氷の迷宮

私のカイは北の塔に閉じ込められて、私、あるいは、
自分、についての謎解きをしています。
 私とカイは双子でしたが、私たちの親が雪の女王であったから、
カイは「えいえん」について、永遠に謎解きの筆を、持たされたのです。
 その筆は、ガラスの石でできています。
私はカイの鏡です。ひび割れて役に立たない、カイの鏡です。
 カイが首をかしげると、私の首が四方八方に傾むくし、
カイが怒った顔をすると、私は歪んだ顔を並べます。
 私たちの目には、悪魔の黒い色が、瞳の真ん中に張り付いているので、
どんなに寒くても、泣くことができませんでした。
 カイはひび割れた私を元に戻そうと、一生懸命、雪の女王の永遠について、を、
知ろうとしましたが、ただただ、つかんだままのガラスの石から、
真っ赤な血が、私に流れてくるばかりです。
 カイは必死に、えいえん、えいえん、と、文字で書き続けています。
けれど、どのパーツも当てはまらない・・・。
苦しむカイを見ながら、雪の女王は、いつもいつも、高笑いをするのです。
 私は、そんなカイを見て、泣いてあげればよかった。
カイは、泣けないから、私も泣けない。
私はカイを映す鏡だから、泣けない。
きっとそれを知っていて、こんな寒い北の塔へ、女王はあなたを攫ってきたのでしょう。
 (カイ、もう、いいよ。私、もう、苦しむあなたを、見たくない!)
 私は鏡です。あなたを映す鏡です。
そして、女王の心の中をも、覗ける鏡!
 私はカイの最期の血でまみれた私を、女王に向かって、
見せつけました。
途端、女王の歪んだ顔が赤く赤く、燃え尽きて、砕け散りました。
 私は役に立たない鏡でした。
女王にも相手にされず、カイの苦しむ姿を永遠に映すだけの鏡でした。
 さようなら、カイ、あなたの出口はあなたの痛み。
そして、この迷宮の入り口は私だったのかもしれないの…。
 こうして、私たちの謎解きは終わりました。
世界には春が訪れ、女王は二人を失った悲しみで
酷い火傷の片目から、初めて涙を流したのです。
 女王が最もほしかったもの、それは、
きっと誰もが内に持っては、流れている、温かな、えいえん、

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当たり前

真っ直ぐ見つめる瞳に映る
真っ直ぐな歩道を
はみ出さずに歩ける人が
この世にどれだけ居ただろう
けれど 道路の白線の中を
歩ける人が殆どで
多分 青信号で
渡ることが出来る人が殆どで
はみ出して
石をぶつけられる悔しさも
赤信号の空気が読めないと
笑い者にされる悔しさも
ガードレールの中を 行く人達は
知らない
真っ直ぐ前を向き
余所見出来ないくらいの
時間の節電
前が見えないまま
手探りで徘徊する
体験の充電
人、独り
ひとりぼっちの当たり前
そんな見え透いた
我が儘だらけの物差しは
棺桶に入る頃に 気付けば良い
分かり合えない 当たり前が
ぶつかり合いながら
私たちは 平行線のままで
嘘つくように 愛し合う

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銀の記憶

銀の記憶
銀の鳥籠のなかに 白いインコがいます
右側に白猫のお母さん 左側に黒猫のお父さん
時々籠を揺らしては インコが怖がって
ピーピー鳴くのを不思議そうに笑ってから
赤いザラリとした舌を ペロリ、ペロリ、と
出すのです
インコは怖がって インコであることをやめました
部屋に銀の縁取の三面鏡があります
右側には過去 正面には現在 左側は
真っ黒に塗りつぶされていました
首が左側に傾いているので 未来を見るためには
どうしても右側の過去が 同じ角度で眼に映るのです
私は正面に映っている 自分の顔を見たことがありません
そこで私は鏡の中央に「入口」と書いて
そこから鏡の中に 入って行きました
鏡の中は万華鏡になっていて 全てが私の欠片
が、次の瞬間には 私の姿は嘘になる
「光輝く未来に辿り着くまで、決して裸になってはいけません!」
万華鏡の中心地に置かれていたのは
沢山の仮面と帽子 派手な衣服やマスク
それらが私に 耳打ちする
「自分で自分を欺き通せるよう、これらを纏って 猫背で歩け!」
それからどうしたかですって?
私は衣服を纏い銀のシャープペンで
相変わらず文字を ノートに走らせています
鏡に映っているのは 右側に頬杖ついている私
けれど
枕元を見てください
自分で自分を放棄したインコの羽根
あの羽根は死骸から解き放たれ
銀の鉄格子の中を飛び立とうとしてノートになり
羽根ペンになり
私の裸はこころ、と呼ばれ
自動手記で未来を 夜が明けるまで
写し取ろうと羽ばたきます

