米をあらう。つかむ。もむ。まわす。こする。濁った水が渦を巻く。羽釜の底に積もる沼。小さく輝く粒たちはどんより沈んで消えていく。

父と母がどのように生計を立てていたのか分からない。父は肝臓を失くして横たわり、母の心臓は止まろうとしていた。家族はどうやって生き延びたのだろう。動かない白い猫が布団の上で多分、寝ている。

散髪屋に髪を切りに行く。切られた髪はもうのびない。捨てられ始末され、燃やされたり、流されたり、宛もない。鏡の横には従業員募集の貼り紙。店内には、選んだ人と選ばれた人。店の外では通り過ぎる人と切られた人。締め切った隣の店には、燃え尽きた人と燃やされる人の行く末を案内するパンフレット。(扉には従業員募集の貼り紙)

不審火がでたといえば「齢だから気を付けよう」と言い、病院で治療法がないと言われれば「齢相応」と納得して、手をつないで帰ってくる。配られる廃品回収予定日。集めた新聞がいつも納屋の扉横に置いてあることを知ってたの、誰?

村人という範囲を越えて入ってくる住人に対して、村人は昼にあいさつを交わし、夜には新宅方向へ指差し鎌を向ける。新参者が村を町に変えはじめると古参者へとスマホを向ける。見張り合いの中で村は育つ。町も育つ。カメラの中で子供は成長する。流れのままに作物はなんとなく育つが、切られたしっぽは干からびる。

「悪い噂は七十五日」。ではないよ。お前たち、よくお聞き。悪さごと墓には刻まれる。人を裁くのは地獄の閻魔様ではないんだよ。人を裁くのは噂。赦されるのは仏さんになったころ。米を蓄えていのるか、米が食えないか。それ以上が見えるのか、見えないか…。ねえ、おばあちゃん、閻魔鏡ってどこまで見えたの? 答もないまま閻魔帳をめくり続けて、祖母は死ぬ。

米をあらう。つかむ。もむ。まわす。こする。水が濁って渦を巻く。米の粒だけ掴んでまわせばまた濁る。生ぬるい羽釜の中で同じ方向に流れて浮いたり沈んだり。米をあらう。米をあらう。米粒は擦れ合っていつまでも手を傷つける。

詩誌「ファントム7号」掲載詩

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