向き合う鏡

食器を洗っている時に 現れる私の子供
ご飯を食べたばかりなのに 私を見ながらスプーンを持って
お皿をカチャカチャ鳴らしては はしゃいでいる
私はお前に お匙でご飯を掬ってあげれらないのよ、と
言ってしまえば お前は悲しい顔をして消えていく
私が部屋を片付けていると 散らかす私の子供
お願いだから良い子にしていて、と やさしく諭せば
ちゃんと絵本を一人で読んで きちんと座って待っている
私はお前を産むときに 夢の翼を捥いでしまったのだ
その証拠にお前の背中の二つのでっぱりが
空を飛んでみたいと ふくれている
甘えることを拒絶させてきた 私の胎内の遺伝子意志
強い子におなり、良い子におなり、何かをして見せなさい、
そんな言葉に耐えて来たお前の憤り 背中の二つの哀しいふくらみ
お前の食器を鳴らす音が消えると 私は哀しくなる
お前に絵本すら読んであげられない自分の貧しさを お前に詫びる
お前は誰からも笑われることなく育ち 誰にも笑いかけることができない
立派と呼ばれる大人の振る舞いを覚えては 失くしてゆく夢に追いすがる
 (ヘビが赤い赤い舌をチロチロ出して お前を舐め盗ろうとしている・・・
お前の夢 お前の道 お前の未来
それらを奪ったのは この私です、と 
責める事も責める言葉も教えないまま 大きく育て上げました
 (ヘビは赤い赤い舌であざとく舐める、子供の道は血より紅(くれない)
私が母親の真似事をすると 現れる子供
走り出し転げまわる笑顔や 朗らかな笑い声
私がてしおにかけて殺めてきたものは おそらくそういうお前の姿
 (ソレデモ、オカアアサンガ、ダイスキダヨ、ッテ、イッテ!
天に属する者をヘビの子に変えた呪いが 
私の体を這いずり回り 重く冷たい陰となる
 (ソレデモ、イツカ、ボクヲ・・・・  シテ!
「肉体」という檻の中で 決して笑うことのない私とお前
ミエナイチカラに繋がれたまま 瞬き出来ずに向かい合う

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女の人の持っている鞄が気になってしょうがなかった
遠くへ行けば行くほど 鞄を欲しがる様になっていった
ピンクのショルダー 
黒のハードな合成革に金の鎖のアクセントの物
軽量ダウン地のブラウンのトートバッグに
ストライプは青と白のマリンバッグ
アフタヌーンティーのドッド柄のエコバッグに
果てにはレジャーを模したトレンドリュック
彼女たちを彩る 鞄が気になって仕方がない
ひと夏で 切り捨てられる物もあれば
擦り切れたり千切れたりするまで使う
一生物の 鞄もあっただろう
大切に使われたと 静かに自分の役目を終えることの尊さを
味わえる鞄が ショーウィンドウにいくつあるというのか
期間限定だとか、レアだとか、季節の変わり目に
女心の目に留まるそれぞれの 道標
鞄は 彼女たちと 何処に連れて行かれるんだろう
私は たくさん鞄を買った
そして使わないまま 眺めて満足したら
何処へいったか なくしてしまう
オーダーメイドのものもあれば 友人が作った物もあったし
ウソかホントか ブランドモノもあっただろうが
どれも私の一生を 共に飾ってくれる物ではなかった
私は 服はいらない
私が欲しいのは 裸の赤子が安心して入る鞄
そこでごろごろ眠る私を
一生大切に肩や背中にかけて 運びまわってくれる女(ひと)
今日 真新しい赤い鞄が
青い透明なゴミ袋に入れて捨てられていた
中身を 確かめる勇気はない
「文芸詩誌 狼 24号  掲載作品」

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うそのそと

うそのそとに いつわり
うそのそとに いいわけ
うそのそとに くちがあり 
くちがあれば うそをはく
嘘から覗く虚ろな社会の本音で悪口 三枚舌で赤く丸める
嘘が強かに実しやかな熱弁を振るい 人は溺れて舌を巻く
嘘が腹を抱えて笑いながら 寡黙なウイルスが噂になった
うそのうちがわで なく
うそのうちがわから でれなく
うそのうちがわで だいてみせて
うそから 「嘘」を みせないで
うそのそとに すわり
うそのうちがわに あこがれた
いなかものの むくな、夢
のっぺらぼうの なくしたしたが
あしあとつけて こうしんちゅう