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共食い

共食い
共食いの夢をみた
小さな車海老が 殻だけになった海老を
バリバリと 食べていた
青いインクの揺れる 四角い水槽から
延び上がった車海老
味塩と天麩羅粉が まぶしてあった
昨日の忘年会で出てきた姿、そのままで
塩とケチャップで 塗りたくられた赤い海老
湯あげで抜け殻になって 今、胴体を無くして
脚を食いちぎられているのは
一週間前に鍋に押し込められて
浮かんで食べた白い海老
二つとも 私が食べた海老なのだけど
赤い大海老に喰われる
小さな湯だった殻だけの
白い甲殻類をバキバキと
水槽からよじ上ってまで食べていた日々を
送っていたのは この私
引き締まった身だけを むしゃむしゃ食べて
要らなくなった殻を
ハイエナに与えていたのも
この私
共食いは毎日続いて
私を彩り縁取形どり
夜になると 頭の中で消化する
忘年会
冷えきった外を甲殻のコートで武装して
共食いの街を歩む
年を忘れるどころか 年を呼び覚ます夢が
今夜も枕を黒くする
ああ、もしかしたら
あの日 茹で海老を食べ続けていたのは
私と私の子孫ではないか
そして この私すら
共食いの理念を腹に宿した
「女」ではないか
「醜女」
確かに 夢の中の海老の顔は
私に似ていた

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売買

売買
私はいつも仕事場で
フックのバリを ニッパーで切り落とす
作業で流れてくる
プラスチックのフックたち
人の首の形をした その筋にある
イボのような バリたちを 今日もニッパーで はね飛ばす
次々と私の手で はねられる
きれいになったフックは 売れて
はみ出て邪魔な バリたちと
八時間で 膨れ上がった 血豆は
豆でありながらも 売れないままで
真っ白い軍手は 売られても
赤黒いシミがついた 手袋は
もう 売れない
はみ出しモノは 捨てられる
そこの会社の製品には
なれないからだ
真新しい軍手は歓迎される
それは人に使って貰えるからだ
私が放心状態で闇雲に はねた首
より、多く、の
リストラ社員
私が力いっぱい切った バリ
はみ出しモノは 要らないからだ
私が夢中で作った 血豆
今日 過労死している誰かの血
(イタイ、痛い、イタイ、)
製品は 陳列台を飾るだろう
残酷な白さが 
清廉潔白の輝きを放つだろう
けれど 私の指は
黙ったまま 明日に備えて
バンドエード二枚で 口封じされる
シミだらけの手袋は 捨てられるだろう
こんなにも働いたのに
役に立たないと言われて
明日にはゴミ箱に 棄てられる
私は 
言われたように
仕事をしているだけなのに
要らない、と、切られるバリも
汗と、血と、水と、埃に まみれた手袋も
仕事が、したい、したい、と
言いながら 死体になって逝くだろう
(イタイ、遺体、イタイ、)
会社から悠々と運ばれてゆく
製品たちを見送る頃
事務所の片隅では
私の使った ニッパーが
罪を犯した囚人にように
分厚いナイロン袋で
ぐるぐる巻きにされて
窒息死の刑を 受けている
バンドエードを 剥がして
私は 敗れた薄皮から
自然と流れる 水と血を眺めて
手のひらから 噴き出る汗を
じっと見る
これが私の手
これが私の仕事
この痛みが お給料になる
 (そんなにまでして、そこに居たいの?)
ひりひり、と 熱を持つ
売れない指で
切り落として軽く捨てる毎日
そのうしろで
全部 キャッシュになって
みんな バイバイ 
   (詩と思想 第22回 新人賞作品)

