きれいな瞳
その日は、ある宗教法人から、自宅に帰る途中だった。
「神様は良い事しかつくらない。そして人間は神の子であって、魂は無限成長する」
そんなことばに感化された私は、じっとしていられない喜びに満ちた昂奮と」、感動で、電車に揺られ、大阪駅に着いた。
夕方、六時。
プラットホームに立って、電車を見送る。
電車の窓から見えていたものは、ニコリともしないくたびれたおじさんの顔。
うつむいたサラリーマン 。 つかれきった人間の姿。
私はそんな光景を見て、なんだか苦しくなった。
「神様は、本当にあの人たちの中にもいるの?」
そんな疑問さえ、わいてくる。
電車はつかれきった人間を吐き出すと、またゆっくりと動き出し、素知らぬ顔を向けながら、やがて小さく、暗闇に消えていった。
朝、七時。
地元の田舎道を歩く。
朝焼けの中、刈り込まれた稲に、うっすらと露が残っていた。
少し寒いが、凛とした空気の中、私はいた。
久しぶりに見る懐かしい景色に、なんだか穏やかな気持ちにさえなってくる。
前方に自転車に乗った女子高生が、こっちを向いた。
白い頬を赤らめ、恥ずかしそうに「おはようございます」と言って、一礼する。
私もあいさつをして、頭を垂れる。
そんな私を見ると、少し笑って力強くペダルをこいで、学校へ向かう。
もう、私の事など忘れてしまったというように、前へ前へと進んでゆく。
あぁ! あれは、私だ!
朝練の部活、大好きな教科と、苦手な先生。
学校に行けば、仲間がいて、恋人がいて。
自分の進路の事よりも、どうすれば授業中にお腹の音を消せるかに、神経を集中させていた私。
どうすれば、好きな人に想いが伝わるか、悩んでいた私。
明日もまた、そんな平凡な幸せが来ると信じていた私。
そんな自分が大好きだった私・・・・。
きれいな瞳をした少女。
その姿を見送る私も、きっときれいな瞳をしていたに違いない。
その時私が見たものは、この国のささやかな平和の姿であったのだから。
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