トイレットペーパー

生協の宅配カタログと老女の一人暮らし
一週間生活するには一袋に四個入りで十分です
余るようなら
トイレットペーパーで鼻をかみ
水に浸けて汚れを落とす
それくらいは日常的
新聞だってクシャクシャに手もみして
紙を柔らかくしながら
お尻を拭いていた頃に比べると
紙質も便宜も使い勝手も良くなりました
ただ 家族が家に足りないという、その程度
生協の空欄に桁を二つ間違えて来た
二トントラックいっぱいの白い紙
部屋に入りきれないホワイトロール
周りの住人が遠方の息子夫婦に知らせたのか
トイレットぺーパーが老女の家から無くなるまでは
家族で暮らしたと言います
彼女が怒られたのか、嗤われたのか
虐げられたのか、は 知らないけれど
          ※
無知な娘のアパートでの一人暮らし
一番初めに無くなっていくトイレットペーパー
カラカラと乾いた軽い音を立てながら
人の一番汚い所の尻拭いをして
使い捨てられていく
実家にいたとき補充してくれていたその人の
胸の真ん中にもトイレットペーパーはあったのか
血の出ない大穴が空いて向こう側に通じています
トイレの横のゴミ箱で
老母の心臓が独りきり 不整脈になりながら
家族の帰りを待っています

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赤穂の海はまだ満ちて

山育ちの子が海を知った
知らなければその深さも大きさも
わからないまま死んでいく
たった一日の出来事を
赤い水着を着た縁取り写真の子が
記憶を差し出す、午後五時九分の日没
赤穂海岸で俯きながら玩具のカジキで
アサリやハマグリを獲る、掘る、漁る、
私の顔は写真を捲るごとに泥にまみれている
浜辺では日よけ着を肩にかけた 若い母が
弟を抱えながら あやしている姿もあった
父と競って手を突っ込んだ腰下の海
集めた貝たちをポリバケツに入れてみたが
量り売りにあって
全部は持って帰れなかった 私たちの家路
父は亜麻色に灰色の斑点模様のついた
小さな巻貝を 私の手に握らせて
(こなしとったら、お父ちゃんと一緒やろ?
という、いつか来る嘘をお店で買ってくれた
あの浜辺から続く足跡と泥濘の下で
父の姿は 仏間に置かれ
強張った母の指が 洗濯物を折り畳み
そして 弟のいない家が佇んでいる
私の海は 何も生み出せないまま
乾いていくのだろう
山育ちの女の掌に 貝殻を置いていった人の
写真を眺めていると 指先から湿った水が
身体を巡り 私を濡らしていく
赤穂の海はまだ満ちて
赤い水着を着た小さな女の子が両手にたくさんの
貝を拾って私に差し出すのに
私は「ありがとう」すら 伝えられずに
嗄れた喉にこみ上げる
苦い潮を呑むばかり
※抒情文芸166号 清水哲男 選
入選作品(選評あり)

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踊る猫

お腹が空き過ぎて、猫が踊る。猫が踊る。
トイレを我慢し過ぎて、猫が踊る。猫が踊る。
締め切り前に、猫が踊る。猫が踊る。
上司の駄洒落に、猫が踊る。猫が踊る。
   ((最近私は、猫の鳴き声を聴いていない
   ((どんな声で鳴いていたのか・・・?
   「ニャンという幸せ!」
・・・・やっぱり上司の駄洒落に、猫が踊る。猫が踊る。
勤務先で、猫が踊る。猫が踊る。
有無も言わさず、猫が踊る。 猫が踊る。
目が回るほど、猫が踊る。猫が踊る。
   「ニャンとかなるさ!」
   ((ニャアあああああああああァァァ・・・嗚呼・・・!
            ※
     
猫、ついに気絶、/
     、/おどる猫、おわる。
※(ネコフェス・掲載作品)

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ひとさらい

人攫いが家に来た
    革靴はいて背広着て
    お父ちゃんを借金のかたに連れ去った
人攫いが家に来た
     病気ばかりする子はいけないと
    私を家に帰しに来た
人攫いは呟いた
いつまでも この稼業じゃ儲からない、と。
      街にはびこるスポットライトの巨大な電子看板
     ネオンの空とレインボータワーが 色と高さを競い合い
     地上でテールライトが長い尻尾の残灯を燻らす
     街頭にも路地裏にも道先案内人のスマホが喋り
     同じ顔したビルの窓辺にチカチカ光るスライドショー
横顔だらけの会社員、一夜漬けの説明会
           ※
  街がサーカス小屋になった今、
  子供をさらって何になろう
  街が眩しくなった今、
  誰も人攫いを怖がらず、
  誰でも人攫いの顔をして、
  すべてで人攫いを馬鹿にする
     
