屋根裏部屋で「し」を作る

お腹から卵を一つ取り出して 私は一つの「し」をつくる
月に向かって 卵を放り投げておくと
月は空で泪目になるころ 「し」をこぼす
私は卵を産むために 屋根裏部屋で猫とじゃれ合い
卵を夜空に投げて月で割ると「し」ができる、という
仕組みを覚えてしまうと 遊ぶことに夢中になって
猫が愛しくてたまらない
    ニャアニャアニャア、と啼けば啼くほど
    正比例していく卵の中身の成熟さ。
    猫は真っ赤な瞳を凝らして私を見ている。
    まるで生贄にされたのは
    卵なのか自分なのか、というように。
                ※
私はこの猫を屋根裏でしか飼えないように飼育した
始めは独りに戻りたいと おかっぱ頭の影を懐かしみ 
白い昼に憧れて いつも、もじもじしていたが
夜になると猫は猫らしく長い爪をニョキッと、出して 
私が卵を産むあたりを おし広げてはくすぐり続け
私がニャアニャアニャア、と啼けば遊びに夢中になって
卵を産めと ゆすぶり、せかす
                 ※
屋根裏部屋の鍵は猫がさしこむ、私はそれを上手にまわす、
扉は赤い両目から開かれる、そして黄色い卵が空に昇るとき
私たちがついた「嘘」を「月」で割る
あの夜空の月が私と猫がつくりあげた、「し」だとは知らない人々は
月に向かって 詩を作る
        ※文芸誌「狼」25号   掲載作品

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たたき売り

ぶちのめしていい権利は ATMでおろせると
近くの女が言いました
働けないなら罵声に耐えろと
女に頭の上がらない男が母子に言いました
お金が稼げないやつに
意見を言う資格はないのだと
背広の黄色い財布が 鼻先で笑っています
  私は一つのバナナです
  世界は小さな籠の中
  バナナより、みんなメロンの言うことに従い
  メロンたちは大きさ重さを競います
  品定めはお客様、
  では ない時代
  果物屋の店長は
  唾を飛ばして ハリセンで
  大声あげて 私をたたく
  うまい口車に乗せられて
  黄色いバナナ何処へいく
ぶちのめしていい権利は ATMでおろせると
知らない街の主婦までも
財布に向かって 語りだす

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藪の中

蛇口から蛇が出てきて排水溝に逃げていったと
主婦が言い出した。蛇はきっとコブラにちがいな
いと生物学者とプロレスラーが同時に口にした。
コブラなら猛毒対処に、と叫んで立ち上がったの
は保健所で、ニシキヘビなら動物園へと駆けつけ
たのは園長先生だった。排水溝から下水道を抜けて
全員一体となって巨大な猛毒を含んだ稀有なニシキ
ヘビの捕獲プロジェクトが地域一帯に広まり続け
やがては「蛇口から大毒蛇注意」のニュースやら、
「捕獲料百万円」という賞金首までかける始末。
そんな太陽を掴むような話を鎌首もたげて眺めて
いたのは梁の上の青大将。
太陽の国は眩しい上に、目まぐるしいと、藪の中に
消えてゆく。

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写真

写真になった父が 昔よりよく喋るようになった
弘法大師ゆかりの寺で ボロボロのジャンバーに
白髪を風に舞わせながら 少し笑ってピースなんかして
誰もいなくなる家を前に大丈夫、だというふうに
哀しく細い目を向けて 泣きそうなくらい優しく笑っている
そんな喋り方をする父を前に 私はどうしていいのか泣いてしまう
  お父さんほど私を放ち信じてくれた人はいなかった
  私が心配ばかりをかけさせて殺してしまった
いつ誰とでも帰ってきてもいいように家の周りのドブを浚え
畑には少しばかりの野菜を植え 庭の剪定をふらつく足でし
私の帰る家が笑われないように、居心地がいいようにと
黙って家を片付け掃除をして 帰らない子供たちを待つ父
  うすっぺらい写真に貼り付いたまま家のことなど
  饒舌に語ってみせる
  (どうだい、お前の四十年住んだ我が家の居心地は
左手のピースの指は二本
息子は家を出て行って 娘は家に帰らない
それでも立て続ける指二本、
育てた二つの平和は誇り
家を護る父の顔
仏様になってゆく父の顔
どんなに泣いても笑っても
見守っているよ、と父の顔