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正体

西日の強い秋の日に 
燃え落ちた赤ピーマンの残骸に目をやりながら
駅前のツタヤと惣菜屋へ向かう
ジャーのご飯に合う惣菜を
ツタヤで十代に戻れる私を
選んだはずなのに
コンビニでトイレを借りたら
便利にみんな 流れていった
とぼとぼと 背中に西日を背負いながら
今まで歩いてきた道を ノートに書こうとする度に
両親からの留守電話が 引っかかり
その後 見送る「夕焼け小焼け」
曲がり角をすれ違う妊婦は
地面を見ていたのか お腹を見ていたのか
俯いたままで 歩いてゆく
それは 当たり前の幸せを宿して 不安を抱えた子供
赤く熟れて落ちて逝く ピーマンの未来にも似ていた
誰の上にも広がる夕焼け空の下で
赤くなれない種なしブドウが私だと
自分に言い聞かせて 安心したふりをする
当たり前の幸せの後ろについてくる
影のことばかり見えるから
西日が沈むほどに 
私の正体は 黒く長く伸びては
この街に 沈んで消えた

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香水と煙草

見つめ合う 香水と煙草
出会いと出会いが通過していく、お互いの横目で
記憶を垣間見る 痕
口紅では 押し付けがましい
ネクタイでは 束縛し過ぎる
灰色の街を 太陽が落ちて焦がした 焼け跡を
覚めた夜が呼び止める
香水が煙草を脱がして 火を灯す
踊る匂いが 一瞬にして 千億のシャッターを切り
マルボロの強さで 引き寄せたまま風に乗る
私の足元に 香水の空きビンと煙草の汚れた灰皿
空き箱になった暗室で 秘密だけが たちこめる

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現代病

私の身分証明書を コピーし続けるバイヤーの友人は
お金半分と 見えない敵に脅されている
アパートの向かい同士に 姿のない隣人
電気のメーターの数字の物音だけ上がる
チカチカするディスプレイを
流し読みして指で止めると
次の街まで一気に辿りうけるようになったのに
宅配ピザが 深夜徘徊
ハンドルネームで呼び合う
今日限りの恋人同士が
変人に変わりました、と
三面記事
私は 昔の左手首にある 太い筋傷を眺めながら
窓から見えない 木のことなどを 中途半端に想像して
外の景色を画用紙に 美しく描いて見せる
震えながら 布団にもぐりこんで暗闇に溶け込む頃
新しいウィルスが 光に乗って
世界を侵食し始めた

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生きてはいけない

まず、お茶碗を洗いなさい。常識を覚えるのです。
つぎに、旦那のパンツを毎日 洗いなさい。愛を育むのです。
さいごに、幸せだったと言いなさい。約束を守るのです。
はい!
せんせい。せんせい!
質問していいですか?
お茶碗を洗えない片手のひとは、常識人にはなれないのですか
旦那様がいないひとは、愛されないのですか
約束を守れないひとは、幸せになることができないのですか
常識が邪魔をして生きれないのです
せんせい。せんせい!
こたえてください!
生きなさい、とは 逝きなさい、との
同意語ですか? 類義語ですか?
もう、せんせいすら、 答えてくれないのは
なぜですか・・・。

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乗り合わせ

平日午前十一時四十分発の
高速バスに乗る人は 
どこか イワクつき
一番初めに声をかけてきた おじさんは
昼間から泥酔していて
小さな透明のペットポトルの中に
日本酒を入れていた
「お嬢ちゃん、いっつもなぁ、この時間は
空いとるさかい、時間より早うバスが来るんやけどなぁ~。」
好い気分で分厚い唇から酒臭いにおいが
暗い鉄橋下の高速道路を 益々錆びつかせる
訳ありのセールスマン
同じ安いビジネスホテルから出てきて
何処へ行くのか
黒い重そうなキャリーケースを側に置き
秘密書類を見るような鋭い幾何学の視線
が、映す 腕時計の針の一秒先
流行りの布リュックにカンバッジを幾つも付けた
二人連れの女子中学生は 乗車と同時に
スマートフォホンで 無言の会話
切符には 囚人のように 赤い数字の番号
私たちは 何処に向かうのだろう
道路から私たちを覗き見していた
巨大な看板たちから バスが逃げ出すと
真っ黒いトンネルが・・・
巨大な口を開いて 待っていた

