行方知れずのゆくえ

【行方を尋ねないでください。
それは、行方不明になりたかった人、限定で、お願いします】
そんな紙を 寂れた下町の施設に 貼ってあげたい時がある
何の名札も値打ちも持たないということの
自由さと 保証のない危うさを 背負って旅に出た者たちに
名前や住所や、姿勢や仕来りを 押し付けたがる
「上」と 思っている人たちの みすぼらしい自負心を
満足すためだけに貼られる バーコードやナンバーで
彼らを呼んだり ましてや 白い箱に閉じ込めて
飼育しては覗いている「上」
人は 人と人との間に いつから川を作るのだろう
その川の向こう側に 憧れる者を
人同士で 裁けるのだろう
境界線を人差し指で 引いた人
その人に 私は引き金を向ける

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

見えないものを見 聞いたことのない歌をうたう
聞いたことのない声を出し 人と関わりたがる
私の目は 饒舌に喋り続け
下半身の纏った嘘を 脱がせようとする
私に口はないが 手はいつも人を殴りたがるし
私に切符はないが 目を瞑れば何処へでも行けた
あなた方の瞳に映る私は 私であったであろうし私でもない
あなた方の記憶する私は 決して立ち止まらない 君や誰か
               ※
青信号のスクランブル交差点 
誰も私の顔をして歩いているのに
誰も私になれないまま  毎日を通過していく
私は 赤信号の中に住む
私は 交差点の真ん中の点
私は その点を振り返った君に 微笑んだ
踏みつけられたままの文字

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

おいやられる。

新しい文明についていけない、老い、ヤラレル、という人々をターゲットに 
マネーゲームは 果てしない
今日も 宅配便の中年が 老婦人が出した百円玉が一枚足りないと
トロクサイ手つきを笑いながら 右手のポケットに
すばやく隠した 百円玉
 (サインひとつで いいのです
 (わざわざ 判子なんて要らないですから 
 (どうかここにお名前を
なんでも 新しく素早く便利に 身を隠す
旧人類の名前を 電話帳でシューティング
今日はネット会社の社員でテレフォン 明日は通販の珍問屋
 (サインひとつで いいのです
 (わざわざ 判子なんて要らないですから 
 (どうかここにお名前を
今日来た 生命保険のオネーチャン
タナカさん、って 昨日健康食品配ってた親切な人と
名前が ナンダか、 似ているね、
父が 二千人のタナカ、さんに 百円玉を 配り歩く

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

幻の人

バスの隣の席で 私の名をしきりに呼ぶ男がいる
私には 知らない隣の人
しかも 違う名前で呼ぶから 
私を呼んでるとは思えない
隣の男が手を握ってくれるのは
私が寂しそうだからというが
私は そうされることが 寒かった
男の手の感覚しか覚えていない
私は 彼の方を向かなかったから顔も見ていない
彼が呼び続けたのは 私の本名じゃないから
お互い知らない人のまま バスに揺れていた
男は名残惜しそうに 
私に似た名前を呼びながら バスを降りた
知らない人だったけど 悪い人ではなかった
もしかしたら 私は彼と同じ場所で
降車したかったのかもしれないけれど
彼が呼んでいたのは 私じゃなかったから
お互い幻の人のまま 手の感覚だけで
愛し合ったみたいに別れた
私はこの街にいる私を 私とは思わない
そしてまた 私の追いかけてきた人も
幻の人 その人であった

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

私の中心

今 私の中心に私はいない
好きだった男に 中心を持っていかれて
棄てられたから
私は スーパーのゴミ箱や
彼とはぐれた バス停に
私の真ん中が 落ちていないか探し歩いた
寂れたアパートの水道管の中や
新生活を始める為に自宅から持ってきた
鍋の底にも 手を入れては
突っ込んでさらえてみた
一生懸命探しまくった私の姿をみた彼は
「予想以上に汚かったね」と、いうと
私の中心をポケットから 取り出して目の前で
嗤いながら 握り潰した
日本の中心で 今日私が殺されたことなど
勿論、明日の新聞にも載りはしない

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

私を待つ

詩を待つように 私を待つ
たとえばバス停
駆け込み乗車して
時間に運ばれていく人と
置き去りにされる私
発車したバスがベンチから遠ざかるスピードで
私たちの溝はできてゆく
同じ街まであなたを
追いかけてきた情熱に
私は乗り遅れてしまったのだ
じろじろと私の荷物の中身を
透視しようとする
小賢しい人混み
私は守る
私の住民票
私だけの記入欄にいる あなたの名前
真実味を帯びた嘘みたいな名前
大切に抱えて 泣き出したのは
私があなたを追いかけすぎて
私を 見失ったから
私は 一枚で二枚の紙切れになりたかった
いつかは 名前ごと
燃やされるのだから
あなたと 灼かれたかったのに
バス停で産まれた孤児が
柔らかな詩をかくように
「私」をお待ちなさい、と
また この時刻に服の裾にしがみつくので
もう一人の私が
産声を…
発車させてしまうしかない
抒情文芸  清水哲男 選  入選作品

