へと、上り詰め、月に変わり、夜を白く溶かす。
 私は無声の文字を浴びせられ、夢精のコトバを浮かべる海の器。
 波が、昇った月に照らし出されて、表は、ゆらめきながら、きらめきながら、裏は、陰に沈む。
 まるで月の表裏の謎を、そのまま、海が波に、問いただしているように。 
(ワタシタチハ、ハナレテイルノニ、
           コン ナニ、チカイ!)
 私は、渦を巻いて消えていった、ダミーたちのことも、思い浮かべると、激しく満潮になる自分を、月にみせる。月は引力で私を支配し、またお互いが、支配されながら、ゆっくり、二つは、満ち欠けを繰り返し、私は夜を行進してゆく。
 そして、無理矢理、句読点された何億人もの産声を、確かに聞いていた。
 私は来る日も来る日も、浴室を洗い流す。  
 四月二十六日は、ピロリ菌が多量発生し、回避のため、胃カメラを飲む。
 (胃の中は、舌を出した私たちで、いっぱいだ!)
 五月二日、午後二時から造影MRI検査。    
 (血管に流れていたのは【罪】と、いう、罪作り。)
 五月九日、午後一時三十分、結果によっては手術を・・・。
 父は予約、十五分前に間に合わなかった。予約票の束を、自慢げに抱えたまま、死んでいた。
 今、父はやっと、二階中央検査口の階段付近を彷徨いながら、私を探しているのだろうか?
 あまたの産声に責められながら、本物の私を、尋ね歩く姿。
 「お父さん、私の、お腹の中に、今、初めて、
  【お父さん】と、呼べる子が、宿りました。」
 今夜も波が月を映しています。どこかで、私が産まれています。
 そして、お父さん、あなたも。

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