── 女が女の話をするときは注意した方がいい
会議室の黒い椅子たちが話し合っていた夕暮れ時
誰かが誰かに差し出したヨーグルトの白いスプーンが
雨の交差点の真ん中で シャベルのように突き刺さっている
何で何をすくいたかったのか 忘れてしまったスプーンは
今となっては誰かを埋めた後の シャベルに過ぎない
交差点の真ん中に置かれているものは
多分 そういうものたち
濡れた道路を滑っていく物思いや憂鬱を
車がライトに反射させて跳ね飛ばし
もう一つの地下世界が 現実を下から眺めている
右にも左にも上にも下にも斜めにも
渡れる道はあるのに 私たちは
用心深い「とおりゃんせ」を 繰り返す
ビニール袋の中の二リットル水たちが太ももに何度もぶつかり
歩みを止めようとする
夜のホテルのフロントの女は 上目づかいで
「女が女の話をするときは気を付けた方がいい」と
母の声で キーを手渡す
部屋に鍵を差し込むと
地下鉄の噴き上げる ぬるい風が
背中しか見せない男たちをベルトコンベアーで運んでは
エレベーターに詰め込んでいく
みんな あの四つ角に行くのだと、
シングルベッドは言う
この部屋には父がいて
いつも遠い家族のことをなんとかして守ろうと
思案しながら眠りについたことを
枕は 私に語った
さむいことも さみしいことも
濡れることも 迷うことも
足場を失うことも
知る、交差点で 父は
〝つかれた〟と呟いて 霧になる
黒い会議室で鞄に詰め込んだ書類には
ペットがペットでなくなると 捨てに行くこと
そして又、
親が親でなくなると 捨てに行く、という
規約が記されていた
この紙切れも明日にはバラまかれ拡散され
使い回され回収できない頃
あったことがなかったようにして
土の中に埋められるのだろう
私の手の中に刺さる捻じれたネジの記憶
雨に洗われてクリアーになる視界
草臥れていくものと、すり減っていくものと
等価交換して見えてくるもの
── 私が女の顔をしている時 父は死んだのだ
雨の交差点で〝さびしい〟と叫んだ声も
何かに揉み消されるように
車はスピードを落とすことなく
黒いケムリを吹きかけながら
逃げるように
走り去る
(詩の合評会に出したもの)
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