極楽

「お前の願いを叶えてやろう」
伏見稲荷大社で大きな鍵を咥えた巨大なキツネが
私を見下ろしている
私はキツネに言われた通り 千本鳥居を潜り抜け
奥殿横の「おもかる石」を持ち上げると 
夜の平等院の門が開く
ライトアップされた阿弥陀仏が
水面に逆さに浮かんで揺れている
赤であり緑であり黄色であった紅葉も全て 黒い陰をおとし
水面下の大仏に続く道が現れる
「そっちに行ってはいけないよ」
という、懐かしい誰かの声はしたが
「こっちにおいで」という、声もして
下を向いたら母がいた
(京都を私と一緒に歩きたかったと小さく言い続けた母
(老いた猫がいるし自分が行っても世話になるだけだからと俯いた母
その、母が、今!
菊の花柄の黒い服を着て私の近くを歩いている
   あれほど 来られない、と言っていた母が…
   もう歩けないから、と言っていた母が…!
「やっぱり来てくれたんだね…!」
私はキツネにもらった鍵を捨て 
遠ざかろうとする母を追いかけた
横顔だけの阿弥陀如来の 金箔は剥がれおち
屋根の上の不死鳥がさかさまに啼く頃
水面には大きな鍵だけが ひとつ
池の表に浮かぶだけ
 テーマ(京都)

※支倉詩劇:ポエーマンスで朗読したもの。

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