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シャッフル

シャッフル
スタバで混ぜられる泡だらけのエスプレッソの真ん中で
私は沈む
午後の授業を終えた女子高生の唇に
オバサンのような赤が塗られると
私は笑いに殺される
白いマグカップに口紅を付けられるという
特権を競い合う女子高生の唇たちに
堂々と殺されてゆく
 (エスプレッソを混ぜているのは 誰?)
くるくると、回されているのは私なのだと
斜め前のイタリア語を喋る日本人が
イヤリングに軽く触れるように
視線を向ける
   機械仕掛けの店員は
   緑のエプロンで交代制
   店内のミニスカートの制服も
   指定席が交代制
 (かわす、交わす、逃げる、避ける、捕える、交わる、)
きれいなお姉さんに憧れる、汚いオバサンになりたくない女子高生と
きれいなお姉さんのままではいられない、働くお姉さんと
その端っこで ネズミみたいに小さくなっている私、に
クリスマスソングは 平等に降りかかってしまう、から
不公平をかき混ぜたら すぐ、サインペンで
君たちの今日に スペードのエースを並べ立ててやる
私が暴き出しては黙殺する 小さな世界と雑音たちが
黒く熱くなっているうちに 
白色の、スタバのマグカップの中が、冷め切って、
飲み干せない泡ぶくの中心に
私の、心臓だけ
ぽっかりと浮かんでしまう、から、
秘密を隠すように 息をひそめて
私は独りで くるくると、踊らなければならない
長いスプーンと私は 踊り続ける
まるで今日の私が
わたし、を 密告しないように

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我慢できなくなった空から
ゆらゆら ゆらゆら 焔(ほむら)が見えます
お父さんは
「良い子にしていなさい。」 と
布団をかぶせたまま 出て行きました
こんな嵐の前日は 必ず空に
ニタリと嗤う 月が見えます
私 シンクロして 私を探す
輪郭をなくして出て行く 私
為すがままに ゆらゆらと 立ち上がり
ほろほろと 見えない月に 喚ばれていました
白いノートから 我慢できなくなった文字
くっきり 浮かべて 立ち上り
私の影が 月に映えて 嗤っています
横隔膜の雨音で 辛うじて護ろうとする自我
から、はみ出そうとする 私の渚
お母さんが
「今日は外へ出てはなりません。」 と
完全に締め切った二重窓
カーテンの隙間から 嗤う月
伸ばされた腕を 私は欲しがりました
月に 抱かれて 苛まれて 
弄られて 悦んで そして、
私は猫のような玉虫色の目をして
真夜中になる 
 (汐が引くまで還れまい)
空に咲いた私の輪郭を 啜っては
ニタリと嗤う 月の聲
私を片目の達磨が 二つ並んでみてました
もう、墨を 入れてあげられない 両目から
黒い涙が 流れます
女の業力 支配して
月は色濃く 陰落とし
今宵の雨を 嗤います

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せんせい。

せんせい。
せんせい。
みんなが違うことばかり言うのです。
私の国は、日本だといい、
私の国は、大和朝廷だったといい、
私の国は、経済大国だったといいます。
社会の先生に聞いたら
それらは全て正解だったといい、
倫理の先生に聞いたら
それらは全て間違いだというのです。
そして
生活指導の先生は
オーストラリアの首都は
シドニーだといっていましたが、
国語の先生は
キャンベラだ、と
こっそり 教えてくれました。
それらを
家庭科の先生に言うと、
【時々、名誉や富が変わったり
   加わったりすると スパイスされた
              品名になる。】
という料理のレシピを私にくださいました。
せんせい。
私の一番大好きなせんせい。
あなたは理科室で、それらのコトバが
私の耳にこれ以上、入ってこないように
私の両耳たぶにピアスホールの穴を
バキンと開けて、こういいましたよね。
 【この痛みだけを信じなさい。
   この耳たぶから流れる、赤い温みを信じなさい。
     冬に耳が疼く度に、それらの間違いを、
       記憶から消しなさい。】 と。
                      
