病院の玄関で、横たわったまま
毛布で、ぐるぐる巻きにされた
早歩きの真っ青な老人に、追い抜かれてゆく
受付の予約診のカードを促す女事務員は
にこにこ顔で、カードナンバーを
ゆっくり吐き出す
(お客様の番号は、六十一番です。)
(おきゃくさまのばんごうは、ろくじゅう、 いち、ばん、です。)
(オキャクサマノバンゴウハ、ロクジュウ、イチ、バン、デス。)
診察室に行くまでに、背の高い初老の外科医が一人、若いナース達に説教するが
白いスカートから出ている春の生足達は もう退社後の黒いストッキングで遠足中だ
待合室で詩集の一ページ目に
「春ですね、今日は花見日和です。おたくも、どこかへ?」
と、問いかけられた。
私は無視して、詩集の二ページ目を捲る
中段落には
「今年は良く分からない気候でしたからね、急激に体調を崩す人が多いでしょう.。
ほら、あの人も入院三回目ですよ。」
私は私を追い越していった、あの、青い老人の行方を問われたが、答えられない
苦しくなって、詩集の三ページ、最後の行に目を移す
「友人は、マンションの最上階から 夜桜に喚ばれたんだ!と、
言い張って赤いピリオドになりました。」
真夜中の赤い目覚まし時計が けたたましい音で叫ぶように
診察室から名前が呼ばれる
そして、ピアノのスローバラードのような 薬を与えられ
私は病院を通り抜けて私の朝を、迎えるだろう
外は、むせるような春、春、春・・・
桜並木は丘の上の病院から下の車道まで 同じ顔した同じ色
苦い薬袋の群れ
背を曲げて 薬局を出て行く人々の群れは俯き
その後ろで 青い真っ新なジーパン達
桜を仰いで 枝、揺すり
花びらを散らして、子供の奇声に笑い合う
私は来ないバスを待ちながら
春の詩集が手放せない
桜の下には、たくさんの死体が埋まっている、と、
言っていた夜のことを想いながら
桜の下にいるたくさんの酔っ払い達の昼を
バスと私は、駆け抜ける
多種多様仕掛けの目覚まし時計は、
「春」を指したまま、目覚めることもない
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