母が母でなくなる時 母の手はふるえる
乗り合わせのバスは無言劇
親切だったおばさんは 母の乗車後には夢になる
向かう先はお山の真上の病院で薬をもらえば
また手が ふるえる、ふるえる、大量の薬を飲む手
繰り返される寒村の暗黙の了解の中に罠
私たちの幕は知らない人の手で いつも高い所から降ろされた
時間が役立たずになったバスから 現実を眺め
乗客は自分の夢の中から外界と交信する
人々は一方的に語り掛け、語り合い
それが一方通行でも母は笑い そして彼らは母を嗤った
困惑の表情の下から覗く、また、ふるえる手
大きな字しか見えない年老いた運転手が、真冬に黒いサングラスをかけ、
ガタガタと 不随意運動を起こすバスに体を預け、毎日を綱渡りする。
バスは神社の横で洗車され、病院を潜り、寺の隣の火葬場で、ゆっく
り回転する。往きと復えりを病院の乗車口で間違えた若い女は、ショ
ッピングモールの場所を、ハキハキと尋ねて生き延びた。その、大き
なショッピングバッグを、羨ましそうに眺めるバスの中の、人びと。
(今更、家は捨てられへん、この年になって何処に住むんや
(若い頃は「金の玉子」と謳われても便利に私らはガラクタや
(一体誰が私らの消費消耗期限決めて捨てるんかなぁ
この国で、この町で幸せになるの、というフレーズの
歌や漫画のタイトルを 聴いていたり見ていた記憶は遠く
目的地に辿り着いても 杖を手放せないまま
動けなくなった母の身体を揺さぶり 降車ボタンを押すと
私の手にも薄気味悪い暗黙の了解が夕暮れの顔をして降りくる
ふるえる母の手を見ていると
逃れられない大きな不随意運動が伝わって
私の首をますます斜めに傾ける
選べない一軒の総合病院の不透明な薬袋の膨らんだ白い企みを
何も言わない乗客たちは 俯いたまま大事そうに抱え込む
老人バスを振り返り 彼らを見送る頃には
夕陽が沈む遠い山で バスは真っ黒に焦がされる
(詩と思想研究会作品)
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