           ※
私の父を 怖い顔で連れて行った人攫い
私の手を引いて 心配そうに家に帰した人攫い
     (私、くだらない大人になりました
     (今からでも どこかに攫っていただけますか  
私は人攫いと手を繋ぎ 
温かな、暗い所へ行きました

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詩集を本棚から探していると 中指に小さな棘が刺さった
複雑に絡まった女同士の霊(ち)を
読み解く方法があったなら 私は重荷を捨てて
やすやすと違う名字の人と 暮せただろうか
古家
あまりにも濃い血をもつ 女同士の住処
距離も依存も馴れ合いも我が儘も屁理屈さえも
鏡に映して叩き壊せば 綺麗な朝は笑顔で訪れた
間に居た父が亡くなり
お互いがお互いを監視しながら 自由に生きたいと叫び
悦ぶことも手放すこともできないまま
手を繋げば繋ぐほどに 息苦しいだけの私たち
背表紙に棘を忍ばせていた その詩集は
母親の名を二重線で消し
産道から生まれたのは 自分と恋人だと認めてある
   チクチクと中指の痛みが 疼きに変わり 
   棘は血流に 飲み込まれていく
詩集に絡まっていた棘が 
女の見えない部分をゆっくり流れていく
それはいつしか巨大な肉腫に腫れ上がる
医者はその時 手遅れだと宣告し
母の後を追うようにと 毒入りの
真っ赤な坩堝を手渡すだろう
             ※
詩集を本棚から探していると 中指に小さな棘が刺さった
棘は私を決して赦さない
それでいい それでもいい
私は何かに謝りたかったのだ
絡まり続けた糸が いつか解けるように、と
夢を見ながら 今夜 血の池に沈む

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野良

ご主人様を探す野良、愛に渇いてしまう野良
赤い首輪も良いけれど、首根っこを強く掴んで欲しい
目を離す隙もないほど、息苦しいくらいの視線が欲しい
でも、ご主人様は優しくて、野良がご主人様を喰ってしまう
どんな主人も野良の「主人」になれなくて
愛に渇いてしまう野良、ご主人様を探す野良
           ※
聞き耳立てて、口コミ、垂れ込み、しゃがみ込み、
啼いて叫んで日が暮れて 名前を呼んでと啼いた日に
野良につける名はないと 家にあげてくれた人
男は野良の裏と表を使い分け、自由気ままに弄び 
首に見えない赤い紐、上手に結んでくれた人
           ※
((野良よ、野良よ、どこにいる?
やがて月日は反転し、主人は野良がいなけりゃ、息出来ぬ
ご主人様は泣き続け、野良は主人をかわいがる
           ※
野良よ、野良よ、と何度でも 幾度も何時でも呼ばれる程に
野良は主人の顔をして 主人に猫の名を付ける
(前橋・ネコフェスに書いたもの)

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箱舟

箱舟に私たちは乗せてもらえないという
箱舟に乗る人は
あらかじめ定められているという
同じ話をしに 毎度毎度 
家のチャイムを鳴らす
熱心な伝道者よ
その話は家の外でしてくれないか
この家は箱舟のように立派でもなければ
空飛ぶ仕様でもない
偉大なカタカナの名のつく人が造った造形物でもない
デカイ台風が一発来たら 瓦が飛んで粉々になるだけの
素人仕立ての壊れ物
偉い言葉など何一つ残せなかった父が 家族のために建てた家
その父に騙されて結婚などしてしまった母の家だ
そして黒い煤ぼけた古い仏壇に位牌が並ぶ先祖の住処だ
人の内にいる鬼が指差し決める良い子、悪い子、間の子 
選別しながら 私の家にも不審な指の音を届ける
「カミサマはなぜ、人を愛されずに人を裁かれるのですか」
という問いを 箱舟に乗せて玄関先から流して見送る
私たちの居場所は 
カミサマの舟から 一番遠く
父の てのひらから 近い

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年末の流し台

私たちは確かに同時代に並べられただけの
安直な食器に すぎなかったかもしれない
たった二人しかいない母と子が 流し台に溜めたお椀や皿や鍋は
この家にいた六人分の家族のすべてを洗い桶に入れても はみ出る
鈍い光を放つ油の汚水を 
埃と黒いカビに蝕まれた蛍光灯が点滅を繰り返しながら
玉虫色のとぐろを映し出す
指の曲がらなくなった母の代わりに重い腰を上げると
それらを洗って片づけてしまうことに罪悪感が走る
(片づけて、そして、あるいは、捨ててしまえたなら、
とても遠く、重い、その、流し台の時間を終わらせるまでの距離
  
