ケムリ

ビジネスホテル 八階の
扉を開けたら 目の前に
大きなベッド
綺麗に片付けられた客室
何もかもが 新しく
何もかもが 何食わぬまま 迎えてくれる
けれど 煙草が
煙草の匂いが 消えてない
さっきまで誰かが此処で
煙草をふかしていたのだろう
シングルベッドで独りきり
窓際の川沿いの景色を
今日の私と同じように見ていたのだろうか
煙りの濃さだけ思惑はくゆる
テレビの画面 鏡枠 キャリーケース 冷蔵庫
机の引き出しからは四角いバイブル オーダー表
四角四面なこの部屋で
煙りだけが自由に踊り
私の頭をくすぶり続ける
設えられた枠の中
誰かが煙草と戯れたあと
ケムリのように 消えて逝く
のっぺらな四角い顔した都会に一つ
丸い形の灰皿を
メモのように 私に遺して

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淋しい傷口

ほっといてくれという淋しさの記号と
かまって欲しいという悲しさのベクトルが
イコールする東京の中央線の真ん中で
指先と指先で心中したかったのに
大阪に持って帰ったのは
あかぎれた人差し指だけの傷
昼間を走る新幹線と
夜間を走る高速バスに
向き合う二人の私
真昼の月に梟が
夜目を光らせて
双頭の月を眺めていた
人差し指の赤い切り口に
雪の白さが染みる夜
こんな日に
私は
黙って産まれてしまったのだ
母の途切れる寝息と
白内障の猫の瞳に
責めらて
都会の痛みを抱いたまま
真っ直ぐ
あなたと指だけつないで
どこまでも揺れて
逝きたかったのに
私は また
もう一つの朝日の前で
乾いた血を舐めては
濡れた顔のまま 空を見上げる

抒情文芸 151 夏号
清水哲夫 選    選評有

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のび太のくせに

学生時代 倒れてから
私は仲間から のび太になった
のび太は病院で
怒ったり 泣いたり
世渡りがうまくできない悔しさを
詩に書いて 詩集をだした
のび太にも 背伸びする才能があったのか
夢みるような評価をうけた
その頃 ジャイアンたちは
結婚して 子供におわれたり
仕事におわれたりした
のび太は 自慢しなかった
でも ジャイアンたちは
容赦なくいった
のび太のくせに
上手く 逆上がりぐらいは
できるもんだね、って

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宝地図

私のボロ屋に宝物が埋まっていると
青い鳥が言いました
けれど その場所を
掘って出てきたのは
さっきまで
必死に鳴いていたはずの 青い鳥
青い鳥が赤い鳥になって見つかりました
宿主が言いました
青い鳥は赤い印になって
お前に 「居場所」を
作ってあげたかったのさ
赤い鳥はね
青い鳥だった頃からずっと
お前に遺せる宝の場所を教えていたのに
どうやらもう 力尽きて
本当の我が家に 帰ってしまったようだね
世界地図、どんなに大きな世界地図を広げてみても
もう、私の家は見つからない

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産土の母

目を開け未来開けと狛犬が口から発する「あ」から「ん」まで
早朝の神楽太鼓が一を打ち旅立つ時ぞと背中を押せり
産土に護られ生きたらこの町の千年杉の大きさは母

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月蝕

月の名を知りたいなら 半月の夜、その裏側へ行きな
ただ、月の本名を知って帰ったものは「し」と
半月の文字になってしまうことだけは確かなのさ
誘惑されたいなら 満月の色を知りな
嵐の前の赤い目玉の月に魅入られて
盲目になった人間は 必ず
満月と同じピリオドでおさまるからさ
憧れが欲しいなら 三日月に爪を伸ばしな
届かない独占欲が 爪の先に点ったまま
とどまって いつまでもあんたを焦らすだろう
会いたい人を呼ぶときは 新月に
闇に紛れて 二人で月の袂まで
足を滑らせてしまうから
愛すべき月 
私の名 私の痛み 私の半分 私の横顔
狂った私の裏側を 覆い隠す真夜中の太陽よ
今夜あなたにそのことを 耳打ちするまで
いつまでも 私は私を 侵食する

