櫻狂(ハナクルヒ)

櫻狂(ハナクルヒ)

櫻(ハナ)に喚ばれたんだ、と少年(アナタ)は云った
 (一)
  春は宵櫻(バナ)
  漆黒の薄衣纏し少年は
  夜々に微熱を身に帯びて
  春の目覚めを恐れては
  右手に短刀 黒袈裟羽織り
  まほろばの櫻(ハナ)に春を見る
  櫻(ハナ)よ 華よ 心あらば
  我が身の卑しき早春の
  性(サガ)の時を御身に封じ給え
  されど我が身も男(オノコ)故
  今 一度(ひとたび)の憐憫を
 (二)
  否 我は老い櫻(バナ)
  もはや華の季節(トキ)は過ぎました
  妖しき言の葉薄紅の紅に宿して花弁舞う
  春を忘却に沈めた櫻に何のご用がございましょう
  吹く風に抗えば命を冥府に墜ちるでしょう
  黄泉路 開かぬうちにお帰りを
  人が櫻(ハナ)に狂うなど
  ましてや櫻(ハナ)が人に恋うなど
  (三)
  春は夜
  宵に酔い
  月が奏でる魂の旋律
  共する二つの影は赤裸々に
  深みに墜ちては昇りつめて濡れそぼる
  幽妙な舟底は雫に溢れ
  注がれる熱に鼓動は嘶き
  時空(トキ)を超えて滑り出す
  狂い櫻(バナ)と雄の四魂
  絡み合い墜ちては突き上げ
  奪い奪われ紅櫻
  死と再生を繰り返し
  櫻(ハナ)は満月
  月に咲く
  (四) 
  女の潮は男(オノコ)の精を巧みに操り
  尚 朱く 紅く天に向かう
  男子は聖域を犯したその手で
  小刀 ひとつ
  自らの心の臓を櫻(ハナ)に捧げて 来世の春を誓う
  
 【櫻狂(ハナグルヒ)恋し女(ひと)は華と為り
          来世の縁(えにし)を此処に結ばん】
  黄泉平坂
  禍事の
  良しも悪しも
  人知れずして
  恋と呼ぼうか妖しと云うか
  
只、 櫻(ハナ)に喚ばれたんだと、少年(アナタ)は云った…

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