くりかえしの水

真夜中の台所で 小さく座っている
仄暗い灯りの下で湯を沸かし続けている人
今日は私で 昔は母、だったもの、
秒針の動きが響くその中央で
テーブルに集う家族たちが夢見たものは
何であったのか
遠く離れて何も言えなくなった人たちに
答えを聞くことも出来ず
愚問の正解を ざらついた舌で確かめながら
朝へと噛みしめていく
秒針に切り刻まれながら刻一刻と
日が昇ることを考えていると
とてつもない老いが頭や肩に
霜となって固まり始める
今日あったことを 書いたり話せる相手が
いつかいなくなってしまったとしても
台所に佇んでいるこの静かな重みは
いのちが向かい合って 椅子に並んでいた姿
使い慣れた菜箸で挟みたかったもの、
古びた布巾で包んでしまえなかったもの、
隅においやられた三角ポストが呑み込んだ
役立たず、という言葉と出来事が
おたまの底にぶら下がって すくえなかったあの頃
生きることは火で水を沸かすこと、
水で喉を潤していくこと、
くりかえされる水について
不確かなものが取り残され確実なものは流されていく
うつらうつらと霞んでいく風景の向こう、
悴んでいた古くさい夜が反省と再生を繰返し
深呼吸をして泪粒ほどの朝日を吐き出す
いつしか毎日は 湯気のように立ち上がり
人は再び、光のほうへと目を向けていく
(詩と思想3月号掲載作品)

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