波の狭間を 純粋とあそぶ
十五夜の夢を視ていたアコヤ貝が
口から小さな あぶくを吐く
淡い痛みから 海底に
仄かな焔が ともる
母音のつづきの淵より
真珠がこぼした つぶやきが
空へとのぼり
みえない星が
独り、
王者の号令を轟かせ
一日だけの 軌道を渡る
星を見上げていたアコヤ貝は
真珠色の焔を見送ると
しずかに 沈んで逝く
音は波に消されて逝く
記憶は 海にのまれて逝く
そして
ひと、は
みな
貝であった
過去に 泣く
器
盛る、ためではなく
抱える、ための
飾る、だけでなく
魅せられる、だけの
器。
質素で
小さく
柄もなく
高級レストランなんかに並べられたら
灰皿にされてしまうような 私の器
その煙草の煙から臭いを かぎ分け
多くの人たちが含んだ唾液を 進んで含み
吐き出された言葉を 呑み込み
呑み込んだ沈黙から 学び
より深く 底を押し広げる 私の器
私が釜飯屋の弁当箱だった時代
下町のおかみさんの人情話が
おちゃらけた色で詰められた
私が旅館の分厚いガラス皿だった時代
少し背伸びしたおじさんの
忘年会のよもやま話と馬刺しをのせて
テーブルに運ばれた
私が都会で灰皿だった時代
薄汚く罵られ 火を押しつけられた
時には亡骸になった灰に
夜 涙を流す人もいた
人と人との間に置かれる 私の器
呼吸を 数えるだけで
視線を 感じ取るだけで
温度や距離を 計れるような
愚痴を受け入れ ほろり涙を受け止め
空っぽで 綺麗にしておいて
いつでも人に 使って貰えるように
身の丈に合う大きさで
せっかちと おせっかいを 繰り返し
赤恥だらけで 赤茶けた 私の器
盛る、ためではなく
抱える、ための
飾る、だけでなく
魅せられる、だけの
やがては
人ひとりの人生を背負えるだけの
そして いつの間にか
月日に 優しく欠けて逝くような
器の私。
詩集
彼が死んでも 文字は残るだろう
彼が忘れられても 詩は語るだろう
彼に会ったことはなくても 彼の匂いはするだろう
今 ベッドで白い天井に向かって
彼は文字の幻影を追う
静かな部屋の彼の息遣いから 溢れる歴史
眠りの奥から 澄んだ瞳に涙
彼が 辿ってきた真っ直ぐな一本道
彼の道を ひとつずつ 寄せ集め
デッサンする
デッサンする
これが
彼の肖像画
これが
彼の詩集のつづき
そして
私は まだ書けない
彼が ニタリと笑う
最期の一行。
優しい傷口
海が 器の中を游いでいる
硝子の扉が 空に ひとつ
うしろには
はみ出した時間が静謐の輪郭をなぞる
本能に手招きされた詩歌たちが
歴史のさざ波を ゆする
月の夜
静かに春が差し込まれると
私は 睫を濡らす 芽吹く
痛みに 自分の色を 識る
生きてはいけない
まず、
お茶碗を洗いなさい
常識を覚えるのです。
つぎに、
旦那のパンツを
毎日 洗いなさい
愛を育むのです。
さいごに、
幸せだったと言いなさい
約束を守るのです。
はい!
せんせい。
質問していいですか?
お茶碗を洗えない 片手のひとは
常識人にはなれないのですか
旦那様が いないひとは
愛されないのですか
約束を 守れないひとは
幸せになることができないのですか
常識が邪魔をして生きれないのです
せんせい。
せんせい!
こたえてください!
生きなさい とは
逝きなさい との
同意語ですか
類義語ですか
もう、
せんせい
すら、
答えて
くれないのは
なぜですか…
抒情文芸145号
清水哲男 選
選外佳作作品
詩と思想1・2月合併号入選作品