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

手紙のような

東京に来て 一週間足らずで死ぬ
入居前前日に 薬を飲んだらいいよ、と
投げ出された薬の粒を 拾い集めながら
どうしても足らない錠剤の分 あなたの都合を呪う
副作用が頭にのぼり それでも
洗濯物だけは 取り込んで
明日入居するはずだった
ワンルームの間取りに
衣装ケースや冷蔵庫の位置を示した
大きな藁半紙を 枕元に置いて寝る
ささやかや未来の夢が 見れそうで
あなたが この紙切れが
私が信じた総て だったと 泣いてくれたら嬉しい
そんなはずない
投げ出されたのは 荷物と私
荷物だった私
滲んだ希望に 私は笑顔で映らない
田舎モノが三畳個室のホテルの
一番隅角部屋で 死んでいたら
情けのある東京人は 「東京を汚すな!」
と、いい
情け容赦ない東京の風は 私の身分証明書だけを
黙って 抜き取るだろう
あの人は 言った
詩集は遺言なんだ、
その時、その時にしか、書けない遺書だと
私は今 遺言という詩集を
叫んで書いています
これは詩ですから 虚構です
ただ、枕元に置いている
冷蔵庫や洗濯機 衣装ケースの配置図も
詩集に入れてください
そして願わくば
明日 新居に届く お揃いのお茶碗と箸のこと
一つでは 用が足せない可哀想な
使われないモノたちのことを
遺言という詩集に 載せてあげてください
私はそのぺージで あなたのことを 見ています
さよなら 私たち

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

切り裂きジャック

ダンボールがズタズタに切り裂かれて 
ベッドの下に押し込んであった
当然だよね
片付けておいてね、って言ったの、
私だもん
田舎から都会での 新しい暮らしに馴染むために 
箱に入れてきたのは
お茶わんや本や衣装ではなく 真新しい私
裂かれたダンボールは どんなに強いガムテープでとめても
型崩れして もう箱の形を留めていない
もう、この箱は 私を入れて 自宅へ帰してくれない
破れ目を繕うように
針と糸で 縫えたなら 
私たちは やり直せたかな
繕い物で取り繕ったような ダンボールは
窓からの隙間風でも 簡単にへしゃげる
古紙回収の日に ベッドの下に詰め込まれた私の遺体たち
ビニール糸でグルグル巻きにして 自分の手で片づけてゆく
もう、家じゃない処へ行くんだな
私は自分をゴミターミーナルへ放置すると
廃品回収車に押しつぶされて プレスされた
その時やっと見えたのだ
締め切ったアパートで独り 
私を片づけなければならなった 切り裂きジャック
彼をズタズタに裂いたのは 他の誰でもないこの私

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

晩夏

先ほどから頭の中を 潮の臭いが通過している
文字と文字の列の間に 空洞を見つけて
遊ぶ子供が 砂場でカラカラ笑う
 (ホラ、ミテ、コレガ、ボクノ、ホネ、)
そんなレトロな歌が 浜辺に流れ着くと
ポツン、と 置かれた巻貝が
笑い声を リフレインする
          ※
浜辺に辿り着いた 白い半ズボン
その股間から 赤い小さな夕焼けが滲んでいる
今日した遊びをほったらかしにして
シャベルを突き立てたままの
砂の城を 後にする

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

吠える

食べても食べても、淋しさが埋まらない。
だから、腕を噛んで、千切って肉を食べて、空腹の内蔵を食んで、
食べ物の匂いを消すために、鼻を千切って、
食べ物が見えないように、次は目をくり貫いて、
食べても食べても、埋まらない淋しさに、
私の残りかすをハイエナがくわえて、晒し者にしたあと、
喋る歯だけ残すから、私はまだ寂しいと言って噛みついてしまう。
淋しさとはそんなものだ。
言葉は泣き続ける。涙が吠える。
そして、私は孤独で他人に噛みつく。
捨てられた野良犬のような目をして、まだ主の言いつけを信じたくて、
がむしゃらに 生きる夢にしがみつく。

カテゴリー: 02_詩 | コメントする