靴  

裸足で畦道を走っていたのに
これを履いたら畦道じゃない所も行けるよと
真っ白いスニーカーが言うので
私はスニーカーというものに 足を通した
はじめは 白い紐を結ぶのも 恐る恐るだったのに
運動場を走り回り 自転車にも乗って
ある程度 どこにでも行けることがわかった頃
スニーカーは汚れてしまって 最期に下駄箱で
【死ね】と書かれてその通りに
遺言書を残して いなくなった
もう 裸足に戻るのは嫌だよね~
薄ピンクのパンプスがニッコリ笑ってこっちを見ていたので
私は 言われるままに パンプスを 履いてみた
パンプスはカツコツと 鼻歌を歌いながら改札口を通り抜け
駅のホームやデパートに 連れて行ってくれた
背筋をピンっと張って歩くのは良いのだけれど
一日中歩けば 外反母趾のプライドも
敷いて歩かなければならなかった
もうパンプスに 飽き飽きしてきた頃
百貨店の赤いピンヒールが 悩ましい声で 誘惑してきた
「靴だけは、一流のモノを履きましょう。
あなたを幸福に導くのは靴だけです…。」
ピンヒールの言うとおりだとそのあおり文句に魅せられて
私はまた 思い切って靴を履き替えた
高いヒールで高みの見物も出来た
みんな私を見ないで靴を見た
私は すっかり自惚れた
けれど ピンヒールのかかとが パキンと折れた頃
自分が初めて 靴の言う事だけ聞いて
足の言う事を無視してきたと気付いた
私の足は 酷い複雑骨折をしたまま
ギブスを巻かれて 何倍にも膨れ上がり
病室に吊されたまま
もう二度と 靴を履くことはない

文芸誌   「狼」 掲載作品

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