夜間にバタンバタンと 階下で扉を
開けたり閉めたりを繰り返す父の扉
私が玄関の扉を開けっぱなしにして遠方に去ってから
ずっと開いていた 扉
帰省する毎に 小さく細く白く可愛く寂れてゆく
玄関の扉の、隣には 父
出て行く時 必ず見えた扉と 茫然と見送る父の姿
夜間に限って階下でバタンバタンと
父は扉を開けたり閉めたり
二階では停電させたような部屋で娘は毛布を被っては
大河がうねるようなクラッシックを 耳を塞ぎながら
大音量で聴いている
私が泥棒に見える日、父は扉を閉めたがる
私が娘に見える日、父は扉を開けたがる
父が扉を締め切る日、私は河へ身を投げる
私が溺れて泣いてると、父は扉を開け放つ
そんなことに疲れたと 、
私はいつか 鍵を河へ投げ捨てる
家は迷宮になるだろう
父は私のいる部屋を 探して探してさ迷うのか
この家の一番奥の深い深い暗い部屋
その扉を見つけたら 父は戻ることはない
誰かが父のいる部屋に鍵をして 河の水を入れている
家は扉を 片付け始めた
私は父の背中に「入口」とも「出口」とも
指でなぞれないまま ただ茫然と立ち尽くす
           ※   ー亡き父への思い出にー

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拝啓幸せに遠い二人へ

私たちは互いが憎み合い、恨み合い、奪い合い、言葉を失って、
初めてコトバを発することが出来る、ピリオドとピリオドです。
しあわせ、が遠ざかれば遠ざかる程、雄弁になれるのは
ふこう、の執念が、為せる業でありましょう。
かなしみ、こそが、最大の武器である貴方の哀は深く幼く、
激しい憤りとなって、私を抱き寄せようとする。
私は泣いている赤子に、いつも疑問符を投げかける真似をして、
貴方を困らせます。
  (嫉妬はいつも、私たちを尖らせて、新生させる )
やさしさ、を眠らせたままで、裸で歩く貴方の手を、そっと、
握ってあげたならば、貴方が死んでしまうことを、知っています。
愛の淵は、二人の時間を止めることが可能なまでに残忍なことを、
私たちは、踝まで浸かったときに、知りすぎて、泣きましたね。
形あるモノばかりを掴んで、その温度を信じられないくせに、
私たちは、あいしている、を繰り返すのです。
(つなぎとめられない接続詞の空間で、
              辛うじて、息をする二人 )
憎しみや喪失が、愛や希望で、あったためしがないと体に刻みながらも、
それらが、どこかに埋まっていると、言い続けなければ、
生きてはいけないのです。
剥き出しの怒りのうしろで、泣いている貴方の瞳には、海が、 映っています。
貴方が私を見つめるとき、青すぎるのは、そのためでしょう。
海に還りたいと願う貴方に、私は空のことばかりを話すから、
貴方はいつも、とおい、と泣くのです。
  (あぁ、できるなら、できるなら、空が海に沈めばいいのに・・・)
そんなことばかりを考えて、私は今夜の「夜」という文字が、
消せないままでいます。
朝になったら、私は貴方の私でないように、貴方も私の貴方ではない。
それは、ふたりして、誓った約束でしたね。
私たちは、冬の雨に打たれながら、泣き顔を悟られないように、
いつまでも、はしらなければならないのです。
  祈りを捨てて
    幸せとは逆方向に  
       お互い背を向けたまま  は し る 。
追記  ふたりの間に「いたみ」という名の、
こどもが、やどりました・・・。

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タクシー

母を乗せたのぼりの電車
母を乗せたのぼりのタクシー
ペースメーカーの電池は音もなく 擦り切れて
障碍者手帳と交付されたタクシーの補助券は
どんどんなくなり 
彼女はもう どこにも行くことができない
杖代わりだった私
杖代わりだと思っていたかった私
母の右手が私を手放した方向に
若いころの同窓生の笑顔
これがみんなに会える最後だって泣いていた
その母の嬉し泣きか、悔し泣きか、私も知らない
けれど
同窓生も 若くない
母を一瞥して
「あぁには、なりたくないもんだ。
コブ付きで自分の身も自分でできない恥を、
さらしてまでも、みんなに会いたいのかねぇ」
トイレで笑っていた シミだらけのおばちゃんは
母が親友だと無邪気に語った 横顔のままの女
同窓会は裏表を秘めながらも
ビールで思惑を酔わせ 口裏を合わせたかのように
シャトルバスは 母を残して
みんなを新しい朝の場所へ連れていく
一人、くだりの電車に乗り
また、遠い景色の桜吹雪に流されながら
母は知って、車内に杖を置き忘れて帰る
鞄の中の補助券が
どこにあるのかさえも 分からないままで
くだりのタクシーに体を横たえると
のぼりのタクシーを呼んだつもりで
どこまでも どこまでも 独りぼっち
※抒情文芸  入選作品