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盲目

目の開いたバラバラ死体を私はずっと捜していた
手はお喋りだと口がくちぐちに言うので
うるさい手を切り落として 口に食わせた
口は満足そうに 黙ってくれた
足は突っ立って進むことしか能がないと 
耳が教えるので
足を売って耳栓を買った
耳は都合のいいことしか 言わなくなった
足を失って 胴が重いことがわかった
私は軽くなりたくて 腸を犬に与えた
犬は鼻が利いたので私が捜している
死体の所まで 私を乗せて運んでくれた
大きな鍾乳洞の壁には巨大な目や耳や唇が
私を監視し 私の臭いを嗅ぎ付け 私の噂話をした
目前には見開いた目の 
私に似た首が祀られている
下には私が今まで棄ててきた手や足や内臓が
小さく干からびてさらしものになっていた
壁から臭いと鼻が笑い出し 口たちに唾を吐かれている
   もう誰も手を繋いでくれないのだとわかった
   一緒に歩いてくれる人はいないと知った
   そして私にはなかの良いお腹はなかった
だから限界まで旅をしてきました
(お父さん、お母さん、あなたたちが言い残したこと全てを見つけるために
瞳孔を開いたままの顔の
右目と左目が 私の姿を認めると
涙と共に 
私は目蓋に 押し潰された
                  ※
今年も祠から 赤子のはしゃぎ声や泣き声が響いてきます
油蝉たちが五月蝿い、のか
目を閉じなければ 
聞こえることは
決してない
※2015年6月1日。
   四十九日の父のために。

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一滴の水

夜が瞼を開く瞬間、こぼす水の、まるさ
破水された、と誰かが告げている
       ※
胎児が泣き出す前に 夜に流す青白い炎
足跡もなく川を渡ってゆく男に
胎児と同じ重さの水が 土に還る
       ※
地上がひび割れないように 男を埋めた
スコップで傷つけた男の胸から
海があふれだし 淋しい産声が聞こえてしまう
       
       ※
夜明けの川面には 夢の粒子
男をぬらす 末期の水
唇から 感染する 蜜
女の いちばん やわらかい所で
男は ほどかれ ぬくもりに 燃やされてゆく

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ゴッド・ハンド

手袋をした手が 器から
大量の人を掬い上げていた
その指の狭間から 夥しい人が
こぼれて落ちていった
器の底から
呻き声や悲鳴や嗚咽が聞こえても
泡がはじけるように消されていく
手は器の底から常に差し伸べられていたが
手袋をした手は そっと
器の上をラップして密封した
手袋の上に残った人の頬は赤らみはじめ
ゆっくり起き上がると
笑い合い抱き合い、お礼をいって出ていった
指は 手袋の指は
掬い上げた人数だけを毎日数え
白い紙の上に
出ていく人と泡になった関係者の捺印を
又、数えた
印、になった人たちは 紙切れになって
夜、燃やされたり ばらまかれたりして
宣伝された
手袋を嵌めた手は毎日 器から
人を掬ってはこぼし 掬ってはこぼし
持ち上げた人数だけ指折り数えた
    ( 数字だけが、行進していく
    ( 記録は、看板を作る

