胸には花を

胸には花を
胸には花を
蒼白いか細い腕には
赤黒い注射の跡
車椅子のおじいさんは
動かなくなった足と歴史を語り
忙殺されるサラリーマンは
上司の嫌味に
絡まれ目がまわる
今日もどこかの産婦人科で
胎児がひとり
ゆっくり流れた
人の心には
いつも美しい花が咲いていると
信じたいから
涙で霞んでも
消えないコサージュを
あなたの胸に
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イチゴジャム

イチゴジャム
お父さんとお母さんの間に
イチゴジャム
拾いなさい
そして捨てなさい
粗末にしてはいけないだろう
お父さんとお母さんの間に
飛び散った
赤いジャム
わたしが棄てたのは
二人の間で
泣きたかった
イチゴジャム
瓶には戻らない
イチゴジャム
産地も定かでないジャムを
メーカーのない瓶に
瓶詰めにして
わたしの手が真っ赤になり
ベタベタと未練の
てのひらを差し伸べるように
わたしに始末される
赤いジャム
わたしはその瓶を
月も星も知らない夜
桜の木の下に埋めた
狂い咲きの桜は
薄紅色に最期を彩り
散っていく
ほんの少し
イチゴジャムの
薫りを残して

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螺子

螺子
寝ている時間が長くなった
父の螺子が緩んで
肝臓から穏やかに血は流れ
肝機能は停止状態
寝ている時間が長くなった
母の螺子が錆びて
筋肉の凝縮にから激痛
ペースメーカーの心音は
時折 静止
寝ている時間が長くなった
私の螺子が横に倒れて
私の首
薬物漬けの注射器の穴
いつしか沈黙
独りがため息を吐き出し
独りが饒舌に罵り
独りが上手に雲隠れする
まだ生きていたいというわけでなく
まだ死にたくないだけです
人が死にたがるのは上手に生きられないのではなく
自由に生きられないからです
あぁ 誰か螺子を元に戻してくれませんか
緩んで 泣いた顔になる父の
錆びて 動けなくなる母の手の
傾いて 口から食べ物をこぼす私の
螺子を正しい方向へ強く強く回して下さい
朝 目覚めたなら朝日に向かって
おはようございます
と 弾む声で
家族が笑顔で動けるような
回り続ける螺子を
三本だけで宜しいですから

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時計

時計
デジタルの数字が夜を呼ぶと
充電切れの私が点滅して
茜色に染み込んでは 暗く沈んでゆく
あなたの数字の一の位置に
私のI(アイ)が点りますように
精密に絡む歯車のように
ぴったり合わさった
私たちを急かす息使い
黎明ががひそやかに
射し込むと点滅する時間とあなた
タイム・オーバーな千夜一夜は物語
とれないワイシャツの皺を共有しながら
革靴とヒールの差くらいの短針と長針が
駅のホームから遠く見えた
ヒールの先にあるため息が
流れる車窓に自分の顔を映す
満員電車のポスターは
振り子のようにゆれていた
私は街で充電器をひとつ買い込み
独り部屋の時計を眺める
(タイムリミッツト)
独り部屋に秒針の声が突き刺さる
やさしい嘘をつきながら
奥様にただいま 
と 挨拶するあなた
ねぇ
あなたの時間は今何時?
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ケイタイ

ケイタイ
暗闇に 携帯の灯り チカチカと 目を刺す孤独 冷える指先
人恋し 携帯叩く 親指の 先から先へ あなたは消えて
教えない あなたにだけは 教えない メルアド メル友 今の顔さえ
会いたくて 無言電話は 真夜中に かけては消して かけては消して
声すらも 昔のままの 君なのに 今は遠くの マネキンの口
お揃いの ストラップをした 王冠と十字架が隔てた 貴族と愚民
携帯の灯りだけのみ あなたとの 距離を縮める 胸のともしび
充電器 熱くなるほど 君慕う 火傷をしても 寿命が消えても
過去の傷 見せるくらいの恋をして あなたは捨てた 赤い携帯