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インナーチャイルド

私が抱きしめるあなたは
母に抱かれることのなかった あなた
あなたが私を抱きしめて泣くのは
私の中に自分を見るから
言葉を 教えてあげてね
今は母に捨てられて世を憎んだ
上目遣いの人形でも
柔らかさを 伝えてあげてね
人肌の温みが 今のあなたにも
伝わっているということ
上目使いの人形に
歩き方を教えてあげてね
ここには道はないよ、と
穴を掘ってしまう前に
      *
育ってゆく インナーチャイルド
陽を浴び喜びに溢れ 水を飲み干し浄化は始まる
けれど
私の中の私が 母と同じ嫌な顔をする
 (トマトを育てたはずなのに、黒いナスに育つなんて
 (やっパリお前も父親似の 裏切り者ね
お母さんの中のにも また インナーチャイルド

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逆さまの国

頭は上についているのに
人差し指たちが
私の頭は底辺にあると
珍しそうに つついてきます
その度に 私の口が頭に上り
我慢できずに ゲロを吐いてしまうのです
嫌な臭いは足裏の鼻が嗅ぎつけ
胸のあたりから足が 早歩きをし始める頃
心が 逃げていきました
私が頭から逆走している噂が 前進する度
かぶっていた毛布から 心臓が飛び出したい、と
お腹の耳に 泣きつきました
坂の上の窓から
「私には、みんなが歪んで見えます。」
と、言ったら人差し指で 詰られて 
「歪んでいるのは、君の首だよ。」
と、またしても 突っつかれて
私は首から まっ逆さまに
窓辺から 転げ落ちてしまいました
神さま 私の写真をください

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飽和する部屋

毎日ため息の数だけ窓に夜
毎夜吐息の数だけ開く眼
毎日錯乱する音楽が
憂いを売りつけ
毎日壁紙を貼り替え続ける
毎夜蛍光灯の光が
私を眩しく辱める
高い空に焦がれ
白い雲に跨り
微風の宵に躰を預ける
そんな夢を囲いの中で見たら
生き物の匂いが
吸いたくなって
窓の外にいる
誰かの名前を
呼びたくなったのに
誰を呼んで良いかわからない
部屋の中
自力で割れない
残っていた風船ひとつ
今も二酸化炭素を 吹き込んでは膨張させ
私は私を圧迫し 心臓から潰していく
「私の息が まだ、ひとこと分残っています」
独房のような部屋から
飛ばした 赤い風船が燃ている

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炎の中で産んだ子に

痛みが私を突き動かすのだ
何十本もの針から
毒が首に差し込まれ
私は自分の神経が
ピアノ線のように
弾けて途切れてゆく
音をだけを聞いていた
腐食してゆく細胞(いと)は
見えない棺に入れられたまま
燃え盛る炎に焼かれ
赤銅に生まれ変わるのだ
抉られた針の穴から
くすぶり続ける
赤い暗号たちが
火と火という記号の羅列を作り上げ
言葉を残せと責め立てる
首に貼られた血止めのテープを取り払い
首筋から溢れ出す痛みをかき集めて
私の首(もじ)を
差し出した
さぁ
赤鬼のは現れたかったか
赤い顔をして怒れる
私に似た
赤鬼を私の血肉で
虜にできたか
そして
その首(もじ)だけを
愛せるか
私と赤鬼は
断頭台で晒し者にされながら
永い間くちづけを交わす
舌を這わせ口腔に滑り込ませては
お互いの臓器を舐め回しながら食いちぎる
繋がれた舌から
夜の沈黙の中で
アーッ、あ。アーッ、あ。アーッ、アーッッ!
という
母音だけの垂れ流しが始まると
字と行間が 滴り落ちる
私は鬼の子を産むだろう
痛みの中で怒りの中で
燃え盛る炎の中で
銀の針のような視線をした
紅蓮のオーラをもつ鬼を
人々いつしか詩と呼ぶだろう
そのためだけに
私は 今日 
愛する赤鬼を
喰い殺したのだ

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