帰郷

魂の粒子が入り込む真昼の庭園。不在の住処の質量は閑散とした佇まいの
重さに呼吸して、光彩の瞬きを受けて渡す、あるいは、乱反射して滑って
いく。薄緑色に生い茂るやわらかな罪に、赦しは幾度となく繰り返されて
畳の藺草の上に、足跡をつけた人たちが、セピアの影となって、草の香を
湿らせていく。繰り返される粒子たちの歴史。私たち、という姿は障子に
煤けたまま、外界と内界を仕切る薄紙に、ぼくの鼓膜も、なつかしい声に
角度を預けたまま、透き通り、ふるえていく。誰に負われてきたのか、負
ぶさってきたのか、わからないまま、今日来た役人の、インクの付いた袖。
汚れた黒いインクの袖口ばかりが気になって、母さんの手が離せなかった。
子供の視線で覗き込んできたものは、蚊取り線香に巻き取られて細く長く
ジリジリと燃やされていったまま、今でも蚊帳の中を浮遊する、苦い煙。
経机に置かれたわら半紙に何も書けないうちに出て行った、ぼくの、夢。
墨汁をこぼした失敗談だけが、まだ飾られているような、部屋。
泣いてしまえるほどの脆い足場の中に、目の前を通過するいくつもの急行
や快速電車に急かされながら乗り継いできたはずなのに、生い立ちの在処
は、どんどん遠く、そして、鮮やかになるばかり。

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