   引き返せばよかったのか(洗っても、洗っても落ちない汚れ
   捨ててしまえば簡単なのに(片づけられない、お茶碗たち
たった二人だけなのに 私のものではない、私のもとにいた家族の茶碗
母の茶碗、父のお皿、誰かの湯飲み、家にいた誰かが使っていた湯飲み茶わん
カビ臭い計量スプーン、網の目のゆがんだ茶こし、流し台の奥に突っ込んである
鉄の黒い焦げ付きの取れないフライパン
片づけていく、その隙間を洗い水が流れていく
   誰の霊(ち)を洗っているのだろう
   誰の汚れなんだろう
時代遅れの二人きりの暮らしの中
私たちには支える事の出来なくなった重いだけのフライパンで
誰が何を作ってきたんだろう
私たちは確かに同時代に並べられただけの
安直な食器に すぎなかったかもしれない
その食器の隙間を蛇口から捻った水が 
汚水になって排水溝に向かって姿を消していく
吸い込まれるだけの黒い水がとても貧しい音を立てるので
私の体の真ん中で堪えていた何かがはじけだし
粉々に砕けた音を上げながら 夜の中へと流されていく

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何処

憧れる街は いつもディスプレイの中
モニターに入って人混みに紛れてみると
誰かの指で私はデジタル文字にされたり 欠けた映像として 
スクロールされておぼれて消える
明日の浮遊物が明後日の沈殿物になる街の
七十五日の話題を追いかけても 
答えは前後左右に散らばるだけの罠
現世を映す鏡を人差し指で弾く人の、揚げ足をとり
また人差し指が、はじく、はじく、また誰かを指す、その指
会話をなんとか縫合しようとしてみたら 
今度は親指で話題を葬るバーチャルリアリティー
  小さな古家に住んでいた祖母が言っていた言葉
  (阿弥陀さんが、みんな見とるから安心してここで暮らしたらええ
その「ここ」からとても遠い場所でぼんやり光る夜光虫は
おばあちゃんの鍬も鋤もどこにしまったか忘れてしまったし
さつまいもの植え方を教えてくれた父はもういない
私の鎌も錆び付き草刈りの仕方も忘れて畑は荒れ放題
ディスプレイから私を覗けば私は人の住めなくなった廃屋を
大切そうに見せびらかしながら歩いてた
街では成り上り者が虚勢の名を荒らげていく
そういうことを 一番嫌がっていたはずなのに
自分が成り上り者だと指を指される頃に気づく
街の見晴らしは とても高く、そして足元は脆かった
足下のマンホールから人の死臭を帯びた風がいつも噴き上げて
その臭いが 身に染みていくのが怖かった
ネオンは青から黄色、そして赤へと 空高く昇っていく
街は こんなに華やかなのに
人は こんなに賑やかなのに
今、この瞬間に「誰か友達いますか」と
問われると 黙って俯くことしかできない
   私はどこにいるんだろう
   どこに行けばいいんだろう
   これからどうすればいいんだろう
空騒ぎして明日になると宛も無くなる人と 
容易く乾杯して作り笑いを見せて別れてしまえば
私の手と手が真っ直ぐ私の首を絞めにきた
夕陽の沈まない街の、
夕日が沈んだり浮いたりして川に毎日捨てられる泥水の、
その、夕陽が残していくものだけは覚えていて胸は高鳴った
私の古臭い町にも同じ太陽が沈んでいる、と
思い出したら 赤い色が滲んで落ちた
   帰りたいのか、出て行きたいのか
   戻りたいのか、忘れたいのか
空いっぱい黄金色に広がる手のひらの、大きさ、厚さ、懐かしさ
はじめから孫悟空
私の手で掴めたものなど何もないと知ったとき
逃げても逃げても追いかけて正面から向き合ってくれた人と
真っ正直に沈むあの夕陽の町
みんながみんな居なくなった あばら家の
テーブルの上に置き去りにされた阿弥陀如来
今もそこで 私の何処を見てますか
※同人誌「NUE」寄稿原稿⑤

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おいてけぼり

都会に行けば田舎に帰りたいと泣き
田舎に帰れば都会が忘れられないという
両親と恋人を秤にかけるくらいの、
推し量れない淋しさと重さを見ていたら
安住の地は無くなった
量り売りが得意になった
誰かを乗せて何かを足して二で割る
計算が早くなった
白より黒を、黒よりグレーを選んでた
気が付けば スマートに生きたいと
望めば望むほど ブヨブヨに太った
夜になると どこからか漏れる声がして
誰かがイヤラシイことをしている声だと思っていた
夜、声のする階下の深い溝に目をやると
溝からお母さんの生首が ぱくぱくと
何かを言って泣いている
口から発するのは私の声で何か苦しそうに
訴え続けていた
お母さんの口からたくさんの私が出てくる度
お母さんが泣いている
怖くなって窓の扉を閉め
鍵をしてカーテンを閉じると
暗闇が私に襲いかかる
おいてけぼりに投げ捨てたものを
拾いに飛び込む勇気もなくて
振り返らずに今日を走り去ると
鬼がどこまでもついてくる
※同人誌NUE掲載原稿①

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