マッカラン行きのバス

こんなネオンの華やぐ街で あなたは暮らしているのでしょうか
高速道路からでも立ち並ぶ マッチ箱の灯りの何処かに
あなたの名前を 探しています
あの日泣きながら バーテンダーが繰り出すマッカランを
浴びるほど飲んでみたいと 潤んでいたあなたは
私の涙腺の端しっこに 住んでいます
バス停から乗車してくる群衆に 乗らなかった人
それがあなたであったと 知る頃には
次の停留所に向かう放送に 面影は追い越され
距離だけが 植え込みの並木を見送って 長い影を走らせます
よく変わるチェーン店のように あなたがまた遠くへ
引っ越しては明るい暮らしに 馴染んでいると知りました
(プロポーズされました、春、桜だったものが、秋桜と呼ばれています。)
ポストに一枚 そんな病葉のような 葉書でも欲しかったのです
私はただ あなたが乗り遅れたと言い訳してくれたら
マッカランを 浴びるほど飲ませたくて
酔った勢いで やり直そうと
もう決して言えない言葉に 焦がれながら
あの日浚われた言葉が 乗り遅れたどこかのバスの停車駅に
まだ 灯ってはいないかと 家路にたどり着くまで 探しています
マッカランの色に酔っていたのは 私の方だと噛み締めながら
二人座ったカウンターは 廃業したのですね
多分 もう一杯飲めると笑ったあなたも
それに怯えたマスターの顔も 私の乗ってるバスは知らない顔で
いりくんだ暗い【し】というトンネルを 抜けきれず
私達は 急ブレーキをよけきれないまま 飲酒運転で 死にました
あなたは桜に戻って 私はあなたを照す月に変わって・・・

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短歌日記

眠れない夜の隙間にとけてゆく名前を呼んでカムパネルラ
エアコンと冷蔵庫の音が響きあうここが私の夜の帝国
土曜日の夜は長いと靴が鳴る行交う夜のラブソングたち
憧れた花の都の片隅で小さな恋を育みたくて
夢を見るあの人の夢に夢を見る自分探しの入り口は私?
この恋にサヨナラなんていわせない見知らぬ顔して寄り添う二人
指先が湿っているの私たち見抜かないで私の太陽
愛、シテル、じゃない愛をする愛の意味すら知らないままで
死ぬまでに指折り数えることがある何回言えるの「好きだよ好きだよ」
生活や仕事で疲れる君のため背伸びしたキス言葉を添えて

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ボディレンタル

名刺を交換するように 
お互いの身体を交換する
いやッ、
あの
好感覚の感触が
指で 語る
お互いの一日の
良い所々について。
あ、

母音を胸に置き
胸を触りながら
吸う私の男の為に
いッ、
という
イイ所に痛みを
動かしてみる
私たちは
名刺を交換するように 全てを明かす
貸し切ったホテルで
白い胸は震え 彼はそびえ立つ
二つの裸は陰を潜めたまま
青白い贖罪の涙を流し
赤緑の血の報いを交わす
一夜
あなたを貸し切って
私はあなたを閉じこめたまま
夜の扉を開けて 黎明の窓に帰る
名刺を交換したのだ
勿論
彼の体にも
私の名刺が赤裸々に
浮かび上がって
彼を脱がし続けている
今度 二人出会ったら
目が合うだけで
私は彼に犯され
私は彼を犯すだろう
仕組まれた罠のように 名刺を交換する
彼は気づかないまま
今日 舞台で 晒し者になり
赤黒いキスマーク身につけ
多くの人の喝采を浴て
客席に向かって ストリップしている
同じ覚悟で 私は羞恥の目に晒されている
私は さっき 道行く人に聞かれたのだ
(キミ、ハダカノママデ ドコマデイクノ)
と。