せんせい。
また、あの理科室で痛みをください。
私をピアッサーで刺したときのように
もう一度痛みで、答えをください。
あなたに応える私になるために、
もっと、強く、酷く、貫いてください。
そして、また、あの、真っ赤な部屋で、
教え込んでください。
 【君が産まれた国は、
   アルコールの炎と消毒液の似合う、
     この理科室だけだ】 と。

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供物

供物
私たちはお互いに捧げものにする「生け贄」について
話し合ってました
私が家に上がった百足を殺していた頃
あなたは勉強の邪魔になった金蛇を
殺していました
私が「百足は炎のような黒さだった。」というと
あなたは「金蛇は雲のような、白い腹をみせた。」
という
私が、「それが憎くて怖かった。」というと
あなたは、「怖くて、淋しかった。」という
私は「とても、痛かった!」というと
あなたは、「とても、悲しかった!」という
その痛みと悲しみを 私たちは 違う文字にして
両親のお仏壇に 飾って手を合わす
お父さん、お母さん、
これが私たちが 初めて殺めた生き物です
あなた方に 奉納します
お父さんが 怖いです
お母さんが 憎いです
お父さんとお母さんに殺された 私たちの
生物を捧げます
この歪な文字は はなむけ の、花
私たちの手は血まみれです
真っ赤な二本の蝋燭が めらめらと燃え上がり
汚れて黒ずんで 腐り堕ちて 青ざめながら
溶けて逝きます
お父さん、お母さん、赦してください
私たちは こんなふうにしか 生きられません
やがて 私たちの肉体も甘い透明な不浄の水となり
その蜜に群がる無数の黒い
ハイエナのような蟻たちによって
笑われながら 解体され 
あなた方の所へ 運ばれてゆくことでしょう
その時は
お父さん、お母さん、一緒になりながら
私たちを 食べてください
 ・・・お前たちの一生も、所詮、
       虫螻みたいだったねと・・・
あぁ、
カラカラとした笑い声が 
カラダから響いてきます
私たちが捧げたものは 全部昔から 
奪われていたモノたちばかりでした
 
 父に・・
   そして、母に・・・

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淋しい充電器

淋しい充電器
一万円札だけの旅
一万円札だけの価値
自分の電池が切れるまで 歩く
チャリチャリとポケットに詰め込んだ
値打ちを確かめて 入ってゆくのは暗い路地
贅沢な焼き豚丼で 電池をチャージ
心配してくれない親は
感情電池を切断したままだ
帰りたいのに帰れない日に限って
丼屋のBGMは フル回転で
前頭葉に染み渡る、から
聞いたような口を開いて 私に涙を伝達する
店から外部への接触はシャッターの隙間から
オレンジ色に光る 街角娘をシャットアウト
斜め上の高級レストランの三階から 
白く輝く白熱灯
見下ろしていたのは 大雨の中
赤黒い泥としみに感電した
ネットカフェの看板持ち
私は歩く 
黒い服を着込んで
背中は 停電したままで
来たことも無い暗い道
でも いつか身を屈めて辿った
苦しい産道の指示表示のネオンに向かって
一本道のアーケード街の光を 目指す
私がエコーで 私の内部を見つめるように
私が心電図で 息をしていることが
ばれないように 
停電したまま停滞を続けて 這っていく
 人間は大声を出して働く
 電池が切れるまで
 ネオンの色はすぐ変わる
 見失うための目くらませ
スクランブル交差点から 
はみ出したいと 強く思った
信号が赤になったら
一目散に 走り抜けたいと思った
路地裏はそんな暗い跳躍力で 点滅していた
移りゆく景色を電線に阻まれ此処に来るまでに
何度更新をかけても 電波は届かなかった
誰でもない誰かである 宛もないメールが
ひとこと 欲しかったのだ
夕暮れが赤黒く胸にこみ上げるように
すれ違った人の 笑顔や言葉が響き渡って
私の内を 交信して 消えることは無い
真っ黒い個室の充電器からは 
人が流す血のむくみが感じる赤が
充電中の表示と共に 滲んで落ちて
私の夜が 赤く零れたまま 掬えない

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