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夢の位置

ぼくの記憶の螺旋の、森
その先に蔦の茂った廃屋がある
寂れた椅子に 小雨が降りつづけ、
緑は天を刺す、あるいは、地に従属する
苔生した兵士たちは歩みを止めることもなく
繁茂するシダ植物がぼくの記憶を準えていく
水は胞子に溶けて ぼくの耳を侵食する
森はうずまく心音を刻み、ふるえる、
ぼくの、耳朶、と、ぼくの、ナニ、か、
頭上で鳥が薄い殻をコツリ、と つつくと
落下したヒナが、ぼくのボタンをつつく
ぼくは破れる
胸のボタンから綻びがはじまりながれだす声
(このボタンを縫い付けてあげるから学校へ、
椅子が一つ、消える
(ここにもう一人いた人は一体どこへ行って、
ぼくは踝を蔦の蔓に囚われたまま
聞こえるはずのない、海の音をきいて泣く

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圧力鍋

圧力鍋の中で椅子取りゲームが行われていた。
「誰もその椅子に座りたいのだ」と言い出したのは
課長補佐だった。
「トレンドとブレンド間違えちゃいけないよ」と笑ったのは
有閑マダム。
三ツ星だか四ツ星だか五ツ星が、並んで流れる店のシェフに
「おいしいものを作ってちょうだい」と、命令したのは
女営業部長。
予習復習を済ませた子供たちは、ナイフとフォークを
光らせながら、夕食を待った。

けれど、
椅子は一つ。
一人しか着席できないディナータイム。
圧力鍋の中には椅子は一つしかないのだ。
おそらく御馳走も、一人分しかない。
一流シェフは主流の料理を一流食材で作ったし、
時間には十分間に合ったのに、誰も椅子には座っていない。
贅沢を極めた料理を「好き」とも「欲しい」とも言うことなく
ゲームに疲れた全員が干からびた声をあげて
「水をくれ」と掠れた声で叫び続けた。

鍋は、
圧力鍋は、倒れた人間を食材にして
また、新しいゲームのレシピを考える。

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五月病

ゆれる、ゆれ、たちあがる、あわい、影に、
くるまれた、ままの、「わたし」の、身体は
ゆびさき、から受粉して 髪は緑にながれる
血が赤いという現実を、見捨てて、
血が赤かったという迷信を芽吹かせたのは、
「わたし」。
朝の倦怠を皿の上に飾って ナイフで切ると
昼の退屈を フォークで突き刺す
夕暮れは酷く、泣いてくれると言い聞かせて。
夢遊病者の夢が 星を渡っていく
蝕まれた森を 振り返る者たちは
必ず、守り人に尋ねる言葉がある
(あれは、誰が隠した包帯ですか?
鼓膜も網膜も剝がされていった「わたし」に
その、答えが 見つかるはずもなく
季節は 余白だらけで 今日も やさしい。

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母の頬を打つ
鋭い音が私の底に弾けて沈む
窓から漏れる灯が全て真っ赤に爆ぜる
影絵が暴れ出す
玄関口を喪服の村人がぞろぞろ出て行く
四角いお供え物に母の骨を携えて
母の頬を打つ音が隣の家に着火し
老夫婦はもう家に帰れなくなった
また、喪服の村人がぞろぞろと夜の玄関先渡って行く
四角いお供え物から、ピシャリ、という音が聞こえないように
大きな風呂敷袋にぐるぐる巻きにされた、その箱の底から血が滴っている
─あれが生首です。
影絵の物語はいつもそんな風に幕を閉じた
                ※
   私が赤ちゃんを叩き殺した理由ですか
   私わたしが赦せなかったのです。私は母からすれば良い子ではなかった。
    昔から母によく叩かれた。だから私はわたしが子供を産んだら良い子になる
    ように赤ちゃんの頃から叩いて育てようとしたんです。悪いことが出来ないよ
    うに。一つ叩いても泣きやまない。二つ叩いても泣きやまない。赤く膨れて
   泣きやまない可愛そうな私の・・・「私」、え、何か言いましたか?今、何か
   大切な・・、え、ノイローゼ?はい。そうでした。でも、ノイローゼって何で
   すか?
   ─赤ちゃんを叩くと喚くんです。私も痛かったのに、私も叩かれたのに、どう
   して私はそんな幼子を殺さなければならなかったのかしら・・・。あんなにも、
    助けて!って泣いていたのに。誰が、泣いていたのかしら?おかしいわね・・。
    本当に・・・。オカシイ?
    眠れないんです。え、目が覚めてないだけですって?じゃあ・・これは夢?
    本当に・・・?
   そう、夢だったの、ね、夢・・・。ああ、怖い夢・・・!
   ほんとうに、ホントウニ・・・?
   
