電灯を持って 夜を渡っていく
陽に炙り上げられた煤けた空は
山影に 明かりをしまう
小指ほどの電灯をつけようと ボタンを押す前に
避け切れない車のライトに 身体は轢かれる
カーブミラーの中は 車が去ったあとの
痕跡を静かに見つめるだけだ
前方の二階の窓は火事
その隣の部屋で殺人事件が起きていた、と
ゴミ置き場のポスターの男が
赤い部屋へと指をさすが
交番の巡査は異常なしの欄に〇を書く
書いた〇は交番の玄関で赤信号より赤く灯る
濃いメイクの女の顔が得意そうに目配せを送り
それが私の肋骨の隙間のあたりを通過していく
私は照らされ轢かれて 見つけ出されて跳ね飛ばされて
砕けながら千切れた左手で傾く首を持ち上げ
何とかまっすぐ歩こうと 追いつけない足を𠮟りつける
コンビニに辿り着く前に恋人と
動かない舌で話をしたような気がしたが
店員に中身のない財布を量りに乗せたら
全てなかったことになっていた
帰り道はさすがに暗いと思い
小指ほどの電灯のボタンを
押して足元を照らしたら
うしろから私がついてきた
左手首で首を斜めに上向かせると
見たままの空が頭の上に貼りついた
星空は私と一緒に動くので
星はどんどんひっかかり
歩くたびに背中が
みるみる重くなる
足元を照らしていた電灯が
地面を昼間に仕立て上げるころ
夜に泣いていたのは
もう赤ちゃんではなく
おばあちゃんだった人だということが
明るみに出ていた
あのトタン屋根の二階の火事も殺人事件も
帰る頃には交番の手柄になっていたのに
入口の〇は更に赤い灯を点して浮いていた
巡査は濃いメイクの顔の女と旅に出た、と
掲示板には書いてある
行き先はゴミ置き場の男が指示したらしい
私はカーブミラーから
必要な記憶を取り出すと 家路を急ぐ
頭に貼りついていた星が流れ始める
流星群の日は人がいっぱい死ぬのかなって
一緒に空を眺めて星になった友人のことを
下から見上げる
大きなドラムカンに何かを燃やし続けている家の畔の
大きな橋を渡ると 私の体は五体満足になっていた
坂の上の三叉路の三体のお地蔵さまに
お菓子を供えると
私の家の入口が開くのだという
*
私に名前は 未だない
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