リカちゃん人形
どうぞご自由に触って遊んでいってください。
その後は、元の所に片付けてください。」
デパートの一角のおもちゃ売り場に、
汚いなぐり書きでかかれてある看板のすぐ下で、
私は、恐ろしい光景を目にした。
なんと、パンツ一枚で仁王立ちしているリカちゃん人形。
全くどこの変質者だ!どこのフィギュアオタクだ!
私は、リカちゃんに白地に小花の半袖のワンピースを着せると、
まじまじみながら、心の中で、
「これでよし!」
と、呟いた。
・・・途端、
「お母さん、あのオバチャン、ナニやってんの?あの人形触れるの〜?」
という五歳くらいの女の子が、私を、邪魔者扱いする。
・・・・すいません。変質者は私です・・・。
そそくさと、その場から離れると、自分はリカちゃんに振り向き、
「君は、少女の夢であってくれ!」
「決して、男のロマンになるな!」
と、またしても心の中で呟いて、おもちゃ売り場を後にした。
バスの中で揺られながら、
今日の私はなんて良い事を、したんだろう!
と、自分を褒めた。
家のベッドに横たわると、また違った感情に襲われた。
果たして、私は本当に良いことをしたんだろうか・・・?
リカちゃんの大きな豪邸「リカちゃんハウス」
父親のピエールは、外国籍の有名指揮者
両親は仲睦まじく、美しい姉妹で、三時にはティータイム
たくさんの美しいドレスと靴で、高級クローゼットは、休む暇なし
王子のようなリカちゃんのボーイフレンドの、ワタル君
何不自由ない絵に描いたような貴族生活
女の子なら誰もが憧れる完璧な人形の国
でも
でも・・・
決してワタル君はリカちゃんとデートしても、
彼女のショーツを引き破ったり、
ましてや、リカちゃんに、
カエルを裏返しにしたような体位をとらせたりはしないだろう。
せいぜい結婚したとしても手をつないで眠るだけで
「二人の赤ちゃんは、コウノトリがキャベツ畑でさらってくるのさ!」
なんて、キザなセリフを吐きながら、ほほえむだけの王子様
私は、昼間のデパートで、
パンツ一枚で仁王立ちしていたリカちゃん人形の健気さを思い出す。
「どうぞ自由に触って遊んでください!」
あの看板は、まぎれもないリカちゃんの叫びだ!
「私を見てください。豪邸も、
ステータスも、何も持たない裸の私と向き合ってください!」
リカちゃんは、人形からオンナになりたかったのだ。
弄ばれると知っていても、男の重みと熱さを感じたかったのだ。
少女がセーラー服を脱ぎたがるように
ミスドのフレンチクルーラーの甘さを知りたがるように
腕時計の針は、ずっと真夜中を指すように
彼女は祈っただろう。
人形の涙は、官能の味がする
仁王立ちの裸のリカちゃん
その姿は、少女が「春」に目覚める孤独の色だ
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