朝日が昇る寸前
現れた巨大な透明な両手
その手は
こぼれ落ちた人も手袋の人も
数えないで 抱き上げ掬い上げた

それらを
夢にして見せるには
数える指が いつも足りない

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花             陸が海に消えるまで。

先生、私たちの昼間が消えていきます。
カレンダーに休日がひとつ、足りないのです。
青と赤の隙間に、数字のいち、が。
時計は、今、だけを、さしたがる、から、痛い。
数字が昨日と明日を覚えることを放棄したみたいに、
短針のいち、も、長針のいち、も、かみ合わない。
埋没していく、いちにち、いちにち、カチコチ、カチコチ。
 今日、先生に一編の詩もかけなかった。
あなたの人生に触ることができなかった私を、どうか赦してください。
私の胸のふたつの丘陵から海にくだる腹部、
水に浸った子宮へ、指をはわせると、
ころがってゆく先生のコトバを、うみなおせないまま、
潮は満ちることを忘れている。
 不浄な貝殻になっていく私の器に、
どうか先生の透きとおるまなざしを、注いでください。
桜の花びらの淡い動脈とか、スカートの裾をぬらした夕立のにおい、
茜空で燃えてゆく飛行機雲の行く末。
南中するアルデバランの赤い嫉妬、と、シリウスの雄弁な若さ。
そして、今日も夜が涙をこぼすこと。
 先生、感情に卒業できない子は、おぼれるしかないのですか?
去り行く思い出だけが美化されて身動きができずにいます。
私が眺めるすべての景色が幻ではなかったと、
記録を執ることをやめられないのは、先生だけが私に教えた授業でした。
 陸に上がったモノたちが砂の城を築き上げ、アイスクリームの棒に,
自分の、しるし、をつけたまま、かえってこない/かえってこない。
 (生きてゆくということは これから死をみとること)
 私は社会の授業も倫理の授業もきらい、
そういって、教室から飛び出し、裸足で幽霊に会いに行ったの。
だってみんな透明で綺麗で、きたないコトバをつかわなかったから、、、。
って、いったら、先生は笑ってくれたのに、
おかあさんは「モウ、コンナコトハ、ヤメテチョウダイ!」って、泣くの、
どうして?
 私には小さなおかあさんが、 海辺で、
自分のお城を造り始めているのが見えるのに。 ねえ、先生、どうして・・・?
 横たわる窓際に夏がきて、森から潮のにおいがします・・・
ねえ、どうし、、
 (疑問符は罪です。もう答えてくれる人はいないのに、ほしがる、のだから)
 先生は私の胸に手を置くと、
そのままひとさしゆびで私のカタチを、知ろうとします、
指、を・・・
  かなしい   
     笑顔・・・、
      
もう、
          
           愛しい/哀しい、、  
                     それ/だけ.。
          
        それだけ、で、
                、(かなしい/カナシイ。)
 つながれたまま息を止めてゆく、つむがれないコトバの上に、
貫かれてゆく、夢のつづきを砂浜につづる。
青い万年筆は、夏の亡霊の住処、あかい花が砂の城ごと波に浚われてゆく。
 
 あなたが愛したものは、もう一人の私。
わたしは、うたいつづける、さがしてみせる、
陸が海に消えるまで、陸が海に消えるまで。
              
              (手向けた花は、決して枯れない・・・

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サーカス小屋

サーカス小屋の団長はよいこが大好きでしたから
子供たちは 今日もこぞって 団長に
誉められたい、認められたい、ためだけに 献身的な言葉で言い寄る
(私は団長のために 右手を捧げます、明日は右目を。
(僕は足を切ります、団長への忠誠心は誰にも負けません。
(私なんかすべてを捧げます、手も足も耳も口も皮膚も舌までも。
団長は少し困りました
親に捨てられたと思っている子其々に 伸びて行く得意技や
凄い曲芸があることを 教えたかっただけなのに
誉められたい、認められたい愛されたい、子供たちは
自分が如何に団長の、一番であるかを競いたがる
繋ぎ合う手がなければ 空中ブランコはできますまい
足がなければ玉乗りが、口がなければナイフも飲めず
目がなければ火の輪潜りは 虎にだけ
サーカス小屋は店仕舞い
やがてあわれな子供たち テレビで放映されました
それでも子供たちは 大威張り
惨めな姿を晒しては それが誇りだ、勲章と、
愛のカタチに 胸を張る
それを見ていた観客が
両手をたたいて指を指し 声をあげて笑い出す
一番悔しかったのは団長で 一番悲しかったのは
サーカス小屋に行かせた両親
(あれが娘の夢に見ていた「居場所」なのか、
(私たちはただ、自分の食べたお茶碗を、自分の手で洗える、それだけで、、、。
(あの子を見世物にしたて上げたのは、私たちだったのか、、、。
涙ながらにだるまになった 娘の姿に手を合わす
サーカス小屋が見世物小屋になったことなど
勿論知らない子供たち
今日も満足そうに 笑ってる
 ※ 詩と思想5月号 巻頭詩   特集テーマ「壁」

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七日目の冷蔵庫

日常のカタチを絵にすると
おそらくマル、ではなくて シカク
それは 七日目に完成する夜の冷蔵庫
一日目に ベビーシューズを下段に置き
二日目に 制服と、春
三日目に タイムカードを入れて、夏
四日目に やっとの思いで食品を詰め込む、秋
五日目に 調達してきた食料を 平らげて空にする、冬
六日目に 黒い靴と筆書きの白い手紙
夜になると
誰もいない家に 白い白い冷蔵庫
七日目 扉を開ける人に
私は上手に 調理されてしまうだろう

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