彼岸と語る

耳の隙間から浸水してきた水圧に
古家と私の身体はただ錆びついて
歯車の音は止む
薄暗い仏壇に薄寒い軽薄が漂い
手を合わせる家族を失った遺族たち
残された者と取り残された者の会話は
姑と小姑その娘という憎しみの砦を越えて
「実家」を再現する幼年時代の話題は
齢(よわい)八十を超えた者の
記憶の中でしか遊び場を知らず
また その先の逝き場を覚悟させる
幼馴染みが何人渡っていったのだろう
(病気で、異郷で、突然死で、独りで
(なんの、知らせもなく
何食わぬ顔で向かえていた明日に
二本足で立てない未来が待ち受ける
((年は取りたくないもんだ…
緑茶すら啜らず紅茶も飲まず
湯気を立てているものすべてが
冷めてしまったことを私たちは語り合った
凍てつく外界の降りしきる雨に身体を濡らし
実家を後にする叔母の物静かな世間話が
背中に長い独りを見せつける
隣の襖から香るお線香とひしゃげた蝋燭の炎
何人分もの灯火が風雨の強弱に煽られながら
梁の上を越えて昇っていく
私の持つ小さな火も知らず燃え尽き
煙は天井を燻し続けていくだろう
この家の天井に燻りつづけ いつしか
シミのような 大きな黒い顔をして
(buoy掲載原稿)

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