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濡れ落ち葉

都会の住宅街の歩道を 年末を迎えようとする空から
心臓に刺さる零度の雨が 濡れ落ち葉にも突き刺さる
若葉だった頃 親木が大切に繁らせた「父」という葉は
厳格ではなく 風が吹けば吹くままに
アッチにふらふら コッチにふらふら
やがては 対になった葉にすら 見捨てられ
結んだ木の芽に 軽蔑されて 罵声を浴びても
風の吹くまま気の向くままに 酒を飲んでは赤くなり
脅されては 青くなり やがて冬になる頃に
葉の先が黒く染まって 癌に巣くわれ血便垂れる
それでも 悔やんだ歳月を 取り戻すように
働くことだけやめなかった
(自分が死んだら 誰が家族養うんや)
(お父ちゃん 宝くじこうたから これで九州に家族でいこう)
そんな言葉 普通なら もっと早くに言うのが良い父親です、と
人は言うかもしれないが
血便の付きのズボンを自分で洗っては 家族に心配かけないようにと
箪笥の奥底にしまいこんでも 今更九州になんて行けない身体
私は都会の雨に打たれながら 雨に濡れた落ち葉を掃く
掃いても掃いてもアスファルトにこびりつく 濡れ落ち葉
赤黒い血便を垂らした父の 焔のような決意が
どうか安い箒で簡単に 掃き捨てられてしまわないように
特に 私のような弱虫や 
川の字に手を繋いで歩く幼稚園児の靴になど 
決して 踏まれませんように

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ぶらんこ

ブランコを こいでごらん
ここに座って ゆっくりと動かしてごらん
ブランコがわたしを喚ぶので 
わたしは赤い夕焼けをスカートに隠しながら こいでゆく
赤い空に向かってだんだん 滲んでいったのは
わたしの中を 巡る水
スカートの下の暗い夕暮れが わたし一人を責め立てる
夕焼け空とわたしは 世界からはみ出したまま飛んでいく
ブランコをゆすると わたしの胸も小さくふるえて
セーラー服の下の平らな胸は 少しずつふくらんで
幼い痛みに芽吹いてゆく
それでもわたしは夢中でブランコを こいでいた
ブランコの振り子が 天に届きそうな頃
わたしは沈んで堕ちてゆく 大きな赤黒い太陽に向かって
真っ新な白いスニーカーを蹴飛ばし 一番星にしてくれてやる
真夜中になってもわたしは ブランコをこぎつづけた
冷たい鎖をしっかりと掴んだ手の方角から 
暗い闇が押し寄せてくる
地下のマグマが ブランコを突き上げようと 振動する
わたしは こわくて 固く熱くなる鎖にしがみつく
ブランコは 小さな宇宙を渡る船だ
ブランコのなかでわたしは 一度死んで もう一度死ぬのだ
空を渡る船を わたしはこぎつづけなければならないのだ
変態を繰り返すわたしに 
今度はブランコ自身がわたしを 前にも後ろにも激しくゆさぶる
ブランコは 逆送する時間を刻む振り子だ
午前零時の数字に消して 短針の行方をくらますたびに、
わたしは、あああああ、という 自分の文字が暗い空で 
流れては溶けてゆくのだけを知る
前にも後ろにも苛まれながら
無くしたスニーカーの片方を
もう片足で見つけなければならない距離を
噛みしめる
夜空の脇腹から剥がされると 
わたしは昇りつめていた坂を さかさまに堕ちていく
朝 わたしは決まって夜の公園で まだ独り 
ゆれていたブランコのことを 思い出すと
いつも座っている椅子を赤く染めてしまう
茜空に消えた白いスニーカー
あの靴が わたしの片割れ
真っ赤に 染まった私を揺さぶる
裸のままで 泣いてる少女

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