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赤提灯の音

その会が開かれたのは 誰も知らない下町の
赤提灯の中だった
自己紹介よりも先に 大皿に盛りつけられた
大量の鮮魚の切り身や貝の盛り合わせが
次々と 運ばれてきた
私たちはその魚たちが どんなルートで
テーブルの上にまで 辿り着いただけを語って
決してそのメニュウの名前を
明らかにしないでも 分かり合えた
赤提灯の中が 酒にほだされて
益々赤く 色づき始めると
私たちはそれぞれ持ち寄った「音」について
話し始めた
一人は日本の鏡が忘れられなくて、と
微笑み
一人はギターを抱いたら酒に溺れて流される、と
言い出し
一人はヤクザな敬語のジャズを弾ませ、
一人は都会のバカヤロウ、と、
泣き出した
最後まで音を隠していた老齢の若者が
ハーモニカを 吹いた
 その音は 日本の鏡を称え
 その音は 酒場のギターにも鳴り響き
 その音は まるでジャズのような敬語
 その音は 愛すべきバカヤロウを愛せ
寡黙な饒舌は 一人一人に降りしきり染み込ませ
浅い眠りを深くして 各人が持ち寄った音の
七オクターブ先を 静かに駆け抜けていった
  誰も 何も言わなかった
  誰も 何も言えなかった
そしてハーモニカを吹いた彼は ひとこと
「僕は身近な音しか 出せないのです」
——–あとは照れ笑い
名もない街の四角いテーブルを囲んで
長丸の赤提灯を見るたびに 
人はそれを一期一会と呼ぶ
再会の約束をしながら その保証書がないことが
哀しいくらいに身軽であることを知りながら
私たちは 手を大きく振り合った
来年 再来年
過ぎ行く時間の中で 私たちに保険証は無かったけれど
私たちは身近な音で語り合う 確かな赤提灯だった

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バッドトリップ

とめ、はね、はらい、が 
美しく表現できる ペンで
誰にでも 恋文みたいなことを
描いたりする 頭の中は
だいたい
とめ、はね、はらい、だらけの
行動を 起こしたがる
さあ、今日も
し、のような はじを書こう

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ファントム

服を脱いだら 頭だけになりなさい
そのあとは 感覚だけで
頭と身体を 切断される痛みを知りなさい
君の目に見えるモノの 向こう側をえぐり取り
頭で覚えた文字を身体に刻め
君の唇が赤い理由を 他人が出した舌が翻訳するだろう
もっと脱いだ君を私に見せなさい
髪を振り乱したまま雨に撃たれる、
その黒すぎる末梢神経を、
自らの手で引き裂く覚悟で 紙をかきむしれ
君が流す水という水の 源泉はどこだ
君を焦がす炎の 行き場はどこだ
混沌の空と爆発の光を纏い 
もう一人の他人を飼い慣らすまで
裸で何処までも 街を行け
「ファントム」 私の右側の鼓動
私の吹き溜まりから現れた  炎と水を操る恋人

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幻の人

バスの隣の席で 私の名をしきりに呼ぶ男がいる
私には 知らない隣の人
しかも 違う名前で呼ぶから 
私を呼んでるとは思えない
隣の男が手を握ってくれるのは
私が寂しそうだからというが
私は そうされることが 寒かった
男の手の感覚しか覚えていない
私は 彼の方を向かなかったから顔も見ていない
彼が呼び続けたのは 私の本名じゃないから
お互い知らない人のまま バスに揺れていた
男は名残惜しそうに 
私に似た名前を呼びながら バスを降りた
知らない人だったけど 悪い人ではなかった
もしかしたら 私は彼と同じ場所で
降車したかったのかもしれないけれど
彼が呼んでいたのは 私じゃなかったから
お互い幻の人のまま 手の感覚だけで
愛し合ったみたいに別れた
私はこの街にいる私を 私とは思わない
そしてまた 私の追いかけてきた人も
幻の人 その人であった

