鍵のかかる部屋

西日の射す部屋で
裾に黒い炭を付けたレースカーテン
輝きながら汚されていくことを思う
私は寂しい
ベッドの位置から進むことも退くこともできず
手のひらに収まる程の空気の厚みにすら押し潰されそうになる
時が頭の中を切り刻み 身体は痙攣している
数時間前の蛇同士の絞死刑の痕の嬌声
あ、の音をコップの水では飲み干せないまま
動けない四肢から床に深く埋葬されていく
あとからきてあとかたもなく過ぎ去っていくものの名を
片づけられないまま天井に答えを探す
(音の鳴るものは悲しいです。
(ケイタイとかスマホとか扉とかロックされて終わる声とか。
蝋燭の炎がゆっくりと立ち上がり揺れながら燃えていった
内側からも外側からも鍵は差し込まれ続けた
開かせてすべて暴くために指は鍵穴を回し続ける、
あ、の音。
クーラーの微風にも耐えていたレースカーテンの黒い秘密に
指が触れた
誰にも言ったことのないコトバを発し続けると
西日は視線を細めて一心に熱を浴びせた
黒かったものを白かったように言い訳して目を閉じる
私は開かれたままロックされた
成婚の痕が蝋燭の炎に炙り出される
鍵のかかる部屋に
   雌雄の区別のつかない蛇の抜け殻二つ
   燃え尽きて歪なだけの蝋燭の蝋
   腐って苦い水になった林檎
夜の扉を開いて 私は月に鍵を差し込む
カーテンで空は遮られると
あなたの指が 今夜もまた
壊れた林檎のカタチをなぞる

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東京

乳の出なくなった母豚が 
子豚を育ててくれるという、 
やさしいニンゲンに預けた
彼らは 何もできない痩せた子豚を
段ボールの中で育てた
しかし 相変わらず豚は、豚
ただ 闇雲に食べるしか能がない、豚
段ボールが破裂しても 
豚はまだまだ食べ続けた
ニンゲンは 予定通り
豚を殺して何日もかけて食べた
乳の出なくなった母豚は 
子豚が闘牛になるような夢を描きながら
暗い 豚小屋に横たわり 
豆電球の明かりのような 希望を灯した
   

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月曜日の人

月曜日に来た人は とても穏やかな顔をして
私の頭を撫でてくれました
月曜日に来た人は 火曜日には火遊びの仕方を
私に教えてくれました
月曜日に来た人は 水曜日私の小言を片付けて
流し台から捨てました
月曜日に来た人は 木曜日自分の生い立ちを
初めて私に語ってくれて
金曜日 「仕事もないし金もない」と告げると
私の前から消えました
月曜日に来た人が 土曜日に土に還ったと噂が流れ
私は日曜日に はじめて独り休暇をとりました
 
  (何という名前の人か、どんな生活を二人でしたか、
  (もう、思い出せないけれど。
月曜日に来た人は 遺書を遺しておりました
  (君もまた、月曜日に生まれて 日曜日に迎えられる)、と。
一本道みたいな たった一行、
当てのない行き止まりを 私に遺して逝きました

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声でなく君の姿が欲しい日に空の十五夜指で突き刺す
ギター弾くピアノも奏でるその指が昨日を歌う夜の顔して
約束の指切りよりも正直な顔をしてると指差すあなた
その指が何本あるか数えてない暗い夜道を彷徨う身体
昨日だよ昨日だよって呼びかける明日の指切りできない二人
沈んだり浮上したり泳いだり地上と海をつなぐ中指
死ぬ時が来ても絡めた赤い糸蝶々結びくらいの束縛
夜の雲月を隠してどこまでも暴かないまま追いかけてきて
ひと声もあげず耐えて忍こと今生の恋すら戦国時代
対岸で君は返してくれという指が奪った記憶の手触り

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未来の魚

父は生きる 沈黙の中に
母は語る 夢のような言葉
私は横たわる 足りない絶望を枕にして
川の字になった 冷え切った水槽の中
打ち上げられた魚を三匹
飼って眺めて笑っていたのは
水槽を覗くいびつな
薄笑いの目 目 目 目
金貨で競いたがる噂話
コインで 家族を秤にかけた優越を
父の呻き声がかき消して
母のヒステリーが口から火を吐いて
私たちの水槽がパシャリと軽い音で弾けた
川の字なんて はじめからなかった
まして 川で泳ぐ水すらない
ただ 今度生まれ変わるなら
人にさばかれる魚ではなく
家族三人 一つの田に植えられた
秋の稲穂になろう
実がなるほどに 頭を垂れ
人の糧となり 人を満たせる
秋の夕陽に映えた
沈黙の 幸せを握る
金色の 稲穂畑の 
一粒にでも
(四年前の過去詩です。)

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自転車

私は中古品
でも 走れたらいい
ライトもLEDじゃなく 豆電球の橙色
それでも 三メートル先 見えたらいい
けれど五メートル先の人に
私の足は切り刻まれ もう走れなくなりました
 (深夜に聞かれた破裂音
 (タイヤに深い切り傷が
私はずっと 
暗い所は嫌だと 大声で叫んでいたのに
みんな朝までは 
顔についていた耳を取り外していました
中古品というだけで
見切り品という名詞で
裏口に 片付けられていきました
解体された 私の目
バックミラーが
消えた軍手の行方を
捜しています

