暴力

言葉の責任を取るのはいつも口の役割だった。

手や足が身勝手にしたこともすべて顔は口に押し付けていた。

耳は口が黙っていることを知るたび、痛くて赤く腫れあがる。

鼻は顔色を窺うように忖度を繰り返しながら業績を伸ばし、

目は状況次第で開いたり閉じたりして、昼と夜を間違えるようになった。

どんどん言葉は暴走し手足を動かしていく。

口は口を出すことが出来ない。

顔に睨まれることが、怖くてたまらないのだ。

ある日、暴力事件が起きた。それは言葉によるものだという者もいたが、手を出したほうが悪いと両者譲らない。言葉について教えてほしいと問う声に、口は相変わらず沈黙を貫き、耳は小心者らしく聞いたままに喋った。目はその日眠っていたのか起きていたのか定かではないと言い、鼻はすべての責任は顔に伺ってください、の一点張りで通した。

   (そうだ、顔を出せ

   (顔を拝ませろ

   (さらし者にしろ

   (その、顔を

言葉が日々、口々に吐かれ、その顔を暴いて一発殴ってやらないと気が済まない。

そうこうしているうちに、口は言葉の全責任をとり自殺した。暴力事件は有耶無耶なままにおさまった。その後、誰も顔について追及することをしない。それどころかこの事件に本当に顔なんてあったのか、と言葉巧みに働きかける輩もいて、今となっては当事者の目や鼻、また耳や手足についてもその機能を失い、事件が話題に上ることは一切なかった。

何十年かを経て大きな国に新しい大統領のポスターが貼られた。その理知的で効率的、かつ人道的な政策の内容やスローガンに、民衆は心酔し共感した。が、街のいたるところでポスターの下に「犯罪者」と殴り書きされた赤文字が、昼夜を問わず発見される。

ポスターの真意について話題は憶測を呼び、様々な事件の関連性に手を尽くしたが、足取りさえつかめず、書いた顔については、相変わらず、誰も口にしない。

詩誌「ファントム8号」掲載詩

                

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