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喋るテレビ

あなたは 年老いた家の姿を見たことがあるか
台所からは 骨と皮だけになった皮膚の隙間から
食器と血が 毎日滑り落ちて死ぬ音
骸骨のような運転手になった父が
赤信号のまま 車を通過させて逝く
一方通行の標識を並べ立てる母の会話は
エンジンがきれたように沈黙すると
静かに泣く
毎日 大音量で喋るテレビ
その画面で 人々は快活な生き死にを
演じている
大音量の存在感に 圧倒されながら
私たち家族は無言で 明日死ぬ
自分たちの報道を 死んだ目をして
待っていた
【介護に疲れた子供、年老いた両親を殺害】
その見出しは 明日の私の背中
近日中に報道される 七十五日の話題
誰も居なくなった家で
目覚まし時計は 毎日 二回鳴り響き
テレビだけが 喋り続ける

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帰還

海から星が産まれるように
キラキラとしたものたちの共鳴で
光をつないでゆくように
人は空の軌道を輝きながら渡ってゆく
産まれたときは ふくよかで丸かったものが
未来に時間を手渡してしまうとき
にぎりこぶしは力を失い ささくれだった節々から
尖骨が薄皮を破って突き出し
平たく大きかったものは 破れて縮こまっては悄気てゆく
 (お父さんとお母さんは、 私が産んだのですか)
細く笑う父の歯の隙間を抜ける風
私の視線の下に投げ出された  母の肩には 鉛の荷物
 (いいえ、私が父と母から全て盗んできたのです)
あんなにもふくよかに笑っていたものたちが萎びれて
身体中のあちこちから 歯車の軋む音だけを 響かせて
夜の森へと誘い込む
三半規管の蝉時雨の森に、私の声は届かない
虫食いに荒らされた老木は 瞼を閉じた
夜が容赦なく老木を根元から蝕んでゆく
泣いてはいけません
星が巨星を過ぎて 海に還るのです
陸にいたものが 海に溶けるのです
今、という空が 燃えて沈んでいく
この瞬間、もう既にちいさな星が
暗い夜を渡る覚悟をしているのです
ちいさな輝きが 未来を駆け上り
海に沈んだ者たちを 照らし出し 
どちらが 反射鏡であったかなどと
問いただすように 透明に浮かぶ骨たちに
光を注ぎながら 海を 渡ってゆく

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靴  

裸足で畦道を走っていたのに
これを履いたら畦道じゃない所も行けるよと
真っ白いスニーカーが言うので
私はスニーカーというものに 足を通した
はじめは 白い紐を結ぶのも 恐る恐るだったのに
運動場を走り回り 自転車にも乗って
ある程度 どこにでも行けることがわかった頃
スニーカーは汚れてしまって 最期に下駄箱で
【死ね】と書かれてその通りに
遺言書を残して いなくなった
もう 裸足に戻るのは嫌だよね~
薄ピンクのパンプスがニッコリ笑ってこっちを見ていたので
私は 言われるままに パンプスを 履いてみた
パンプスはカツコツと 鼻歌を歌いながら改札口を通り抜け
駅のホームやデパートに 連れて行ってくれた
背筋をピンっと張って歩くのは良いのだけれど
一日中歩けば 外反母趾のプライドも
敷いて歩かなければならなかった
もうパンプスに 飽き飽きしてきた頃
百貨店の赤いピンヒールが 悩ましい声で 誘惑してきた
「靴だけは、一流のモノを履きましょう。
あなたを幸福に導くのは靴だけです…。」
ピンヒールの言うとおりだとそのあおり文句に魅せられて
私はまた 思い切って靴を履き替えた
高いヒールで高みの見物も出来た
みんな私を見ないで靴を見た
私は すっかり自惚れた
けれど ピンヒールのかかとが パキンと折れた頃
自分が初めて 靴の言う事だけ聞いて
足の言う事を無視してきたと気付いた
私の足は 酷い複雑骨折をしたまま
ギブスを巻かれて 何倍にも膨れ上がり
病室に吊されたまま
もう二度と 靴を履くことはない

文芸誌   「狼」 掲載作品

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