              ※
ピシャリ、
玄関を閉めきった家に炎が住む
母の頬を打つ子の影と赤子を殺める母の手が燃えている
村人は炎を光と間違えて、灯を求めてやってくる
「飛んで火にいる夏の虫」とは、どちらが先に言ったのだろう/逝ったのだろう
              ※
あの家には鰯の頭も、無かったのかねえ・・・。
私の焼死体を見ながら通り過ぎるランドセルに手を繋ぐ母親
                      /鬼は、 外。
            ※
ピシャリ、
鋭い牙をした思い出が死んだ私の腸から出てきた
(お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい!
(もっと、ちゃんと、甘えたかったのに・・・!
(オカアサン!!
    
                      /鬼は、、、「 」。

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かぞえる

珠を数えている。
腕に通された木目の珠を。
祖母が亡くなったとき 
父が握っていた大粒の珠を、
父が四角い小さな石塔になったとき 
母の手首に引っ掛かった数珠の珠を、
数えている。
目が開いた時から数えていたのか、
数字というものを覚えたから数え始めたのか、 
わからない。
なのに、
随分と前から数えることがやめられなかった私。
数えている。
生きるために数えているのか、
死に切るために数えているのか、
長い夢の歳月の裾、
その、衣擦れが過ぎ去り
私の髪は白髪になり抜け落ち
骨と皮と皺の隙間から
数珠がするり、と落ちてしまう迄には
私は薄暗い朝を迎えて又、数珠玉を指でひとつぶ、掴む。
私のいち、は どこにあったのだろう。
ひとつぶの珠を掴んでは放ち 掴んでは放ち
その、サイクルから逃れられない人生でした。
今の、いち、も持たないまま
数える意味も知らずわからず
心は 狂気と歓喜に踊らされ
私の分身たちが
私の記憶を覗き込んでは
掻き回し 過ぎ去っていく。
気が付けば
もう、
彼岸過ぎ迄── ──。

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足並み

 私はカルピスのいちごオーレの底にたまった沈殿物。
五百ミリリットル入っていても果汁は一パーセントにも満たない。
濃いピンクのふりをしても、先生たちは私のことを講堂に響く大きな声で、赤点、ギリギリだったという。そういうことは“だいたい”で、いいらしい。
 私の個人情報が薄汚い口髭の男から、交流会館のキレイな受付嬢に銀行振込をされていく。“だいたい”の、料金で。
 赤いベストの黒い丸渕眼鏡のおじさんは封筒を大事に抱えてNPO法人行きの切符を窓口で買う。行先は白く一人。帰りは黒く独り。もう乗客席に座る足も、持たないままで。
 私が得体のしれない沈殿物だった頃は珍しがっていたのに私が赤点ギリギリと分かったら、みんなそっぽを向いていたくせに、私のIDを知った途端に手を叩く人と、水をかける人。
 「地域はそういう仕組みになっている。」ということを教えてくれた人は独り、黒い箱に入れられたまま、口を開くことはなかった。
                 

──と、いうことで総会は開かれた。理由もなく会議には老人が選ばれた。
おせんべいも割れない歯で、するめをしゃぶるだけの舌で、一体どんな話し合いをしたのだろう。
知らない町の交流会館で、そんなつぶやきを書いている、私に、よく似た私を見たよ。
故郷は竹藪の中に消えたのに、そこが私の赤点の出発点だったなんてことは、交流会に参加できなくて、会議室の隅の暗室に詰め込まれた寂れた椅子が知っている。
(座る人もいなくなったら椅子って誰が呼んでくれるの?
竹藪の中に放り込まれた木造椅子も、そういったら壊れていったのに。
 会議室はハクネツしているみたいで、喉をカラカラにしたペットボトルたちが並んでは、すごい速さで捨てられていく。
 沈殿物が覗いていた穴が、巨大になっていることにも気がづけないまま、会議室が暗室になる日、足並みは、途絶えた。

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母になれないこのままで

母になれないこのままで
あなたに名前を名付けたい
あなたは黒い目玉を輝かせ
きょとんと笑ってくれるでしょうか
母のになれないこのままで
あなたを産んだといってみたい
海のなかに潮が満ち
あこや貝が真珠を一粒育てたと
母になれないこのままで
あなたと手をつないだと微笑みたい
握りこぶしがつかんだ風景
風吹く街で横断歩道を渡ったと
(おかあさん)
それは空から降ってきて
私のお腹を通りすぎ、
海に還っていく星の瞬きほどの、、、
           (おかあさん)
母になれない身体のままで
脈打つ、やさしい赤
幸せを掴んだ見えない手のひら
母になれない子のままで
私は宇宙の子供の母になる

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