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生きた亡者

コトバだけで世界をつないでいく、そんな嘘くさい指切りをして
あなたの色つきの夢の先に、私はいない。
コトバだけで生きる人は 骨の分量の重さを 世界と言い、
あなたは、夕陽を溺れさせる、空と海の狭間を歩きたがるし、
コトバは世界を酔わせ、世界を沈める、という、駆け引きを持つ。
あの赤さくらい、あの大きさくらい、背中の影が濃く伸びていたら、
コトバをを焼き尽くした、あなたの、
ノドボトケを、私にくれますか?
本当のことは、夕陽のように燃やされて消えてしまう、
あなたも、わたしも。
言えないコト、を埋没させることだけが得意になりました、
「世界には骨が似合う、」
と、いう、コトバを遺して。
詩人は墓を遺さない、墓というコトバを埋めていく。
詩人は世界を多く持つ、全部海に還すことも知って。
理屈だけが、まだ寄せて返して、浜に投げ出されている。

コトバはかき混ぜられた、シロップ、もう、透明ではない。
濁ったシナリオだけを、書き上げたノートの、かなしみ。
はじめは白かったものに、テーマを与えたら、「汚れた」、と
世界は嗤って、そして、つぶやいた。
私たちは、生きた亡者。
汚れたノートを海で洗濯して、溺れてしまう者、
私たちの撒いた骨はノートと世界を漂白する/漂泊する。
   (指切りは、裏切られる/寄せて返す、打ち寄せる、熱の波音。)
混濁した物語の果てに、手を振る最期の人よ、
私に、灯った、あなたの、声と炎、に、
どうか/憎しみのように消えない/名前を。
                          /、の、/愛する/「世界」に。

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ブロンズ少女

幼い頃に頭を撫でてくれた手のひらたちは
引っ繰り返され 
彼女を叩たり、指さした
(公園で、一人、少女が濡れている)
常識の文字を見つけると丁寧に赤丸で囲みながら
恐る恐るみせた答案用紙
先生たちが出した答えには非常識と赤字で書かれた
(公園で、一人、少女が濡れている)
   幸福の王子は全身金箔だらけで ルビーやサファイアを身に纏い
   公園で人々の哀しみを眺めて泣いていたという話を知っていますか?
   でも最期に遺っていたのは小汚い痩せた親友のツバメの残骸、と
   デクノボウになった自分
(公園で、一人、少女が濡れている)
どこにも帰れないブロンズ少女。傘もささずに固まったまま濡れている。
本当は赤いルビーの瞳で夕日が沈む一日を終えたかったかもしれない。
サファイアのような海を目指したかったかもしれない。ダイモンドが灰に
なるまで、誰かについて行きたかったかも、知れない。
けれど、
少女が一人、デクノボウ
突っ立ったまま固まって、動けないまま濡れている
駅前公園では若い女性議員が一人、車上からの立ち演説。
市民は同意、同意の、大賛成。激しい雨音の大拍手、の中で
呼吸ができないブロンズ少女。病院に行けない少女の胸から
赤い血がどんどん流れて青くなる。倒れてもどこの誰だか、
分からない。身元も不明、町の市民じゃないかもしれない。
だから、だから・・・/だから?
人々が望む「平和」と「幸福」が、高い位置から挨拶すると、
彼女だけを置き去りに「政策」だけが、歩いて行った。

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樹海の輪

カラカラと糸車を誰かがまわしている
その糸車の糸に多くの人の指が絡みつき
血塗られた憎しみの爪をのばしたり
いびつな恋敵の小指たちが
ピリピリと過去の妄念に反応して
親指は絞め殺されるように働きながら
天に一番近い中指に嫉妬しながらも
糸を燃やそうとする
カラカラと糸車はまわる
それは乾いた土地であり
それは渇いた喉元であり
蜘蛛の罠に引っかかった蝶が
食いちぎられていく羽の墜ちる音(ね)
最期の 悲命(ヒメイ)
   *     *
  (カラカラカラカラ・・・)
   *      *
さっきから大きな毒蜘蛛が樹海を編んでゆく
その下を長い大蛇が這ってゆく
細かい切れ間から もう 青空は望めない
蛇の腹の中で元詩人たちの群れが
溶けて泡を吐く
見えない空
地上にない文字
樹海にはそうゆうものたちが浮遊して
死人たちがそれらを夢想して
この樹海を成立させているのか
乾いた音だけが響いてくる
    
    *       *
  (カラカラカラカラ・・・)
    *       *
誰かが糸車をまわしている
けれど
その糸にしがみついた多くの紅い情念たちが
歯車を狂わせてゆく
糸車をまわしていたのは誰だろう
それは 樹海をでっち上げた白い骨の妄念
散り散りになった散文詩
痩せた木の葉たちが 風に吹かれながら
くるくる回り続け
重い陽差しの切れ間を脱ぐって
やがて 土に還る
      (カラカラカラカラ・・・)
(カラカラカラカラ・・・)
     神は
      呼吸をするのを
         やめたらしい。  

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シャツ

白いシャツを着せられていた
脱ぐことも赦されなかった、そのシャツを
声を発するごとに
胸の真ん中についた、赤いしみ
どんどん大きくなっていく、赤いしみ
(人とすれ違うごとに
(人の隙間から見えた始まりと終わりに
(人を見失うたびに
出会った声と同じだけ 見送る夕焼けたちは
胸の真ん中で もっと大きな夕陽になって
赤く燃えては 沈んでいった
誰のシャツを私は着せられていたんだろう
誰の夕陽を抱えて生きていくのだろう
そして 一体、このシャツを
誰になんと言って 渡せるだろう
シャツを赤くにじませて
私はどこに向かって いつまで
歩いていかねば ならないんだろう

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