夜、仏間でおつとめが終わり最後の合掌を済ますと、決まって
庭の古井戸から、ぽちゃり、と何かが落ちて、沈んでいく音が
する。
※
私の中に井戸ができた。悲しいことがあるとそこに、
〈 〉を投げ込んだ。深い井戸だし、水もたっぷりあ
るように見えた。その証拠に井戸から続く蛇口をひね
ると、井戸に投げ込んだ〈 〉からは〈 〉とは思え
ないような浄化された湧き水が飲めた。私の他に井戸
を持っている人がいなかった。みんなが持っているの
は、ため池だったので、日照りが続くと水がなくなり、
村人は、池に自分が捨てたものが見つかるのを恐れて、
私の水を分けてくれるよう、手を合わせて懇願した。
はじめは私だけ井戸を持っていることが気持悪いと言
っていたくせに、みんなにはため池がないと生きては
いけないらしい。私は井戸から〈 〉を取り出して村
人の一人一人に、分け与えた。〈 〉は、井戸に尽きる
ことなくあるように思えた。〈 〉がある限り、私はと
りあえず、ため池の身代わり程度に、村に居られる理
由もできていた。ところが、私の井戸に飛び込む自殺
者がいるという噂が出回り始める。それからは噂だけ
がどんどん口汚い罵りをあげて飛び込んで行き井戸の
底を汚していく。村人は、笑顔で残念そうな声をあげ
て、私の井戸の〈 〉は、汚れすぎて用無しだという。
そして、「これ以上自殺者を出さないために」などと、
煽り文句のビラで、井戸の〈 〉を、ますます、埋め
立てていった。数日後、役所から私の井戸の入り口を
完全封鎖するための赤銅の厚い鉄板と杭が届けられる。
私は、真っ黒な井戸の底にある〈 〉に向かって、何
かを呟きながら、そのまま、飛び込んだ。
※
夜、私のいなくなった仏間に名前のない人たちが連なって心経
を唱えている。黒い仏壇には出来立ての小さな私の位牌があっ
て、白い影の人たちの声が終わると、庭の古井戸に名のある人
が、ぽちゃり、と何かを沈めては含み笑いを残して去っていく。
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