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呼吸をするように

呼吸をするように
言葉を吸うように
息を吸う
舌の裏で
青と赤の脈動のバランスを
転がすように
味わいつくす
言い訳を企むように
息を吐く
罵声と後悔が
テノールで黄昏の
シンフォニーを奏でる
呼吸困難になるまで
しがみつく
絡まる
互いの視線の隙間から
見え隠れする
薄利された日常が
口内から腐臭を放つ
息を吸い
息を吐き出だす
言葉を交わすため
言葉を封じる
あなたを吸うごとに
言葉が蠢く
血流が逆巻き
子宮から
胎児の握り拳ぶんの
我慢を強いられ
密閉された口腔から
あなたの遺伝子が流れ込み
私の胎内(なか)で言葉が産声をあげる
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月美

月美


月美
お前の煤けたチョークのような肌の下にも
小さな双つの胸のふくらみの内にも
古から伝わる「女」という血族の血が
朱(あか)く 渦をまいているんだよ
だからお前はここに来た
暗い病室を飛び出して
病の茨をすり抜けて
化石になった僕の部屋で
今 白い花を咲かそうとしている
月美
おいで
お前の願いを叶えてあげる
お嫁さんにしてあげるよ
シーツはいつも冷たくないことを
暗闇にはやさしさがあることを
苛まれる悦びを
鬩ぎあう愛しさを
ほどかれない激しさを
爪の先まで 教えてあげるよ
覚めないおとぎ話を囁いてあげるから
命の芯まで 自惚れたらいい
子猫のような悲鳴をあげて
あとは波にさらわれたらいい
ごらん
海底に眠る君の体から透明な茎が
月に向かって伸びてゆくよ
月美
哀しいけれど
お前はそれを見ずに短い夏を逝く
お前が咲かせた花は
月下美人
儚さに背を向けて
薄明かりの部屋で
小さく悲鳴をあげたような花
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満月

満月
変貌する月から漏れる吐息は
獣の嘶きように
二人は赤い言葉で
交尾する
出会えた手応え探す夜
あなたに溶けたまま
解読出来ない暗号を
私は一夜で孕む
満月の夜は
いつも胸が騒ぎ出す
もうひとりの
あなたが私の胎(なか)で
ゆっくり
海へ漕ぎ出すからだ

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狂態

狂態
鏡から狂態晒す 私の身 辱めてよ 視線の矛先
愛してる 愛してなくても 抱けるなら 理屈はいらない それだけでいい
まだ胸に 花びらの痕も 無いままで 乳輪だけが 赤く泣く夜
首だるく 髪を散らして くねる腰 夏の夜は 女の薫り
溜め息と 吐息を吐いて 足して割る 方程式は 答えを持たず
独り寝の そばに君が居たならば なにもいらない 言葉を封じて
濡れた髪 手櫛で上げて また上げて 溜め息の分 時計は進む
汗ばんだ 肌が絡まる オーガズム 顔がみたくて 細目をあける
淋しいの 体じゃなくて 心かい 問うあなたは 何も知らない
日曜の 夜は早くも 眠り往く 男の闇が 女を揺さぶる
刺青を 施すように 愛撫した あなたが描いた 般若の仮面
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詩人

詩人
追い越せない季節を
記憶に攫われるような
覗き穴からみた秘密を
焼き付けるような
あどけない笑顔を前にすると
白紙が埋まらないような
あなたは宇宙の余白のような
虚しさをを秘めたままで
海溝の奥底に眠る
マグマの激しさに触れてみるような
感性の旅を続けなければならない
私たちは行間に宙(そら)と海を飼っていて
その隙間から
透明な魚だけを食べて生きています
だからでしょうか
ペンを持つと
必死で空腹を満たすため
文字を紡いで網をめぐらせ
空を仰いでは
真昼の魚座を
捕らえようとしたがるのは

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