ナニ、か、腐った臭いが立ち込める部屋で、老女が横たわっている。毎日堆く詰まれていくソレらに、埋もれて隠れたモノ。老女が自分の背中のジョクソウと、タオルケットとの間に挟み込んだモノ、が生きたまま腐ってゆく。
仏壇の前で吐き出され押し潰されたティシュが、丸み込んだ独り言をナイロン袋に一つずつ詰め込んで、口元を縛り上げて声を密封する、それが私の役割。今日も愚痴をこぼしたと指先に絡みつくヨダレがニィーと垂れて、私は真ん中から押し殺した叫び声や呻き声を取り出しては、ナイロン袋に詰めて静かにさせる。
光りの射さない仏間と客間を仕切る一枚の白い襖、その溝口から滔滔と流れ出す河で、老女は毎日頭を洗っていた。たくさんんの淡い虹色をした映像や透けるようなセピア色の写真が、流されていき白紙に戻る。消滅していく写真の人物は泡のように弾けながら、蚊取り線香の火が消えていく温度の熱さと速度、命を静かに殺して燻る煙の曖昧さにも似て。
客間から手を伸ばせば届く背中をむけたままの女、彼女のカタチが私の母であろうとする姿に変わりはなく、当の昔に張り巡らされたしつけ糸たちは私の手足を所有し、結び目を何箇所も設えていた。
(いつまでも母でいたい女、でなければ自尊心も生きる価値も見出せない女。「お前は私の背負う十字架だ」と悲しそうな眼で、私を見下し私を蔑み、私を嘲り私を見下ろす女。母であり祖母であり、姑にまでなろうとする女。そして今夜もおそらく河で頭を洗うであろう、鉛色の六角形鉛筆の芯の眼をした女。
私はいつまでたってもひとりで一つの向日葵を咲かせることが出来ない。ここが駄目、あそこが違う、雄弁な叱責は、伸ばそうとした足先をスコップで根こそぎ切り刻み、掘り返され、私は項垂れたまま枯れるしかなかった。
俯いた顔から黒い「かなしみ」を落としても、発芽することなく鋭利な母の息吹に凍て付き根絶やしにされた。干からび萎びた私は、晩夏の太陽に見世物にされ干されたまま腐ってゆく。
今夜、仕切り襖の溝に、流れる河へ飛び込もう 。
明日は確か燃えるゴミの日。青いナイロン袋にくるまれた、白いティシュ、黄ばんだ指先三百六十五本×2と、金切り声や愚痴った後のヨダレたち、そして私のようなアタシ、流れ着きましたか、お母さん。
ナニか腐った臭いが立ち込める部屋で老女がジョクソウとタオルケットの間に忍ばせた枯れた向日葵とナイロン袋、それらを枕元に飾ると安心したように私の名を呼ぶ。
私は今夜も母の頭の中で、まき戻されては、綺麗に再生されてゆく。
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